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第四幕 愉比拿蛇
第二八話
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神鬼というのは、とても凄い鬼だった。
目を背けたくなるような痛々しい弥生ちゃんの体が、見る見る治っていく。
怪我だけじゃなく服も直って、お布団に横になっている弥生ちゃんは、今すぐにでも目を開けそう。
起き上って、「おはよう」って。
でも、そんな事はないって、ちゃんとわかってる。
どんなに眠っているように見えても、二度と目を覚まさない。
秋桜館に戻ったわたし達を結依ちゃんと虎丸様、そして神鬼さんが迎えてくれた。
ことり様をはじめとした姫巫女達は、わたしと同じように里を守る結界を張りに霊嘩山で石柱に霊力を注いでいるみたい。
充実様はすぐにご当主様達を集めて緊急会議を始めた。
誠士郎さんは「出なくてもいい」って充実様は言ってくれたのだけれど、自分も当主だからって出席している。
きっと、会議に出ている方が気が紛れるのかもしれない。
辛そうに去っていく誠士郎さんを見て、神鬼さんが弥生ちゃんの治療を申し出てくれたの。
結依ちゃん達にも手伝ってもらって弥生ちゃんを運び入れて、たった今、治療が終わったところ。
結依ちゃん達はけが人の手当てに行っちゃった。
たぶんきっと、気を使ってくれたんだと思う。
「ありがとうございます」
「誠士郎が大事にしているから治療しただけだ」
そう答えた神鬼さんの顔色はかなり悪い。
神鬼は強大な力を使える代わりに消耗が激しいって迦楼羅丸が言っていた。
弥生ちゃんを治すのにいっぱい力を使ったって事なんだよね。
そっけない答えだったけど、神鬼さんの優しさがよくわかる。
「神鬼、一つ聞きたい事がある」
「天景でいいよ。で、なに?」
自分から話しかけたくせに、とても聞きにくそうに迦楼羅丸は口を開いた。
「お前は、その……。死者を、蘇らせる事はできるのか?」
「ああ、できる」
神鬼さん――天景さんは弥生ちゃんに一度視線を落とし、わたし達を見てきっぱりと答えた。
迦楼羅丸がどういう意図で質問したのか、わたし達がその返答次第でどうするのか、全部わかっているとでも言いたげな目が、わたし達を見る。
「ただし、一人につき一回までだ。肉体と魂が両方揃っていて、尚且つ二四時間以内という条件の元でなら、蘇生は可能だ」
「そうか」
短く答え、迦楼羅丸は目を閉じた。
何か考えているみたい。
弥生ちゃんの魂はここにはない。
もしここにあったのなら、今頃生き返れていたんだよね。
わたしに、力がなかったから…。
悔しくて涙が出そうになる。
でも泣いてなんていられない。
弥生ちゃんに怒られちゃうもの。
「愉比拿蛇は、魂を喰らっても直ぐに吸収する訳ではない」
「え?どういう事?」
「そうだな…。林檎を食べても直ぐに消化される訳じゃない。胃袋に一旦収まるだろう?それと同じようなものだ」
「えーっと…」
「つまり、弥生殿の魂はまだ愉比拿蛇の胃袋の中にそのままの形で残っている、という事でござるか?」
「あいつに胃袋があるのかどうかはわからんが、そういう事だ」
「それって、まだ弥生ちゃんの魂を助けだすチャンスが残ってるって事⁉」
「そうだ」
弥生ちゃんは、まだ、助かる。
助けられる。
弥生ちゃんを、助けたい。
わたしの、大切な友達を…!
『冬、どういう意味か、分かっているわよね?』
「うん。大丈夫だよ、お姉さん。飛び出して行ったりしないから」
わたし、そんなに危なっかしいかな?
