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三章なごみ編

40.天狗の村

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「なごみ…大丈夫かな…」

妖花はなごみの心配をしていた。しかしなごみの言う通り、今は先輩を助けるためにもなごみに頑張ってもらう他ない。

「とりあえず、なごみが移動したってことは動いて良さそうね」

妖花はなごみ達を見送った後一人、木の空洞から出てきた。
木くずが頭の上に乗っかっていたのを手で叩き落として、服やズボンに着いていた葉っぱや木くずも叩き落とす。

「よし、とりあえず先輩の所に行かないと」

妖花は走り出していた。新道の元へと。

「一応、警戒はしておかないと」

なごみが他の天狗を連れていったとしても油断はしては行けない。他の妖怪が近くにいる可能性はゼロではないのだから。
周りを見渡して気配を感じとる。耳を使って音を聞き分ける。

「この辺りに人の気配はない」

妖花はなごみから貰っていた水、と言うよりも傷を治すという薬を飲み込んだ。

「うぅ…苦い…」

その薬はとても苦く、直ぐに口から出したいと思うほどのものだった。
しかし、飲んでから直ぐに効果は実感した。

「すごい…」

だんだんと傷口が塞がっていく。痛みが引いていく。先程までボロボロだった体はみるみるうちに元の体に戻っていた。

「こんなものがあるなんて…」

妖花は驚きつつも半分飲み込んだところで口をその薬の飲み口から離した。

「半分は先輩に」

新道も相当深手を負っている。ならばこのなごみに貰った薬が役に立つだろう。

「よし、行こう」

先程とは打って変わって素早くなった妖花は直ぐに新道の元へと辿り着いていた。

「先輩!大丈夫ですか!?」

新道は木にもたれ掛かるように座っていた。
未だに意識は戻らないのか妖花がもたれ掛けさせた時と同じ格好のままだった。

「ん…」

どうやらもうそろそろ意識が戻るようだ。

「先輩、先輩!」

「よう…妖花ちゃん…?」

ゆっくりと目を開いた新道を見て妖花は涙目になっていた。

「先輩、良かった。無事で良かったです」

「あれ、ここはどこ?」

起きて初めて発した言葉は何処にいるか、だった。

「ここはまだ森の中です。烏天狗から逃げてとりあえずここに。先輩の意識が戻ってよかったです」

そう言うと新道はぶるぶると肩を震わせている。

「そ、そう…さっきの化け物はもう居ないのね」

「はい」

それを聞いても新道は体を震わせてまだ怖がっているようだった。

「先輩、とりあえずこれを飲んでください」

妖花はなごみに貰った薬を新道の口元に運ぶ。

「これは…?」

そう聞かれて妖花は「水です。喉乾いてると思ったので」そう言う理由をつけると新道は何も疑うことなくその薬を口に含んだ。

「うっ…これ本当に水?」

すごく渋い顔をしてこちらを見る新道に妖花は変な嘘をついたと思い直ぐに本当のことを伝えた。

「すみません、これ薬です。でも私も飲んで苦い知ってたので水と思って飲んだ方が飲み込めるかなと…」

「そ、そうだったのね。ならいいの…うん、その方が飲み込めるから、助かったわ」

渋い顔をしながら感謝している新道のことを見ていると妖花と同じように傷がみるみるうちに治っていく。

「あれ、痛みが引いてる。この薬凄いね、ありがとう妖花ちゃん」

私に感謝されても少し困るが本当のことは言えないため妖花は苦笑いを浮かべながら頷くしか無かった。

「いえいえ、私の持っていた薬が効いて良かったです」

普通ならおかしいと思うほどに治りの早い薬を飲んでも今の新道は頭が混乱しているのであまり特に何も思わなかったらしい。それが救いだ。

「妖花ちゃん、烏天狗の事だけど」

「はい、なんでしょう」

「あれはやばいよ!警察に早く言わないと!」

やはり正常に判断ができていないらしい。仕方がない、あれほど危険で怖い目にあったのだからこれが普通の反応だ。

「先輩、落ち着いてください。烏天狗のことを話したところで信じてくれる人なんて限られてます。今は落ち着いてください」

そう言うと涙目になっていた新道の目から大粒の涙が落ちた。

「そ、そうだよね…信じてくれる人なんていないよ。仮にあの烏天狗がやった木の切れた所を見せても信じられるわけない」

「ですから、このことは私達の心にしまって起きましょう」

「そんなこと出来ない!烏天狗は危険で、それで、いつ人間が襲われるか分からないのよ!」

新道の言う通りだ。その通りだ。妖花だって普通そう思う。だけど本当のことを話すことは出来ない。なごみが天狗だったなんてことを話せるわけがない。
だからここは何とか場を収めるしか無かった。

