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復活の『勇者様』②
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俺は相当酷い顔をしていたのだろう。心配そうなみんなに、俺はアイツを同行させる旨を伝えた。当然みんな怯えた表情を浮かべたけれど、それでも他の仲間を助けられるならと了承してくれた。タイミングを見計らって勇者がやってくる。
「事情説明も終わったようですし、行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「どこって…活動拠点ですよ。彼等全員を連れてゾロゾロと旅をするわけにはいかないでしょう?何不自由なくとはいきませんが、それでも安心して暮らしていける場所です。活動拠点というより生活拠点というべきですかね。候補はあるのでしょう?」
生活拠点…?
「まさか…」
ポカンとする俺を見て勇者は顔色を変えた。それを見て俺はさっと血の気が引いた。まずい、ヤバい。忘れてた。というか気づかなかった、気が回らなかった。助けなきゃって事ばかりで、助けた後のことを考えてなかった。こっちの方が大事なのに。安心して眠れる場所、質素でも十分な食事、暑さ寒さを凌げる場所。こっちを先に探さなくちゃいけなかったのに。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「…とりあえず村に戻りましょう」
「でもっ」
「ここにいるよりはマシですよ」
「う、うん…」
「みなさん、移動しますよ。もし足を怪我していて歩くのが困難な方がいましたら遠慮せずに言ってください。手を貸します。さ、カルミア君。行きますよ」
「みんな、ついてきて」
不安そうな表情ではあるけれど、みんなは互いに頷き合って俺の後に続いた。勇者はアイツの監視を兼ねて後ろにつく。
村に着いたところで、なんて説明したらいいんだろう。そりゃあの村の奴らは人間のくせにいい奴らだとは思う。だけど人間だ。キメラの事をよく思ってないかも知れない。こんなにたくさんのキメラを見て、攻撃してこないとも限らない。攻撃されなかったとしても、きっと、絶対追い出される。
どうしよう。俺が一番みんなに酷い事をしたかも知れない。助けるなら助けるで、ちゃんと最後まで責任を持たなきゃいけなかったのに。助けて『はい、終わり』じゃないのに。どうやって助けるかばかりで、その後のことなんてちっとも考えてなかった。
なんで、なんで俺はいつも……後の事が考えられないんだろう。
トボトボと歩く訳にもいかず、自分をぶん殴ってやりたい気持ちと反省や後悔で沈んでいく気持ちがごちゃ混ぜで訳がわからないまま歩く。気がつけば村はもう目の前だった。
勇者がアイツを連れて先頭にくる。
「話、合わせてくださいね」
「わ、わかった」
よしよしと俺の頭を撫で、勇者は村に響くように大きめの声を出した。その声を聞いてわらわらと集まってきた。
「ただいま戻りました」
「アッシュさん!おかえり」
「施設に行ったんだって?大丈夫だったのかい?」
「カルミア君は?具合悪くなってない?」
「僕達は大丈夫なのですが、実は困った事がありまして…」
「どおも皆さん、こんにちは。いつもお世話になってまーす」
勇者の目配せでアイツが前に出る。ニコニコとした笑顔はともかく、白衣姿にみんながハッとする。どう見ても施設の関係者だ。国の施設に俺たちのような部外者を送り込んだとバレれば、どんな処罰を受けるかわからない。血の気の引いていく顔を見ていると、俺まで動悸がしてくる。この後、どうするつもりなんだ?
