3 / 3
後編
しおりを挟む私は全て……理解しました。
「ああ、また死んだのか」
「そのようでございますな」
私は、当然のように同意した犬のヘイムの頭を撫でました。
そう、勇者が死んだことで、全て理解したのです。
この私のささやかな――まがい物の作られた――幸せが、終わったことを。
「なぜ、あやつは私の一番の願いを聞き届けぬのだ……。そして、二番目のあえて困難な方の願いを叶えようとする?」
「人間の……しかも神に守られた者の事など、私には理解不能でございます」
「そなたもだぞ、ヘイム。なぜこんな私の傍におる?」
「お忘れですか。私は貴方の右腕でございますれば」
「そうか、ならまた私の願いを叶えておくれ。今度こそは上手くいくかもしれんぞ」
「……」
「さあ、早く。勇者の居ぬ世に、私の願いは叶わぬ、これ以上居ても意味もない」
「では」
棒立ちになった私の喉に、ヘイムは鋭い牙で容赦なく喰らいつく。
痛みを感じる間もなく、真っ赤に染まる視界。
何度も、何度も繰り返したこの儀式。
自分の血の温かさを感じながら、暗い暗い世界に落ちていく。
その中でヘイムの声が響く。
「また、次の世でお会いいたしましょう――――魔王様」
そう、私は魔王だ。
私の一番の願いは、この世から消滅する事。
しかし普通の死に方では、何度でも何度でも私は復活する。
永い永い生に、私は飽いていた。
同族の魔王の座を狙う者に、試しに殺されてみても無理であった。
私を倒すのは勇者の一振り。
ただそれだけ。
何代前のことだろうか。
数々の困難を乗り越え、魔王城と呼ばれる我が城を訪れた勇者を、抵抗をすることもなく迎え入れた。
勇者が被った数々の魔族による困難は、魔王である私の知る事ではない。
魔族は勇者を倒さなければ、自分が倒される事がわかっているからだ。そして、魔王である私が死ねば、魔族という存在は復活することもなく、緩やかに消滅する。
私は彼らをこの世に繋ぎ止めるための楔と言ってもよい。
彼らが勇者を狙う事は、自分たちが生きるためには、仕方のない事。生きるためにあがくことを、私は止める事はできぬ。
勇者は抵抗もしない私と、すぐに刃を交える事をせずに、対話を望んだ。流石の神の使者という事かと得心がいく。
私の一番の望みは、人間どもが魔王に想像する世界征服などではなく、死ぬことだと言った。
私が死ぬ事で、魔族全体が滅びに向かおうと、どうでもいい。
この上なく魔王らしい、自己満足な望み。
そんな私に勇者が言った、『では二番目の望みは何か?』と。
私は、思っても見ない質問に長考した。
魔王などという定めから離れて、動物たちに囲まれて暮らしてみたいものだと答えた。
いつか見た、農夫という職業にとても興味をそそられていた。
だが、それもかなわぬ望み。
何故なら魔の属性でないモノは、私が触れるだけで、狂い死にしてしまう。それほど私の魔素は、神の庇護に属するものには毒なのだから。
それを知ってか、私の側近は獣型の魔族が多かった。彼らは私の前では常に獣の姿を採っている、けなげな奴らだ。
勇者は私に答えさせながら、何か考えているようで、話を聴いているのかいないのか、上の空のようだった。
人に尋ねておきながらと内心憤慨したが、魔王がこのような戦い甲斐のない生き物で、呆然としてしまうのも無理もないと思った。
事実、私も勇者と穏やかに会話をすることが、出来るとは思っても見ないことだったのだ。
隙さえあれば、刃を交える。
問答無用の死が待っている、と思っていたのだが。
彼は襲ってくるどころか、紳士的だった。
様々な会話をして、どれほどの刻を過ごしただろうか。
勇者は私に剣をふるう事ではなく――私の二番目の望みをかなえる事を選んだ。
奴の力を半分以下にするほどの力を使い、私の魔力と躯から魂を引き離し、人の体に封じ込める呪を完成させた。
魔王の器と力の消滅。
それで、魔王は死に、魔王という楔を失った魔族は緩やかに滅び、人間たちには平和が訪れるはずだった。
なのに魔族は滅びる事はない。
私という主を失った魔族は、力のある魔族を仮の魔王に据え始める。
失敗だった。
あとは私の魂を壊す道しかない。
私を今度こそ――殺すのかと思った。
それでもよかった、私は十分に希望を見せてもらったのだ。
なのに、あ奴は約束だと諦めない。
勇者をいうものは、その諦めぬ姿で人々に希望を与えるのだな、と私はあ奴に言った。
十分だ、全ての者を抱え込まなくてもいい、救おうとしなくてもいい。
期待していない、約束をしたからといって、お前を責めるつもりもない。
諦めてもいいのだからと。
なのに。
諦めないと、諦めきれない、と絞り出すような返事。
その約束通りに、転生しても何度も何度も繰り返す。
魔力と躯を失った私の魂は、人間の躯に生まれ変わる。予見してか、勇者も己にまじないをかけていたのだろう、必ず私の傍に生まれ変わる。そして私の魂の宿った器を守りながら、道を探しつづける。
もう――やめてもいい。
あ奴が死んだ今なら、何度でも転生を果たした記憶のある今なら言える。
けれど、あ奴が死ななければ私の記憶は戻らない。
魔王の力を失った、人間としての生しかない私は、ただの人としての人生を生きる。
でも見るものが見ればわかるだろう。
人間の体に宿った、強烈な魔の魂の輝きを。
あ奴が私を仲間から隠したのは、当たり前だ。彼らからはどう見ても、私は純粋な魔にしか見えないのだから。
繊細な愛するあの子達も、勇者の守りが消えたために、可哀相な事をしてしまった。
走馬灯のように、今までの勇者との思い出が繰り返される。
様々に姿も関係も変われど出会い。
死に別れ。
思い出し。
一時の死で終わり――始まる。
彼は私の些細で、叶えるには凶悪な願いを叶え続けるのをやめない、そして私も止められない。
くるくると繰り返す、終わりのない輪廻。
たった瞬きの間の短い時間で、これだけのことを思い出す。
死が近い。
もう痛みも感じず、ただただ寒い。
次の生では今度こそ一番の願いが叶うのか。
輪が立ち切れて、終わるのか。
それともまた、悲惨な結末が待っておるのか。
そういえば――口が触れ合ったのは初めてだったな。
今際の際に思った事。
私の視界は、黒に染まり、もう思考する事さえもなかった。
0
お気に入りに追加
10
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
短編作品で読みやすそうと思い読ませていただきました。全く想像がつかない話でした。予想を越えて…背筋がゾクっとしました。こういう話好きです。
感想ありがとうございました!読む方にそう読んで欲しく書いたのですが、前半と後半の温度差に、ネタバレをあまりせずにタグを考えるのが大変だった作品なので、好きといってくださって嬉しいです。