弥生ちゃんの魂を助けだすという事がどういう事かくらい、ちゃんとわかっているよ。
愉比拿蛇と、戦うって事だよね。
啼々紫様にも、迦楼羅丸にも、倒せなかった相手。
弥生ちゃんの魂だけ助けだして逃げるっていう手もあるけど、それじゃあきっと、意味がない。
愉比拿蛇は里を飲み込みつつある。
結界に阻まれて出られないだけ。
霊力にも限界はあるし、ずっと結界を張り続ける訳にもいかない。
どの道、愉比拿蛇とは戦って倒さなくちゃいけない。
このまま放っておけば、いずれは阿薙火全土を飲み込むかもしれない。
こんな怖い思い、もう誰にもしてほしくない。
「わたし、愉比拿蛇と戦う。勝って、弥生ちゃんを助ける。だから宿祢、お姉さん、迦楼羅丸。わたしに手を貸して。無謀で、無茶で、バカだって事は百も承知だよ。だけどね、このまま放っておく訳にはいかないもの。わたしじゃなくてもいいって事はわかってる。わたしじゃ力不足だって事もわかってる。でもわたしは…わたしは、姫巫女だから。みんなを守る姫巫女になるって、自分で決めたから。秋ちゃんを…結依ちゃん達を守りたい。弥生ちゃんを生き返らせたい。誠士郎さんにもう一度笑ってもらいたい。みんなに安心してもらいたい。だからわたしは、愉比拿蛇と戦う!でも…今のわたしじゃ、絶対に勝てない。わたし一人じゃ勝てないの。だからお願い。わたしに……わたしに力を貸してください!」
長いわたしの話を、わたしの思いを、しっかりと受け止めて、三人は笑ってくれた。
「拙者も同じ気持ちでござる。このまま愉比拿蛇を放っておく訳にはゆかぬ。冬殿の事は、拙者が全力でお守りするでござる。だから安心して、愉比拿蛇を討ち、弥生殿を救う事だけを考えてくだされ」
『私もこのままなんて嫌よ。何もできないかもしれない。だからって何もしなくていいなんて事にはならない。自分に出来る事を私もやりたい。私からもお願いするわ。冬、どうか私を一緒に連れて行って』
「勝てるかどうかはわからん。だが、二度も負けるつもりはない。この里は、紫とお前が大切にしている場所だ。紫の時は守りきれなかった。だから…今度は必ず守る。四百年前の借り、今こそ返さないとな」
「宿祢…お姉さん…迦楼羅丸…。ありがとう」
もう少し待っててね、弥生ちゃん。
わたし、愉比拿蛇と戦ってくるよ。
弥生ちゃんが守ろうとした里は、わたしが必ず守るから。
充実様に報告に行こう。
止められても、怒られても反対されても、わたしは、わたし達は絶対に行く。
愉比拿蛇と戦って、必ず、勝つ!
目を背けたくなるような痛々しい弥生ちゃんの体が、見る見る治っていく。
怪我だけじゃなく服も直って、お布団に横になっている弥生ちゃんは、今すぐにでも目を開けそう。
起き上って、「おはよう」って。
でも、そんな事はないって、ちゃんとわかってる。
どんなに眠っているように見えても、二度と目を覚まさない。
秋桜館に戻ったわたし達を結依ちゃんと虎丸様、そして神鬼さんが迎えてくれた。
ことり様をはじめとした姫巫女達は、わたしと同じように里を守る結界を張りに霊嘩山で石柱に霊力を注いでいるみたい。
充実様はすぐにご当主様達を集めて緊急会議を始めた。
誠士郎さんは「出なくてもいい」って充実様は言ってくれたのだけれど、自分も当主だからって出席している。
きっと、会議に出ている方が気が紛れるのかもしれない。
辛そうに去っていく誠士郎さんを見て、神鬼さんが弥生ちゃんの治療を申し出てくれたの。
結依ちゃん達にも手伝ってもらって弥生ちゃんを運び入れて、たった今、治療が終わったところ。
結依ちゃん達はけが人の手当てに行っちゃった。
たぶんきっと、気を使ってくれたんだと思う。
「ありがとうございます」
「誠士郎が大事にしているから治療しただけだ」
そう答えた神鬼さんの顔色はかなり悪い。
神鬼は強大な力を使える代わりに消耗が激しいって迦楼羅丸が言っていた。
弥生ちゃんを治すのにいっぱい力を使ったって事なんだよね。
そっけない答えだったけど、神鬼さんの優しさがよくわかる。
「神鬼、一つ聞きたい事がある」
「天景でいいよ。で、なに?」
自分から話しかけたくせに、とても聞きにくそうに迦楼羅丸は口を開いた。
「お前は、その……。死者を、蘇らせる事はできるのか?」