「先輩!分かってます。分かってるんです。私だって…」

「どうしたの?」

妖花は涙を流しながら訴えかける。

「私だって先輩の言う通りだと思うんです。ですがそれは絶対に言えないんです」

「何でなの?」

妖花が涙を流したことでようやく新道は自分の自我を取り戻したのか親身になって妖花の背中を撫でた。

「どうしたの、何があったの?」

「それも言えないんです…。ただ、絶対に大丈夫だってことだけは言えます。それ以上は言えない、私、私…」

すると新道は笑みを浮かべて妖花に伝える。

「分かった。分かったよ。だからもう泣かないで、怖い思いをしたけどそれ以上に妖花ちゃんも何かを体験したのよね?」

「はい…言えないですけどもう烏天狗のことは大丈夫なんです。私達や他の人間のことは大丈夫なんです」

「分かった、妖花ちゃんの言う通りにする。私は警察のところにも行かないし、他の誰かにこのことを話すことはしない。それでいいのよね?」

新道がそう言ってくれて妖花は罪悪感に押しつぶされそうになるが今はこれしかないと思った。

「はい。ありがとうございます」

妖花がそう言うと新道は妖花の頭を優しく撫でた。

「うん、分かった。妖花ちゃんの言う通りに従う。これは私の力を話したから起こったことだもの。私もこの力を他の人に知られるのはまずいから」

「先輩…本当にありがとうございます」

「うん、いいのよ」

2人はお互い涙を落としながらその場で心を休めた。妖花は新道の優しさに触れて、新道のことを本当に大切な先輩だと改めて自覚した。

「それじゃあ先に行こうか」

「はい!」

2人は揃って歩き始めるのだった。




『おい、ここなのか?』

なごみの声を聞いて笹尾坊ささおぼうは答える。

『そうだとも。ここだ』

場面は変わり、赤い太陽の日を浴びながら滑空する三体の天狗はある場所にいた。それはある森の中。あたりは何も無い、ただ木々が立ち並ぶだけ。

『本当にか?』

もう一度聞かれて御嶽坊みたけぼうがうなづいた。

『あぁ、そうだとも。ワシもここだと思わんかったがな』

『着いてこい』

そう言われてなごみは2体の天狗の後に続いた。
そして木々が立ち並ぶ森の中に降りたった。

『よし、では行くぞ』

そう言われても何処に行くのか理解が出来なかった。すると笹尾坊が木々の隙間を指さした。

『あそこだ』

『あの隙間か?』

なごみが驚いて声を上げると笹尾坊はうなづいてその隙間に手を突っ込んだ。するとカランカランと鈴がなる音が聞こえた。

『一体何が起こるというの?』

すると森と思っていた場所の景色がみるみるうちに変わり、目の前には立派な村が姿を表した。

『これは一体…?』

頭の中では理解ができない。これが隠家というものなのか。まるで幻術にでもかけられているみたいだ。

『着いたぞ』

そう言われて一歩足を踏み入れるとそこはもう本当に村の中といったものだった。先ほどまでの木々が広がった景色が嘘のように立派な木造出てきた建物が立ち並んでいる。

『初めてこんな場所にきた。これはどうなっているのか、元々この村があったのか、それとも私達が移動したのか…』

『移動はしていない。元々ここにはこの村があったんじゃ。人里離れたここならばバレる心配はないからな』

『たしかにその通りね。それにしても味のある建物ばかり並んでいる』

そう言いながら建物を見ていると笹尾坊がこちらを見ながらぶつぶつと文句を言っている。

『おい、天野家の。そんなことよりもやることがあるだろう、景色に浸ってるんじゃねえ』

笹尾坊にそう言われてなごみはたしかにそうだと思い、笹尾坊のところへと向かう。