「皆さんご存知の通り、ここにいるカルミア君とアッシュ君が当施設を潰してくれました。再起不能です。あそこ、国の施設なのにね。で、ここにいる子達を救出した訳です。いやぁ、お見事ってやつですよね。研究者達はみーんな成敗されちゃいました。私はたまたま視察で来ていただけの目撃者ですけど。そんな訳でこの子達は安心して暮らしていける。そう思ったんですけどね。どうやら、違うみたいなんですよね。…おやぁ?どうしました?皆さん、顔色が悪いですよ?あ、もしかして思い出しましたかね。皆さんが実験の共犯者だって事」
「き、共犯だなんてとんでもない!我々は頼まれた物を運んでいただけで…!」
「そうです!何に使うかなんて知りませんでした!」
「国の命令ですよ?逆らうなんてできません!それで仕方なく…」
「仕方なくぅ?おかしいですね、ちゃんと報酬は支払っていると記録されていましたよ」
「そ、それは…」
「さぁて、どうしましょうかね。皆さんも一緒に処刑されます?」
「ひぃっ」
処刑という言葉に、さっきまで俺たちを心配していたはずの村人たちは、今度は怯えた目でアッシュを見た。足がすくんで逃げられないというよりは、アッシュの実力を知っているが為に動けないという感じかも知れない。
「脅さないであげてください。彼等も被害者みたいなものですから」
「キミは甘いねぇ」
「そうですかね。皆さん、とりあえず話を聞いてください。僕達の目的は、国立施設でありながら不正に人体実験をしている疑いのある施設を調査し、可能な限り被験者を救出する事なんです。ですが、今回の施設には想定よりもはるかに多い被験者がおりまして…。さすがにこの大人数を連れて次の場所へ向かうのは難しく、できればこの村で匿っていただきたいのです」
「アッシュさん、それはアレかい?我々を見逃す代わりにってやつかい?」
「そういう事です」
「その…アッシュさんは、信用していいのかい?」
「僕が嘘をついている、と」
「悪いけど、可能性がない訳じゃないだろう?」
「そうですね。うーん………あ、皆さん、勇者は知っていますよね?」
「え?ああ、まあ」
「有名だしねぇ」
「まさか、勇者様御一行だなんて言うつもりかい?」
「勇者様って魔王と相打ちで亡くなられたんでしょう?」
「アッシュさんが強いのは知ってるけどよ、流石にそれは無理があるって」
「勇者様の姿が非公開なのは、勇者の名を語る偽物が悪事を働かない為って聞いたよ」
「あ、そういう設定になってるんだ…。それじゃあ、勇者と言えば何が思いつきますか?」
「え?何ってそりゃぁ…」
「アレしかないよね」
「うんうん」
そういうと村人達はお互いに顔を見合わせ頷くと、声を揃えて言った。
「「「聖剣サンドリヨン」」」
「ですよね。では、聖剣の特徴とかはご存知ですか?」
「えっと…持ち主を自分で選ぶって話だったよな」
「勇者様が呼ぶとどこからともなく現れるのよね」
「刃こぼれ一つせず、斬れ味も衰えないって聞いたぞ」
「私、聖剣は意思を持っていて言葉を話すって聞いたよ」
「神々しく刀身が輝いているんだってさ」
「勇者様以外が持つと燃えちゃうんでしょ」
「え?俺は重くなるって聞いたけど…」
「えー!?水になるんじゃないの!?」
勇者の噂話は普通なのに、なんだが聖剣の方はずいぶんと誇張されている気がする。少なくともゴロツキは普通に持ち帰っていたけど。燃えるや重くなるは、聖なる力的なやつでなくはないかもしれないが、さすがに水になるってのは嘘だろ。剣がどうやって水になるんだよ。
「皆さん聖剣に詳しいですね。じゃあここでひとつ試してみましょうか」
「試す?」
「実際に聖剣を呼んでみるんですよ」
「なっ!?」
「おいおい……アッシュさんよ、流石にそれは無謀だよ」
「勇者様御一行を語るのは、まあわからなくはないけどさ。流石に勇者様を語るのはマズイって」
「そうだよ、そんな嘘すぐにバレちまうよ」
「潜入前の下調べとは言え、アンタには世話になったんだ。勇者だなんてウソはつかないでくれよ」
「あれ?僕もしかして結構信頼してもらえてます?うわぁ、嬉しいなぁ。でも、今回ばかりは無茶なお願いしていますし、礼儀としてちゃんとしないと。でも、ちゃんと来てくれるかな?ドキドキしてきた」
勇者は天を仰ぎ、片手を掲げる。
「お願いします、サンドリヨン」
ドオォォン
轟音と共に落雷が勇者の手に落ちる。一瞬の出来事に目を覆う暇さえなかった。気がつけば、勇者の手には一振りの剣が握られていた。言わずもがな、聖剣サンドリヨンだ。俺にとっては、見慣れた忌々しい魔剣。
勇者と聖剣が揃うと、どうしても思い出してしまう。たった1人で戦場を駆け回り次々と仲間たちを殺していくあの姿を。怖い、隣に立っていたくない。早鐘のようになる心臓はどうすることもできないけれど、逃げる訳にはいかないという思いだけでなんとか踏みとどまる。
吉と出るか、凶と出るか。
「どうでしょう、証明できましたかね?」
にこにこと笑う勇者にみんな釘付けだ。
「うそ……キミ、勇者だったの…?」
「はい」
アイツがあんぐりと口を開けて言う。
鞘がないので、勇者はとりあえず聖剣を地面に突き刺した。
「無理を承知でお願いします。被験者達を、村で保護してもらえませんか?」
「ゆ、勇者様の頼みとあらばお聞きしない訳には…。ですが、急にこの人数は食料が…」
「もちろん、そこは僕達も協力します。皆さんに丸投げなんてできませんから」
