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(グロ注意)幕間・アッシュSide
しおりを挟むアッシュ視点になります。
グロ・食人要素が入るためご注意ください。
読み飛ばしても本編には支障ありませんので、苦手な方はすっとばしてください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そこの母娘を殺して喰らえ」
意味がわからなかった。とてもじゃないが、理解できなかった。でも、身体は完全にレイシャさんとリーシャさんを敵と見做していた。リーシャさんが僅かに動いただけで攻撃してしまった。僕の意思とは関係なく。今までの経験が、最悪な形で活かされた。
違う!
彼女達は敵じゃない!
でも殺さなきゃ!
…違う、違う!
食べなくちゃ!
違う!
違う違う違う違う食べたい違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う美味しそう違う違う違う血ガウチガウ血ガウ血ガウ血
「ねぇ!意味わかんないんだけど!」
その声にハッとする。そうだ、なんとかして彼女達を守らないと。思考が彼の命令に引きずられている。気を抜けば本当に殺してしまいそうだ。
「お二人とも動かないで。対象が動くと反射的に攻撃してしまうので」
「ねぇ、さっきネクロマンサーとか勇者とかって…」
「…っ!と、とにかく、何かで動きを封じるので」
辺りを見回すが、そう都合よくロープ代わりになりそうなものなど見つからない。仕方がないので太めの枝を何本か蹴り折ると足の甲に突き刺して地面に縫い付ける。ついでに左手と左足も縫い付けておく。かなり無茶な体勢に体が軋むが、こうでもしないと僕はきっと止められない。痛覚が残っているのも幸いだ。
「ひっ…」
化け物でも見るような2人に、ああ…僕は本当にゾンビになってしまったんだなぁ、なんて思う。絶望的な状況ではあるが諦める訳にはいかない。
「今のうちに逃げて!」
「リーシャ!」
「う、うん」
レイシャさんに促され2人は僕から距離を取る。足を怪我しているせいでうまく歩けないレイシャさんに、体が狙いを定める。阻止すべく力を入れるがうまくいかない。ならばと、落ちていた太めの枝で腹を刺した。
「ぐぅっ」
痛みに一瞬体が硬直し命令よりも僕の意思が勝った。痛みで意識が遠のきかけるも、別の痛みが呼び戻す。痛覚を残してくれた事には感謝をしないとだね。けど、いつまでも抑え込める気がしない。なんだかすごく乾くんだ。喉がというか、全身が乾く。飢える。渇望して切望して、欲しくて欲しくて堪らない。
ああ、お腹が空いたなぁ。
すごくおいしそうだ。とてもいいにおいがする。こんなにおいしそうなにおいははじめてだ。てをのばしたらほら、とどきそう…。
視界に自分の手が入った事でハッとする。
僕は今、何を考えていた?
口元が濡れている。涎だ。
血の気が引いた。ゾッとした。僕が僕じゃなくなっている。ゾンビになったから?命令されたから?それとも、元々こういう感情が…?
いいや、違う。命令のせいだ。ゾンビにされたせいだ。僕は、僕は…!
頭をブンブンと振って余計な考えを追い払う。今は2人を助ける方法だけを考えるんだ。視界から2人がいなくなればきっと…。目を閉じると血の匂いがよりはっきりと伝わってくる。身体中に枝を刺しているんだから当然だ。でも、違う匂いが混ざっているのがわかる。甘くて美味しそう。嗅いで真っ先に思ったことがそれで、涙が出てきた。涙なんて、とっくの昔に枯れたと思ってたんだけどな。
「きゃぁぁぁ!」
突然の悲鳴に顔をあげる。見ると2人の前に2メートル程の野獣がいた。涎を垂らし、今にも飛び掛からんとしている。
どうする?どうするとは?助けるのか?当たり前だ。見捨てろというのか?そんなバカな。あり得ない。でも今の僕は尋常じゃない。2人も一緒に攻撃してしまったら?もしもなんて考えるな。助ける事だけに集中しろ!
足に刺した枝を引き抜く。一気に加速して野獣の首に枝を突き刺した。
「ガァァァァ」
刺さりはしたが、浅い。野獣はすぐに方向転換し僕へ飛びかかってくる。
そうだ、僕が野獣に食われれば、2人を殺さなくて済むのではなかろうか?
そんな事を考えてすぐに却下する。僕が食われた場合、2人を守る人物がいなくなる。武器もない2人は一方的に食い散らかされるだけだ。飛びかかってくる野獣の攻撃を交わし前足を掴んで投げ飛ばす。
「ガゥゥ!」
すぐに距離を詰め無防備に晒された腹部へと拳をぶち込む。毛皮をぶち抜き生温かい体内へと手が入った感触。触れた内臓を一気に引っこ抜く。引き摺り出したのは腸だったようだ。血が吹き出し、僕の全身をドロリと包み込む。もちろん野獣がこの程度で死ぬ事は無い。暴れる野獣の首を引きちぎった腸で締め上げれば、泡を吹き体を痙攣させて事切れた。
「ば、化け物!」
その声に振り向けば、2人はまだそこにいた。てっきり避難したと思っていたのに。せっかく時間を稼いだというのに、逃げもせずに何をしていたのだろうか?
