勇者をゾンビにしてみた結果

襟川竜

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キメラとゾンビとイカれ研究者

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「アレっぽいな」
「アレっぽいですね」
 川を挟んで反対側、木々の隙間から無機質な建物が見えている。俺がいた研究所もそうだったけど石なのか何なのかよくわからん冷たくてひんやりしたあの壁は侵入も脱走も難しい。だからこその素材なんだろうけど、さてどうやって中に入ったらいいんだろうか。
「なんだか冷たい印象を受ける建物ですね。斬れるかなぁ」
「建物を斬るとか初めて聞いたんだけど!?ちょい待て、リーダーの手帳にヒントあるかも」
 パラパラと手帳をめくるが、お世辞にもキレイとは言えない字は読むのが難しい。ぶっちゃけ何書いてんのかわからん。そういや、リーダーはよく手帳にメモ取ってたけど読み返してるのはあんまり見なかったような…。まさか、書いた本人ですら読めなかったんじゃないよな?
「いい情報あります?」
「ひっ」
 ヒョイッと勇者が覗き込んできた。突然のことに体がビクッとなる。悲鳴を上げるのは堪えた…というよりはびっくりしすぎて出なかった。
「そこまで驚きます?」
「う、うるせー」
「それで、いい情報は?建物の攻略法とか書いてないんですか?」
「今調べてるっつーの」
 ムッとして言い返しはしたものの、字が汚すぎて読めない。むぐぐと手帳とにらめっこをしていると、
「そろそろ陽も落ちそうですし、一旦野営の準備をしましょうか。向こうを監視できて、かつ気取られない場所を探しましょう」
「なんでお前が……いや、いい、さすがにここは従った方がいいのはわかる」
 反射的に出かけた文句だが、今の状況的に勇者の判断の方が正しい事ぐらいわかる。そんな俺を見て今までのほほんとした態度を取っていた勇者が少しだけ困ったような泣きそうなような、そんな判断つかぬ表情で眉を八の字にした。けどほんの少しだけ目をそらした後には、またのほほん勇者に戻っていた。
「夜はそこまで冷えませんし、焚き火をして向こうに見つかっては元も子もありません。火を焚くなら離れた位置の方がいいですね。一晩様子を見ましょう」
「わかった」
 さすがの俺でも気を使わせたんだってことくらいはわかる。まあ、俺が勇者に思うところがあるのと同じように、向こうだって俺…というかキメラに思うところがあるだろう。それはわかってるんだ。落ち着け俺、今やるべきことはなんだ?仲間の救出と研究所を潰すことだろう?それ以外のことは今は考えるな。2つのことを同時にやれるほど器用じゃないだろ。
 俺たちは焚き火をしても大丈夫そうな場所を見つけると早めの夕食にし、夜が更けるのを待った。
 野営の拠点となる場所には野獣避けに耐えず火を灯し、勇者が夜闇にまぎれて夕方に見つけた場所で研究所の様子を探るということで話がまとまった。
「では行って来ます、何かあればすぐに呼んでくださいね」
「おう」
 枝は充分に確保したし、一応周りにはトラップも仕掛けた。多分大丈夫、だと思う。勇者の姿が完全に見えなくなった後、目を閉じて深呼吸した。勇者の偵察を信じないわけじゃない。嘘をついたところで今のアイツにはなんの得にもならないだろう。けど、念には念をってやつだ。
 千里眼の力を発動させるために呪文が必要、という事はない。ただ強く念じるだけ。気持ちを落ち着けて深く、深く集中する。さっきの場所を思い出し……見えた。結構距離は離れたと思っていたんだが、勇者のやつはもうたどり着いている。
 俺に千里眼で見られていることに気づいたやつは今まで誰もいない。魔法サディ天術ルルーラと違い痕跡を残すわけでもないらしい。けど、わかっていてもいきなり建物に近づくのは少し……いや、かなり怖かった。
「くそっ」
 恐怖で千里眼が途切れる。リーダー達が一緒だったときはここまで怖かっただろうか?わからない。覚えてない。
 あのときは、どうしたんだっけ?
 そもそも俺は襲撃に参加したんだっけ?
 急に怖くなってきて体が震えだす。
 俺はまだいいほうだった。気がつけば誰かが死んでいて、気がつけば新しいやつに代わっている。飯だけは革命軍より良かった。ただ、美味しかったのは最初だけで、だんだん味がしなくなっていた。ストレスで味覚に異常が出たんだろうって師匠が言ってたな。俺は途中で千里眼の力に目覚めて、そこから痛いのはなくなった。ただ、が毎日のようにやってきた。アイツの顔を思い出しただけで呼吸ができなくなる。
「はっ…はっ…」
 冷や汗、体の震え、動機、過呼吸。とてもじゃないが集中できない。アイツは…
 ぐらりと視界が歪み、気がついたら朝になっていた。
「…え?」
「おはようございます」
「…おはよう…ございます…」
 あまりにも時間が飛びすぎていて、まったく状況が理解できない。顔を覗き込んできた勇者を呆然と見上げる。
「朝?」
「はい、朝です」
「なんで?」
「陽が向こうから昇りまして…」
「いや、そうじゃなくて…」
「ああ、夜の記憶がないってことですか?」
「そう、それ」
「研究所からは夜になっても人の気配が感じられず、少し近くにも行きましたが、やはり気配はありませんでした。おそらくは無人かと思われます」
「そっか」
「それで戻ってきたら君は震えているし冷や汗もすごいし、何度声をかけても無反応。おまけに目の焦点もあっていない。仕方がないので気絶させました」
「なるほど…」
 気絶がいい選択肢なのかはわからんが、まあそのおかげで恐怖の無限ループみたいな状態から助かったわけか。
「その…手間かけたな」
「いえ、あっさり気絶してくれたので」
「そ、そう…」
 なんかすげー複雑。
「体調はどうですか?いくつか食べられそうなきのみや魚を採ってきたので朝食にしましょう」
 そういうと勇者は手際よく果実や焼いた魚を大きな葉の皿に並べていく。特にこのきのみは甘いんですよ、と差し出された小さくて赤い果実を恐る恐る口にすれば、糖度の高いそれは全身に染み渡るようだった。心が少しホッとしたような、全身のこわばりがほぐれるような、なんだか心と体が軽くなったように感じた。
「うまい」
「でしょう」
 微笑みかけてきた勇者から慌てて顔をそらす。なんか、負けた気がする。悔しい、とは違うけどなんかモヤモヤする。

