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第参幕 霊具
第四話
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「あ、あの!秋さん!」
窓を拭いていた結依は、風呂敷包みを抱えて屋敷を出て行こうとしていた秋を見つけて慌てて声をかけた。
「なにかな?」
「あ…えっと……その…」
声をかけたのに次の言葉が出てこない。
雑巾を握りしめて俯いてしまった結依を見て、秋はふわりと微笑んだ。
「冬の事?」
「…はい」
秋の言葉に結依は頷く。
冬が啼々家を出て行ってから一ヶ月。
一方的に避けて冬を傷つけた事は重々承知しているのだが、まだ謝れていない。
冬が修行している秋桜館には当主の許可がなければ立ち入る事が出来ないし、そもそも女中である結依は入れないどころか許可も下りないだろう。
冬からは週に一度、手紙が届く。
機密事項が外部に漏れないように検査はあるらしいが、手紙のやり取りは可能だ。
姫巫女の修行は厳しいが、厳しいだけでは精神が持たない。
親兄弟、友人との関わりまで絶つ必要性はないし、その繋がりが糧となるからだ。
だが結依は、まだ一度も返事を出せていない。
手紙の中は神託前の仲の良かった時期と何ら変わりはない。
さすがにこれはいじめなのではないかと思えるようなハードな仕事と修行をしているという事は知っている。
真面目な冬は疑う事なくそれらをこなしているという事も。
素直に頑張れと、そう返事をすればいいのに、それができない。
冬が近況を教えてくれるのならば、こちらもそうしようと筆を執るのだが、どうしても書けない。
手紙を書いても返事をもらえない事に、きっと冬は傷ついているだろう。
そして自分が姫巫女になったせいだと、悪くもないのに自分を責めている姿が容易に想像できる。
「ゆっくりでいいから、いつか仲直りしてあげて」
「わかっています。でも…でも…」
じわりと、涙が浮かぶ。
謝りたい。
謝って、また冬と仲良くなりたい。
そんな思いが日々募る。
だが、時間が経つにつれ、それがどんどん難しくなっていく。
許してもらえなかったらどうしようと、そんな不安が心の中でどんどん大きくなる。
手が白くなるまで雑巾を握りしめていた結依の頭を、秋がそっと撫でた。
「ありがとう」
「え?」
「そんなに思い悩むほど、冬を想ってくれて。あの子は幸せ者だ。結依さんに、こんなに想われているのだから」
「秋さん…」
「冬は少しずつ頑張っている、前に進もうとしている。結依さんもそうだよね。だから、いつか冬を助けてあげてくれないかな」
「私が、ですか?」
「うん」
「でも、私なんかに何が…」
「結依さんはきっと、近い将来冬の助けになる。僕は、そんな気がするんだ」
「私が…冬の助けに…?」
「僕の感は、意外と当たるから」
じゃあ行くね、と秋は踵を返して歩き出した。
だが、数歩歩いたところで足を止めて結依を振り返る。
「それと、僕に何かあった時は、冬をよろしく頼むよ」
「え?それって、どういう…?」
問う結依に答えず、秋はさっさと歩いて行ってしまった。
残された結依は、秋の背が見えなくなるまで見送ると大きく息を吸った。
「まずは、返事を書けるようにならないと。それと、冬が頑張ってるんだから、私も負けないくらいに頑張らないと。頑張って、冬をビックリさてやるんだから」
握りしめていた雑巾を見ながら大きく頷く。
「よーし、やってやるんだから!待ってなさいよ、冬!」
縁側で一人拳を突き上げて意気込む結依の声が、微かながらに秋の耳に届いた。
窓を拭いていた結依は、風呂敷包みを抱えて屋敷を出て行こうとしていた秋を見つけて慌てて声をかけた。
「なにかな?」
「あ…えっと……その…」
声をかけたのに次の言葉が出てこない。
雑巾を握りしめて俯いてしまった結依を見て、秋はふわりと微笑んだ。
「冬の事?」
「…はい」
秋の言葉に結依は頷く。
冬が啼々家を出て行ってから一ヶ月。
一方的に避けて冬を傷つけた事は重々承知しているのだが、まだ謝れていない。
冬が修行している秋桜館には当主の許可がなければ立ち入る事が出来ないし、そもそも女中である結依は入れないどころか許可も下りないだろう。
冬からは週に一度、手紙が届く。
機密事項が外部に漏れないように検査はあるらしいが、手紙のやり取りは可能だ。
姫巫女の修行は厳しいが、厳しいだけでは精神が持たない。
親兄弟、友人との関わりまで絶つ必要性はないし、その繋がりが糧となるからだ。
だが結依は、まだ一度も返事を出せていない。
手紙の中は神託前の仲の良かった時期と何ら変わりはない。
さすがにこれはいじめなのではないかと思えるようなハードな仕事と修行をしているという事は知っている。
真面目な冬は疑う事なくそれらをこなしているという事も。
素直に頑張れと、そう返事をすればいいのに、それができない。
冬が近況を教えてくれるのならば、こちらもそうしようと筆を執るのだが、どうしても書けない。
手紙を書いても返事をもらえない事に、きっと冬は傷ついているだろう。
そして自分が姫巫女になったせいだと、悪くもないのに自分を責めている姿が容易に想像できる。
「ゆっくりでいいから、いつか仲直りしてあげて」
「わかっています。でも…でも…」
じわりと、涙が浮かぶ。
謝りたい。
謝って、また冬と仲良くなりたい。
そんな思いが日々募る。
だが、時間が経つにつれ、それがどんどん難しくなっていく。
許してもらえなかったらどうしようと、そんな不安が心の中でどんどん大きくなる。
手が白くなるまで雑巾を握りしめていた結依の頭を、秋がそっと撫でた。
「ありがとう」
「え?」
「そんなに思い悩むほど、冬を想ってくれて。あの子は幸せ者だ。結依さんに、こんなに想われているのだから」
「秋さん…」
「冬は少しずつ頑張っている、前に進もうとしている。結依さんもそうだよね。だから、いつか冬を助けてあげてくれないかな」
「私が、ですか?」
「うん」
「でも、私なんかに何が…」
「結依さんはきっと、近い将来冬の助けになる。僕は、そんな気がするんだ」
「私が…冬の助けに…?」
「僕の感は、意外と当たるから」
じゃあ行くね、と秋は踵を返して歩き出した。
だが、数歩歩いたところで足を止めて結依を振り返る。
「それと、僕に何かあった時は、冬をよろしく頼むよ」
「え?それって、どういう…?」
問う結依に答えず、秋はさっさと歩いて行ってしまった。
残された結依は、秋の背が見えなくなるまで見送ると大きく息を吸った。
「まずは、返事を書けるようにならないと。それと、冬が頑張ってるんだから、私も負けないくらいに頑張らないと。頑張って、冬をビックリさてやるんだから」
握りしめていた雑巾を見ながら大きく頷く。
「よーし、やってやるんだから!待ってなさいよ、冬!」
縁側で一人拳を突き上げて意気込む結依の声が、微かながらに秋の耳に届いた。
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