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三章なごみ編
43.なごみと妖花
しおりを挟む妖花は神社の境内から本殿に行き、なごみの横にちょこんと座った。
「久しぶりだね」
話しかけるとなごみはうっすらと笑みを浮かべる。
「うん。こうして会うのは久しぶり。あの時は違う自分だったから」
優しい風が吹き抜ける中、2人は揃って夕日を見つめていた。
「そうだ、なごみ。この神社は私の親が持ってるところだから少し入らない?」
「いいよ、だから少しそわそわしてたのね」
なごみの言う通りだった。
久しく中に入っていなかった。あの時は新道に言われてあまりいられなかったから。
「ばれてたのね」
妖花は本殿の中に入った。久しぶりに来たということもあり、独特の木の匂いを感じる。
「懐かしい」
昔来た時とあまり変わっておらず、妖花はよく分かっていないがおそらく神を祀るためのものがあったりしている。
そういえば昔お父さんがあそこには大事なものが保管されているんだと話していた気がする。
「私もここには来たことあるから懐かしい」
「そうなんだ。なごみ、そういえば前にお父さんがここには大切なものが保管されてるらしいって言ってたんだよね」
「どんなものだろう、妖花のお父さんのことだからきっと凄く価値のあるものなんだろうけど」
「そうかもしれない。まぁ久しぶりにこの空気に触れたから満足かな」
2人は外に出てから一息ついた。
「なごみ、昔よく遊んでた場所の近くに行ってみない?」
「確かあの蔵」
なごみが指を指したところには小さな蔵があった。
「うん、そうだよ」
2人はその蔵の前まで行った。
「よいしょ」
扉を開くとそこは埃が舞っていて、2人は大きく咳き込んだ。
「ゴホッゴホッ」
「妖花大丈夫?」
「うん、大丈夫」
本殿や神社の周りとは違い、この蔵はあまり掃除されていないのか埃だらけだった。
「ここだけ掃除してないのかなー」
「見る限りではそうでしょうね」
埃だらけの蔵の中に入ることは流石の2人も拒んだので蔵の扉を閉めてまた本殿にあら石段に腰掛けた。
「なごみ、なんというか色々あったね」
「えぇ、そうね」
2人の中に沈黙が流れる。やることがないわけではない。ただ妖花は自分から話を始めようとは思っていなかった。
するとなごみが真剣な顔をした。
「なごみ……」
「妖花。今日呼んだのはあのことだよね。あなたが何も言わないのは私から話して欲しいからなんでしょ?」
「うん…そうだよ。なごみから、なごみの口から聞きたい」
「そっか」
なごみは一呼吸置いてから話を始めた。
「私はね、人間ではあるよ」
「え?」
「私は人間だよ」
「じゃあやっぱりあの姿は…」
妖花が恐る恐る聞いてみるとなごみは淡白に答える。
「半分だけね」
「半分だけ?」
半分…。半分ということはそういうことだ。
「うん、私は人間と天狗との間に生まれた子供なんだ」
それを聞いて妖花は驚きはしない。予想していた通りのことだ。
「改めてそう言われてあなたは何を思った?」
改めて何を思ったか…。それは前に言われた時とあまり変わらない。
「驚いたよ。でもなんというか安心したかな。なごみはなごみなんだって分かったから。いつものなごみと変わらない。どんな時でも、あの時もいつものなごみだったから」
笑みを浮かべる妖花になごみも笑みを返した。
「そうか、なら良かった。仮に嘘をつかれていても妖花ならいいかな」
少し儚くもあり、美しくもある。そんな横顔を目にしながら妖花は黙ってなごみの話を聞いた。
「妖花、今から少し話をするよ。私のことについて、もちろん言えないこともあるけれどそれでも妖花には伝えておく」
一呼吸置いてからなごみは妖花に向けて言う。
「妖花は心配症だからね」
なごみは話を始めた。
「まず、私は天狗としては位そのものがない。いや、なかった」
「それって…」
「うん、言うべきか迷ったけど伝えておくとする。私は天狗と人間の子供。それは普通の天狗からしたら異分子。だからね、人間で言ういじめを受けていた」
それを聞いて妖花は悲しい気持ちになった。人間で言ういじめというものは天狗としてはおそらくもっとひどいことをされていたと思ったからだ。
「そんなことが…。なのに私たちは…」
「気にしないで欲しい。いい知らせもあるからそれは後で話すよ」
「うん、わかった」
なごみはそう言ってまた自分のことについて話し出す。
「私は生まれてからそんな感じでいじめを受けていた。でも、妖花や夏海との出会いで変わったの」
そう言ったなごみは少し微笑んだ。
「私との出会いはここだったね。ここで遊んでいた2人と出会った。妖花は覚えているか分からないけれど」
「ごめん、あまりあの時の記憶がないんだ。曖昧でね。でもここでなごみと出会ったのは覚えてるよ」
妖花はなんとなくではあるがあの頃のことを思い出した。
「ならよかった。少し傷付いたけれど………」
なごみが分かりやすく落ち込んだので妖花は慌てて謝った。
「ご、ごめん…」
「いいのよ。それであの時私は妖花と夏海と出会って変わったの。あの時は人間の姿で出て来たから2人も警戒せずに遊んでくれた。それが私は嬉しかった。天狗の里ではいじめられてばかりだった私と喜んで遊んでれくれたから」
あの時はちょうど夏頃だったと思う。小学生に入って最初の夏休み。私と夏海は小さい頃から仲が良かったからよく遊んでた。そんな時になごみと出会った、この神社の前で。
「そっか、私もなごみと遊んでてすごく楽しかったよ」
「ありがとう。だからね、私は人間の学校に通いたいと思ったんだ。許可がおりて2人と学校に通って初めて楽しい毎日だなって思った」
あの頃のことを思い出すなごみ。妖花もまた思い出していた。
「2人と遊べてね。だけどそれはこの前の修行であっさりと終わった。」
暗い顔をしたなごみは続ける。
「あの修行は天狗として一人前になるためのものなんだ。私は半天狗だからうまく天狗の力を使いこなせないから」
「そうだったんだ」
「うん。この前のことに至るわけ。ちょうど一人で山の中で修行している最中だったかな」
「あの、烏天狗とのことだよね」
妖花がその烏天狗のことを指すとなごみは深くうなづいた。
「うん、妖花達と出会った時の話。そういえばなぜ二人はあんな山というか森まで来ていたの?」
急な質問に焦る。
新道先輩の能力で…など言えるはずもないのでとりあえず能力のことは隠しつつなごみに伝えた。
「あれはね。先輩がなごみのことを見かけたっていうから」
「私を?」
「うん、あの森に入っていくのを見たって」
「多分あの時のことか」
なごみは確かあのことだろうと思い出したようだ。
「二人で森を探索してたら烏天狗と出会ったわけ」
そう言うとなごみはあっと驚いた顔をした。
「あの時のはやっぱり妖花だったんだ」
「どうしたの?」
「あなた達古い家屋に入らなかった?埃臭い」
「うん、入ったよ」
思い出す。あの時のことを。確か古い家屋で誰かがいた可能性があったから逃げたのだと。
「じゃあ、あの時中にいたのはなごみなの?」
「うん、誰かが来たから隠れたのよ」
「そうだったのね。てっきり烏天狗が隠れてて私たちを見つけたから追いかけて来たのかと思ってたよ」
「人影が見えて、あの時はまだ天狗の姿だから驚かれると思って隠れてたんだ」
妖花は一つ、引っかかった言葉があった。
「でもさっきやっぱりって」
「うん。だからあの時妖花に似た人が通ったからもしかしたらって思って追いかけて、そこで宝寓坊…烏天狗にあったから」
「そうだったんだ。でも助かったよ。なごみが来てくれなければ私たちは死んでたから」
「えぇ、全然いいの。無事でよかった」
間接的ではあるものの助けたのは事実。なごみは正直助けられてよかったと思った。ただ、もし自分が宝寓坊を捕らえていなければと思うとゾッとする。
「ほんとにありがとうね。先輩も無事だったし」
「うん。あの後は無事帰れたようで安心した。正直あの後は色々とあったけど私の方も心配はないかな」
「そっか。なら良かった。なんというか天狗のなごみも人間のなごみも私にとっては同じだから。これからも仲良くしてください」
手を間に突き出すとなごみはその手をぎゅっと握った。
「もちろんだよ」
その後、なごみは先程言っていた"いい知らせ"を話し始めた。
「それでね。私ようやく認められたんだ」
「え?」
「認められたんだよ。天狗として」
「それってどういうこと…?」
「説明しないと分からないかな」
簡単に言うと天狗として認められた事でこれまでやってきたことを評価して貰えるようになったらしい。そのおかげでなごみの家が落ちたと言われなくなったらしい。
なごみもまた少し緩和されたらしく、暮らしやすくなったと笑顔で話していた。
「良かったね。私も嬉しい」
「うん、それでね」
「どうしたの?」
「私、ちゃんと学校戻ることにした。正直何かなしとげるまではみんなに会わないって決めていたから。だから待ってて。秋には戻るから」
「うん、待ってるね」
2人はその後色々な話をした。太陽が沈み、暗い空が広がっていく。時間を忘れて話し続けていた。それは妖怪のことも含めて様々なことを。
「ありがとうなごみ」
「うん、私も楽になった。これで本気で打ち込めそうだ」
「頑張ってね。私も頑張るから」
「うん。頑張って」
2人は神社から離れて家に向かった。なごみは森から、妖花は石階段から。
「今日は楽しかったな。夏海には申し訳ないけれどこのことは流石に言えないから。あの子が慌てて取り乱すだろうから」
1人であるきながら笑みを浮かべる。
これでよかった。なごみは多分大丈夫。あの子はこれで大丈夫。
「頑張ってね。なごみ」
そう願っている。
『妖花、頑張ってね』
天狗の姿になって勢いよく森の中を駆け回る。
『人間の中でも奴ら、怪者払いのことも考えなくてはならない。普通の一般人ならば大丈夫だが、奴らは生かしては置けない。みんな絶対に関わらないでほしいけど…』
2人はまた会える日まで自分を変えるために頑張っていく。
それが妖花やなごみの運命を変えるとしても。
「ただいま」
妖花は玄関の扉を開いた。
「おかえりなさい」
「うん。お腹すいたな」
「えぇ、もうできてるから手洗いうがいして来なさい」
「うん!」
妖花はこれから起こることをまだ知らない。それが自分を変えるとしても。それは夏休み、あの夏の日。妖花は忘れることがないだろう。あの夏はとても長い夏だった。
「いただきます」
笑顔が消える日はもうすぐ。
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