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第参幕 霊具
第十九話
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目の前に氷の塊が迫る。
わたしに直撃コースの氷の塊。
もうどうする事も出来ない。
秋ちゃん、わたし、ここで死んじゃうかもっ。
そう思った時だった。
「はっ!」
わたしと氷の塊の間に影が割って入り、氷の塊を砕いてくれた。
手にした刀が陽の光を反射してキラリと輝く。
黒い髪に、伝統的な阿薙火の着物を洋風にアレンジして着ているその後ろ姿に、見覚えがある。
でも、どうしてここに…?
そんな事を思っていると、わたしはふかふかした何かに落下した。
雪と違って温かく、ふさふさした金色にも見える綺麗な毛。
「ご無事ですか?」
「誠士郎…様?」
声をかけてくれたのは、どうしてここにいるのかわからないけれども啼々鏡家当主、啼々鏡誠士郎様だった。
誠士郎様のすぐ後ろに、見慣れた後ろ姿が着地する。
「まったく、何をやっているんだお前は。足を引っ張る為に姫巫女になったのか?」
むすりとした表情。
わたしを睨みつける蒼い目。
「泰時…様?」
「僕以外の誰に見えるんだ」
「泰時様にしか見えません」
「当然だ」
ふん、とそっぽを向いてしまった。
うん、間違いない。
泰時様だわ。
じゃあ、わたしが着地したのは…。
振り返れば大きな顔と目が合った。
「間に合ってよかったよ」
大きな獣は嬉しそうに尻尾しっぽを振る。
「もしかして、更科様ですか?」
「ああ、そうさ」
泰時様の式神、狗神の更科様はわたしの問いに嬉しそうにまた尻尾を振った。
ピンと尖った耳、少し長めの毛並。
三メートルくらいありそうな大きな犬の姿が、更科様の本来の姿なのね。
わたしは前に一度だけ更科様を見た事があるけれど、その時は二十代後半くらいのお姉さんの姿だった。
お姉さんというよりは「姐御」って呼びたくなるような感じの雰囲気だけど。
「降りられますか?」
「あ、ありがとうございます」
いつまでも更科様の上にいたせいか、誠士郎様が手を差し伸べてくれた。
その手を取り、地面へと飛び降りる。
「冬殿!」
「冬、大丈夫?」
「宿祢、あられ。わたしは大丈夫だよ。二人の方こそ怪我はない?」
「拙者はなんとも」
「アタシも大丈夫」
「よかった…」
ほっと胸をなでおろしていると、「ところで」とあられが言った。
「コイツら、誰?」
「えっとね、啼々泰時様に、啼々鏡誠士郎様、それから泰時様の式神で更科様だよ」
わたしの紹介に、泰時様はふん、と腕を組み、誠士郎様は微笑んで会釈をし、人の姿になった更科様はよろしくな!とあられの肩を叩いた。
「あの、ところで泰時様達はどうしてここに?」
「冬さんに用事がありまして。早めにお伝えした方がいいと思い追いかけてきたのですが…」
「とりあえず、この状況を何とかするのが先だな」
「そのようですね」
ひゅんひゅんと氷の塊が飛んでくる中で、確かにのんびりお話しする、という訳にはいかない。
姥妙は蛇の姿に戻ってささめさんと攻防戦を早速繰り広げている。
「あの魔物を何とかするぞ。更科」
「はいよ」
泰時様の号令で、一瞬で犬の姿に戻った更科様がいつでも飛びかかれるような態勢をとった。
さすがにささめさんを攻撃させるわけにはいかないので、わたしは慌てて止めに入る。
「待ってください、あの魔物はここにいるあられのお兄さんなんです!」
「なに?」
「どういう意味ですか?」
「実はその…」
わたしは三人に今までの出来事をかいつまんで説明する。
その間にも泰時様の表情はどんどん不機嫌になっていった。
うう…、ちょっと怖いかも。
「お前…。確か宿祢の時も自分から厄介事に首を突っ込んだんじゃなかったか?」
「う…はい、その通りです」
「まったく…。その性格、どうにかした方がいいんじゃないか」
「も、申し訳ありません…」
「泰時君、そんなに怒らなくても」
「別に怒っている訳じゃ…」
「誰かの為に頑張れるのは、冬さんの良いところです」
「そんな事は言われなくても…」
むすっとした顔で泰時様はごにょごにょという。
最後の方は声が小さくてわたしには聞こえなかった。
泰時様、なんて言っていたんだろう?
気になるけど、今はそんな事よりもささめさんだよ。
氷の塊から身を守る為に誠士郎様が簡易的な結界でわたし達を包んでくれる。
誠士郎様は霊力は強いけれど体が弱く、式神と契約する事が出来ないそうなの。
霊力を強く、多く消費する式神契約や霊具は体に大きな負担をかけるんだって。
だからその二つが行えない代わりに結界能力を鍛えたらしいわ。
わたし達を包む結界くらい、あっという間に作れちゃうんだって。
結界を張るのには霊力あまり使わないのかな?