「そう言う事なら…なあ?」
「そうね」
「勇者様の頼みだし」
「断る訳には…ねぇ」
「ありがとうございます!」
よかった、とりあえず当面の衣食住は確保できたみたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。
話を合わせるどころか、俺、何もできなかった。本当は俺がやらなくちゃいけない事だったのに。
当面の間、みんなは村の集会所で寝泊まりすることになった。
もちろんキメラであることは絶対の秘密だ。村人たちには実験の影響で短命であり、普通の人間よりも力が強くなっていると説明した。この村の人たちはお人好しで、すぐ同情してアレコレ世話を焼き始めた。当然キメラたちはそんな人間たちを警戒していたが、これから世話になるのだからみんなも村人たちを手伝ってほしい、と説得した。同じキメラだからか俺の言うことは素直に聞いてくれる。
勇者とアイツは何名かの村人と一緒に食糧調達に山に行った。俺はまず、みんなに村ではどう暮らしたらいいかを教える。あいさつや井戸の使い方、この建物はどういう場所で何をする所なのか。村を案内し終わり布団を集会所へ運び込むのを手伝う。今日は村と人間に慣れてもらうためにそれ以上のことは何もしなかった。怯えてすぐ布団を被った子もいたし、もう興味を持った子もいた。気になるなら見てきてもいいと言えば、その子は目を輝かせて畑へと飛んでいった。あとは仕立て屋のばーさんが服を作るからと採寸していき、食堂のおっさんがスープを持ってきて、本屋のおばさんが絵本を読み聞かせてくれた。
勇者効果もあるんだろうけど、この村の連中は子供が好きなのかも知れない。
当の勇者はと言うと、食料調達から戻った後はこれからみんなが住むための家を建てるのに必要な木材調達に向かったらしい。夜には見回りで山に入り野獣討伐をしているようだった。
村人たちは仕事を強要することはなかったし、何をしているのかと尋ねれば嫌な顔ひとつせず教えてくれた。そんな毎日に、1人、また1人と自らの意思で手伝いを申し出る。1週間ほど経った頃には、全員が何かしらの仕事を手伝うようになっていた。
俺が勇者とまともに顔を合わせたのも、1週間ほど経った頃だった。
「事情説明も終わったようですし、行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「どこって…活動拠点ですよ。彼等全員を連れてゾロゾロと旅をするわけにはいかないでしょう?何不自由なくとはいきませんが、それでも安心して暮らしていける場所です。活動拠点というより生活拠点というべきですかね。候補はあるのでしょう?」
生活拠点…?
「まさか…」
ポカンとする俺を見て勇者は顔色を変えた。それを見て俺はさっと血の気が引いた。まずい、ヤバい。忘れてた。というか気づかなかった、気が回らなかった。助けなきゃって事ばかりで、助けた後のことを考えてなかった。こっちの方が大事なのに。安心して眠れる場所、質素でも十分な食事、暑さ寒さを凌げる場所。こっちを先に探さなくちゃいけなかったのに。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「…とりあえず村に戻りましょう」
「でもっ」
「ここにいるよりはマシですよ」
「う、うん…」
「みなさん、移動しますよ。もし足を怪我していて歩くのが困難な方がいましたら遠慮せずに言ってください。手を貸します。さ、カルミア君。行きますよ」
「みんな、ついてきて」
不安そうな表情ではあるけれど、みんなは互いに頷き合って俺の後に続いた。勇者はアイツの監視を兼ねて後ろにつく。
村に着いたところで、なんて説明したらいいんだろう。そりゃあの村の奴らは人間のくせにいい奴らだとは思う。だけど人間だ。キメラの事をよく思ってないかも知れない。こんなにたくさんのキメラを見て、攻撃してこないとも限らない。攻撃されなかったとしても、きっと、絶対追い出される。
どうしよう。俺が一番みんなに酷い事をしたかも知れない。助けるなら助けるで、ちゃんと最後まで責任を持たなきゃいけなかったのに。助けて『はい、終わり』じゃないのに。どうやって助けるかばかりで、その後のことなんてちっとも考えてなかった。
なんで、なんで俺はいつも……後の事が考えられないんだろう。
トボトボと歩く訳にもいかず、自分をぶん殴ってやりたい気持ちと反省や後悔で沈んでいく気持ちがごちゃ混ぜで訳がわからないまま歩く。気がつけば村はもう目の前だった。
勇者がアイツを連れて先頭にくる。
「話、合わせてくださいね」
「わ、わかった」
よしよしと俺の頭を撫で、勇者は村に響くように大きめの声を出した。その声を聞いてわらわらと集まってきた。
「ただいま戻りました」
「アッシュさん!おかえり」
「施設に行ったんだって?大丈夫だったのかい?」
「カルミア君は?具合悪くなってない?」
「僕達は大丈夫なのですが、実は困った事がありまして…」
「どおも皆さん、こんにちは。いつもお世話になってまーす」
勇者の目配せでアイツが前に出る。ニコニコとした笑顔はともかく、白衣姿にみんながハッとする。どう見ても施設の関係者だ。国の施設に俺たちのような部外者を送り込んだとバレれば、どんな処罰を受けるかわからない。血の気の引いていく顔を見ていると、俺まで動悸がしてくる。この後、どうするつもりなんだ?
