四季の姫巫女

襟川竜

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第参幕 霊具

第八話

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「おい、そこの天狗」
「む?拙者でござるか?」
迦楼羅丸との修行もひと段落し、空を散歩していた宿祢を誰かが呼び止めた。
「お主ぬしは確か……やすゆき殿」
泰時やすときだ」
ひらりと着地した宿祢に、泰時はムスリとした表情で答える。
「申し訳ない。あまり他者と関わる機会がなかった故ゆえ、名を覚えるのが苦手で…」
「別にかまわないさ」
「それで、何用でござるか?」
「それは…その…」
尋ねた宿祢に対し、泰時は言葉を濁す。
視線をしばらく彷徨わせ、意を決したように口を開いた。
「ふ、冬はどうしている?」
「冬殿でござるか?元気に修行をしているでござるよ」
「いじめられたりとかは?」
「いじめ…?それはなんでござるか?」
「……」
本気でわからないという顔をした宿祢に、泰時はどう説明したらいいのかと視線を彷徨わせる。
結局説明するのは諦めて本題に戻す事にした。
「冬は、その…霊具を知っているのか?」
「霊具でござるか?三日ほど前に弥生殿から教わったらしいでござるよ」
「弥生から…?」
「今頃は迦楼羅丸殿から霊力の具現化方法を教わっているはずでござる」
「迦楼羅丸から?」
「迦楼羅丸殿は妖力を具現化し、武具とするのを得意としているでござるからな」
「そうなのか…」
想定外だと泰時の表情が語る。
それをみて宿祢は首をかしげた。
「泰時殿はなぜ、冬殿の事を尋ねるでござるか?」
「そ、それは……。えっと、冬は、元は啼々家の使用人だからな。他の姫巫女達に迷惑をかけていないかと…」
「それならば心配には及ばぬでござる。冬殿はよくやっているでござるよ。この調子ならば霊具もきっとすぐに身につけられるでござる」
「そうか…」
泰時はただ、冬の事が心配だった。
どうも冬の前では素直になれず、ついつい意地悪をしてしまった。
いつか素直になれるだろうかと常々思っていたのだが、まさか冬が自分の傍からいなくなる日が来るとは夢にも思わなかった。
少しでも傍にいてほしくて、姫巫女にならないでほしいと伝えた。
姫巫女は時に危険な目にも合う。
怪我をしてほしくなくて、危険だとも伝えた。
それでも真っ直ぐな瞳で姫巫女になると屋敷を出た冬を、泰時は"いい"と思った。
純粋で明るく前向きな彼女を、自分に出来る事を精一杯やる彼女を、泰時は好いているから。
自分に出来る事なんて何一つないのがわかっているからこそ、何かしたくなった。
どんなに頭をひねっても何をすればいいのかがわからず、たまたま頭上を飛んでいた宿祢に声をかけたのだ。
少しでも冬の様子が知りたかった。
もしもいじめられているのなら、啼々家の次期当主としての権限でどうにかできるかもしれない。
だが、宿祢は世間知らずと言っていいほど社会というものを分かっていない。
尋ねる相手を間違えたなと、泰時は小さくため息をついた。
冬殿は本当に凄いでござるよ、とにこにこと笑みを浮かべながら言う宿祢を、ほんの少し羨ましく思う。
彼ならきっと、冬の傍でその笑顔をいつでも見せるのだろう。
それにつられて冬も笑うのだろう。
凄いと、素直に褒めるのだろう。
僕ならきっと、いつものように正反対の言葉が出てしまう。
素直に褒めてもあげられない。
冬を、傷つけてしまうだけだ。
「どうなされた?」
「い、いや、なんでもない」
心配そうな顔で覗き込んできた宿祢に、泰時は慌てて距離を取った。
うっかり自分の考えに浸っていたらしい。
「呼び止めて悪かったな」
「気にしないでくだされ。泰時殿と話が出来て楽しかったでござるよ」
「そ、そうか…」
心底嬉しそうな笑顔を返され、泰時は慌てて視線を逸らした。
気恥ずかしさからか、顔が少し赤い。
「じゃ、じゃあな。冬によろしく言っておいてくれ」
「うむ。承知したでござる」
さっさと背を向けて歩き出した泰時の背に、宿祢は笑顔で手を振った。
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