45 / 103
第参幕 霊具
第八話
しおりを挟む
「おい、そこの天狗」
「む?拙者でござるか?」
迦楼羅丸との修行もひと段落し、空を散歩していた宿祢を誰かが呼び止めた。
「お主ぬしは確か……やすゆき殿」
「泰時だ」
ひらりと着地した宿祢に、泰時はムスリとした表情で答える。
「申し訳ない。あまり他者と関わる機会がなかった故ゆえ、名を覚えるのが苦手で…」
「別にかまわないさ」
「それで、何用でござるか?」
「それは…その…」
尋ねた宿祢に対し、泰時は言葉を濁す。
視線をしばらく彷徨わせ、意を決したように口を開いた。
「ふ、冬はどうしている?」
「冬殿でござるか?元気に修行をしているでござるよ」
「いじめられたりとかは?」
「いじめ…?それはなんでござるか?」
「……」
本気でわからないという顔をした宿祢に、泰時はどう説明したらいいのかと視線を彷徨わせる。
結局説明するのは諦めて本題に戻す事にした。
「冬は、その…霊具を知っているのか?」
「霊具でござるか?三日ほど前に弥生殿から教わったらしいでござるよ」
「弥生から…?」
「今頃は迦楼羅丸殿から霊力の具現化方法を教わっているはずでござる」
「迦楼羅丸から?」
「迦楼羅丸殿は妖力を具現化し、武具とするのを得意としているでござるからな」
「そうなのか…」
想定外だと泰時の表情が語る。
それをみて宿祢は首をかしげた。
「泰時殿はなぜ、冬殿の事を尋ねるでござるか?」
「そ、それは……。えっと、冬は、元は啼々家の使用人だからな。他の姫巫女達に迷惑をかけていないかと…」
「それならば心配には及ばぬでござる。冬殿はよくやっているでござるよ。この調子ならば霊具もきっとすぐに身につけられるでござる」
「そうか…」
泰時はただ、冬の事が心配だった。
どうも冬の前では素直になれず、ついつい意地悪をしてしまった。
いつか素直になれるだろうかと常々思っていたのだが、まさか冬が自分の傍からいなくなる日が来るとは夢にも思わなかった。
少しでも傍にいてほしくて、姫巫女にならないでほしいと伝えた。
姫巫女は時に危険な目にも合う。
怪我をしてほしくなくて、危険だとも伝えた。
それでも真っ直ぐな瞳で姫巫女になると屋敷を出た冬を、泰時は"いい"と思った。
純粋で明るく前向きな彼女を、自分に出来る事を精一杯やる彼女を、泰時は好いているから。
自分に出来る事なんて何一つないのがわかっているからこそ、何かしたくなった。
どんなに頭をひねっても何をすればいいのかがわからず、たまたま頭上を飛んでいた宿祢に声をかけたのだ。
少しでも冬の様子が知りたかった。
もしもいじめられているのなら、啼々家の次期当主としての権限でどうにかできるかもしれない。
だが、宿祢は世間知らずと言っていいほど社会というものを分かっていない。
尋ねる相手を間違えたなと、泰時は小さくため息をついた。
冬殿は本当に凄いでござるよ、とにこにこと笑みを浮かべながら言う宿祢を、ほんの少し羨ましく思う。
彼ならきっと、冬の傍でその笑顔をいつでも見せるのだろう。
それにつられて冬も笑うのだろう。
凄いと、素直に褒めるのだろう。
僕ならきっと、いつものように正反対の言葉が出てしまう。
素直に褒めてもあげられない。
冬を、傷つけてしまうだけだ。
「どうなされた?」
「い、いや、なんでもない」
心配そうな顔で覗き込んできた宿祢に、泰時は慌てて距離を取った。
うっかり自分の考えに浸っていたらしい。
「呼び止めて悪かったな」
「気にしないでくだされ。泰時殿と話が出来て楽しかったでござるよ」
「そ、そうか…」
心底嬉しそうな笑顔を返され、泰時は慌てて視線を逸らした。
気恥ずかしさからか、顔が少し赤い。
「じゃ、じゃあな。冬によろしく言っておいてくれ」
「うむ。承知したでござる」
さっさと背を向けて歩き出した泰時の背に、宿祢は笑顔で手を振った。
「む?拙者でござるか?」
