上 下
18 / 19

キメラとゾンビとイカレ研究者⑥

しおりを挟む
「子供二人で旅だなんて大変だっただろう」
「裏山の野獣を倒してくれたんだって?なんとお礼をいえばいいか…」
「人恐怖症なんだって?良ければ部屋で食事にするかい?」
「服がボロボロじゃないか。うちの服見ていかないかい?」
「悪いねぇ、この村には鍛冶屋はないんだよ。砥ぐくらいならできるんだが…」
 旅人がほとんど来ないのか、村に着くなり囲まれた。こんなに大勢の人間に囲まれると、違うのに研究所に居た頃を思い出す。自分でも体が強張っていると分かったのだ、背負っている勇者が気づかないはずがない。爽やかスマイルでさらっと切り抜けてくれた。
 二人旅をしているということ。カルミアは悪い人につかまり人体実験を受けていて人恐怖症であるということ。囚われの仲間たちを助けるために旅を続けているということ。
 あながち間違ってはいないが、真実とも言えない。けど村人にそれを確かめるすべはない。
 まだ何か聞きたそうな村人達に「一度休息をとらせてほしい」といって、一旦宿へと向かう。一人部屋でゆっくりしたいところではあるが、何か起きた場合すぐ対処できるようにと二人部屋を取らせてもらった。
「大丈夫ですか?」
「だいぶ痛みは引いてきた」
「横になります?」
「そーだなぁ…」
 ちらりと腰かけたベッドに視線を向ける。柔らかい布団が中にお入りと手招きしている。今すぐ飛び込んで爆睡したいところではあるのだが、ゆっくり風呂にも入りたい。寂れた村のくせにこの宿には大浴場があるらしい。近くに天然の温泉が湧いていてそこから引いているのだとか。これはもう、入らない理由がない。
「先に風呂に行こうかな。打ち身にもいいらしいし」
「そうですか。あの、僕も一緒に行っていいですか?」
「いいけど……そっか、俺人恐怖症って設定だったな」
「それもそうですが、『ふろ』というのがよくわからなくて…」
「は?いやいや、風呂は風呂だろ」
「その『ふろ』というのはあって当たり前なのでしょうか?」
「当たり前にあるのかといわれると、無いところもあるとしか…。研究所は衛生管理が大事だからあったけど、革命軍には無かったし」
「なるほど」
 こいつは一体何を言っているのだろうか。そういえば住んでいる地域によって同じものでも名称が違うことがあるって師匠が言っていたっけ。勇者の故郷では違う言い方をしていたのかもな。
「とにかく風呂行こうぜ。ずっと川で水浴びだったし、久々にあったまりてぇ」
「あったまる?」
 疑問符を浮かべる勇者を連れて大浴場へと向かう。気持ち大きめな浴場に客は俺達だけ。貸し切りっていいねぇ。
 だが、そんな俺とは対照的に勇者は不思議そうな顔であたりをきょろきょろと見まわしている。そんな今日何度目かもわからない「こいつなにやってんだ?」という疑問は、すぐに解消されることになる。
「ここは何をする場所なんですか?」
「なにって脱衣所だよ」
「だついじょ?」
「服着たまま風呂になんて入れないだろ」
「つまり、服を脱ぐ場所なんですか?」
「そうだけど…」
「へー」
「えっと、まず靴脱いでここに置く」
「ふむふむ」
「服を脱いだらこのかごに入れて」
「ほうほう」
「この扉から浴室に」
「…!な、なんですかこの熱気!敵襲!?」
「風呂で待ち構えてたら敵というよりただの変態だろ」
 俺の説明を聞きながら同じように行動し、開けた扉から流れてきた湯気にここまで過剰反応する。まさかとは思った。けどこいつは勇者だ。人間達からすれば立ち寄ってくれた勇者様は歓待だろうし、旨いもの食って、ふっかふかの布団で寝て、美女侍らせての天国生活を送っていたはずだ。さすがにそれはないと思った。
「カ、カルミア君……この水、熱いです!」
「そりゃぁ…温泉だし」
「これに…入るんですか?」
「そうなるかな」