誠士郎様の結界は耐久力が強く、長時間効果が続く。
姫巫女よりも強い結界なのだと泰時様が教えてくれた。
誠士郎様は「そんなことはないですよ」なんて謙遜していたけれど。
わたしに直撃コースの氷の塊。
もうどうする事も出来ない。
秋ちゃん、わたし、ここで死んじゃうかもっ。
そう思った時だった。
「はっ!」
わたしと氷の塊の間に影が割って入り、氷の塊を砕いてくれた。
手にした刀が陽の光を反射してキラリと輝く。
黒い髪に、伝統的な阿薙火の着物を洋風にアレンジして着ているその後ろ姿に、見覚えがある。
でも、どうしてここに…?
そんな事を思っていると、わたしはふかふかした何かに落下した。
雪と違って温かく、ふさふさした金色にも見える綺麗な毛。
「ご無事ですか?」
「誠士郎…様?」
声をかけてくれたのは、どうしてここにいるのかわからないけれども啼々鏡家当主、啼々鏡誠士郎様だった。
誠士郎様のすぐ後ろに、見慣れた後ろ姿が着地する。
「まったく、何をやっているんだお前は。足を引っ張る為に姫巫女になったのか?」
むすりとした表情。
わたしを睨みつける蒼い目。
「泰時…様?」
「僕以外の誰に見えるんだ」
「泰時様にしか見えません」
「当然だ」
ふん、とそっぽを向いてしまった。
うん、間違いない。
泰時様だわ。
じゃあ、わたしが着地したのは…。
振り返れば大きな顔と目が合った。
「間に合ってよかったよ」
大きな獣は嬉しそうに尻尾しっぽを振る。
「もしかして、更科様ですか?」
「ああ、そうさ」
泰時様の式神、狗神の更科様はわたしの問いに嬉しそうにまた尻尾を振った。
ピンと尖った耳、少し長めの毛並。
三メートルくらいありそうな大きな犬の姿が、更科様の本来の姿なのね。
わたしは前に一度だけ更科様を見た事があるけれど、その時は二十代後半くらいのお姉さんの姿だった。
お姉さんというよりは「姐御」って呼びたくなるような感じの雰囲気だけど。
「降りられますか?」
「あ、ありがとうございます」
いつまでも更科様の上にいたせいか、誠士郎様が手を差し伸べてくれた。
その手を取り、地面へと飛び降りる。
「冬殿!」
「冬、大丈夫?」
「宿祢、あられ。わたしは大丈夫だよ。二人の方こそ怪我はない?」
「拙者はなんとも」
「アタシも大丈夫」
「よかった…」
ほっと胸をなでおろしていると、「ところで」とあられが言った。
「コイツら、誰?」
「えっとね、啼々泰時様に、啼々鏡誠士郎様、それから泰時様の式神で更科様だよ」
わたしの紹介に、泰時様はふん、と腕を組み、誠士郎様は微笑んで会釈をし、人の姿になった更科様はよろしくな!とあられの肩を叩いた。
「あの、ところで泰時様達はどうしてここに?」
「冬さんに用事がありまして。早めにお伝えした方がいいと思い追いかけてきたのですが…」
「とりあえず、この状況を何とかするのが先だな」
「そのようですね」
ひゅんひゅんと氷の塊が飛んでくる中で、確かにのんびりお話しする、という訳にはいかない。
姥妙は蛇の姿に戻ってささめさんと攻防戦を早速繰り広げている。
「あの魔物を何とかするぞ。更科」
「はいよ」
泰時様の号令で、一瞬で犬の姿に戻った更科様がいつでも飛びかかれるような態勢をとった。
さすがにささめさんを攻撃させるわけにはいかないので、わたしは慌てて止めに入る。
「待ってください、あの魔物はここにいるあられのお兄さんなんです!」
「なに?」
「どういう意味ですか?」
「実はその…」
わたしは三人に今までの出来事をかいつまんで説明する。
その間にも泰時様の表情はどんどん不機嫌になっていった。
うう…、ちょっと怖いかも。
「お前…。確か宿祢の時も自分から厄介事に首を突っ込んだんじゃなかったか?」
「う…はい、その通りです」
「まったく…。その性格、どうにかした方がいいんじゃないか」
「も、申し訳ありません…」
「泰時君、そんなに怒らなくても」
「別に怒っている訳じゃ…」
「誰かの為に頑張れるのは、冬さんの良いところです」
「そんな事は言われなくても…」
むすっとした顔で泰時様はごにょごにょという。
最後の方は声が小さくてわたしには聞こえなかった。
泰時様、なんて言っていたんだろう?
気になるけど、今はそんな事よりもささめさんだよ。
氷の塊から身を守る為に誠士郎様が簡易的な結界でわたし達を包んでくれる。
誠士郎様は霊力は強いけれど体が弱く、式神と契約する事が出来ないそうなの。
霊力を強く、多く消費する式神契約や霊具は体に大きな負担をかけるんだって。
だからその二つが行えない代わりに結界能力を鍛えたらしいわ。
わたし達を包む結界くらい、あっという間に作れちゃうんだって。
結界を張るのには霊力あまり使わないのかな?
誠士郎様の結界は耐久力が強く、長時間効果が続く。
姫巫女よりも強い結界なのだと泰時様が教えてくれた。
誠士郎様は「そんなことはないですよ」なんて謙遜していたけれど。
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