迦楼羅丸との修行もひと段落し、空を散歩していた宿祢を誰かが呼び止めた。
「お主ぬしは確か……やすゆき殿」
「泰時だ」
ひらりと着地した宿祢に、泰時はムスリとした表情で答える。
「申し訳ない。あまり他者と関わる機会がなかった故ゆえ、名を覚えるのが苦手で…」
「別にかまわないさ」
「それで、何用でござるか?」
「それは…その…」
尋ねた宿祢に対し、泰時は言葉を濁す。
視線をしばらく彷徨わせ、意を決したように口を開いた。
「ふ、冬はどうしている?」
「冬殿でござるか?元気に修行をしているでござるよ」
「いじめられたりとかは?」
「いじめ…?それはなんでござるか?」
「……」
本気でわからないという顔をした宿祢に、泰時はどう説明したらいいのかと視線を彷徨わせる。
結局説明するのは諦めて本題に戻す事にした。
「冬は、その…霊具を知っているのか?」
「霊具でござるか?三日ほど前に弥生殿から教わったらしいでござるよ」
「弥生から…?」
「今頃は迦楼羅丸殿から霊力の具現化方法を教わっているはずでござる」
「迦楼羅丸から?」
「迦楼羅丸殿は妖力を具現化し、武具とするのを得意としているでござるからな」
「そうなのか…」
想定外だと泰時の表情が語る。
それをみて宿祢は首をかしげた。
「泰時殿はなぜ、冬殿の事を尋ねるでござるか?」
「そ、それは……。えっと、冬は、元は啼々家の使用人だからな。他の姫巫女達に迷惑をかけていないかと…」
「それならば心配には及ばぬでござる。冬殿はよくやっているでござるよ。この調子ならば霊具もきっとすぐに身につけられるでござる」
「そうか…」
泰時はただ、冬の事が心配だった。
どうも冬の前では素直になれず、ついつい意地悪をしてしまった。
いつか素直になれるだろうかと常々思っていたのだが、まさか冬が自分の傍からいなくなる日が来るとは夢にも思わなかった。
少しでも傍にいてほしくて、姫巫女にならないでほしいと伝えた。
姫巫女は時に危険な目にも合う。
怪我をしてほしくなくて、危険だとも伝えた。
それでも真っ直ぐな瞳で姫巫女になると屋敷を出た冬を、泰時は"いい"と思った。
純粋で明るく前向きな彼女を、自分に出来る事を精一杯やる彼女を、泰時は好いているから。
自分に出来る事なんて何一つないのがわかっているからこそ、何かしたくなった。
どんなに頭をひねっても何をすればいいのかがわからず、たまたま頭上を飛んでいた宿祢に声をかけたのだ。
少しでも冬の様子が知りたかった。
もしもいじめられているのなら、啼々家の次期当主としての権限でどうにかできるかもしれない。
だが、宿祢は世間知らずと言っていいほど社会というものを分かっていない。
尋ねる相手を間違えたなと、泰時は小さくため息をついた。
冬殿は本当に凄いでござるよ、とにこにこと笑みを浮かべながら言う宿祢を、ほんの少し羨ましく思う。
彼ならきっと、冬の傍でその笑顔をいつでも見せるのだろう。
それにつられて冬も笑うのだろう。
凄いと、素直に褒めるのだろう。
僕ならきっと、いつものように正反対の言葉が出てしまう。
素直に褒めてもあげられない。
冬を、傷つけてしまうだけだ。
「どうなされた?」
「い、いや、なんでもない」
心配そうな顔で覗き込んできた宿祢に、泰時は慌てて距離を取った。
うっかり自分の考えに浸っていたらしい。
「呼び止めて悪かったな」
「気にしないでくだされ。泰時殿と話が出来て楽しかったでござるよ」
「そ、そうか…」
心底嬉しそうな笑顔を返され、泰時は慌てて視線を逸らした。
気恥ずかしさからか、顔が少し赤い。
「じゃ、じゃあな。冬によろしく言っておいてくれ」
「うむ。承知したでござる」
さっさと背を向けて歩き出した泰時の背に、宿祢は笑顔で手を振った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる