100 / 103
第四幕 愉比拿蛇
第三九話
しおりを挟む
冬の放った矢は見事に愉比拿蛇の核へと命中した。爆音とともに衝撃波が全員を襲う。
今ある全ての力を矢に込めたせいか、冬は耐える事が出来ずに空中へと飛ばされた。軽々と舞ったその体を宿祢が空中で受け止める。目を回してはいたが、怪我はなさそうだ。
迦楼羅丸が紫を、天景が秋を守るように防御壁を張った。
今の爆発で邪気は綺麗に消し飛び、代わりに数えきれないほどの霊魂が出現した。これは全て愉比拿蛇に取り込まれ、邪気によって悪霊へと変質してしまっていた魂達だ。
その魂達の中から二つの魂が前へと進み出る。淡い光と共に球体から人型へと姿を変えた。
一人は五、六歳ほどの少女。もう一人は二〇前後の女性。
そう、ゆなと七草である。
『助けていただき、ありがとうございます』
『ほんとうに、ほんとうにありがとう』
頭を下げる七草の隣で、ゆなは無邪気に笑った。
泣き腫らした目には、嬉しさの涙が浮かんでいる。
「貴女、七草さんね」
『はい。お会いできて光栄です、紫さん』
「識織の言った通りね。貴女が人を襲うような鬼には見えないわ」
「お姉さん、七草さんと知り合いなの?」
ようやく意識を取り戻した冬が宿祢に掴まりながら近寄る。力を使い過ぎたのか、足元がおぼつかない。
「識織の知り合いなのよ」
「識織って、お姉さんの妹さんだよね」
「正確には弟なのだけれど…」
複雑そうに笑いながら紫は返す。どうやら事情があるらしい。
「この魂達は、もう安全なのでござるか?」
『ゆなはもう、たべたりしないよ』
『彼等は、私が責任を持って冥界まで連れて行きます』
ゆなの頭を撫で七草はそう言った。
「この数を一人で?さすがに無謀じゃないのか?」
『私は貴方と同じ神鬼ですよ?きっと大丈夫です』
「いくら神鬼でもこの数は…」
「無理だと思うぞ」
断言する七草に、数えきれない霊魂達を見ながら秋と迦楼羅丸が言う。
確かに七草一人でこの数を成仏させるのは至難の技だろう。
そんな中、紫は七草の隣に立つと冬達を振り返って言った。
「大丈夫よ、私も手伝うから」
笑いながら言う紫に何か感じたのか、迦楼羅丸は急に不安に駆られた。
泣き出しそうな顔になった迦楼羅丸に紫は悲しげに微笑む。
「天景の言う通り、二、三時間の命だったみたい。もう、魂が体から離れかかっているの。だからね、ちょうどいいから、私も、一緒に逝こうかなぁって」
「え?お姉さん、それって…」
「元々、封印した愉比拿蛇が気がかりで留まっていたのよ。もう、思い残す事は…」
伏し目がちに言う紫が言葉を濁したのは、迦楼羅丸の事を想わずにはいられないからだろう。それがわかるからこそ、誰も口を挟めなかった。
「紫、俺も一緒に…」
必死に訴える迦楼羅丸に、だが紫は首を横に振った。
「迦楼羅は、どうか生きて」
「お前がいないのに、生きていても意味がない」
「冬と宿祢がいるじゃない。私の分まで、二人を守ってあげて」
「だが…俺は…」
「最期にこうして会えてよかった。話せてよかった。ずっと…会いたかった。迦楼羅…」
「紫…」
そっと、迦楼羅丸が頬に触れる。紫の目から、涙が一粒零れた。
それを見て、冬が口を開く。
「わたし、今から凄くひどい事言うよ」
自分でも非人道的だとわかっているのだろう。
それでも言わなければいけないと冬は思った。
今ある全ての力を矢に込めたせいか、冬は耐える事が出来ずに空中へと飛ばされた。軽々と舞ったその体を宿祢が空中で受け止める。目を回してはいたが、怪我はなさそうだ。
迦楼羅丸が紫を、天景が秋を守るように防御壁を張った。
