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一章 始まりの妖怪編
10.影憑-弍-
しおりを挟む音で聞きわける。常人には不可能なやり方で妖花は何とかメイドの力になることが出来た。
「ありがとう、助かったわ」
「はい、でもまだ影女は近くにいます!」
まだ油断はできない。あの妖怪が近くにいるならまた襲ってくるはずだから。
音を聞き分ける、それしか方法は無い。
するとメイドがある提案をする。
「ねぇ、あなたが私の耳になってくれないかな。私では奴を完全に捉えることは難しい。でもあなたなら、奴の居場所がわかるはず」
「任せてください」
妖花はその提案に乗り、2人は影女と戦う姿勢を取る。自分の力が使えるならなんだってする、そういう気持ちで妖花は今戦っている。
すると、影女が叫ぶ。
ビリビリと耳鳴りがする。叫び声、助けを求めているよりは奮起しているような。
『やはり、あの子を…しかし、しかししかししかししかししかししかし…』
影女は蛇行しながらこちらへと移動してくる。
『やはりあの刀を持った女からやるしか…』
「来ます、目の前を蛇行しながら。でも、あの影は違います、本物はメイドさんの横です」
影女は、妖花の言うとおり影から出てくる。影女の目にも見えないほどの速さの攻撃をメイドは全て防ぐ。
そんなメイドは身惚れてしまうほどに動きが軽やかでなおかつ美しかった。
『な、なぜ…』
影女は自分の攻撃を防がれ続け、頭を抱えて奇声を上げていた。
それは全て妖花の音の察知とメイドの常人では考えられないほどの反射神経があってこそだった。
影女は手を影に突っ込むと左右から鋭くなった影がメイドに向かって飛び出す。それを、妖花はメイドに伝えると、軽くかわしてみせる。
『なぜなぜなぜ』
そんな影女を見て二人で影女を倒すために畳み掛ける。
「その感じだよ」
「はい!次は右前です」
そこをめがけてメイドは斬りかかる。
刀は影女を捉えて斬っていく。
妖花とメイドの連携によって影女は影に身を隠す。
メイドは攻撃を続けていたところ「やっと目が慣れてきた」と呟いた。
メイドはその言葉の通り影女の攻撃を妖花が叫ぶ前に察知して避ける。
『なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!!!!!!!!!』
『私の邪魔をををを!!!!!』
影女の叫びに妖花は耳が痛くなる。悲痛な叫びに対してメイドはただ冷徹に告げる。
「それはあなたが彼女に危害を加えたから」
刀を構えて影女が襲ってくる気を待つ。
影女はメイドの予想通り、怒り狂って我を忘れてメイドの方へと影を駆使して襲ってくる。
それをメイドは見逃さなかった。
影女が目の前、約1メートルほどの距離に近づいた時、メイドは一呼吸置いてから呟いた。
「透式」
刀が透過していく。刀自体が他の景色と染まっていく。
「貫通路」
メイドの刀身が先ほどの影女の速さとは比べ物にならないほど素早い突きを影女は避けることが出来ない。
その威力は凄まじく妖花は風圧で吹き飛ばされてしまった。尻もちを着いて、何が起こったのかと前を見る。そこには刀が地面を突き抜け、影女の影を捉え、人間で言う心臓に近いところに刀は突き刺さっている。
影女はその突きをまともにくらい、身動きが取れなくなっていた。叫ぶ暇すらないほど痛み、苦しみ、もがき続ける。
本当に痛みが強い時、声が出ないように。
影女は刀から抜け出そうとするもグッと押さえられた刀からは抜け出せなかった。
「ねぇ、大丈夫?」
妖花は自分に言われたと気づいて「平気ですー!」と大きな声でメイドへ伝えるとメイドは「よかった」と呟いて目の前にいる影女を睨みつける。
メイドは刀を押し当てながら身動きが取れない影女にとどめの一撃を刺すべく、もう一度刀を振りかざすため、影女から刀を抜いた。すると、影女がその一瞬の隙に逃げ出した。
『これは…今は…だめ…かもしれない』
はぁはぁと荒い息使いでメイドを睨みつける影女の姿は顔が見えなくとも憎しみを覚えているように妖花は感じ取った。
影女は自分の斬られた腕を逃げ出した時にメイドの足元から取りまた影を移動していく。
掴まれていた脚が自由となり、メイドは呟く。
「やっと自由になった。あなたは逃がさない」
そう言ってこちらを向いて妖花に影女の居場所を尋ねる。
「影女はどこに行ったかわかる?」
メイドにそう聞かれて妖花は慌てて耳を済ませた。
風の音が聞こえる中、スゥーっと何かが移動する音が聞こえた。この音はさっきも聞いた。
だからこそ焦った。その音がだんだん自分の方へと近づいてきていることに気づいたからだ。
