勇者をゾンビにしてみた結果

襟川竜

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キメラとゾンビとイカレ研究者⑤

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 その後何日か調査を重ね、近くに寂れた小さな村がある事と、その村から三日おきに物資を積んだ馬車が出ていることを突き止めた。荷物を運び、その代金で村は何とか存続しているといった感じだ。荷物の内容としては村の周辺で採れるキノコや魚、果実に葉っぱに虫。この山の中にあるあらゆるものを村人達がかき集め、それを馬車に積んで送り出している。勇者によると食用の山菜だけではなく故意に毒草も採取しているとの事だ。おそらくキメラ達の実験に使うものだろう。そういえば、甘いのから苦いのまでひたすら食べなきゃいけないって言っていたやつがいたな。あいつは確か……そうだ、革命軍が来る少し前に呼ばれてそれっきりだ。
「では、手筈通りに」
「おう」
 今回の作戦はこうだ。明け方に馬車は荷を運ぶ。その帰り道にワザと馬車を野獣に襲わせてそれを勇者が助けて恩を売る、というものだ。いわゆる自作自演だな。勇者がやっていいことではない気がするが、曰く「勇者ですから、多分問題ないんじゃないですかね」だそうだ。ちなみに、そう都合よく野獣が現れるか問題だが、それに関しては問題ない。昨晩返り討ちにした野獣を俺がゾンビにして使用する。これならうっかり村人を殺してしまったなんてミスはなくなる。荷車は破壊しても村人と馬は傷つけない。今回の作戦で一番重要な部分だ。
 八つ当たりの後、勇者は気にしていなかったが、さすがに俺は気まずかった。イラついていたとはいえ、あいつに自分で助けた母娘を殺して食えなんて、随分と酷な命令をした。平気そうな顔してるけどずっと最前線で革命軍と戦い続け、やっと終わったと思ったら仲間に殺され、目が覚めたらゾンビになっていた。その上、助けた母娘をその手で殺して食うなんて、精神を壊すなというのが無理な話だ。なのにあいつは、前よりもよく話しかけてくるようになった。食人後は確かに開いていた距離が、出会いたての頃まで……いや、それ以上に詰めてきている。
 俺が一人になる時間が少なくなるように。
 寂しくないように。
 悲しくないように。
 孤独に心が潰されないように。
 偽善だととらえるやつもいると思う。少し前までの俺だったら偽善者だと罵っていただろう。
 だが、今の俺は不思議で仕方がなかった。確かに心の内を色々とぶちまけた。よく覚えてはいないけれど勇者への罵詈雑言ではなかった気がする。自分の無力さとか、みんなへの謝罪とか。
 けどさ、それだけでここまで気にするか?ずっと戦い続けて、死後も休むことを許されない。そんな状況でどうして酷いことをした俺を気に掛けることができるのだろうか。そういう性分だとしても、こんなに他人を気に掛けられるものなのだろうか。いかにも理想の勇者様って感じだけど、こいつの心は、悲鳴とか上げてないのかな?
 そう思ったら自然と謝罪の言葉が口をついた。
『俺の事は許さなくていい。許してほしいわけじゃないし、許されるとも思っていない。だけど、無理やり人を食わせたことは…その、ごめんなさい』
 謝って済む問題ではない。殴られることも殺されることも覚悟のうえで謝罪した。なのにあいつはぽかんとした後、こう言った。
『君の命令に抵抗しきれなかった僕が未熟なだけだよ。でも、気にかけてくれてありがとう』
 にこりと笑い、優しいんだねなんて言いながら俺の頭をなでる始末。さすがに子ども扱いするなとキレた。しかもその後、
『僕も君から大切な仲間を奪ってしまったからね。前にも言ったけれど、お互いに譲れない信念のもとに起きた戦いだから、この手で殺めてしまったキメラ達に僕が謝罪をすることはない。それは、彼等への侮辱に他ならないからね。だからといってとも思っていないよ。僕にできるのは自分のした事から目を背けない事。背負った十字架から逃げない事。だから、僕のした事で君が苦しんでいるというのなら、それは僕が受け止めなければならないものなんだ。君の怒りも悲しみも苦しみも、それは当然の感情で、無理に押さえつける必要なんてないんだよ。でも、飲まれてしまうのはよくないから、そこは気を付けてね』
『でも、勇者として人間のために戦ってきたのに、今度はその人間達に牙をむく手伝いをさせられてるんだぞ!?なのになんでそんな風に思えるんだよ。もっと怒って、憎んで、恨んでくれてもいいんだぞ!』
『そっか。君は咎められたいんだね。そのほうが気が楽なのかな』
『それは…』
『じゃあ許してあげる』
『は?』
『あの一件について咎めたりしない。だからせいぜい罪悪感に苦しんでおくれ。ふふっ、僕ってば元勇者なのに意地悪だよね』
 そう言って笑う勇者は、なんだか本当に楽しそうだった。
『キメラ救出も今まで通り手伝うよ。ほら僕、勇者解雇されてやる事ないしね』
 そんな勇者に、当然ながら返答できずに今に至る。優しいを通り越して愚かだ、というのをどこかで聞いたことがある。もしかしたら、こいつはとっくに精神が壊れているのかもしれない。自分の気持ちよりも他人の気持ちを優先する。それが精神を支える最後の砦、みたいな? 