『それでどこへ宝寓坊ほうぐうぼうを連れていく?』

なごみがそう聞くと御嶽坊が教えてくれた。

『あそこだ』

御嶽坊が手で示したところは村の中でも一際大きな建物。
その建物の前には木造の門が目立ち、門の奥の建物は大きな平屋だった。

『あそこに…あそこにあの方がいらっしゃるのか。近くに来ているとは聞いていたけれどこんなに近いところにいらしているとは…』

なごみはその門の目の前まで行くとその門の前には女天狗が立っていた。
女天狗めてんぐは長い頭髪に口紅やおしろいで化粧をし、歯にはお歯黒をつけていた。
服装はなごみが見る限り、着物と言うよりは小袖の五ツ衣を身にまとっていた。

『あの方は?』

すると女天狗はこちらを見るなり、一言だけ。

『お待ちです』

そう言った。

『分かりました』『はい』

笹尾坊も御嶽坊も返事を返して女天狗に着いて行った。なごみも2体ともについて行き、宝寓坊を肩に背負いながらゆっくりと進んだ。

『こちらからお入りください』

門を通り抜けてすぐにあった建物の入口の前で女天狗にそう言われてその平屋の引き戸に手をかけようとした直後、勝手に扉が開いた。

『扉が勝手に開いた?』

『どうぞお入りください』

なごみのリアクションに誰も反応することなく、御嶽坊も笹尾坊も会釈をして平屋の中に入った。
なごみもそれ続いて建物の中に入った。

中に入って初めに目に入ったのは長いどこまで続くかもわからないような障子や襖に囲まれた廊下だった。

廊下を目にしたあとすぐに玄関に下駄を置き、入口の間に足を踏み入れる。
足の裏にひんやりとした感触がした。こうして他人の家に上がるのは久しぶりに思う。
そんなことを思っていると笹尾坊や御嶽坊はすでに下駄を脱ぎ捨てて入口の間にいた。

女天狗も中に入り、なごみが下駄を脱いだことを確認してから話し始めた。

『では、こちらです。ついてきていただけますか?』

『もちろんだ』

御嶽坊の言葉の通り、なごみ達は女天狗について行く。
そして長く続く廊下を歩き、突き当たりを右折するとまた廊下が続いていた。

『こちらです』

そう手で示した襖の前に三体は立った。

『お前らも少し力を抜け』

手には大量の手汗が出ていた。まだ襖の前に立っただけなのに。

『えぇ、宝寓坊のことを報告したらすぐに帰るとする』

頭をかきむしりながら笹尾坊はこちらを向いた。

『なんでお前がやったって証明のためになんで俺たちがここまで来なきゃなんねえんだろうな』

『そうでもしないと私を信じてくれるものはいない。そこに関しては御嶽坊に感謝する』

『気にするな。こんな老いぼれのことなど』

素直に伝えると御嶽坊は優しく答えた。

『お入りください』

そう言われて御嶽坊は襖に手をかけて開いた。

『失礼します』

するとそこには特に何もない和室だった。

『あれ?誰もいないようですが…』

『本当だ、誰もいないな』

そんな反応を見せていると目の前の襖が順番に音を立てて開いていく。
一、二、三、四、五。
数え切れないほど開く襖を見ながら三体の天狗はその場にとどまるしかなかった。

そして最後の襖が開いたのかその後から襖の開く音は聞こえなくなった。そしてなごみ達の前には御簾が見えていた。よく、昔話などで見るような人の顔や体を隠すようなもの。初めて見たとなごみは思う。

『影。誰かいる…』

御簾の奥には誰かいるらしく影が見える。それが誰なのかは一瞬で理解できた。
そして理解したと共に緊張が一気に押し寄せた。
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