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一章 始まりの妖怪編
9.影憑
しおりを挟む走り出した妖花はあることだけを思ってい
た。
『あそこに行かないと…』
1人残された夏海はびっくりした様子で混乱していた。
「妖花、どこに行ったのー!?」
取り残された夏海はポカーンとしたままその場に立ち尽くしていた。
「はぁ…………」
来た道から逆方向へと荒い息遣いで走る妖花の姿に道にいた歩行者は何事かと振り返る。
そんなことを気にせず何かに引き寄せられるように妖花は走っていた。
「変な感覚。嫌な感じはしないけど、何故か店を飛び出して走っている。何かに引き寄せられるような感覚。なんなのだろう」
走りながら考えていると、妖花はある細い路地に目を向けて、立ち止まった。
「ここ、かな」
静かな趣のある道の前で唾をごくりと飲み込み、覚悟を決めてその路地へと入っていった。
路地は昼というのに薄暗く、缶のゴミなどが落ちていて、誰ももう通っていないような路地だった。
妖花はゆっくり、ゆっくりとその路地を歩いて行く。
静かな路地なのになぜか誰かに見られているような感覚があるも気にせずに歩き続ける。
「私どこに向かっているんだろう」
そう言いながら歩いていると目の前は行き止まりになっていた。
「なんで私こんなところに来てるの」
自分でもよく分からない。何がしたいのだろうか。何かに引き寄せられるように来た路地は行き止まりで特に何もない。
「もういいや、帰ろう」
立ち去ろうとしたその時だった。
「うっ…」
痛みだった。先ほどのお店で感じた痛みよりも激しい痛みが再び妖花を襲う。
「痛い…心臓が、頭が…」
路地で膝をついて痛みに耐える妖花は激しい痛みに呼吸が乱れ、意識が朦朧としていた。
「これは本当にやばいかも…このまま誰も助けが来なければ私、多分死んじゃう…」
自分の死を覚悟し目を瞑り、痛み耐えていた。
すると、声が聞こえてくる。
『あなたのこともっと知りたいな』
薄気味悪い声は妖花に語り掛けてくるように耳元ではっきりと聞こえた。
「なに…誰かいるの…?」
眼を開けて確認しようとするも痛み、そして意識が朦朧としているため目の前に人がいるのかいないのかの確認すらできなかった。
『えぇ、あなたをもっと知りたい。ふふっ、ずっとこの時を待っていたの』
「知りたい?それよりも今痛みが激しくて苦しいので人を呼んでもらえませんか…」
誰かもわからない人に妖花は助けを願った。
すると少し沈黙が流れたあとまたあの薄気味悪い声が聞こえてきた。
『痛み?そんなことよりも私はあなたを知りたい。知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい』
妖花は息を呑んだ。寒気が酷くなり、痛みが増していくのを感じる。
そして今聞こえてくる声の主が人間ではない何かであることを感じ取った。
「あ、あ、あ…」
恐怖で声が出ず、逃げようと体を動かそうとしてもうまく体が動かない。
『あなたを知りたいの…教えて欲しいの…
だから早く…』
「い、嫌…嫌、嫌!」
『私はあなたを知りたいの…だから教えてよ…』
そして私は気づいた。この声の主がどこから喋っているのかを。
「あ…あなたは私の中にいるの…?私の口から声を…」
すると、声の主の声色が変わる。
『ふふっ、そう。その通り…あなたを知りたいから、あなたを知りたいから…』
急に不気味さが増した。妖花は震える身体を抑えた。
「だからこんなに近くから声がするのに…人の気配がしなかったの…」
口が勝手に動き、声を発しているのを感じた。意識し始めるととてつもなく嫌な気分になっていた。
自分の中に知らない何かが取り憑き、自分の体を侵食していく、そう思うと気分が悪くなり、嗚咽する。だんだんと自分の体が思うように動かなくなるのを感じる。
『この時を待ち望んでいたの…時間はかかったけどこれであなたを知れると思うと私…ふふっ。』
「もう…もうやめて…」
『やめる?やめないわよ。やっと会えたんだから、なのにあなたは私を拒んで拒んで拒んで拒んで!!!』
徐々に怒りを露わにする声の主に妖花は震える。
『でもいいの、私はあなたの体が必要なだけだから、少し借りるだけ、ただそれだけ』
妖花はもうこの声を聞きたく無かった。聞くたびに頭が割れるように痛い。
『時間はかかったけどこれでようやく知れるわね』
「う、うるさい、うるさい、うるさい!」
妖花は叫んだ。好きにさせてはいけない、そう思いながら。しかしその思いも一瞬で打ち砕かれた。
『千子妖花さん…?』
私は名前を呼ばれた。奴に、なぜ…
そう思った瞬間だった。
「うっ…」
そう呼ばれた直後私は完全に体の自由がなくなった。
意識がはっきりとしない。私の中にいる何者かの声がする。自分の口が勝手に動き、何かをぶつぶつと呟いている。
『これで…あなた…………影を…………千……………ために…………』
闇の中に叩き込まれたような気分の私にはその声をうまく聞き取るほどの気力はなかった。
完全に意識が途切れたかと思った。
でもそれは違ったようだ。
『ふふっ、あなたの体が必要だったの、どうしてもね…』
その声で妖花の意識は覚醒する。
気力はなかったものの唯一の会話の手段を断つわけにはいかなかった。
身体は動かない。いや、既に動かせない。多分、この声の主が既にコントロールしている。
あなた、私の体で何をするつもりなの!
