四季の姫巫女

襟川竜

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第四幕 愉比拿蛇

第三三話

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水晶の中に居た人は、どう見ても幽霊のお姉さんで。
迦楼羅丸が「紫」って言ったって事は、この人は啼々紫様で。
どういう事なのかわからずにいたら秋ちゃんの声が聞こえて。
振り返ったら秋ちゃんと天景さんがいて。
もう、頭の中が大パニック。
一体全体どういう事なの?
動揺するわたしの代わりに宿祢が聞いてくれた。
「秋殿と天景殿は拙者達の助太刀に馳せ参じた、そう捉えてもよろしいか?」
「その通りだよ」
「それはありがたい。それで迦楼羅丸殿、このご婦人をご存じで?」
「ああ…。啼々紫だ。俺の…大切な…」
そういうと迦楼羅丸は悲しそうに水晶に触れた。
水晶という壁が無ければ、きっと頬を撫でていたに違いないわ。
とっても大好きなんだって事が、よく伝わってくる。
「冬殿は、このご婦人を『お姉さん』と…」
宿祢のその質問に頷く事で肯定する。
幽霊のお姉さんは、とても悲しそうな顔をしていた。
「この人、お姉さんだよね。双子じゃ、ないよね」
『ええ。これは、間違いなく、私の体よ』
「どうして言ってくれなかったの?迦楼羅丸、お姉さんの事大好きなんだよ!どうして…」
『だって…』
詰め寄ったわたしから視線を逸らし、お姉さんは悲しそうに言った。
『私の声は迦楼羅に届かない。私の姿は迦楼羅に見えない。冬が居なかったら、私は私の声を迦楼羅に届けられない。こんな思い、迦楼羅にしてほしくないもの…』
「あ…」
どうしてお姉さんが正体を明かさなかったのか、ようやく分かった。
わたし、バカだ。
お姉さんの気持ち、全然考えてなかった。
啼々紫様がここに居るって迦楼羅丸に言ったら、迦楼羅丸も辛い思いをする。
すぐそこにいるのに会えないなんて…残酷だ。
わたし、なんてひどい事言っちゃったんだろう。
「ごめんない。わたし、そんなつもりじゃ…」
『いいのよ、ありがとう』
わたし達の会話から理解したのか、迦楼羅丸が切なげに問いかけてきた。
「お前の言う『お姉さん』とやらは、紫なのか?」
「…うん。他人の空似じゃないって、言ってくれた」
「どこにいる?」
「ここだよ」
「そこに?」
その顔は、胸が締め付けられるくらいに、見ていて痛かった。
お姉さんと、どう頑張っても迦楼羅丸の視線が合わない。
手を伸ばせばさわれそうな距離にいるのに、二人は会えない。
こんな悲しい事態に立ち会う事になるのなら、お姉さんの正体なんて知りたくなかったかも。
わたしにはお姉さんが見えるから、なんだか余計に辛い。
「保管状態は良さそうだな」
天景さんのその言葉に、わたしは振り返る。
見ると、水晶の中の体を覗き込んでいた。
「天景?」
「戦力は一人でも多い方がいいだろう?」
「それって、まさか…。できるの?」
「ああ。まだ一〇〇パーセントあるからな」
「どういう意味でござるか?」
「やってみてのお楽しみだ」
そういうと天景さんは水晶に手を当てた。
指先に力が入ったかと思うと、そこからヒビが入り、水晶は砕けた。
倒れ込んできたお姉さんの体を右手でキャッチし、左手をわたし達の方に差し出した。
「啼々紫さん、お手を」
『え? ええ…』
「乗せた?」
「はい、乗せてます」
天景さんは軽くお姉さんの手を握ると、なにやらぶつぶつと唱え始めた。
天景さんの手を伝って霊体のお姉さんを炎がゆっくりと包み込む。
お姉さんの姿が完全に炎に飲まれて見えなくなった。
そして炎はお姉さんの体へと入り込んでいく。
お姉さんの体から風が吹き、黒い髪を揺らした。
「何をした?」
心配そうに見つめる迦楼羅丸に天景さんはお姉さんの体を渡す。
「蘇生は無理でも、短時間の奇跡はできたりしてな」
「何?」
