四季の姫巫女

襟川竜

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第四幕 愉比拿蛇

第十七話

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「鬼火」
「鬼水っ」
わたし達に群がる霊魂を迦楼羅丸が炎を投げつけて消し去る。
反対側から来る霊魂は宿祢が同じように水を流して消し去る。
宿祢の妖術はまだまだらしいけど、わたしにしてみれば十分凄い。
「はっ!」
わたしは弓矢で霊魂を狙うけど、走りながらのせいでうまくは当たらない。
だけど牽制にはなっているみたいで霊魂達は警戒してか動きを鈍らせる。
その隙を宿祢と迦楼羅丸が見逃すはずはなく、死角をついて消していく。
霊魂達がうじゃうじゃと漂うその中を、わたし達は立ち止まることなく走り抜ける。
戦えない人達の避難は終わっていたみたいで、姫巫女達が何人かずつ固まって霊魂と戦っているのが見えた。
お互いの死角を補い合うように自然と動けるなんてすごいなぁ。
わたしももっと修行したらそうなれるのかな。
片っ端から霊魂を浄化してもキリがないのは最初からわかっていたけど、まさかこんなに減らないなんて…。
少年鬼さんが言っていたように秋ちゃんを捜しているんだけど、秋ちゃんどこにいるんだろう?
啼々家の屋敷には居なかったし、怪我とかしてないかな。

秋ちゃんを捜しながら浄化を続けるわたし達の耳に、なにか音が聞こえてきた。
ドンとかパンとかいう、とにかく破裂音のような聞きなれない音。
一体何の音なのかな?
「…銃声でござる」
「銃声?火縄の匂いはしないが…」
「おそらくは拳銃でござろう。…向こうでござる」
立ち止まった宿祢は周囲を見回しながら言う。
銃という言葉に迦楼羅丸は訝しんだけれど、彼がいた時代から四百年もたった今、西洋の国メガマックス機工国から阿薙火国にいろんな種類の銃が輸入されている。
まだ色々と規制はあるみたいだけれど、大きな港のある艙禅そうぜんではかなりの数が出回っているとか。
わたしはまだ本物を見た事ないけどね。
「幽霊が銃を撃つわけがないし、行ってみよう」
誰かが戦っているのは間違いないし、わたし達は音の聞こえた方へと走り出す。
銃声は何度も聞こえ、その度に霊魂の声のようなものも聞こえてくる。
何か物が壊れる音が聞こえ、ようやく音の発生源が見えてきた。
たくさんの霊魂がまるで竜巻のようにぐるぐると旋回している。
その中心から銃声が聞こえてくるから、中心に誰かが閉じ込められているのは間違いない。
わたしはその場に立ち止まり弓を構える。
狙うは竜巻の中心部の少し上。
霊具でも人体を傷つけてしまう事が出来るらしいから、中の人に当たらないように細心の注意を払わなくちゃいけない。
霊魂を浄化できなくてもいいの、ほんの一瞬でも注意をわたしに引きつけられれば後は宿祢と迦楼羅丸がなんとかしてくれる。
『増幅させるわ』
「ありがとう」
お姉さんがわたしの肩に手を置き、自分の霊力を少し分けてくれた。
これでわたしの矢は少しパワーアップできる。
飛距離と大きさと威力が増すの。
わたしとお姉さんの合体技、名付けて「友情アロー(仮)」。
折角だから素敵で可愛くて強そうな名前を付けようかと思ったんだけど、なかなかいい名前が思い浮かばなくって。
とりあえず仮名称を付けてみました。
宿祢は必殺技名を付けるわたしに同意してくれたけど、お姉さんと迦楼羅丸はやれやれって顔をしていた。
だって迦楼羅丸には「鬼火」とか「炎鬼斬」とかカッコイイ必殺技があるのに、わたしに無いのはなんだか寂しかったんだもん。
ぎりりと弓を引き絞り、一気に放つ。
お姉さんの力で増幅された矢はいつもよりも早く飛び、かなりの数の霊魂を一気に浄化した。
突然現れた乱入者に霊魂達が動きを止める。
地を蹴った迦楼羅丸はまさしく目にもとまらぬ速さで竜巻に近づき、妖力で生み出した炎の刀を振るう。
迦楼羅丸の得意技のひとつ「炎鬼斬」。
真っ赤な刀身の刀は切ったモノを燃やしてしまう。
妖力で生み出されているから霊体にも効果抜群。
迦楼羅丸より少し遅れて宿祢が竜巻に迫る。
手にした錫杖には蛇が巻き付いているかのように水が纏わりついている。
迦楼羅丸様に教えてもらって宿祢が自身の妖力を水として生み出しているらしい。
名付けて「水蛇杖すいじゃじょう水蛇杖(仮)」。
わたしの友情アローと同じでかっこよくて強い名前を考え中。
普通に錫杖で殴っても霊体には効果ないけれど、こうやって妖力を纏わせることで攻撃が可能になるの。
宿祢は迦楼羅丸と違って水系統の妖術の呑み込みが早いらしく、コントロールもしやすいらしいわ。
二人が竜巻をこじ開けるように霊魂を一気に減らす。
それに驚き警戒してか霊魂達が一斉に距離をとった。
「誠士郎さん!?」
竜巻の中心から出てきたのは、なんと誠士郎さん。
その手には宿祢が言った通り拳銃が握られていた。
誠士郎さん一人でこの大量の霊魂達と戦っていたって事だよね?
体が弱いはずなのに、大丈夫なのかしら。
わたしは慌てて誠士郎さんに駆け寄った。
「冬さん?どうしてここに…。結界は?」
「秋ちゃんの知り合いだっていう鬼さんが代わってくれて…」
「天景が?それで姿が見えないのか…」
「誠士郎さんこそ、どうしてここに?避難しなかったんですか?」
「当主が真っ先に逃げる訳にはいきませんからね」
「でも、お体が…」
「これくらい平気ですよ」
にこりと笑った誠士郎さんの顔色は悪くない。
大丈夫そうでわたしはほっと胸をなでおろした。
「冬殿!」
「え?…きゃっ」
わたしを背後から襲おうとしていた霊魂を宿祢が錫杖で払う。
けどわたしがびっくりしたのはそこじゃない。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
わたしは腕を引っ張られて誠士郎さんの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
霊魂から庇ってくれただけなのはわかるんだけど…。
な、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
誠士郎さんは体が弱いから確かに筋肉はなくて、でも成人男性だから胸板はしっかりしている。
体温があったかくて、近くで聞こえる声が心地よくて、ふわりと、いい匂いがする。
ああ、大人の男性なんだなぁ、なんて、思う。
誠士郎さんを見ていると怖いのドキドキじゃない別のドキドキで心臓が破裂しちゃいそう。
なんでなんだろう?
「とにかく、この霊魂達を…」
誠士郎さんの言葉を大きな音が遮った。
それはまるで花火のように里全体に響く。
音のした方を見れば、曇り空の一か所で、モミジやイチョウが空から降り注いでいた。
真冬のこの時期に、なんでモミジ?
「行きましょう」
「え?」
「あれ、集合の合図ですから」
「集合の?でも、霊魂達も向かい始めたみたいですけど…」
「それも狙いですからね」
「それってどういう…」
「行けばわかります」
そう言って誠士郎さんは走り出す。
その後を慌ててわたし達は追いかけた。
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