「ああ、できる」
神鬼さん――天景さんは弥生ちゃんに一度視線を落とし、わたし達を見てきっぱりと答えた。
迦楼羅丸がどういう意図で質問したのか、わたし達がその返答次第でどうするのか、全部わかっているとでも言いたげな目が、わたし達を見る。
「ただし、一人につき一回までだ。肉体と魂が両方揃っていて、尚且つ二四時間以内という条件の元でなら、蘇生は可能だ」
「そうか」
短く答え、迦楼羅丸は目を閉じた。
何か考えているみたい。
弥生ちゃんの魂はここにはない。
もしここにあったのなら、今頃生き返れていたんだよね。
わたしに、力がなかったから…。
悔しくて涙が出そうになる。
でも泣いてなんていられない。
弥生ちゃんに怒られちゃうもの。
「愉比拿蛇は、魂を喰らっても直ぐに吸収する訳ではない」
「え?どういう事?」
「そうだな…。林檎を食べても直ぐに消化される訳じゃない。胃袋に一旦収まるだろう?それと同じようなものだ」
「えーっと…」
「つまり、弥生殿の魂はまだ愉比拿蛇の胃袋の中にそのままの形で残っている、という事でござるか?」
「あいつに胃袋があるのかどうかはわからんが、そういう事だ」
「それって、まだ弥生ちゃんの魂を助けだすチャンスが残ってるって事⁉」
「そうだ」
弥生ちゃんは、まだ、助かる。
助けられる。
弥生ちゃんを、助けたい。
わたしの、大切な友達を…!
『冬、どういう意味か、分かっているわよね?』
「うん。大丈夫だよ、お姉さん。飛び出して行ったりしないから」
わたし、そんなに危なっかしいかな?
弥生ちゃんの魂を助けだすという事がどういう事かくらい、ちゃんとわかっているよ。
愉比拿蛇と、戦うって事だよね。
啼々紫様にも、迦楼羅丸にも、倒せなかった相手。
弥生ちゃんの魂だけ助けだして逃げるっていう手もあるけど、それじゃあきっと、意味がない。
愉比拿蛇は里を飲み込みつつある。
結界に阻まれて出られないだけ。
霊力にも限界はあるし、ずっと結界を張り続ける訳にもいかない。
どの道、愉比拿蛇とは戦って倒さなくちゃいけない。
このまま放っておけば、いずれは阿薙火全土を飲み込むかもしれない。
こんな怖い思い、もう誰にもしてほしくない。
「わたし、愉比拿蛇と戦う。勝って、弥生ちゃんを助ける。だから宿祢、お姉さん、迦楼羅丸。わたしに手を貸して。無謀で、無茶で、バカだって事は百も承知だよ。だけどね、このまま放っておく訳にはいかないもの。わたしじゃなくてもいいって事はわかってる。わたしじゃ力不足だって事もわかってる。でもわたしは…わたしは、姫巫女だから。みんなを守る姫巫女になるって、自分で決めたから。秋ちゃんを…結依ちゃん達を守りたい。弥生ちゃんを生き返らせたい。誠士郎さんにもう一度笑ってもらいたい。みんなに安心してもらいたい。だからわたしは、愉比拿蛇と戦う!でも…今のわたしじゃ、絶対に勝てない。わたし一人じゃ勝てないの。だからお願い。わたしに……わたしに力を貸してください!」
長いわたしの話を、わたしの思いを、しっかりと受け止めて、三人は笑ってくれた。
「拙者も同じ気持ちでござる。このまま愉比拿蛇を放っておく訳にはゆかぬ。冬殿の事は、拙者が全力でお守りするでござる。だから安心して、愉比拿蛇を討ち、弥生殿を救う事だけを考えてくだされ」
『私もこのままなんて嫌よ。何もできないかもしれない。だからって何もしなくていいなんて事にはならない。自分に出来る事を私もやりたい。私からもお願いするわ。冬、どうか私を一緒に連れて行って』
「勝てるかどうかはわからん。だが、二度も負けるつもりはない。この里は、紫とお前が大切にしている場所だ。紫の時は守りきれなかった。だから…今度は必ず守る。四百年前の借り、今こそ返さないとな」
「宿祢…お姉さん…迦楼羅丸…。ありがとう」
もう少し待っててね、弥生ちゃん。
わたし、愉比拿蛇と戦ってくるよ。
弥生ちゃんが守ろうとした里は、わたしが必ず守るから。
充実様に報告に行こう。
止められても、怒られても反対されても、わたしは、わたし達は絶対に行く。
愉比拿蛇と戦って、必ず、勝つ!
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