上 下
10 / 42
第2章 異世界人なので非常識とか言わないでください

その1

しおりを挟む
日本は平和な国。
そう言われていても犯罪は起きている。
けれど、テレビの向こうから流れてくる情報は現実味が薄く、どんなに悲惨な出来事でも当事者でない限りどんどん風化してしまう。
私もそんな薄情で一般的な人々のひとり。
ムカついた事もある。
死ねばいいのにと思ってしまったこともある。
でも実際は、殴り合いのケンカすらしたことがない。
そんな私が武器を手にとって戦う?
想像もつかない未知の領域すぎるわ。
RPGは好きだけど、ガンゲームはしたことない。
そんな私が使える武器なんて、その辺に落ちている棒くらいよ。
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…」
「貴女、才能ないわね。異界の勇者だとお父様が仰っていたから期待していたのに、とんだハズレですわね」
「す…すみません…」
はぁ、と盛大にため息をつき、肩にかかっていた長く綺麗な金髪を手で払う。
彼女の名前はオルレンシア=シュヴァルツェルンさん。
騎士団の団長さんの娘で、自身も第五部隊を率いている隊長さん。
金髪で碧眼、ちょっとつり目だけれど絵画から出てきたかのような美人。
お嬢様育ちみたいで、言葉や仕草が洗練されている。
剣の腕は達人級で、いずれは初の女騎士団長になるのではないかと噂されているらしい。
生まれつきの天才肌に加え美しい容姿、頭脳も明晰とくれば、私が一緒にいていい相手じゃない。
凡人の私とは住む世界が違いすぎる。

召喚された翌日、私は戦うための基礎知識を詰め込まれていた。
本当は水面下で進めるはずだった異界の勇者による進軍は、昨日のララムさん達の襲撃で意味がなくなってしまったから。
私を狙って魔獣軍が攻めてくるかもしれないため、早急に力をつけなければなくなったの。
この世界の基礎知識、身体能力の強化、魔法の習得。
そんなの、簡単にできるわけもなく、スパルタの嵐に心が折れそう。
涙が出たっていいじゃない、女の子だもん。

余談だけれど、人の名前を覚えるのが苦手な私がなぜオルレンシアさんのフルネームを覚えているかというと、間違えなくなるまで覚えさせられたから。

『今日からワタクシが貴女の補佐を務める事になりました。オルレンシア=シュヴァルツェルンですわ』
『夜々子です、よろしくお願いします。えと、オルレシアさん』
『オ・ル・レ・ン・シ・ア、ですわ。完璧なワタクシの名を間違えるなど言語道断ですわ』
『す、すみません。この世界の名前って難しくて…』
『言い訳無用ですわ。武器の適性を見ようと考えていましたが、予定変更ですわ。まずはワタクシの名前を完璧に覚えていただきますわよ』
『ええ!?』
『いいからおやりなさい!ワタクシの名前は!』
『お、オルレンシア=シュベ…』
『シュヴァルツェルン!もう一回!』
『は、はひぃ!』

これをかれこれ1時間くらい繰り返したわ。
ちなみに、当初の予定である武器の適性は、私には何一つなかった。
剣もダメ、槍もダメ、弓もダメ、斧もダメ、盾もダメ。
魔法を使うときに使う杖は、そもそも魔法が使えないから対象外。
「ど、どうしましょう?剣とか覚えればいいんでしょうか?」
「そうですわねぇ…。貴女、体力がなければ反射神経も悪いですし、前衛は無理ですわ。魔術を覚えたほうが早いですわね」
「魔法、ですか?」
「魔術、ですわ。魔法でも間違ってはおりませんが、それは1000年くらい昔の呼び名ですの。貴女、第2適性魔力だったのでしょう?」
「はい、魔力20って出ました…」
「第2適正なのに20って…。貴女の他の数値、一体どうなっていますのかしら」
「さ、さぁ…?」
幸運値マイナス500はあまりにも酷すぎたため、第2適性も調べようという事になったの。
マイナスとはいえ、500なんて数値を出した私は次は一体どんな数値を出すのか、みんなが見守る中出てきたのは魔力20の文字。
今度は卒倒ではなく絶句された。
水晶で調べられるのは第3適性までらしいけれど、これ以上はやっても無駄と判断された。
私もそう思う。
「まあいいですわ。1時間休憩を取った後、魔術の講義を始めますわよ。汗臭いですからシャワーを浴びていらっしゃいな」
「はい、失礼します」
ため息をつくオルレンシアさんに頭を下げ、私は自室として充てがわれた部屋へと戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四季の姫巫女2

襟川竜
ファンタジー
いすゞの里を揺るがした愉比拿蛇騒動からおよそ二ヶ月。 伝説の姫巫女「啼々紫」でさえ倒せなかった蛇神を倒した姫巫女が現れたという話は帝の耳にまで届いていた。 興味をもった帝はその姫巫女――七草冬を帝へと呼び出す。 そんな帝からのお呼び出しに慌てる冬だったが、秋に背を押される形で宿禰と共に都へと、とりあえず旅立つのだった。 だって、帝からの招集はさすがに断れませんからね。 第二部「春の章」ここに開幕です! ※同じ世界観の「そして彼等は旅に出る」もよろしくね

そして彼等は旅に出る

襟川竜
ファンタジー
多民族国家『ヤークティ共和国』。 ツェン・ソルトは人目を引く外見と強すぎる好奇心を持つものの、どこにでもいる普通の15歳。 ある日、強すぎる好奇心が災いし、うっかり謎の誘拐事件に首を突っ込んで…もとい、巻き込まれてしまった。 目覚めた先で出会ったのは、なんとこの国のお姫様!? 果たして、ソルト達は無事に誘拐先から逃げ出すことができるのか? @games、小説家になろう、で公開したものに、加筆・修正を加えています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

四季の姫巫女

襟川竜
ファンタジー
いすゞの里に住む女中の冬は、どこにでもいる平凡な14歳の少女。 ある日、ひょんな事から姫巫女見習いを選ぶ儀式に強制参加させられてしまい、封印されていた初代姫巫女の式神を目覚めさせた事で姫巫女になる資格を得る。 元女中である冬を、当然ながら姫巫女達は疎んじたが、数か月も経たぬうちに里全体を襲う蛇神との戦いに身をさらす事になってしまう。 ※小説家になろう、で公開したものに、若干の加筆・修正を加えています。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

そして彼等は旅に出る2〜グレイス国編〜

襟川竜
ファンタジー
ツェン・ソルトは目立ちすぎる外見と強すぎる好奇心を持った、どこから見ても男勝りな少女に見える16歳の少年である。 彼は双子のシャーナと共に、出身国の王であるヤークティ国王より親書を預かりグランシャリオ皇国に向かって旅の真っ最中。(色々あってね:ソルト談) 通り道のグレイス国で止まない雨に遭遇したソルトは、いつものように自分から厄介事に首を突っ込んでしまう。 そこで出会ったのは頼りになりそうでならなそうな青年と、自らを落ちこぼれの約立たずだという魔女の少女だった。 小説家になろう で公開したものに加筆・修正を加えた第二弾! 前作もよろしくね! ※同じ世界の未来が舞台の「四季の姫巫女」もよろしくね

処理中です...