影女が高速で妖花の方へと移動しくる。それに気づき、妖花は「私の方です!」と叫んだ。
「わかったわ」
その声に反応してグッと足に力を入れたメイドはその力で影女よりも速い動きで妖花の方へと移動して、影にめがけて刀で突きさす。
妖花は人ならざるその動きを見て、思わず声を出した。
妖花に配慮したのか先ほどの技を使わず、刀を影に向けて突き刺した。
影女の叫び声が聞こえると、影から影女がズズ、ズズと音を立てて這い出てくる。
背中にはメイドの刀が刺さっており、ポタポタと真っ黒な液体が垂れていた。それを抜くと声を上げて倒れる。
影女の姿は影が立体となったと言葉にするのが良いだろう。
しかしまた立ち上がろうとする。
そんな影女を見てメイドはこう言う。
「これで終わりね。あなたはちょっと目でも瞑っていて。子供には見せられないから」
そう告げられ、妖花は慌てて目を瞑る。
「これで終わり、次に生まれ変わるならもっといいものになりなさい」
そう告げて影女の首を斬った。
首の落ちる音が聞こえた。その音はとても生々しく、妖花は聞いたことのない音に耳も塞いだ。
「ふぅ…」
その声を聞いて終わったのかと妖花は恐る恐る目を開けると、メイドが難しい顔をしている。
「こ、これで終わったんですね」
そう言うと、メイドは「何かおかしい」そう呟く。
その直後だった。斬ったはずの影女の姿が消えていく。
「あれ、あの妖怪を倒したんじゃないんですか?」
「不覚、逃げられてしまったわね。もともとあのあなたへと向かった影は全く関係のないものだったみたい」
その言葉にえ?っと声を漏らす。
「ならまだ近くにいるんじゃ…」
恐怖する妖花にメイドがそれを否定する。
「それはない、わね。」
「なぜ言い切れるんですか、また襲って来るかもしれません」
「だいぶ奴も傷を負っている。当分の間は攻撃はしてこないはずだよ。心配しないで、本当にこれで終わりだから」
その言葉に安堵する。妖花は膝から崩れ落ちた。
「だ、大丈夫?」
「は、はい….私は平気です…ちょっと安心しちゃって。」
これで終わったんだ。あの妖怪は逃げた。
メイドが言うなら当分の間は大丈夫らしい。
安心して力が抜けてしまった。
「それなら良かった」
メイドは妖花の心配をしたあと刀を鞘に収めた。
「一応警戒はしておく。だから落ち着いたら言ってね。あと、私の刀持って投げた時大丈夫だった?」
「は、はい。思いのほかうまく投げれてよかったです…あのすみません。大切な刀だろうに」
「あ、それはいいの。確かに大切なものだけどあなたが無事ならそれでいいの」
何か真剣な顔つきになっている彼女だったがすぐに笑顔に戻って「あっ、怪我とかない?救急車呼ぼうかしら?」
そう言われて妖花はメイドに伝える。
「だ、大丈夫です!これくらい平気っ…」
少し痛みが走った。やはり体には大きく負荷がかかっていたのだろう。影女が体から抜けたとはいえやはりただの少女であるわたしには無理があったみたいだ。
それに多分私が意識を失っている間に影女が抵抗したであろう傷が肩や足などについていた。そこから少し血が出たりしている。
「少し痛むのね、やはり呼んだほうがいいかもしれないね」
「いえ、本当に大丈夫です!」
「でも…」
「平気ですよ、これくらい。」
作った笑顔でメイドを見つめながら言うと、何かポーチから取り出す仕草をしている。
「そう、ならこれだけ塗っておいて」
そう言われて渡されたのは何かの塗り薬だった。
「これは…」
「これは痛み止めみたいなもの。塗ったらすぐに効くから使ってみて」
そう言われて痛みがあった肩などに塗ってみる。
「こ、これは…」
痛みが止み、みるみるうちに傷が修復されていく。
「す、すごいですね」
「えぇ、これで安心だね」
「本当にありがとうございます!」
「気にしないで、あなたが無事でよかった」
メイドはひと段落して落ち着いたのか大きく息を吐いていた。
そんなメイドを見ていると妖花は元気になっていった。
そして妖花は気になったことを意を決して聞いてみる。
「あの、メイドさんの名前って」
「そうだったね、私は朱理。よろしくね」
ようやく、名前を聞けた。その喜びもあったがもうひとつ聞きたかったことをそのまま続ける。
「あの、朱理さんは何者なんですか?」
その答えを朱理は思いの外簡単に教えてくれた。
「私は"怪者払い"。貴方達の言う妖怪を倒すもののことよ」
怪者払い…妖怪を倒す仕事…
情報が妖花に入っていく。訳が分からない、とは思わなかった。
なぜなら、その仕事をしている人が私を助けてくれた。それがこの仕事の存在を証明するものだったからだ。妖花はとても感謝をした。