 まあ、そんな風に思っちまったらわざわざ無駄な犠牲をだす必要もないかなって結論に至ったわけだ。研究所をぶっ潰すのは、それはそれで帝国への復讐にもなる。キメラ達も助けられて一石二鳥だ。
 あいつはずっと、こんな気持ちで戦ってたのかな。罪悪感のもやもやが心の片隅にこびりついているのを自覚した。あいつの言うように咎められたらスッキリしたのかもしれないが、それが許されない以上、これは俺が背負うべき十字架で、俺が選択した結果なのだ。
 とにかく、考え出すといつまでももんもんとしてしまうので、気持ちは切り替えなければならない。無理やり切り替えて考えた結果、恩を売る作戦になったというわけだ。
 俺の力のほとんどは勇者を維持するために消費され続けている。でも追加要素オプション一切なしのゾンビならもう一体くらいは作れるはずだ。ゾンビを動かす核を今回は頭部に設定する。そこを破壊すればこいつは止まるって訳だ。事前に用意しておいた魔方陣を描いたマントを野獣の死体に掛ける。今回は森の中で地面に魔方陣を書くことができない。師匠なら自分の魔力で空中にだって魔方陣を描けるのだが、残念ながら今の俺には無理だ。でもこの「最初からマントに魔方陣を描いておく」っていうのは、なかなかどうしていい案だよな。すぐゾンビ作れるし。
「役目を終えしその体、呪われし我が言の葉を動力とし今一度目覚めよ。我が手足となりて我に仕えよ。汝の脳髄、我が言の葉が借り受ける。さあ、目覚めの時だ!」
 呪文と共に光始めた魔方陣は一瞬の閃光を放ち落ち着きを取り戻す。ゆっくりと死体が動き出した。
「一丁上がり!」
「おおー」
 パチパチパチとのんきに拍手をする勇者に、なんだろ、その、もっと褒めて的な?
 調子に乗りかけてバチでも当たったのか、そんな俺達のところに野獣が突っ込んできた。当然のように勇者は俺を抱えて華麗に回避。小脇に抱えられた俺は目をぱちくりしてようやく状況を理解する。どうやら制御に失敗した訳ではないようだ。ゾンビ野獣のほかにもう一体。どちらも狼型だがゾンビの方は灰色の毛並みであるのに対し、乱入してきた方は灰青はいあお色だ。ついでにいうなら乱入野獣のほうが少しデカい。
「この山野獣多すぎだろ!」
「縄張りを侵されたとでも思ったのかもしれませんね。ちょうどいい、彼にも協力してもらいましょう」
「どーやって?」
「ゾンビさんの方を馬車に仕向ければ後を追うので…っと」
「うわわわわ」
「口閉じてないと舌噛みますよ」
「…!」
 野獣はゾンビだけじゃなく俺達も敵とみなしてるっぽい。ひょいひょい避ける勇者に抱えられたまま慌てて口をふさぐ。軽ーく木の上にとんだ勇者に、野獣はぐるぐるとうなり声をあげながらうろうろしている。飛びかかるタイミングでも見計らっているのかもしれない。というか、小柄とはいえ俺、38キロぐらいあるんだけど。なんで抱えて木の上まで飛び上がれるんだよ。置いて行かれても困るけど、こいつの腕力どうなってんだよ。
「僕達も一緒に下山がよさそうですね。作戦を一部変更します。野獣に襲われ僕達は逃げてきた、そこで偶然馬車に遭遇した。このままでは巻き込んでしまいそうなので応戦、撃破した」
「りょーかい。命令する!向こうの方へ下山し荷馬車を襲え!ただし、破壊対象は荷車のみとする!なお、勇者は荷馬車と遭遇後、人命を優先し野獣2体と交戦、2体とも撃破せよ」
「あの…僕への指示いります?さすがに作戦内容は把握して……」