 生唾をごくりと飲みこんだっぽい勇者の顔は、今から温泉に入ろうとしているそれではない。今から死地に赴くことを告げられ死を覚悟した者の顔だ。まさか風呂場こんな場所でそんな顔を見ることになるとはさすがに想定外だ。むしろ予想できたやつがいたら凄すぎる。
 覚悟を決めるために深呼吸する勇者の頭に手桶で汲んだお湯をぶっかける。
あっつっっっ!」
「んなわけあるか、ちょうどいいわ。ほれ、先に体と髪洗うぞ」
 ここでも「あれはなに?これはなに?」があったが、面倒なので割愛する。湯船に入るのをためらう勇者を蹴り入れて(マナー違反だからみんなはマネすんなよ)お湯に浸かれば、はぁ…体も心もほぐれる温かさがなんとも気持ちいい。
「温かいです」
「そりゃ風呂だしな」
「なんだか、凄くホッとします」
「風呂だからな」
「…生きている時に入りたかったな」
 小さく呟き、この広い湯船の中で勇者は膝を抱えた。さすがの俺でも確信した。確かめるのは、ためらわれた。
 着やせするタイプなのか、全身の筋肉がすごい。それと同じくらいに傷跡もすごい。死線を潜り抜けてきたのは知っている。次こそは仕留めようとこっちも頑張ったから。
 けど、こんな勇者は見た事ない。
「あの、僕って温かい水に入っても大丈夫なんでしょうか?」
「ん?んー、多分大丈夫じゃねーかな。一応防腐処理してあるし。調子悪くなったら生肉でも食えば直ると思うぜ」
「そうですか」
 リラックスするための風呂でこんなに気まずいことあるんだろうか…。
「あの」
「なんだ?」
 自分で口を開いたのに勇者はためらう。すごく言いにくいのだろう。この前八つ当たりした時に話を聞いてもらったってのもあって、俺は次の言葉を待つことにした。
 ずっと水面を見つめていた勇者は意を決したように顔を上げ真剣なまなざしで俺を見た。
「あの、僕、人間の生活って初めてでっ。君の分かる範囲でいいので教えてもらうことって可能でしょうか?」
「人間の生活?」
「はい」
 村に入るのが初めてではなく、人間の生活が初めて。風呂に入ったことないと言っていた(正確には言ってはいないが)時点でなんかありそうだなーとは思っていたが、さすがに生活が初めてといわれるとは思わなかった。最初から殺されること前提で勇者をやっていたみたいだし、こいつも複雑な事情があるんだろうな。
「答えられる範囲でいいのなら」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「それで、お前の言う『生活』ってどこからどこまで?」
「そうですね…。ふろは今覚えました。やどがよくわかりません」
「宿は旅人が泊るところ。今回は二人部屋だけど、一人部屋もある。イスとテーブルはわかるよな」
「はい。ただ、あの大きな板のようなものがわからないです」
「俺が腰かけてたあれはベッド。寝るところだ。使い方はそん時教える」
「はい!」
「今回は俺が人恐怖症って設定だから部屋で食事させてもらえるけど、普通は食堂で食う。食器の使い方はわかるか?」
「しょっき?」
「スプーンとかフォークとか」
 勇者はふるふると首を横に振る。部屋で食わせてもらえてラッキーだったかもしれない。こうなると、子供でも分かる生活が本当に全部わからない可能性があるな。今後の行動にも支障が出るかもしれない。どこまでできるかちゃんと確認しておいた方がいいな。
「なるほどな。俺もマナーとかわかる方じゃないけど、できる限り教えるよ」
「ありがとうございます!」
「……あのさ、今までどういう生活してたのかって、聞いてもいい?」
「もちろんです!今まではずっと野営していました。僕は勇者なので、町や村には入らずに周辺を夜通し見張っていました。町や村での情報収集は仲間達が行ってくれていました。勇者が来たという事は近くに魔王軍がいるという事。それは人々に恐怖と不安をもたらすので、僕は立ち寄る訳にはいきませんでしたからね」