どういう意味なのか聞く前に、お姉さんの目が開いた。
現れたのは、見慣れた桃色の瞳。
「迦楼羅…?」「紫…?」
同時に呟いて二人は見つめ合う。
夢じゃ、ないよね?
夢じゃないんだよね。
夢なんかじゃ、ない!
わたし達の目の前で、お姉さんの魂が体に戻った。
お姉さんが、生き返ったんだわ。
「二、三時間の奇跡ってところだな」
「そういうの、別れが辛くなるって聞くけど?」
「挨拶する時間があるだけマシだろ」
秋ちゃんと天景さんの話を聞き流しながら、わたしと宿祢は二人の傍に…駆け寄れなかった。
お姉さんが生き返ったとわかり、迦楼羅丸が思いっきりお姉さんを抱きしめたから。
そして何度も何度も、名前を呼ぶ。
そんな迦楼羅丸の背に手を回し、お姉さんはすごく嬉しそうな顔になった。
「すまなかった。俺は、お前を、守ってやれなかった…」
「いいのよ。私だって、迦楼羅を守りきれなかったもの」
ゆっくりと体を離し、二人は見つめ合う。
「お前を守れるならば、命など惜しくはなかった」
「私は迦楼羅に生きていてほしかったわ。だって私、迦楼羅の事、愛しているもの」
「紫…」
そっと、迦楼羅丸がお姉さんの頬に手を当てる。
そして二人の距離がだんだん近く…。
こ、これって、もしかして、キス?
な、なんでかな?
わたしまでドキドキしてきちゃった。
食い入るように見ていたわたしの視界が突然真っ暗になる。
「ひゃあ!な、なになに?」
「冬にはまだ早いかなぁって」
「そんな事ないよ!手をどけてよ秋ちゃん!折角のキスシーンが見えないよぉ」
「ななな…何言っているの!キキキ…キスなんてするわけないじゃない!」
秋ちゃんの手をどかすと、お姉さんが顔を真っ赤にしていた。
必死に迦楼羅丸の体を押して離れようとしているけれど、迦楼羅丸はしっかりとお姉さんの腰を抱いているので難しいみたい。
すごぉく不服そうな顔をしている。
「『きす』とはどのような行為でござるか?」
「お前風に言うなら『接吻』だな」
「やはりお二人はそのような関係でござったか。拙者、生の接吻を見るのは初めてでござる」
「だから『しない』って言っているでしょう!」
興味津々の宿祢にも真っ赤になって答え、お姉さんは「迦楼羅の馬鹿ぁ」と言いながらその体をぺちぺちと叩いている。
なんかお姉さん、可愛い。
「乳繰り合うのもいいけど、いくら俺でも四百年前の人間を生き返らせた事なんてないから、紫が使えるうちに愉比拿蛇倒しに行くぞ」
天景さんの言葉に「乳繰り合ってないわよ!」と真っ赤な顔でお姉さんは反論した。
そんなお姉さんを迦楼羅丸は抱え上げ、「確かに」と同意する。
お姫様抱っこだぁ。
なんか絵になってるよ、羨ましいなぁ。
私もいつか誠士郎さんに…。
って、やだ。
なんで誠士郎さん?
わたしったら、何考えてるのよ。
わたしと誠士郎さんは全然釣り合わないじゃない。
「冬殿?」
「な、ななな、なんでもないっ」
覗き込んできた宿祢に、慌てて首を横に振る。
ついでに手もぶんぶんと振った。
「お姉さんが一緒なら百人も千人も一万馬力だよねっ」
「馬力…?」
「早く愉比拿蛇倒して弥生ちゃんを助けないと!行くよぉ宿祢っ」
「あ、待ってくだされ、冬殿ー」
「俺達も行くか」
「そうね…。って、迦楼羅!私一人で歩けるわ!」
「別に構わないぞ」
「両手が塞ふさがっていたらもしもの時に困るでしょ!降ろしてちょうだい!」
「別に…」
「お願いっ。恥ずかしいから降ろしてぇ」
駆け足のわたしの後を、慌てて宿祢がついてくる。
お姉さんと迦楼羅丸のラブラブな会話を聞きながら、わたし達は啼々家の敷地へと足を踏み入れた。
その瞬間、一気に腕に鳥肌が立つ。
背中もぞくぞくして、空気が違うというのがハッキリと分かった。
愉比拿蛇の力によって悪霊と化している霊魂の数も増え、次々と襲い掛かってくる。
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