四季の姫巫女

襟川竜

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第参幕 霊具

第二三話

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咆哮が、衝撃波となってわたし達に襲い掛かる。
更科様と姥妙が近くの木に叩きつけられたのは見えたけれど、宿祢とあられは大丈夫かな?
ささめさんのすぐ近くにいたし、怪我してないといいけど…。
泰時様は刀を地面に突き刺してなんとか耐えている。
わたしの事は誠士郎様が覆いかぶさって庇ってくれた。
限られた視界の中で、ささめさんの体が矢の刺さった右肩から崩壊していくのが見える。
氷の体にヒビが入り、そのヒビは全身に及ぶ。
そして、

バキィィィィン

大きな音を立てて氷が砕けた。
砕けた氷は巨大な塊として四方八方に飛び散る。
どうしよう、この大きさじゃ避けるによけきれないよ。
潰されたらぺしゃんこどころか一発で死んじゃうっ。
なんとかしないと…!
でも、一体どうしたら…?
誠士郎様がわたしを強く抱きしめて衝撃に備えてくれた。
なにも案の浮かばないわたしは、ただ誠士郎様にしがみつく事しかできない。
どうしよう、一体どうしたら…。
そう思った時だった。

ゴゥゥゥ!

目の前まで迫っていた氷の塊が突然燃え始めた。
それはわたし達へ迫っていた物だけじゃなく、降り注ごうとしていた氷全てを燃やしていく。
突然の炎にわたしはただ口を開けてみている事しかできない。
誠士郎様も泰時様もわたしと同じように呆然と見上げていた。
『なんだかんだ言って、ちゃんと手を貸してくれるのよね』
そのお姉さんの一言でわかった。
これ、迦楼羅丸様の炎だ。
結構近くで燃えているのに全然熱さを感じない。
優しい色の炎に見える。
辺りを見回しても迦楼羅丸様の姿は見えない。
でもきっと、どこかでわたし達の事見ていてくれているんだろうなぁ。
空中で燃えた氷は水にすらならずに蒸発して消えた。

「怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「あの炎はなんだったんだ…?」
「たぶん、迦楼羅丸様だと思います」
「そういえば、迦楼羅丸のやつはどこにいるんだ。あいつが手を貸してくれればもっと楽にできたものを…」
「いろいろ事情がありまして…」
誠士郎様の手を借りてわたしは立ち上がる。
泰時様は刀を収めつつ文句を言うけれど、ホッとしたような顔をしていた。

「兄様!」

あられが叫んで倒れているささめさんに駆け寄る。
わたしも走り寄りたかったけど、疲れて歩くのがやっと。
それでも誠士郎様と泰時様の手を借りずに一人で歩いた事は褒めてほしいわ。
「兄様、兄様」
あられが必死に呼びかけるけれど、ささめさんはピクリとも動かない。
雪の上にあおむけに倒れたささめさんは、右腕が肩から無くなっている。
きっと、種ごと吹き飛んでしまったのかもしれない。
目を閉じたささめさんの顔が苦痛に歪んでいないのが、ちょっとした救いかも。
でも…。
「冬殿、細殿は…」
「わからないわ」
ひらりとわたしの傍に宿祢が舞い降りる。
宿祢の問いかけに首を振る事しかできないのが辛い。
あられが必死に呼びかけても、体を揺さぶっても、ささめさんは目を開けない。

助けられなかったんだ…。
わたし、ささめさんを助けられなかったんだね。

「そんな…。兄様……う、うう…」
ささめさんの体にすがるようにしがみつき、その胸に顔をうずめてあられは声を押し殺してなく。
なにかしなくちゃ。
そう思うけど、何をすればいいのかがわかない。
「あられ…」
「……えって」
「え?」
「帰って!」
顔を伏せたまま、あられが叫んだ。
「ごめん、冬。アンタが一生懸命やってくれた事はわかってる。でも…帰って。このままだとアタシ……。アタシ…!」
「あられ…」
わたしにはもう、何もできない。
「ほら、下山するよ、お嬢ちゃん」
人の姿をとった姥妙が、先陣を切って歩き出した。
軽い口調なのは、ワザとなのかもしれない。
「でも…」
「細の暴走は止まったし、もうやる事はないさ。元々俺様の目的は細を殺す事だったしな」
わたしを振り返る事なく姥妙は歩く。
「そんな言い方…!」
「冬さん」
反論しようとしたわたしを、誠士郎様が首を横に振る事で止めた。
そうだよね、あられの前でやる事じゃないよね。
今のあられには、どんな言葉も傷つけるだけだよね。
「ごめんね、あられ」
「……」
わたし達は無言で姥妙の後を追うように下山を開始した。
悔しい。
結局ささめさんを助けられなかった。
わたしはなんて無力なんだろう。
誰かを助ける姫巫女になんて、今のままじゃ全然なれないよ。
もっと、もっと力をつけなくちゃ。
もう二度と、こんな事にならないように。
不甲斐なくて、わたしは唇を噛みしめた。
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