勇者をゾンビにしてみた結果

襟川竜

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キメラとゾンビとイカレ研究者⑧

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 ガラガラと揺れていた馬車の動きが止まった。研究所の入り口に着いたのだろう。何度か深呼吸をし気持ちを落ち着かせて集中する。
 俺は今、荷物に紛れて輸送されている最中だ。彼は俺とは別の樽に入っている。
 こういう時、千里眼は便利だ。外は今どういう状況なんだろう?なんてドキドキしながら様子を覗う必要がない。丸見えってすごい。自分達の状況を上からの視点で見られたら状況把握もしやすいのだが、残念ながらそれがまだうまくできない。俺が普段見ている目線で物を透過して見る事ができている、とでも説明すれば伝わるだろうか。
 リストのチェックが終わったようで、馬車が再び動き出す。入り口を入ってすぐ右に曲がれば、おそらくはここが荷下ろし場だ。馬をつないでおく柵みたいなやつがある。餌と水の入った桶も見える。
 おっさんともう一人、この間の青年ではなくおっさんと同い年ぐらいのおっさんが二人で荷物を下ろしていく。俺達が入っている分重くなった箱や樽だが、見張りの研究者らしき人物はいないため多少よたついても怪しまれる事はなかった。
 積み荷を降ろし終えたおっさんたちは馬の食事と水分補給を終わらせると村へと戻っていった。
 カララン、とかすかに鐘の音がした。白衣を着た研究者達がどこかの部屋に集まっていく。正直に言って俺の千里眼はそんなに長い間見ていられない。かなり苦しくはなってきたが、今ここで解くわけにはいかない。映像が乱れてはきたものの、見えないわけじゃない。
 どうやら食事の時間のようで、彼等が向かったのは食堂のようだった。俺達の周りには人影はない。鳥やら動物の姿も見えない。今がチャンスだ。千里眼を解くと、途端に呼吸が戻ってくる。息を止めているつもりはないのだが、こればっかりは自分じゃわからない。荒れる息を無理やり整え汗びっしょりで不快ではあるものの、一応慎重に外に出る。そっと蓋を押し上げれば、ちょうど彼も出るところだった。
 ドクドクと心臓の鼓動が早いのは千里眼の反動もあるけれど、敵地に侵入した緊張感のせいだろう。再び呼吸が乱れてくる。
「近くに人の気配はありません。今のうちに移動しましょう」
 返事代わりに頷いた俺を見て彼は気配を探りながら移動を開始する。俺の緊張なんてお見通しなのだろう。彼は慎重に迅速に、でも時折俺を気遣いながら移動する。
 探知能力は一体どこまでが有効範囲なんだと言いたいくらいに誰ともすれ違わない。恐るべし、勇者スキル。
 どこで何に聞かれているかわからない。事前に決めておいた手信号を時折使いつつ居住区を目指す。彼は何の迷いもなく俺がみた食堂とは違う場所を目指して進んでいく。人の気配を頼っただけじゃこうはならないはずだ。人間とキメラの気配の違いまで察知しているって事だよな。
 ゾンビになったからって特殊能力を得るわけじゃない。生前の能力をそのまま引き継ぐだけだ。知ってはいたけど、こいつどんだけ人間離れしてんだよ。
 そんなこんなで地下三階の居住区には予想よりも簡単に辿り着くことができた。次の課題はいかに騒ぎを最小限にとどめて救出するかだ。食事の配膳係らしき白衣の男がガラガラとワゴンを押している。俺達に背を向けていて気付いた様子はない。
 鍵の束についたタグを確認しながら一部屋ずつ配膳していく。
「ん?Cクナー38544はどこだ?……ああ、そこに居たのか。食事のぐがっ」
 1人見当たらなかったのか部屋で腰をかがめた研究員を彼は手刀で眠らせた。突然倒れた事に疑問を抱いたのか、部屋にいたキメラ達が入り口へと視線を向ける。
「俺はカルミア。みんなと同じキメラだ。助けに来たんだ、一緒にここを出よう」
 緊張やらなにやらで鼓動の早い俺とは対照的に、キメラ達はポカンとしている。急ぎたいところではあるけれど、そういえば俺も助けに来たって言われた時はポカンとしてたなぁ。俺は片膝をつき座り込むみんなと目線を合わせた。
「ごめん、急に言われても訳わかんないよな。俺はみんなを研究所の外に出しにきた。今みたいに美味いものは食えないし、風呂もない。そのかわり、毎日注射をしなくてよければ、虫部屋もない。キノコも無理矢理食わなくていい」
「……びりびりは?」
「ないよ」
 恐る恐る聞く少年に、俺は精一杯の優しさを込めて答える。
「ぶくぶくは?」
「もくもくはあるの?」
「べたべた、ない?」
「全部ないよ。ばちゃばちゃはあるけど、入らなくていい。ばちゃばちゃにはガジガジしないガジガジが住んでいるんだ。だから、君たちは入らなくていい」
「じゃあ……これはある?」
 そう言ったのはこの部屋唯一の少女。手には絵本をもっている。きっと、彼女は俺と同じように絵本が好きなのだろう。
「それは絵本だ。とってもたくさんある」
 そういうと、彼女は目を輝かせた。
「このままここで、みんなに死んで処分されてほしくないんだ。一緒に、来てくれないかな」
 そういうと、彼等は不安げながらも頷いてくれた。

