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第弐幕 宿祢
第一話
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しゃんしゃんと、手に持った錫杖がなる。
月明かりもほとんど届かない山の中を、天狗はひたすらに走っていた。
傷ついた翼は、まだ飛べるまで回復してはいない。
地面には点々と血の跡が残ったが、そんな事は気にしていられない。
日中ならともかく、いくら夜目がいい天狗に追われているとはいえ、落ち葉に着いた血をそう簡単に空中から探せるとも思えない。
今は少しでも長く身を隠せる場所を探す必要があった。
「はぁ…はぁ……っ!」
昼夜をとわず一週間走り続けていた天狗は、さすがに体力の限界が来ていたのだろう。
落ち葉に覆われて隠れていた木の根に躓き、その場に転んでしまった。
「くっ…」
腕に力を入れるも、体を起こす気力が出ない。
上げた顔の先、かすむ視界の中で、天狗は洞窟らしきものを見つけた。
体を起こせないならと、天狗は這って洞窟を目指した。
落ち葉の海をかき分け、少しずつ、急いで。
だが、その動きが止まる。
あと一メートルというところで、天狗は気を失った。
※ ※ ※
「秋ちゃん、これ…」
「姫巫女になった冬へのプレゼントだよ」
そう言って秋ちゃんがくれたのは、真新しい着物だった。
紅白な着物は、なんだかおめでたすぎる気もするけれど、白が基調となっているおかげで、とってもかわいい。
帯から下はふわりと膨らんでいて、異国のスカートみたい。
おそろいの赤いぽっくりも可愛いし、何より秋ちゃんが帯を大きなリボン結びにしてくれたのが嬉しい。
ちょっと子供っぽいようにも見えるけれど、町で見かけた少女達が着ていた服に憧れていた身としては、嬉しくてたまらない。
女の子だもん、おしゃれしたいって思うのは当然じゃないかな。
「最後に…はい」
ぽん、と秋ちゃんが頭に着けてくれたのは、椿の髪飾り。
『まあ。まるで雪の中に咲いた椿の花って感じね』
「え、そう?」
秋ちゃんが見せてくれた鏡を覗き込めば、確かに幽霊のお姉さんが言ったみたいだった。
わたしの白い髪が雪のように見えてくる。
『よく似合っているわよ、冬』
「ありがとう、お姉さん!」
くるりと一回転すれば、鏡の中の私も嬉しそうに回って。
白い着物の隙間から除く赤も、ふわりと揺れる。背中のリボンが、やっぱり可愛い。
「心機一転。頑張っておいで」
「うん!」
「あ、そうだ。もう一つ渡すものがあったんだ」
「え?まだあるの?いいよ、この着物セットで十分嬉しいよ」
「そうじゃなくて……はい」
「なにこれ?水晶玉?」
秋ちゃんがくれたのは、片手に収まるくらいの小さな水晶玉だった。
ほんのりと桜色して、どこか不思議と温かく感じる。
なんだろう、どこか懐かしい。
『あら綺麗』
「秋ちゃん、これは?」
「冬の両親が、冬にと遺してくれた物だよ」
「わたしの両親が!?」
「うん。啼々家の使用人になる前に、冬が持っていた唯一の物だよ」
「これが……」
だから、懐かしい感じがするのかな?
わたしには、4歳より前の記憶がない。
といっても、4歳以前の記憶を持っている人の方が稀だとは思うけれど。
本名も、両親の顔も、どこに住んでいたのかも、どこで生まれたのかも、わたしは何一つ覚えていない。
この水晶を持っていれば、いつか思い出すのかな?