今の爆発で邪気は綺麗に消し飛び、代わりに数えきれないほどの霊魂が出現した。これは全て愉比拿蛇に取り込まれ、邪気によって悪霊へと変質してしまっていた魂達だ。
その魂達の中から二つの魂が前へと進み出る。淡い光と共に球体から人型へと姿を変えた。
一人は五、六歳ほどの少女。もう一人は二〇前後の女性。
そう、ゆなと七草である。
『助けていただき、ありがとうございます』
『ほんとうに、ほんとうにありがとう』
頭を下げる七草の隣で、ゆなは無邪気に笑った。
泣き腫らした目には、嬉しさの涙が浮かんでいる。
「貴女、七草さんね」
『はい。お会いできて光栄です、紫さん』
「識織の言った通りね。貴女が人を襲うような鬼には見えないわ」
「お姉さん、七草さんと知り合いなの?」
ようやく意識を取り戻した冬が宿祢に掴まりながら近寄る。力を使い過ぎたのか、足元がおぼつかない。
「識織の知り合いなのよ」
「識織って、お姉さんの妹さんだよね」
「正確には弟なのだけれど…」
複雑そうに笑いながら紫は返す。どうやら事情があるらしい。
「この魂達は、もう安全なのでござるか?」
『ゆなはもう、たべたりしないよ』
『彼等は、私が責任を持って冥界まで連れて行きます』
ゆなの頭を撫で七草はそう言った。
「この数を一人で?さすがに無謀じゃないのか?」
『私は貴方と同じ神鬼ですよ?きっと大丈夫です』
「いくら神鬼でもこの数は…」
「無理だと思うぞ」
断言する七草に、数えきれない霊魂達を見ながら秋と迦楼羅丸が言う。
確かに七草一人でこの数を成仏させるのは至難の技だろう。
そんな中、紫は七草の隣に立つと冬達を振り返って言った。
「大丈夫よ、私も手伝うから」
笑いながら言う紫に何か感じたのか、迦楼羅丸は急に不安に駆られた。
泣き出しそうな顔になった迦楼羅丸に紫は悲しげに微笑む。
「天景の言う通り、二、三時間の命だったみたい。もう、魂が体から離れかかっているの。だからね、ちょうどいいから、私も、一緒に逝こうかなぁって」
「え?お姉さん、それって…」
「元々、封印した愉比拿蛇が気がかりで留まっていたのよ。もう、思い残す事は…」
伏し目がちに言う紫が言葉を濁したのは、迦楼羅丸の事を想わずにはいられないからだろう。それがわかるからこそ、誰も口を挟めなかった。
「紫、俺も一緒に…」
必死に訴える迦楼羅丸に、だが紫は首を横に振った。
「迦楼羅は、どうか生きて」
「お前がいないのに、生きていても意味がない」
「冬と宿祢がいるじゃない。私の分まで、二人を守ってあげて」
「だが…俺は…」
「最期にこうして会えてよかった。話せてよかった。ずっと…会いたかった。迦楼羅…」
「紫…」
そっと、迦楼羅丸が頬に触れる。紫の目から、涙が一粒零れた。
それを見て、冬が口を開く。
「わたし、今から凄くひどい事言うよ」
自分でも非人道的だとわかっているのだろう。
それでも言わなければいけないと冬は思った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
マイナス勇者〜魔王の方がまだマシって言われました〜
襟川竜
ファンタジー
ある日突然異世界に召喚されてしまった新社会人の主人公。
魔王を倒す救国の勇者として召喚されたにも関わらず、幸運値はなんとマイナス!
慣れない異世界生活故に失敗ばかりで、フォローしてくれている騎士団からは疎まれ、一般市民達からも距離を置かれる始末…。
さらには魔王に興味を持たれ、なぜか行動を共にする事に。
果たして、主人公は世界を救い、無事に元の世界に戻れるのだろうか。
(2020.4.24)

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる