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四章 大江山の鬼編

46.夜を駆ける者

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「お休みなさい」

妖花は午後11時には勉強を終えてベッドの中に潜った。
自分なりに勉強しているが今回のテストも何となく高得点が取れる気がする。

「明日も頑張らないとね」

欠伸を合図にそろそろ寝なければならないと思い、目を瞑った。
するとすぐに意識は夢の中へと吸い込まれた。



期末テストまであと1日となる日の午前2時。
妖花がベッドで熟睡している時間帯。


その日は月がよく見えるほどの快晴で月光が街を照らし続けていた。
妖花の暮らす街の隣の街。午前2時というのにまだ明かりが消えることはなく、まだ活気のある街には疲れきったサラリーマンや飲み会で泥酔した客達。それを介抱する人々。様々な人が夜の街を楽しんでいる。

そんな街から少し離れた山奥。そこは現代のビルなどが立ち並ぶような都心とは真逆の古い木造瓦葺の家屋のある昔ながらの町並み。
少し離れるだけで街の雰囲気は変わる。活気のある中心街よりは人がいないその場所で人の速度とは思えないほどの速さで走る者がいた。

「はぁはぁはぁ」

月光が人影を照らし、その姿が顕になる。黒い袴に赤い花柄の着物を着ている。美しい顔立ちで、齢は14か15ほどの少女。
艶のある金色の髪が月の光に照らされ、輝く。
ひたいからツノが2本突き出しており、根元が黒で先が赤く、中間は赤と黒が混ざったような色のツノ。
そのツノが少女を人間ではない何かであることを示している。
少女は辺りを見渡しては走り、止まりを繰り返し、様子がおかしいということは分かる。

「あそこなら人が多いはずです」

美しい声が夜の町に響く。少女の目に見えたのは先程の街。見下ろ

「速く行かないと追いつかれてしまいます」

ポタッと赤い液体が地面に落ちる。

「血が…。痕跡は消すしかない」

少女は血を砂で隠し、お腹を抑えてまた走り出した。

同じく真夜中、人影が勢い良く走り抜ける。その人影は2つ。1つは男性のもの、もう1つは人ではない、人にしては大きすぎる影。2つの影が立ち止まる。

「少し止まれ」

男はそういった。そこは先程まであの金髪の少女が立ち止まっていた場所。
すると大柄な男があるものを見つける。

『この匂い…。これは血ではないですか?』

砂によって隠されているように見えるが血が着いていることが確認できる。

「やはり、その匂いか」

そう言ったあとその血を指でなぞって手につけるとそのまま口に運んだ。

「やはりな」

そして男は笑い始める。

「この血は奴のものだ。一撃、奴に浴びせた時に拳に着いた血の味と同じものだ」

拳を見て、薄気味悪く笑う。その狂気に満ちた顔を見て大柄な男は目を背ける。

『奴はおそらくあの街に向かったのでしょう』

男達の目線の先には街が見えていた。

「そうだろうな。他の者も向かわせろ。しかしひとつだけ」

改まってその男は告げる。

「くれぐれも人間には悟らせるな。今はまだ時ではない。時さえ来ればこの世界は俺たちが占めることになる。それにもっと"面倒な奴ら"が潜んでいるかもしれんしな」

『承知致しました』

そう答えたあと2つの影はその場から一瞬で姿を消した。


街の灯りが少しずつ消えていく時間帯、金髪の少女は走りながらどこか隠れる場所を探していた。

「見つかれば確実に殺される。今は逃げることだけ考えなければ…」

自分に言い聞かせて真夜中の道を走り続ける。
腹部を抑えて痛みの緩和をはかりつつ、少しでも体力の回復をするために深呼吸をする。
もう少しであの街に降りる。明るい光が見え、金髪の少女は少し気が楽になった。

「あと少し」

金髪の少女はようやく街にたどり着いた。もう午前3時になろうとしていた。その時間帯になるともう活気は衰えていた。
人はあまり歩いていない。

「仕方ないですね。とりあえずどこかへ隠れるとしましょう」

頭のツノを手で隠し、細い路地に入る。
路地には消えそうに点滅する電灯が光っており、前に進もうとすると室外機が置いてあったり、長い水道管や排気ダクトがあったりと通れそうにない。
それに少し臭う。嫌な臭いだ。

とりあえず路地に入ってすぐの場所で深呼吸する。息を整えてからこの場所から移動しようと考えた。

「とりあえず人に紛れる方がいいでしょう。私の力ならば奴らの目も欺けるはず…」

深呼吸して心を落ち着かせてから力を抜いていくと徐々にツノが引っ込んでいく。そしてほんの少しのコブがあるようにしか見えないほどになったところで前髪を前に下ろし、その角を隠すようにした。

「ッ…。疲労のせいで上手く能力も使えない。人間に見えるようにしなければ怪しまれてしまう」

もう一度深呼吸をしてから夜の街を歩いた。
追手は来ていない。とりあえず人混みに紛れてどこかでやり過ごすとしましょうか。
それにしてもここは、人間の栄えた都市と言うべきなのでしょうか。高い建物が沢山並んでいる。木造ではない、使われているのは硬い石のようなもの。私は知らない、この人間達の世界を。

歩いている人や倒れ込んで寝ている人を見たりしながら歩き始めて気づく。

私の格好とは全然違う服装。着物ではないようだ。今の格好、これでは逆に浮いてしまう。
金髪の少女はどうしようかと考えていると声をかけられる。

「ねぇ、君。いいかな?」

声をかけられた事で緊張が一気に高まる。

「誰!?」

振り返るとそこには警察官が2人立っていた。しかし、金髪の少女はそれが何か分からない。

「君、歳いくつかな?」

年齢?年齢を聞いている?なんのために?話しかけてきたこの者は人間でしょう。
敵意は無い。強い妖気も感じません。それにしても誰なのでしょうか。

「私に言っていますか?」

「そうだよ。君どう見ても未成年だよね?ちょっとお話聞いてもいいかな」

「失礼ですがあなた方は一体…?」

そんな疑問に警察官は少し笑いながら答える。

「えっ、この姿を見ても何か分からないのかな?僕は警察官だよ。君ぐらいの子が夜の街にいるのが心配だから声をかけたんだけど」

警察官?聞いたことがある。人間世界の治安を維持するような仕事だった気がします。

「そうでしたか。その警察官?が何故私に話しかけるのですか?」

「君が未成年だからだよ。未成年の外出は23時までだからね。それにしても君、着物かい。何かの帰りかな?」

そうか。今の私の格好は置いておいて単純に人間世界は子供に門限のようなものが設けられているようですね。おそらく子供が出歩く時間帯ではない、ただそれだけの理由。なら、ここは上手く話合わせるしかありませんね。

「いえ、特に何かあった訳では無いですが」

「わかった。家出かな?とりあえず色々と聞きたいんだけど」

このままでは余計に時間を…
これ以上ここで時間を食うわけにはいきません。私は命のやり取りを今しているのだから。

「すみませんがお答え出来ません。それでは私はこれで」

「ちょ、ちょっと待ってよ君」

警察官が少女を止めようとする。

「そうですよ。あなた今何時かわかってい…」

直ぐに走り出した。警察官も追いかけてくるが金髪の少女の足の速さについていけない。

「ちょ君!は、速い…」

「と、止まりなさい!」

人かあまりいないため、私を見失うことは無い。
警察官から逃げて直ぐに細い道に入り、細長い道を移動をする。そして、突き当たりを曲がったあとすぐに近くにあったゴミ箱の中に入る。

「どこに行った…?」

声は聞こえるが私の場所までは気づいていないみたいですね。

「多分、奥だろ。いくぞ」

「はい、せんぱーい」

足音が聞こえなくなったあと、一人で思考する。

「この姿では歩くことすら出来そうありませんね」

少し走っただけで警察官を簡単に巻けた。とりあえず危機は去りましたか。
ただ、奴らを巻けているのだろうか。
どうしたものか。おそらくもうこの街にいることはバレているはず。
ここに隠れてやり過ごすしかなさそう。

