四季の姫巫女

襟川竜

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第四幕 愉比拿蛇

第六話

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「鯉ってのは、優雅というよりもマイペースに泳ぐもんだねぇ」
啼々家の裏庭で池の鯉をじーっと見つめたまま彼は言う。
遊び人のような出で立ちをした彼の名は啼々郡ななこおり新左エ門しんざえもん
啼々郡家の次男で、美園の兄である。
彼は啼々一族でありながらまったく霊力がなく、啼々郡家の中では疎まれていた。
現当主の父と、次期当主の兄、そして妹の美園とも仲が悪く、彼がいすゞの里に居る事はほとんどない。
風貌からもわかるとおり、新左エ門は阿薙火国内をふらふらとしていた。
放蕩息子というやつである。
ではなぜ彼がここに居るのかというと…。
「やっほー新さん」
「おー木虎。久しぶりだねぇ」
「お久しぶりです、新さん」
「誠士郎、でかくなったなぁ」
しゃがみこんで鯉を眺めていた新左エ門に木虎が手を振りながら声をかけた。
声をかけられた新左エ門は「よっこらしょ」と言って立ち上がる。
「あははは。新さんお爺さんみたい」
「こら木虎、そこはせめて『おじさん』といえ」
「同じじゃん、それ」
「ん?それもそうか…」
そんなやり取りを見て誠士郎がくすくすと笑う。
そこへ屋敷から青年が走り寄ってきた。
頭に手拭いを巻き、袖もまくり上げたいかにも使用人ですという出で立ちの青年は三人に声をかけるよりも早く足元の小石につまづいて盛大に転んだ。
「でた、ドジッ子」
「あはははは」
「二人とも笑わないで。八彦、大丈夫?」
「だ、大丈夫っす…」
腹を抱えるようにして笑う二人を咎め、誠士郎は八彦の傍へとしゃがみこみ、起き上った八彦の顔に付着した土を払う。
盛大に転んだ割りには無傷の八彦は立ち上がって服の土を払うと、まだ笑っている二人を睨みつけた。
「木虎、笑っていないで要件をさっさと話すっす。自分はこれでも忙しいんすよ」
「あー、お腹痛い。こんなに笑ったのいつ以来かなぁ」
「木虎っ」
「待ってよ八彦。まだご主人が来てないじゃないか」
「なになに?今回は秋ちゃんも参戦しちゃうの?」
「誠くんがそう仕向けたからね。ご主人も、ちょうどいいストレス発散になるんじゃない?」
「秋ちゃん、秋祇モードになるかねぇ」
「そう簡単にはならないよ」
「秋さん!」「ご主人!」
にやにやと笑いながら言った新左エ門に、やれやれとため息を吐きながら秋が言う。
そんな秋を見て八彦と木虎が目を輝かせて同時に呼んだ。
「ご主人、お久しぶりでごぜぇやす!」
目を輝かせた木虎に尻尾が生えていたら、きっとものすごく振られていた事だろう。
虎という名でありがなら、木虎は忠犬を思わせられる。
そんな木虎をみて八彦はむすりと顔を歪ませた。
「木虎、秋さんが迷惑そうっすよ。ちょっとは遠慮するっす」
「八彦はいっつもご主人と一緒に居られるんでやすから、たまにはあっしに譲るでやんすよ」
「そんな変な口調の奴が傍に居たら、秋さんが迷惑っす」
「八彦に言われたくねぇでやすよ。口調は今、直してる最中でやんす」
「全然直ってないじゃないっすか」
「変な口調の八彦に言われたくねぇでやす」
バチバチと火花を散らし始めた二人を無視し、秋は新左エ門に向き直る。
「お久しぶりです、新さん。元気そうでよかった」
「秋ちゃんもね。どう?不便してない?」
「大丈夫、もう慣れたから」
「そうか」
にこりと笑って新左エ門はよしよしと秋の頭を撫でた。
そして手を大きく二回叩く。
「全員揃ったところで、裏会議始めようか」
その言葉に、瞬時に場の空気が変わる。
最初に口を開いたのは誠士郎だった。
先程の会議に唯一参加していた誠士郎が、ざっと注魂の儀式の流れを説明する。
その説明に補足として秋が先程幽霊のお姉さんから聞いてきた愉比拿蛇の情報を伝える。
「なるほど…。話を聞く限りじゃ、予想通りというかなんというか、確実に儀式は失敗するな」
「啼々蔭はもちろん裏から警護に回りやすが、あっしはこっちに参加した方が確実に被害を防げそうでやすね」
「確かに木虎が手を貸してくれれば、一人分の負担が減るっすしね。俊介しゅんすけがいない分、大きな戦力っす」
「その事なんだけど…」
そこで誠士郎は一度口を噤つぐむ。
ちらりと秋を見てから意を決したように口を開いた。
「七伏にも手を貸してもらおうと思っているんだ」
「「「!?」」」
その言葉に、新左エ門、木虎、八彦は弾かれたように誠士郎を見た。
驚く三人をよそに、秋はふむ、と考える。
「俊さんの穴埋めには少し頼りないけど、いい考えだね」
「ま、待って下さいっす!あいつは秋さんに…」
「そうでやすよ!七伏のやつぁ、ご主人に…」
「僕は別に気にしてないんだけど」
「気にしてくだせぇ!」
「そうっすよ!秋さんは女の子なんだから!」
「…秋ちゃん、無理したりはしてないよね?」
「全然。むしろ誠士郎が言い出さなければ僕が提案していたくらいだ」
「秋さん…」「ご主人…」
複雑そうな表情を浮かべる三人をよそに、秋は手にしていた袋からごつごつとしたカラクリを取り出す。
「これ、俊さんに頼んで用意してもらったんだけど…」
「拳銃だねぇ。物理攻撃は効かないんじゃないの?」
「弾に霊力を込めてある。混戦や長期戦の可能性もあるし、念の為にと思って。弾数に限りがあるから使いどころが難しいかと思ったんだけど、七伏を使えればかなり有利になる」
「うーん…。確かに八彦一人よりはいいだろうけど…」
「けど、あのバカ兄がいう事を聞くとは思えないっす」
「僕は協力してくれるって信じてるけどなぁ」
「ご主人、なんで信じられるんでやすか?」
「そうだね…『悪友』だからかな」
「ふふ、秋ちゃんも言うねぇ」
「ただ一つ、問題があります」
「「「「問題?」」」」
まとまりかけてきた意見に、誠士郎は眉をしかめつつ水を差した。
全員が口をそろえて問う。
「まだ、充実様に七伏の解放許可をいただいていないんです」
その言葉に、確かに一番の問題だと全員が顔をしかめた。
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