『不思議…。何らかの霊力がこもっているみたいだけれど、とってもあったかい。冬の御両親が、冬を思っているのかもしれないわね』
「そうなのかな。…そうだといいな」
ぎゅっと水晶を抱きしめれば、ほんのりと温かい気がした。
「さあ冬、時間だよ」
「うん!」
秋ちゃんに大きく頷いて、私は部屋を出た。
月明かりもほとんど届かない山の中を、天狗はひたすらに走っていた。
傷ついた翼は、まだ飛べるまで回復してはいない。
地面には点々と血の跡が残ったが、そんな事は気にしていられない。
日中ならともかく、いくら夜目がいい天狗に追われているとはいえ、落ち葉に着いた血をそう簡単に空中から探せるとも思えない。
今は少しでも長く身を隠せる場所を探す必要があった。
「はぁ…はぁ……っ!」
昼夜をとわず一週間走り続けていた天狗は、さすがに体力の限界が来ていたのだろう。
落ち葉に覆われて隠れていた木の根に躓き、その場に転んでしまった。
「くっ…」
腕に力を入れるも、体を起こす気力が出ない。
上げた顔の先、かすむ視界の中で、天狗は洞窟らしきものを見つけた。
体を起こせないならと、天狗は這って洞窟を目指した。
落ち葉の海をかき分け、少しずつ、急いで。
だが、その動きが止まる。
あと一メートルというところで、天狗は気を失った。
※ ※ ※
「秋ちゃん、これ…」
「姫巫女になった冬へのプレゼントだよ」
そう言って秋ちゃんがくれたのは、真新しい着物だった。
紅白な着物は、なんだかおめでたすぎる気もするけれど、白が基調となっているおかげで、とってもかわいい。
帯から下はふわりと膨らんでいて、異国のスカートみたい。
おそろいの赤いぽっくりも可愛いし、何より秋ちゃんが帯を大きなリボン結びにしてくれたのが嬉しい。
ちょっと子供っぽいようにも見えるけれど、町で見かけた少女達が着ていた服に憧れていた身としては、嬉しくてたまらない。
女の子だもん、おしゃれしたいって思うのは当然じゃないかな。
「最後に…はい」
ぽん、と秋ちゃんが頭に着けてくれたのは、椿の髪飾り。
『まあ。まるで雪の中に咲いた椿の花って感じね』
「え、そう?」
秋ちゃんが見せてくれた鏡を覗き込めば、確かに幽霊のお姉さんが言ったみたいだった。
わたしの白い髪が雪のように見えてくる。
『よく似合っているわよ、冬』
「ありがとう、お姉さん!」
くるりと一回転すれば、鏡の中の私も嬉しそうに回って。
白い着物の隙間から除く赤も、ふわりと揺れる。背中のリボンが、やっぱり可愛い。
「心機一転。頑張っておいで」
「うん!」
「あ、そうだ。もう一つ渡すものがあったんだ」
「え?まだあるの?いいよ、この着物セットで十分嬉しいよ」
「そうじゃなくて……はい」
「なにこれ?水晶玉?」
秋ちゃんがくれたのは、片手に収まるくらいの小さな水晶玉だった。
ほんのりと桜色して、どこか不思議と温かく感じる。
なんだろう、どこか懐かしい。
『あら綺麗』
「秋ちゃん、これは?」
「冬の両親が、冬にと遺してくれた物だよ」
「わたしの両親が!?」
「うん。啼々家の使用人になる前に、冬が持っていた唯一の物だよ」
「これが……」
だから、懐かしい感じがするのかな?
わたしには、4歳より前の記憶がない。
といっても、4歳以前の記憶を持っている人の方が稀だとは思うけれど。
本名も、両親の顔も、どこに住んでいたのかも、どこで生まれたのかも、わたしは何一つ覚えていない。
この水晶を持っていれば、いつか思い出すのかな?
『不思議…。何らかの霊力がこもっているみたいだけれど、とってもあったかい。冬の御両親が、冬を思っているのかもしれないわね』
「そうなのかな。…そうだといいな」
ぎゅっと水晶を抱きしめれば、ほんのりと温かい気がした。
「さあ冬、時間だよ」
「うん!」
秋ちゃんに大きく頷いて、私は部屋を出た。
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