「怪者払い…?聞いたことはないですね」
首を傾げながら言うと朱理は笑みを浮かべながら答えた。
「ふふっ。それはそうよ。聞いたことがあったらすごいよ。この仕事は言うなら裏の仕事、世間では絶対に知られていないものだもの」
「そうなんですね!本当にすごい…」
感心している妖花は朱理へと気になったことを聞いていく。
「そういえばなんで私が妖怪に取り憑かれているとわかったんですか?」
朱理はうーんと悩む素振りはなく、淡々と答えていく。
「それはね。あなたの"妖気"がおかしかったから。普通の人と違ってね」
"妖気"…?なんだろうそれは。
「"妖気"っていうのは妖怪の気配のことね。それが多く出ているほど強い妖怪とよく言われているの。
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「そうなんですか。そういう方法があるんですね」
「えぇ。そうよ。あなたは運が良かったの。あなたに会わなければ助けられなかったから」
その言葉を妙にしんみりとした口調で答える朱理に気づかないまま妖花は話を続ける。
「私たちここで初めて出会ったんじゃないんですか?」
「ううん。少し、ほんの少し前に出会ってたよ」
いつ出会ったんだろうか。
記憶を振り返り、夏海の言葉を思い出す。
『あー、さっきまでいた赤髪のメイドさんだよね?』
『なんてゆうかそのメイドさんこちらを結構チラチラみてたから気になっちゃって』
あの時にいたメイドさん。全然気が付かなかった。
「あの時の人が朱理さんだったんですか!?あの、本当にありがとうございました。助けていただいて、それにハンカチも拾ってくださり、ありがとうござます。」
「えぇ、気にしないで。それにあなたがハンカチを落としたお陰で"令気"をかけやすかったし」
落としたから?どう言う意味なのだろうそれよりも令気って何だろう。疑問に思い聞いてみる。
「令気ってなんなんですか?」
「令気っていうのは簡単に言えば相手に令を出す気を放つの。あなた急にどこかに行かなきゃって思ったでしょ?」
「思いました!あれは朱理さんだったんですね!」
「えぇ、そうなの。怖い思いしたでしょ、ごめんね」
「はい、気にしないでください!怪者払い?って言う仕事のためですもんね。それにそのおかげで私は助かったんですから感謝しかないですよ」
「それは良かった、本当に良かったよ…」
本当に良かったとそう言ってくれる朱理を見て妖花は改めて感謝の気持ちを伝えたくなった。
「朱理さん。本当にありがとうございました。
あなたのおかげで私は今生きてるんだと思います。
それに怪者払いについても聞けましたし!また何かあったら助けてくださいね」
そう告げると朱理はにっこりと笑って「もちろんだよ」と答えた。
そんな妖花はあることを思っていた。
「それに、私。朱理さんに憧れてるんです、あの身のこなしとか、冷静な判断力とか。」
「それはありがとう。そう面と向かって言われると照れるわね」
そして妖花は思っていた。助けられ、憧れ、そんな気持ちは今までなかった。
だから妖花は思う。
「朱理さん、私に妖怪の倒し方を教えて頂けませんか?」
え!っと声を漏らす朱理に妖花は理由を話す。
「私、さっきも言ったように憧れ出るんです。だから、あなたのようになりたいんです」
そう告げると朱理の顔が暗くなる。
「私でも妖怪退治はできますか?あなたのような人になって人を助けたい。それに友達が妖怪に襲われていたらすぐに助けたいんです」
無理も承知の上だった。急にこんなことを言うと相手を困らせる。それは妖花にだって理解できた。
その言葉を聞いても赤理は黙ったままだった。
「わ、私…」
すると、朱理が重い口を開いた。
「ごめんね、妖花ちゃん。あなたの気持ちは十分に伝わってるよ」
初めて自分の名前を朱理が呼んでくれた。
しかしその顔は妖花のことを悲しい目で見つめていた。
「でもね、あなたのような子をこんな仕事に参加させるわけにはいかないの。この仕事はとても危険だし、最悪の場合、命を落とすかもしれない」
「それは承知の上です!私、許せないんです…人を痛めつける妖怪がこの世にいることを。あまり気にしてなかったですけど今は思います」
「そう…」
朱理はとても悩んでいる様子だった。
とても悩み、悩み、悩み、悩み、悩んで答えを出した。
「妖花ちゃん…」
「はい」
「やっぱりあなたをこの仕事に参加させるわけにはいかない」
「そうですか…そうですよね」
やはりダメだった。分かっていたことだった。
「これはあなたの為でもあるの。あなたにはまだ未来がある。あなたはまだ中学生でしょ?