「…は?」
「食事は適当に狩りをして賄っていました。汚れた時は川で水浴びしていました。司教様…あ、僕を育ててくださった方です。彼も言っていました。『お前は普通の人間と違い勇者という特別な存在だ。普通の人間と同じ暮らしをしてはならない。もし普通の人間と同じ暮らしをすればお前の神聖が失われてしまうだろう』と。そして一人で生きていけるように戦うすべや止血方法、毒物の見分け方や天術など、たくさんの事を教えてくださったんです。なかでも野営に関する知識は今でもとても助かっています」
 嬉しそうに、誇らしげに勇者は語った。だが、聞いている俺には違和感が残る。ずっと野営?人里には入らない?普通の人間の暮らしをしてはならない?いくら何でもおかしいだろ。風呂にも入ったことがない。食器もベッドも知らない。これは、どころかだ。
「野営の時は、仲間も一緒に野営してたんだよな?」
「いいえ、ずっと僕一人ですよ。さっきも言ったじゃないですか、皆さんは情報収集してくれていたんです。僕は勇者だから人前に姿を見てはいけなかったので、皆さんが情報収集してくれてすごく助かっていたんです」
「……」
「勇者である僕と一緒に来てくれる。それだけでとてもありがたいのに、情報収集まで。僕が未熟なばかりに皆さんにまで一緒に戦ってもらうこともありました。僕はそんな彼等にとても感謝していましたし、大好きだったんですけど…」
 殺された時の事を思い出したのか、勇者の表情が曇る。俺はというと、自分から聞いておいて勇者のあまりにもあんまりな扱いに言葉が出なかった。
 勇者?いや、道具だ。もしかしたら道具以下かもしれない。
「こんな事言ったら怒られるかもしれないけど。僕、今が一番楽しいんです。君とこうやって話をするのが凄く楽しい。ずっと、誰かと関わりたかった。でも僕は勇者だからしちゃいけなくて。だから君につい話しかけてしまって。君に拒絶されてやっぱり止めようって思ったけど、君の本音を聞いて、やっぱり関わりたくなった。ずっと謝っていたかと思えば、置いて行かないで。一人にしないでって、泣いて言うから」
「え?俺そんなこと言ってた?」
「うん、言ってた」
「まじか…」
「だから、これは僕の責任だなって。君が寂しいというのなら、せめて寂しくないように仲間に会わせてあげなくちゃって、そう思って」
「そっか…。つか、お前も寂しかったんだな」
 俺の言葉にきょとんとした後、
「そうか…僕、寂しかったんだ…」
 彼は茫然と呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

風呂場カビの逆襲

月澄狸
ファンタジー
人間から罵声と薬剤を浴びせられ続けたカビは、人間にムカついて更なる脅威へと進化した。もはやこの商品もあの商品も進化したカビには敵わない……。などという危うい描写はいたしません。 ※この作品は、小説家になろう・カクヨム・アルファポリス・ノベリズムで投稿しています。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉
ファンタジー
「私は私の評価を他人に委ねるつもりはありません」 多くの者達が英雄を目指す中、彼はそんなことは望んでいなかった。 ただ一つ、自ら選択した道を黙々と歩むだけを目指した。 その道が他者からは忌み嫌われるものであろうとも彼には誇りと信念があった。 彼が自ら選んだのはネクロマンサーとしての生き方。 これは職業「死霊術師」を自ら選んだ男の物語。 ~他のサイトで投稿していた小説の転載です。完結済の作品ですが、若干の修正をしながらきりのよい部分で一括投稿していきますので試しに覗いていただけると嬉しく思います~

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

処理中です...