 朝食後に訪れた研究所は勇者の予想通り、すでに引き払われた後だった。
 手がかりになりそうなものは何もない。ホコリっぽさはあるものの、放棄されてまだ間もない様子ではある。外から見たときはそこまで大きくは見えなかったが、実際に中に入ると地下空間がかなり広い。メインは地下だったのだろう。だが、隅々まで捜索してもホコリ以外のゴミすら落ちていないとは。
「家具とか運び込んだら普通に住めそうですね」
「こんな地下に誰が住むんだよ」
「よかった。軽口を叩けるまでには回復したんですね」
「……」
「さて、ではどうします?」
「どうって?」
「この施設、破壊しますか?」
「えっと…」
 ぐるりとあたりを見回す。でかい、広い。それ以外の感想が出てこない。
「ちなみになんだけど、地下をきっちり破壊した場合、どうなるんだ?」
「そうですねぇ…。これだけ広いと、地盤沈下とか何かしら影響ありそうですね」
「そ、そうか…」
「地上の建物を瓦礫にまで破壊して地下への侵入を防ぐのが早いのでは?この様子ですと、ここに戻ってきて再び研究をする、なんてことはないと思いますよ」
「まあ、たしかに…」
 隠れ家に使えるかも知れないし、とっておいても問題はないかも知れない。
 それにしても、研究所っぽい物が無くなるだけでこんなにも印象って変わるんだな。昨日の夜、あんなに怖かったのに。
「上だけぶっ壊して地下は残すでいくか」
「わかりました。じゃあサクッと斬りますか」
 その言葉通り、勇者はサクッと地上の建物を粉々に斬った。それを見た俺は、ただポカンと口を開ける事しかできなかった。
 もしかして、今までずっと両軍のぶつかり合いで激しく壊れたんだと思っていた建物は、こいつが壊していたんじゃ…。
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