 そこまで言った勇者は何か違和感を覚えたのか、反対の手をじっと見た後、
「君、もしかして個別に指示出せないんですか?」
「……」
「えー…」
 俺は黙って目をそらした。命令を受けゾンビが走り出す。それを追って野獣も動き出した。
「時間がないので行きますよ。口閉じていてくださいね」
 俺の返事を待たずに勇者は木を飛び出す。さすがに野獣のほうが早い…と言いたいところだが、木から木へと飛び移るという最短コースで距離を詰めていく。それどころか俺達のほうが先に抜けた。
 突然飛び出してきた俺達を見て御者のおっさんが目を丸くする。その直後に勢いよく現れた野獣を見てさらに目を丸くし、慌てて馬を止めた。勇者は俺を空中でおっさんの方へとぶん投げると、荷車に飛びかかったゾンビを刀身でぶん殴って吹っ飛ばす。着地と同時に野獣の牙を剣で受け(しかも片手)、もう片方の手で顎下から天へと拳を突き上げた。衝撃で野獣はのけぞり、咥えられていた剣も同時に折れる。すぐさま2本目を抜きがら空きの喉を掻っ捌くと今度は腹部をぶん殴る。野獣の体がくの字に折れ、一瞬だけその場にとどまったように見えたが勢いよくぶっ飛んでいった。何本もの木をなぎ倒してようやく止まる。命令通り再び荷車を狙うゾンビの頭を勝ち割ると、その前足を掴んで旋回、勢いを利用してぶん投げる。その体は立ち上がろうとしていた野獣の上へと見事に落ちた。それでもまだもがく野獣の元へと一気に距離を詰め首を撥ねた。それでもまだ動こうとするのだから、野獣の生命力はなんとも恐ろしい。兵器利用したくなるのもうなずける。
 ちなみに、俺はというと受け身なんて取れないもんだから思いっきり背中から地面に激突。「痛ってぇ…」なんて言いながら体を起こしている間に戦闘終了だ。相変わらず人間離れしまくった動きだ。
「お怪我はありませんでしたか?」
「あ、ああ…。あんた、凄いな…」
 一瞬で終わった戦闘におっさんはぽかんとしたまま答える。予定では荷車は破壊することになっていたのだが、その前に勇者が2体とも撃破したので、結果として被害を受けたのは背中を打った俺だけだ。荷車からもう一人青年が下りてくる。もしかして勇者の奴、人が乗っているのに気づいて速攻で片づけたんだろうか。こいつ、そういうところ鋭いからなぁ。
「なに?どゆこと?」
 慌てて荷車から出てきたけれど、出てきた頃には戦闘終了しておりイマイチ状況が分かっていない青年におっさんが興奮気味に説明する。
「マジで!?2体も倒したのか!?しかも狼型って素早くて討伐難しいってよく聞くぜ?あんたすげぇな!」
「そんなことは…。それよりも僕達、道に迷ってしまいまして一晩中山の中を彷徨っていたんです。どこか休める場所はありませんか?」
「それならオレらの村に来なよ。あんたは元気そうだけどそっちのガキんちょは顔色悪いしさ。いいよな、親父」
「ああ。さあ、荷台に乗ってくれ」
「ありがとうございます、助かります」
「…どうも」
 あれよあれよと話が進み、俺達は当初の予定通り村に潜入することができた。恩が売れたかどうかはわからないが、とりあえず結果オーライとかいうやつだ。
 余談だが、馬車の揺れは背中に響き、村に着くころには背中が痛すぎて動けず勇者に背負われるという失態をさらすことになった。受け身の練習、しておこうかな。
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