"今は私があなた。あなたが私"
うるさい、うるさい、うるさい
何を言っているの!その体は私の…
『私ノ?ドの口がイうのかシら』
私の体は段々と声の主に奪われてしまっている。このままでは本当に私が私でなくなる。
体は私でも心は違う…
それはもう私でもなんでもない
『少し…………』
声の主が喋っていたことはだんだん聞き取れなくなっていく。まだ完全に侵食されたわけではないのだろうか。しかし、いずれ体は全て侵食され、私というものが無くなるのだろう…
深い海の底に向かって落ちていくような感覚だった。だんだん身体が言うことを効かなくなる。
私は結局何をしたかったのだろう。
今、私にあったのは視覚と聴覚だけだった。
お母さん、お父さん…
ごめんね…
それに夏海…なごみ…
こんなことになるなんて…ちゃんと相談しておけばよかったね…
もう諦めかけていた、その一筋の光が私に来なければ…
「あなた、ちょっとそこで止まって」
聞き覚えのない声だった。
分かることはその声音が女性ということ。
「やっぱりね」
意識が朦朧とする中その声に妖花は救われた。すでに聴覚のみしかなかったためどのような人がきたのかわからなかった。
「ねぇ、少しいいかな?」
あまりよく聞き取れてはいなかったが、誰かが私に話しかけている、いや、私の体を奪った何者かに話しかけているということだけはわかった。
ただ今の私の体は何者かによって奪われている。助けを求めようにも声が出せない。
『ふフっ、すみまセんが先を急ギますので。』
ダメ!そいつを行かせてはいけない!
心の中で妖花は叫んでいた。
「そう、急ぎの用があるのね」
『えぇ、そウなんデす。なノで先ヲ急ぎますネ』
「それよりあなた、平気なの?」
立ち止まり、体を奪った主が話しているのが何となく聞こえる。
『えぇ、なんノことだか分かリませんが私は平気なのデ大丈夫ですよ。気にしナいでください』
せっかく話しかけてくれたのに…私の存在に気づいて…
でも気づいてくれるわけないよね。だって中身が違うだけで普通の中学生って思われるだけだし。
そう思いながらも心の底では助けてそう願うしか無かった。
助けて!助けてよ!私の存在に気づいてよ!私の身体を奪ったこいつに気づいてよ!
私の…私の身体を返してよ!
妖花が必死で叫んでいたその時、話しかけてきた女性が信じられないことを口にする。
「いえ、あなたに言ってるわけではないわよ。その体の本当の持ち主に言ってるだけど」
え?今なんて言ったの…
何を言ったのか、その言葉の意味を妖花は一瞬では理解ができなかった。
間違えがなければ、この女性、私が身体を奪われていると知っているってこと?どう言うことなんだろう、私は口に出していたけど正確には喋れてはない、ただ心の中で叫んだだけなのに。
聞き間違い?聞き間違いなの?