考えているのもつかの間、真夜中の街を歩く2つの影。電灯が灯る。

『おそらくここにいることでしょう。もしかするともう他の場所へ移っているかもしれませんが』

男の声とその男よりも大きな大柄の男の声。
歩くだけで地響きがする。

「そうだな、お前はここらを探せ。」

『ですが…。貴方様を守る役目が私にはあります』

「そうか、そうか。まぁ良い。他の者が探しているだろうからな」

男は歩きながらこの街を見ていた。

「1つ言っておく。奴は"妖気"を人間と同じくらいにしているはずだ。だから奴が人間と一緒に居る可能性もある。人間達にも目を向けておけ」

『承知致しました。直ぐに伝えます』

大柄の男は一瞬で姿を消し、一瞬で姿を現す。

「他の者からの報告は?」

『特にありません。奴はもうここにはいないかもしれません。こうなっては仕方がありません。ここは一度引き、体制を立て直してからでも遅くはないと思うのですが』

大柄の男がそう提案すると冷たい目線が大柄の男に注がれる。

「なんだ?一度引けと申すか?お前はいつ私に指図できるようになったんだ」

その瞬間、その場が凍りついた。
大柄の男は身体中から汗を垂れ流す。

「も、申し訳ありません。」

冷や汗がたらたらと垂れ落ち、その場に水溜りができそうになっている。

「次はないぞ、いいな?」

『は、はっ!』

男は再び歩き始める。その後をついて行く大柄な男は下を向いて未だに汗が流れていた。

「おーい、なんだぁ?めちゃくちゃデカいやんか」

酔っぱらいの男が汗を垂らす大柄の男の方へとやってくる。

「ちょっとちょっと先輩。やめてくださいよ」

若い男がそれを止めに入る。

「す、すみません。酔っ払ってるんです…」

「あぁ?佐藤、いつから指示できるようになったんだァァ?」

酔っ払いの男は大柄の男に向けてパンチをする。

「こりゃー硬えー。なんかやってんのか、あんた」

2人は黙ったままだった。

「あぁ?なんか言えやボケが」

すると、もう一度若い男が間に入る。

「すみません、うちの上司が…ッァァァァ」

大柄の男がその若い男の頭を片手で持ち上げる。

「ちょ、ちょっと僕何もやってないんですけどー!!!!!」

必死にもがく若い男を笑いながら見つめる上司を2人が冷たく見つめる。

「ちょ、離せ!離せ…ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

若い男が喋らなくなった。

若い男の身体から血が滴り落ちる。
グチャりと鈍い音がする。

「邪魔だ。2人とも殺せ」

「はい」

頭の潰れた若い男をその辺に投げ捨てる。

「あ、あ、あ、ァァァ。すいません、すいません」

「謝るか。なら良い」

「ひ、ひー!」

男が逃げようとした直後、雷が落ちたような音が辺りに響く。

「えぇ…?」

男の頭が原型が保てていないほどに潰れていく。鈍い音と共に、男の悲鳴も止んだ。

「血が多いな。これでは探るに探れない」

「掃除はお任せ下さい」

そうして、2人は夜の街をまた歩き始める。
血の着いた拳を綺麗に拭き取る。その顔は狂気に満ちていた。


少し歩きながら目で金髪の少女の姿を探す。
しかしそれらしい姿の者はいない。

「奴を必ずや…」

足音と声が聞こえてきた。金髪の少女はちょうど男達が立ち止まったところにいた。身を潜めていた。

「こ、この声は…」

感じとった金髪の少女はすぐに黙った。
追手はすぐ近くにいる。バレるわけにはいかない。それよりもなぜこんなに近くに…?

『ここらをもう一度探します。奴は傷を負っているはずですからまだ近くにいるはずです』

そうか。血の匂いで…。

「あぁ。奴は妖気を操り、人間と同じくらいの妖気を保っているはずだ。しかし、妖気を操ろうが所詮人間ではない。よく目を凝らせば見つかるはずだ。一瞬でも瞳に入れば終わりだ。それに血の匂いを辿ればすぐに見つかるだろう」