「皆さんご存知の通り、ここにいるカルミア君とアッシュ君が当施設を潰してくれました。再起不能です。あそこ、国の施設なのにね。で、ここにいる子達を救出した訳です。いやぁ、お見事ってやつですよね。研究者達はみーんな成敗されちゃいました。私はたまたま視察で来ていただけの目撃者ですけど。そんな訳でこの子達は安心して暮らしていける。そう思ったんですけどね。どうやら、違うみたいなんですよね。…おやぁ?どうしました?皆さん、顔色が悪いですよ?あ、もしかして思い出しましたかね。皆さんが実験の共犯者だって事」
「き、共犯だなんてとんでもない!我々は頼まれた物を運んでいただけで…!」
「そうです!何に使うかなんて知りませんでした!」
「国の命令ですよ?逆らうなんてできません!それで仕方なく…」
「仕方なくぅ?おかしいですね、ちゃんと報酬は支払っていると記録されていましたよ」
「そ、それは…」
「さぁて、どうしましょうかね。皆さんも一緒に処刑されます?」
「ひぃっ」
処刑という言葉に、さっきまで俺たちを心配していたはずの村人たちは、今度は怯えた目でアッシュを見た。足がすくんで逃げられないというよりは、アッシュの実力を知っているが為に動けないという感じかも知れない。
「脅さないであげてください。彼等も被害者みたいなものですから」
「キミは甘いねぇ」
「そうですかね。皆さん、とりあえず話を聞いてください。僕達の目的は、国立施設でありながら不正に人体実験をしている疑いのある施設を調査し、可能な限り被験者を救出する事なんです。ですが、今回の施設には想定よりもはるかに多い被験者がおりまして…。さすがにこの大人数を連れて次の場所へ向かうのは難しく、できればこの村で匿っていただきたいのです」
「アッシュさん、それはアレかい?我々を見逃す代わりにってやつかい?」
「そういう事です」
「その…アッシュさんは、信用していいのかい?」
「僕が嘘をついている、と」
「悪いけど、可能性がない訳じゃないだろう?」
「そうですね。うーん………あ、皆さん、勇者は知っていますよね?」
「え?ああ、まあ」
「有名だしねぇ」
「まさか、勇者様御一行だなんて言うつもりかい?」
「勇者様って魔王と相打ちで亡くなられたんでしょう?」
「アッシュさんが強いのは知ってるけどよ、流石にそれは無理があるって」
「勇者様の姿が非公開なのは、勇者の名を語る偽物が悪事を働かない為って聞いたよ」
「あ、そういう設定になってるんだ…。それじゃあ、勇者と言えば何が思いつきますか?」
「え?何ってそりゃぁ…」
「アレしかないよね」
「うんうん」
そういうと村人達はお互いに顔を見合わせ頷くと、声を揃えて言った。
「「「聖剣サンドリヨン」」」
「ですよね。では、聖剣の特徴とかはご存知ですか?」
「えっと…持ち主を自分で選ぶって話だったよな」
「勇者様が呼ぶとどこからともなく現れるのよね」
「刃こぼれ一つせず、斬れ味も衰えないって聞いたぞ」
「私、聖剣は意思を持っていて言葉を話すって聞いたよ」
「神々しく刀身が輝いているんだってさ」
「勇者様以外が持つと燃えちゃうんでしょ」
「え?俺は重くなるって聞いたけど…」
「えー!?水になるんじゃないの!?」
勇者の噂話は普通なのに、なんだが聖剣の方はずいぶんと誇張されている気がする。少なくともゴロツキは普通に持ち帰っていたけど。燃えるや重くなるは、聖なる力的なやつでなくはないかもしれないが、さすがに水になるってのは嘘だろ。剣がどうやって水になるんだよ。
「皆さん聖剣に詳しいですね。じゃあここでひとつ試してみましょうか」
「試す?」
「実際に聖剣を呼んでみるんですよ」
「なっ!?」
「おいおい……アッシュさんよ、流石にそれは無謀だよ」
