生まれ変わったその先に

ありま

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ライオンハート 中編

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 レオン=トラッファルガー。
 それが、生まれ変わった私の名前だ。

 そう。
 生まれ変わった性別は男。
 質実剛健な騎士団団長、レオニード=トラッファルガーの四番目の末息子。

 前世の繊細な美しい姿とは雲泥の差の容貌で、存在感のある肉厚で鍛え抜かれた、鋼のように硬い肉体。
 手は剣の訓練で何度も皮がむけ、血豆が潰れてボロボロになり、節も太く岩のようにゴツゴツとしている。
 女性にはモテるどころか、怯えさせてしまうほどの鷹のように鋭い眼光。
 更に頬に走る傷は、暴れ馬から子供を助けた時に受けた勲章だ。まぁ、その時逆に子供を襲っているという誤解をされたのは些細なことだ。

 似合いの服は、洒落て気取った夜会服より、無骨で飾り気のない粗野な騎士団服に鎧と剣。
 日に焼けた金の髪は、まるで獅子の鬣のようになびく。
 暴漢からの背後からの攻撃を防ぐ目的で、髪は長いのがこの国の武人の特徴だ。
 平和な国といえど、剣を振るう軍人の家系に生まれ落ちた私だったが、初めからそのような姿だったわけではない。

 子供の頃の私は、前世のように病弱だった。
 ところが、幸運にも深刻な病というわけではなく、虚弱体質……成長によって体質も変わればなんてこともない、枷だった。

 一番の問題は性別が変わったこと。
 初めの頃は戸惑ったものだが、数年も赤ん坊からやり直して見ると、慣れた。
 それ以上に、自尊心のある結婚もできる女性だった私が、意識のあるまま赤ん坊としてやり直す方が……いや、病気のために医者や使用人に体を見せるのが当たり前だったといえど、かなり堪えた。

 しかし病弱・性別の変化・子供からのやり直しを上回る以上に、私はこの生を感謝した。
 子供の頃に憧れた、夢が全て叶うというのだ。

 普通の子供ができる事が全て新鮮だった。
 走る、走る、青空の下ひたすら大地を蹴る。
 疲れ果てたら、草の上に寝転がって、空を見上げる。
 それだけで、幸せだった。

 やればやるだけ、頑丈になる体。
 目に見えて効果が出る、健康法。
 食べるものが、美味しく思える幸福。

 第三者から見ると、ただただ体をいじめ抜いていたように見えただろう。
 新しい父と母も心配して、無理をするなと諌めてくれた。
 度が過ぎて熱を出して寝込んだ時も、優しく付き添ってくれた。
 言えなかったけれど、前の父や母を思い出して、泣いた。

 ただ自分は、どこまでできるのか試したかったのだ。
 前世では努力してもそれは先も見えず、実らなかったものが実になる手応え。
 手応えを知ってしまうと、妥協はできなかった。


 その結果。
 幼い頃はひょろりとしたモヤシっ子と言われ、家族以外の人間からはトラファルガー家のお荷物になるだろうと思われていた私は、現在は騎士団有望株の筋肉ダルマの猛者へと成長した。
 二の腕には青筋が入っているのが、お気に入りだったりする。
 自分の上腕二頭筋の発達を見て、内心ニヤけてしまうのは……前世からのこの違いが嬉しすぎてということで、変な趣味ではないということを断じて言っておかなければならない。鏡に映る姿にポージングすることもだ!

 そんな私だったが、既に齢二十も超え、兄達が結婚し子供も授かり、叔父さんと呼ばれれている。
 甥っ子や姪っ子は可愛い。
 前世では得られなかった、体験が、感情が、段々と増えていく。

 この子達を見ていると子供もいいなと思うことはあったが。
 やはり恋愛はすることはできなかった。
 男になって、その……乙女だった頃の私には、口にできない男性のもろもろを知ったが、気の置けない男の友人の存在や、尊敬できる男性もいると知ると、前世のトラウマも薄らいで来る。