「あの…」
「来ないでぇ!」
「だめ、リーシャ!」
ガン、と頭に衝撃が走る。足元に石が落ちる。今、僕は石を投げられたの?ぼくにむかっていしをなげた。こうげきだ。こうげきされた。てきだ。たおさなくちゃ。たおして、たべなくちゃ。
ぐわんぐわんって、音がよく聞こえない。あれは人間?キメラも見た目は人間だ。じゃあ反乱軍?石を投げてきたから反乱軍かもしれない。じゃあ、殺さなくちゃ。ぼクは勇者ダかラ。
「リーシャ!」
その悲痛な声にハッとする。僕は今、なにを…?
目の前には倒れて動かないリーシャさんを抱きしめて泣くレイシャさんがいる。口から血を流し、腕はあらぬ方へ曲がり、太ももには枝が刺されている。微かに胸が上下しているから辛うじて生きてはいるのだろう。気を失っているだけのようだ。
「あ…僕……ぼく、は……」
「ごめんなさい」
「え?」
「助けていただいたのに、化け物だなんて…」
「あ、いや…」
「バチが当たったのでしょう」
「バチ?」
「勇者様一行に国を救っていただいたのに、悪口を言ってしまいました。貴方にも助けていただいたのに酷い事を」
「そんな事は…。それに、こんな危険な場所に貴女方を向かわせたのは愚かな行為で…」
「もう、いいのです」
「え?」
「私達では、どう頑張っても貴方には勝てない。私は、なんて無力な母親なのでしょう。娘1人、守れないなんて」
涙を流すレイシャさんに、かける言葉が見つからない。リーシャさんをこんな目に合わせたのは僕だ。間違いない。そんな僕が、何を言えと?
「これ以上、娘が苦しむ姿は見ていられない。貴方もあの命令と必死に戦ってくれているのはわかります。必死になって私達を守ってくださったのだから。でも、もういいのです。これ以上、私達を苦しめないで」
ゆっくりと、レイシャさんが振り向いた。懇願するような、縋るような、絶望したような、諦めの表情。
「気絶しているならきっと、痛く無いわよね」
彼女の言わんとしていることがわかり、僕は首を横に振った。振り続けた。聞きたく無い。やめてくれ。それだけは、いやだ。
「貴方なら、苦しまずに楽にしてくれるわよね」
「あ、ああ…あああ……」
いやだ、やりたくない。
でも、逆らえない。
なら、いっそ…。
ああ、そうだ、そうだよ。
無駄に苦しませるくらいならいっそのこと…。
「ごめん…なさい…。本当に…ただ、助けたかったんです…。ごめん…」
足に力は入らないけどなんとかリーシャさんのそばに膝をつく。そっと手を伸ばし、
「ごめんね、リーシャ。こんな情けないお母さんを守ってくれてありがとう。大丈夫よ、お母さんもすぐに逝くからね」
ゴキンと、その首を折った。
「残したら、許しません」
「…っ、はい」
間接的に殺してしまった我が子を抱くレイシャさんの、彼女の首を、なるべく痛く無いように、苦しく無いように。
僕は、折ることしかできなかった。
涙が止まらなかった。こんなのおかしい。吐き出したいくらいに気持ちが悪い行為のはずなのに。
なのに、なんで、なんで…!
美味しい!
それは、とても美味しいんだ。血は甘くて、まろやかで、いくらだって飲めた。飲めば飲むほど渇望する。中毒性のある麻薬のように、飲めば飲むほど欲しくなる。肉も極上だ。噛めば噛むほど甘味が増し、火を通していない生の状態だというのに、今まで食べたどんな肉よりも心奪われた。口の中に入れた瞬間に蕩けるような柔らかさ。若さなのか、リーシャさんの方が柔らかい。骨ギリギリまで食いちぎり、文字通り骨までしゃぶり尽くす。ぐにゅぐにゅとした眼球を口の中で転がす。ずっとこうして舐めていたい。味わって噛めば、ああ、なんて美味しいのだろう。心臓は?腸は?胃は?ああ、止まらない。地面に零れた血が勿体無い。
美味しいものを食べると人は幸福を感じるという。今まさに、僕は幸せだ。この世のものとは思えない美味しいものを食べている。天にも昇る気持ちだ。本当に、美味しくて、幸せで、
僕ハ一体、何ヲシテイルノダロウカ…。
骨まで噛み砕き、嚥下する。傷だらけの体はいつの間にか完全に回復していた。それどころか力がみなぎっている。
朝日が差し込み、血濡れの両手を力無く眺めた。
「そうだ、お墓作らなくちゃ」
2人の遺品を集め辺りを見回せば、向こうに小さなお花畑が見えた。こんな殺伐とした場所よりは、きっと向こうの方がいいよね。
花畑の一角に穴を掘り2人の遺品を入れる。レイシャさんの指輪とリーシャさんのネックレスだけ預からせてもらう。村にきっとご家族か知人がいるはずだから、せめてこれだけでも届けよう。目印に枝で十字架を作り咲いている花を編んでかける。僕には冥福を祈る資格なんてないけれど、それでも祈らせてください。2人一緒なら、寂しくないよね?
「戻らなきゃ…」
後にして思えば、このまま逃げるという手があったかもしれない。でも、戻るまでが命令だったから…。それに、色々ありすぎて、心がもう限界だったのかもしれない。記憶が飛ぶほど、壊れてしまったのだろうか。ゾンビだから?それとも、もっと前から?もしかしたら、こっちが本当の僕なのかな?わからない、もう、わからないよ…。僕は勇者で、反乱軍を倒すために生まれて、弱き民を守って、ゾンビになって、復讐の手伝いを…。
そうか、復讐か。それも、ありかもしれないな。
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