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前編
しおりを挟む王都から離れた、さびれた村。
私はそこで暮らしている、いち村人です。
ごく普通の、代々続く由緒正しき農民で。相棒の犬ヘイムと、牛と豚と鶏に囲まれる生活をしています。
両親は小さい頃に死んでしまって、母方の祖母と暮らしてました。数年前にそのお婆さんも亡くなり、それから女一人で細々と暮らしています。
せこせこと小金を貯めて、馬は無理でも荷物運びに便利なロバぐらいは買いたいなーなんて、ささやかな夢を持っているぐらいです。
そんな一般村人であるはずの私。
唯一変わったところと言えば、幼馴染が世界を救う勇者だって事ぐらいですかね?
すごい確率です。
この世界生まれる場所は色々とあるのに、何故お隣が勇者のお家なんでしょうか。
まぁ、隣と言っても畑があり、放牧地があり、町の人間からすれば、隣の番地と言ってもいいほどのスープが冷え切ってしまう距離です。
お隣のフィオスさんちは、勇者が生まれた事によってすごい賑々しい事になってました。
まぁこっち引きこもっていれば関係なく、人との関わり合いは殆どない事なのですけどね。村で何か催し物をする時や、近隣の助け合いがある時は、面倒ですが手伝いに行きます。あと家畜を売りに行ったり。お婆さんの代から取引してる商人さんに、作物や冬ごもり中に作った刺繍など、買いに来てもらったりと、いうぐらいでしょうか。
そんな平凡な毎日でいいんです。
年頃の娘が寂しい引きこもりと、言われたっていい。
いや家畜の世話をするのに、外には出ますが。
自分の家の土地からは出ない、いたって健康的な引きこもりです。
にぎやかな事なんてない、大好きな家畜たち……お別れする時は少し胸が痛みますが……に囲まれて、心穏やかに細々と暮らしていければ。
そんな穏やかに暮らしていければと願っている私の元に、時折嵐が吹きこんできます。
……お隣の幼馴染、勇者ロスです。
ただのお隣の幼馴染である私の事なんて、ほっといて世界救ってればいいのに。
そう愚痴ってしまう程、転移の魔法で頻繁にこの村に帰ってきて、うちに入り浸ります。
おばあちゃんがいる頃からそうでした。
「なんか落ち着くんだよな」とかいってウチでゴロゴロしながら、ご飯食べて寛いでいきます。今では女一人の貧しい暮らし。食費もガッツリいただきますし、勇者だろうと食べてくつろいだぶんは働いてもらいますけどね。
いつもなら侵入者に容赦ない番犬のヘイムも、子供の頃からの長い付き合いのせいか、我関せずです。
侵入者として追い払えって感じですが。
まーこの男の事は、存在自体はちょっと邪魔なぐらいでどうでもいいんですが。
問題はその外野……という名の取り巻き。
かなり忘れがちですが、ロスは勇者です。
うちの家で、日向でのびてのびきってる猫のように、ゴロゴロくつろいでいようが、間違いなく勇者なのです。
私の家ではオフモードですが、ひとたび村の外に出れば、剣の太刀筋も煌びやかなイケメン勇者様らしいのです。
らしい、というのは私はそんな姿見たことありませんので、又聞きの知識です。
剣を使っている姿なんて、一度も見たことないです。
薪を斧で割る姿とか、畑を鍬で耕す姿ぐらいしか見たことないですし、それが私にとっての彼の当たり前の姿なのです。
あと町に行ったら噂で聞く、勇者である彼の凛々しく素敵なお仲間たちも、見たことありませんし。
だから、綺麗に着飾ったお嬢さんたちに、かっこいいとキャーキャー言われている人物と、彼が結びつかなくて、ピンときません。
まあともかく。
ロスがうちに居る限り、彼女たちが突撃してくるのです。
そして居なくても、なぜか居ると思って訪ねてくるのです。
そのとりまきの方々が、過激な人物ばかり。
まあ追っかけというよりも、実家まで押しかけてくるストーカーなんかやってるんだからそうですよね。
私の平穏な生活が、脅かされます。
彼女たちの相手をするのはかなり面倒で、同じ言葉を喋っていても異国人かと突っ込みたいほど人の話が通じない人種が多いです。「冴えないアンタなんかがロスの彼女なの、身の程を知って諦めて」なんて怒鳴ってくる方なんて更にめんどくさすぎて、困って笑うしかありません。
でも笑ってすますわけには、いきません!
私の大好きな家畜たちも、人の出入りが激しいと、落ち着きませんし。
……まさか。
このお方たちを実家に連れていって、おじさんおばさん達に、本気イコール嫁候補だと思われたら面倒だから、実家よりこっちに入り浸ってるんでしょうか。
不潔な……。
ジト目で幼馴染をにらんでも、問題は解決しません。
大事な家族を守るためには戦わなくては!
しかし頑張っていても、多数対こっちは一人。基本引きこもってるだけあって、対人関係が苦手な私には、気力体力根性も尽き果てそうになってきます。
なにせ地獄の魔犬のような姿をしている、番犬のヘイムも物ともせずに、押しかけてくるのはすごいパワーです。本当にヘイムをけし掛けると、シャレにならない事になるのでそんな事はしませんが。
……転移の魔法陣なんて考えた魔法使いは、滅んでしまえばいい!
といっても、もうそんな偉大な魔法使いたちは、とっくの昔にお亡くなりになっています。分っていますが、八つ当たりをしないではいられない日々。
こんなさびれた村に、国中から簡単に来れるのも、この魔法陣があるからです。
私も家畜たちも、ノイローゼになるギリギリ一歩手前でした。
しかし幸運にも、そうなる前にぱったりと足は途絶えました。
初めさびれた村では、勇者目当てだったとしても、村おこしの一環として観光客大歓迎だったのです。
ですがあんまりにも、マナーの悪い勇者の追っかけが多くなったので、入村するにも選別をすることになりました。それでも減らぬ、勇者の嫁候補たちやら、勇者の家族に取り入ろうとする人々。
そんな観光客に、村人達はウンザリして直訴し、国がかなり厳しめな対応をしてくれることになったとか、なんとか……以上、村人のウワサ調べ。
お偉いさんの決める事は、一介の村人にはよくわかりませんが、ほっとしました。居なくなってくれれば、こっちは理由なんてどうでもいいので。
そんなめんどくさい事件が終結し。
私の周りも平穏を取り戻しつつあった時、それは起こりました。
ある大風と大雨が続いた晩。
ロスが、大ケガをして帰ってきたのです。
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