「勇者様御一行を語るのは、まあわからなくはないけどさ。流石に勇者様を語るのはマズイって」
「そうだよ、そんな嘘すぐにバレちまうよ」
「潜入前の下調べとは言え、アンタには世話になったんだ。勇者だなんてウソはつかないでくれよ」
「あれ?僕もしかして結構信頼してもらえてます?うわぁ、嬉しいなぁ。でも、今回ばかりは無茶なお願いしていますし、礼儀としてちゃんとしないと。でも、ちゃんと来てくれるかな?ドキドキしてきた」
勇者は天を仰ぎ、片手を掲げる。
「お願いします、サンドリヨン」
ドオォォン
轟音と共に落雷が勇者の手に落ちる。一瞬の出来事に目を覆う暇さえなかった。気がつけば、勇者の手には一振りの剣が握られていた。言わずもがな、聖剣サンドリヨンだ。俺にとっては、見慣れた忌々しい魔剣。
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吉と出るか、凶と出るか。
「どうでしょう、証明できましたかね?」
にこにこと笑う勇者にみんな釘付けだ。
「うそ……キミ、勇者だったの…?」
「はい」
アイツがあんぐりと口を開けて言う。
鞘がないので、勇者はとりあえず聖剣を地面に突き刺した。
「無理を承知でお願いします。被験者達を、村で保護してもらえませんか?」
「ゆ、勇者様の頼みとあらばお聞きしない訳には…。ですが、急にこの人数は食料が…」
「もちろん、そこは僕達も協力します。皆さんに丸投げなんてできませんから」
「そう言う事なら…なあ?」
「そうね」
「勇者様の頼みだし」
「断る訳には…ねぇ」
「ありがとうございます!」
よかった、とりあえず当面の衣食住は確保できたみたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。
話を合わせるどころか、俺、何もできなかった。本当は俺がやらなくちゃいけない事だったのに。
当面の間、みんなは村の集会所で寝泊まりすることになった。
もちろんキメラであることは絶対の秘密だ。村人たちには実験の影響で短命であり、普通の人間よりも力が強くなっていると説明した。この村の人たちはお人好しで、すぐ同情してアレコレ世話を焼き始めた。当然キメラたちはそんな人間たちを警戒していたが、これから世話になるのだからみんなも村人たちを手伝ってほしい、と説得した。同じキメラだからか俺の言うことは素直に聞いてくれる。
勇者とアイツは何名かの村人と一緒に食糧調達に山に行った。俺はまず、みんなに村ではどう暮らしたらいいかを教える。あいさつや井戸の使い方、この建物はどういう場所で何をする所なのか。村を案内し終わり布団を集会所へ運び込むのを手伝う。今日は村と人間に慣れてもらうためにそれ以上のことは何もしなかった。怯えてすぐ布団を被った子もいたし、もう興味を持った子もいた。気になるなら見てきてもいいと言えば、その子は目を輝かせて畑へと飛んでいった。あとは仕立て屋のばーさんが服を作るからと採寸していき、食堂のおっさんがスープを持ってきて、本屋のおばさんが絵本を読み聞かせてくれた。
勇者効果もあるんだろうけど、この村の連中は子供が好きなのかも知れない。
当の勇者はと言うと、食料調達から戻った後はこれからみんなが住むための家を建てるのに必要な木材調達に向かったらしい。夜には見回りで山に入り野獣討伐をしているようだった。
村人たちは仕事を強要することはなかったし、何をしているのかと尋ねれば嫌な顔ひとつせず教えてくれた。そんな毎日に、1人、また1人と自らの意思で手伝いを申し出る。1週間ほど経った頃には、全員が何かしらの仕事を手伝うようになっていた。
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