 気絶した研究者を部屋にぶち込み鍵をかけた後、俺たちは他の部屋のキメラ達も同じように解放していく。1人しかいない部屋や、空室、すでに亡くなっていたキメラたちもいたが、それでも17人解放することができた。後は見つからずに研究所を脱出するだけだ。
 侵入と脱走を阻止するためか、階段はすんなりと上には登らせてくれない。来る時は楽勝だったけどこの大所帯では来た時以上に慎重にならざるを得ない。目の前に地上階行きの階段が見えたところで、先頭を行く彼は俺たちを止めた。
「怪我をさせていいならギリギリ間に合います」
 合図ではなく直接言うってことは、そういうことなのだ。不安そうなみんなに当然ケガなんてさせられない。彼の実力なら研究してるだけの軟弱な奴らなんて簡単に切り伏せられるんだろう。自信があるとかないとかじゃない。確証がないんだ。研究者を見たらきっと、いや絶対にみんなは足を止める。俺もたぶん、動けなくなるかもしれない。不安に駆られたのか、絵本の少女が服の裾を掴んだ。
「大丈夫、絶対にみんなを外まで連れていくから」
「…うん」
「大丈夫ですよ。そのキメラさんは皆さんの味方ですから。僕も皆さんには怖い思いはしてほしくないのですが…。少しだけ、怖い思いをさせてしまうかも」
 困ったように彼は笑う。
 そうこうしているうちにバタバタと足音が聞こえて来て、俺たちを研究員が包囲した。手には銃を持っている。
「アレ、撃たれても死なないけどビリビリして動けなくなる」
「了解です」
 みんなの体が強張る。俺の鼓動も早くなる。
 あの銃は俺たちキメラが最初に受ける痛みだ。撃たれるとビリビリして痛くて息もできない。一発のビリビリ時間はそんなに長くないけれど、一度に4、5発は撃ち込んでくる。そんなの当然初めてで耐えられるはずがないし、嫌でも記憶に刻まれる。毎日撃たれていたら、もしかしたら慣れるということもあったかもしれない。でもあの銃は忘れた頃に登場する。だから慣れることがない。
 彼もここが広い場所だったなら、全員を相手にするという離れ技をやってのけてくれていたと思う。さすがにこの狭い通路じゃ無理もできない。慎重になってくれているのはわかるのだが、あまりにも堂々とした佇まいに研究者たちの方が緊張しているようだった。
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