 心は前世の記憶を未だに引きずり女に近いが、体は男なのだ。
 だからはっきり言って、男に恋することはできない。
 かと言って、これまた前世の記憶で女性にも恋することもできない。
 心は中途半端なままだ。
 ありがたいことに、この無駄に厳しい容姿のお蔭で、色恋沙汰に巻き込まれることがなかったのが幸いと言えるだろう。そんな余裕はない。

 気楽な末息子という立場上。
 このまま所帯を持たないで、お気楽に一人で暮らすままでもいいかなどと軽く考えていた頃。

 宮廷から急使をうける。
 内容は伯爵令嬢の護衛。
 その令嬢の名前はコニーリ=オリクトラグス。

 会ったことはないが有名なので名前は知っていた。
 王女のお気に入りの宮廷の至宝。生きる宝石とも言われていた。銀の髪に、柘榴の瞳の儚げな少女。その色合いと姿のために、あこがれと羨望の眼差しで「白兎の君」という愛称で呼ばれている。

 ――美を賛辞される、華奢で守ってあげたい美しい少女。

 私はその境遇に、普通の男が持ちうるべきではない同情を送る。
 前世で「儚げな美少女」と言うありがたくもない称号をもらった自分が、男達に向けられた興味のせいで与えられたトラウマを重ねてしまった。
 他のどんな騎士に要請するよりも、自分なら紳士的に、彼女を守れると思う自負がある。むしろ下手な下心を抱けない適役といってもいい。

 しかし、この姿が怖がられなければいいが……という大きな問題は残るが。

 なぜ自分に護衛の白羽の矢が立ったのか理由は不明だが、急いで王宮へと馬を飛ばす。急ぎ愛馬を門番に預け、指定された宮へと足を運んだ。その途中で見える整えられた庭は、なんとなく物足りなく見える。

 あの頃の私を思い出したからだろうか?

 生まれ変わって、あの寝室のベッドからいつも見ていた輝かしい魔法の庭は、当たり前のものではなかった事に気がついた。あの頃の外の知識はあの庭の景色だった。あれが当たり前だと思っていた。自由に外を駆けられる今は、違う。とわかっている。あれは前の両親が、私だけのために整えてくれた特別な庭、娘を思う親心の象徴だった。

 なぜか感傷的になってしまうな。

 私は思考を振り払うように頭を振り払う。いつの間にか、部屋の扉の前まで来ていた。深呼吸してから、鋭くないように気をつけて入室の許可をもらう言葉を紡ぐ。
 許可をもらい扉を開けてそこに待っていたのは……噂ごときでは実物の彼女の美しさ、儚さを伝えきれていなかったと断言できるほどの魅力的な少女だった。
 前世の私と同じ程、いやそれ以上に、その可憐さ、優雅な動きに、夢を見ているかの如く空気が霞む。
 些細な衝撃でもすぐにでも倒れそうな彼女は、普通の女子供なら気後れしてしまう私の姿を見て、天使さえも魅了しそうな満面の笑みを浮かべて、駆け寄ってきた。
 背は私の胸にあるかないかの、低さ。
 その塊が、思いっきり私に突進してくる、そんな事は予想外で衝撃に備えるのを一瞬忘れた。が、衝撃を受けながらも硬い壁の様に、私は微動だにしない。訓練の賜物だ。
 また、彼女も気にせずに私の胸に顔を押し付けて、抱きついてくる。

 妙齢のご令嬢……しかも美少女が自分のような男にする行動だろうか、しかも私のような幼児が顔を見て泣くような強面に。
 私が通常の男性ならば、この抱擁。感涙にむせび泣く程の行幸で楽園のごとき心地よさだろう。
 しかし、元女性として理性が働いている私には、ただただ疑問が先に立つ。混乱している私をよそに、周りはいつの間にか人払いを終えていて、違和感を覚える。

 至近距離で見上げてくる、柘榴の瞳。
 その輝きに――私は武人としての勘で、嫌な予感が走る。
 強敵を前にしての、凄み、威圧感とも言えるオーラが。


 ――この、華奢な少女から、何故だ?

 呆然と、少女の顔を見つめる。
 夢のように美しい唇が動き、私の名前を甘く紡ぐ。




「リオーネ」




 よりによって、前世の。



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