私はこうやって今仕事をしているけど、私達の仕事は裏の仕事。表の人間が関わってはいけないことなの」
「裏の仕事ですか…」
「えぇ、あなたの気持ちも理解はできる。表と裏は表裏一体。私達がいるからあなたは暮らせて、あなた達がいるから私達も暮らしていけている。
ただあなたはまだ未熟な少女。それに…」
「それに、何ですか?」
「いや、なんでもないよ。あなたを参加させることはできない、ただ、あなたが妖怪とまた出会うなら私や他の怪者払いが助けに行くから」
「分かりました。無理言ってすみません。また妖怪と会ったら助けてくださいね。私はその時、あなたの助けを待ってますから」
そう伝えると、朱理は笑った。
しかしすぐにその笑みは真剣な顔つきに変わった。そして朱理は口を開く。
「えぇ、それは任せてね。それとね、最後に一つだけ」
どうしたのだろうと思っていると、朱理のその言葉を聞いて唖然とする。
「あなたの記憶を消さなければならないの」
え?記憶を消す?どう言うこと?
私、聞き間違えたのかな。
「まさか、私今から殺されちゃうんですか!よく映画とかドラマである、この事を知ったからには死んでもらう的な…」
そう言うと、朱理はクスリと笑みをこぼす。
「そんなことはしないよ。たださっき話した令気を使って今日のこの記憶を消させてもらうだけ」
記憶を消す。
その言葉を言う時、朱理は笑ってはいなかった。
「え…そんな、嘘ですよね?私助けられて感謝しているんです。お礼もしたいですし、記憶を消すなんて…」
「ごめんね、これはルールなの。なぜ妖怪が今現在信じられていないか、それはわたし達がいるからよ。妖怪を公の場に出さないために私達、怪者払いがいるの。」
「そんな…私…」
へたり込む妖花に朱理は声をかける。
「助けた方はみんなそう言うの。でもね、私達は当然のことをした、そうとしか思わないの」
「今回は妖花ちゃんに助けてもらったけど、ルールは守らなければならないから」
まだ納得できない妖花だったが、朱理の顔を見て、その考えを変えた。
「分かりました。私の記憶を消してください」
妖花は満面の笑顔でそう朱理へ告げた。
「ありがとう。あなたの気持ち、あなたのことは一生忘れない」
「それじゃあね」
「はい!朱理さんもずっと元気でいて下さい!怪者払いの仕事は諦めます。私では妖怪を倒せませんし、迷惑をかけるかもですし」
「えぇ、あなたは普通の人生を送ってね。それは私が願っていることだから」
朱理は私のこめかみに手を置くとなにかを唱え始めた。
「令気を持って命じる、この、怪者払いと今日の妖怪のことを忘れ、記憶の改変を行え」
そう唱えた時、光が灯る。
激しい光に妖花は気を失った。
………………………………………………………………
「かー!」
だれかがなにか言っている。
「よーかー」
私を呼ぶ声が聞こえる。
「妖花ー!起きてー」
誰の声…この声は…夏海?
そして私の意識は覚醒する。
「はっ…ここは…」
「ここはどこ?」
目の前には夏海がいた。どうやらずっと私のことを呼んでいたらしい。
「ここは病院だよ?」
え?病院?なんで私が病院にいるの?
夏海と買い物に行ったはずなのに。
「妖花!大丈夫!?」
母親も来ていた。だが父親の姿はなかった。
「本当びっくりしたよ!」
私が一番驚いている。
自分に何が起こったのかすら理解ができなかった。
「私、なんで病院に?」
そう聞くと夏海が答える。
「えっとねー、妖花が走ってどっか行っちゃったあと、妖花を探してたら救急車きてて、よく見たらその中に妖花がいたの!」
私がどこかに行った?なんのことだろう。全く記憶にない。
「その顔、なーんにも覚えてないの?」
そう聞かれて妖花はうなづいた。
「私、何か買い物でもしてたのかな。確かそんな感じだった気がする」
何か大事なことを忘れている気がする。
なんだろう、思い出せない。
私は何か大事な何かを失ったのかな…
妖花の妖怪との戦いは始まったばかり…
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