声が聞こえてきて緊張が高まる。見つかれば本当に終わり。

「お前はここら一体を探せ。他の者にも至急伝えろ、奴を逃すなと」

「はい、承知いたしました」

他の者がいなくなったあとその男は呟く。

「と言ったがもう見つけているのだがな」

「えっ…?そんな……」

近くにあったゴミ箱を勢いよく蹴り飛ばす。

「見つけたぞ…」

ゴミ箱の中からは赤い液体が出てくる。

「ん?いや、これは…」

そこには血溜まりがあるだけだった。

「あの娘…。なるほどな。それにここは少量だが血が至る所にある。これでは見破れない」

少女は血の匂いによって気づかれることは予め分かっていた。だから、無理をした。

「ふぅ…。あれだけの血があれば奴はやはり騙される。私、私の…血痕…」

少女は別の場所で傷を止血していた。気配を絶ち、ただ立ち去るのを待つしか無かった。

「これだけの血。もう死んでいるやもしれんな」

そして男は一瞬で姿を消した。

「お前の首は必ずや貰い受ける」

その言葉を最後に残して。

「やっと…。行ったみたいですね…」

血が滲み、服が真っ赤に染る。流石に町から街への移動をしていると怪我が治るはずがない。やっと訪れた安心が自分の疲れと共に押し寄せた。

「とりあえず隣街を目指しましょうか。あそこは近くに山がある…。あそこなら当分過ごせそうですからね…」

少女は走り出した。そして、夜が明ける時間帯。ようやく隣街にたどり着いていた。
大きな建物。"霹靂中学校"?という建物名。

「ここまで来れば安心でしょう……」

流石に多くの量の血を出し、ここまで走ってきましたがもう限界のようですね。

「あと少し、あと少し移動しましょう…」

金髪の少女は疲れで気を失った。自分の体を丸め、近くにあった路地に置かれていた青色のゴミ箱の中で。



太陽の日差しが差し込む。午前7時に目を覚ました妖花は一度ぐっと伸びをしてから立ち上がる。

「よし!今日も頑張ろうかな」

明日からテスト。
そして、テストが終わり次第待ちに待った夏休みとなる。何をしようか、海、プール、祭り…様々なことがある。昨年とは違う、今は色々な人と知り合い、仲を深めた。今年は何となくいつもとは違う夏休みになるような、そんな気がする。

「早く朝ご飯食べていかないと」

妖花は制服に着替えてから、髪を結う。

「よし、いい感じ」

直ぐに1階へ降りると母親がもう朝ご飯の準備をしていた。

「おはよう」

「うん、おはよう。ご飯あと少しでできるから待ってて」

「うん、わかった」

妖花はソファに座り、テレビをつけて今日のニュースなどを確認する。

テレビの音が流れる。

「天気予報のお時間です。今日の天気は快晴でしょう。そして今日からの1週間の天気予報です」

そうテレビに映っていたアナウンサーが言っている。ぼーっとテレビを見つめる。

「今日からずっと晴れみたいだね。なら良かった」

何となく晴れということが嬉しい。雨より晴れが好きだからだった。
その後ニュースが流れていたのでそれを視聴しつつ、妖花は出来たての朝ご飯を口に運んだ。

「美味しい」

「あら、ありがとう。今日も遅くなるの?」

「うん、多分ね」

おそらく今日も夏海と勉強をするはずだ。なら遅くなるに違いない。

「そう、気をつけて帰るのよ」

「うん、じゃあ行ってきます」

朝食を食べ、髪型を整えてから玄関の扉を勢いよく開いた。

坂を降りながら、とりあえず脳内で復習をしたりしていた。
坂を降りたところで赤と黒の和服を来た少女を見かけた。

「珍しい。和服を着ているってことはここら辺で何かあるのかな」

この辺ではあまり和服を身につけている人を見かけなかったため珍しく思う。
しかし、あまり気にしなかった。そんな人もいるだろう、その程度だ。

「私と同い年か年上ぐらいの人……」

学校とかないのかな?いや、失礼だ。見た目で人を判断するなんて。

そんなことを口走り、そして脳で考えた。
妖花は自分で反省してからすぐに学校へと向かった。

…。

今日はあまり知り合いとは会うことなく学校へと到着した。

「おはようございます」

「おお、おはよう千子」

校門に立つ体育の教員と挨拶を交わして直ぐに靴箱に向かった。
靴を履き替えて自分のクラスへと向かう。

「おは、よう…」

クラスの扉を開いて中に入り一言挨拶を言うとみんなが返してくれる。

「おはよー」「おはよう、千子さん」

クラスメイトと挨拶を交わしたあと席に着いた。そして勉強道具を広げて勉強を開始する。

そして時が経つと夏海や神楽や柳が登校してきた。3人とそれぞれ挨拶を交わして勉強を行う。
そんなことをしているうちにクラスルームが始まり、1時間目の授業が始まる。

今日もいつもの日常が始まった。
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