『何を言ってルのかしら。このかラだはもう私。失礼デすよ?』
ため息が聞こえ、また女性の声が聞こえてくる。
「同じことは二度言わせないでね。あなたじゃない、本当の持ち主に言ってるのよ?」
次はもう聞き逃すことはなかった。
この人はなぜかわからないが本当の持ち主ではないってことがわかっている。この人は一体…
『はぁ…しつイわね』
小さな声で呟いた。
『あのね、うるさイわよ。黙ってテ、私の体なんだからどうしようが勝手でしょ?変な人』
怒りをぶつける身体を奪った者は女性に対して敵意を羅和にしている。
「あのね、私はあなたからしたら変な人だと思う。でもね、あなた見る限り中学生でしょ?」
『えぇ、まぁそうですね。たしかにあなたは変です。私に、この体の持ち主の私にいきなりそんなことを言うんですから!』
「なら尚更おかしい。中学生の女の子がこんな路地で何するって言うの?それに、あなたまだ馴染んでないでしょ?」
『はっ?何が言いたいノ?』
「だからさ、普通の人間なら"この体の持ち主の私"なんて言うはずないじゃない。それにあなたの受け答え、さっきから保ててないのよ。中学生らしくしたり、あなたの本来の喋り方に変わったりってね、まだ乗っ取ってかは時間は経ってないわよね。ようやく、人間の言葉を普通に話せるようになってるくらいだし」
たしかにその通りだと思った。妖花も実際自分が知らない人にいきなりそんなことを言われたらまず無視する、それか私なら何言ってるの?って聞き返すだけだしわざわざ自分の体だと強く主張する必要はない。
妖花は少し感心してしまった。
すると妖花の身体を奪った者が不気味に笑い出した。
『ふふっ。何でそんなに簡単にバレてしまうのかしら。ようやく身体が馴染んできたのに。それに初めの方はボロを出したつもりは無かったのだけど。考えられるのは元からわかってたってことかしらね』
流暢な口調に変わり、不気味な声で私の体を奪った何者かがそう言うと女性は言葉を返した。
「えぇ。あなたの言う通り。知ってて近づいたの。知ってた理由はきかないでね、秘密だから」
『あらそう。話戻るけど知らない女に急に話しかけるあなたの方が変と言えば変よね』
「それもそうね」
そう言ってお互い少し笑みを浮かべたもののすぐにその顔が真剣な顔つきに変わる。
「それよりも、その身体の持ち主は無事なんでしょうね?」
『どうかしらね』
「そう…」
女性の声色が変わった。その声に怒気を感じた。
「なら斬る」
女性は大きく息を吐き出すと一言だけ呟いた。
同時に腰に着けた何かに手を触れる。そこには何も無い。なのに女性は何かを持つように手を握りしめている。
『斬る?ですって……???そんな格好のあなたに何ができますの?それにこの身体はこの少女の…』
その言葉を無視して、女性は構えをとる。
「透式」
その声が聞こえた瞬間だった。
「透破斬」
一瞬の出来事だった。音もなく、私は意識を失った。
……………………………………………………………………
冷たい…
ひんやりした地面の感触が顔に伝わってくる。
ざらざらした所々細かい砂が私の顔に当たって痛い。
でも、なんだか懐かしい感覚。
あれ…私今まで何やってたんだっけ────。
一瞬、頭が真っ白になったものの、私の体が奪われたことを思い出して顔を上げる。
「あれ…ここは…体が動く…?やった、解放されたんだ。あの人が助けてくれたの?」
周りを見渡すと、目の前には綺麗な赤髪が風で靡く女性の姿。腰に鞘を差し、右手には鮮やかな紺色の刀を握り、立ち尽くしていた。
「あなたは一体…」
「気がついたのね、無事でよかった」
振り返る女性の顔には目が行かなかった。
まず目が行ったのは女性の服装。
「メイド服…?」
「あっ、これはごめんね。仕事中だったから」
笑みをこぼす女性はとても美しい顔立ちをしていて、どちらかというと夏海に似たタイプの美人だった。
「それよりも、危険だからもっと後ろへ下がって」
メイド服が気になり女性の声が耳に入ってこなかった。
「え?でもメイドさんが私をどうやって助けてくれたんですか?」
「それは後で話すわね。一度後ろへ」
「はい。わかりました」
メイド服の女性の背後へと移動し、女性がなぜ後ろへ下がってと言ったのか分からず目の前を見るとようやく妖花は状況を理解する。
「あ、あれは…何?」
それは真っ黒の人型の影と思われるもの。影ではあるが影ではない。影のようなもの、そうとしか言えなかった。影の形は成人女性のような形をしており、妙に立体的でうずくまってこちらに顔を向けている。
「あれは影女」
メイド服の女性はそう言った。
「影女…?」
「えぇ、妖怪よ。信じられないかもしれないけど」
「妖怪?え、どういうことですか?」
「あなたの身体を奪い取っていたのは妖怪なのよ。まぁ、一般人が妖怪に出くわすなんてことそうそうないから、知らなくて当然だけど」
「そんなものが実際するわけ────」
その言葉を飲み込み、すぐに妖花は答えを変える。
「いや、信じます」
信じるしかない。実際に私自身が身体を奪われ、こうして目の前の女性に助けられたのだから。信じない訳には行かない。
「あなたの言葉を私は信じます」
「そう、ありがとう。あなたが素直な子でよかった」
「それはどうも…でも影女なんて妖怪…」
影女という妖怪は聞いたことがなかった。
オカルト部の活動の中でも一度もそんな名前の妖怪を聞いたことがなかったからだ。
たまに自分で妖怪について調べて見たときもそんな名前の妖怪を見た記憶はなかった。
まだまだ知らないことばかりだと感じる。
「でも、存在するんですよね。影女という妖怪は」
「えぇ、その通りよ。あの妖怪は人のことを知り、そしてその人間になりきろうとする、そういう妖怪。
それは昔。影女はある男に惚れ襖の前に現れた。とても綺麗な姿の影を見た男が実際に会いたいと思った。しかし、影だから会う事ができなかった。だから実際に会うには本当の人間にならなければならない。だからこうして人に入り込もうとするの」
「なるほど…。でも、なぜ今回私が狙われたんでしょうか…」
「そのあたりは私も知らないのよ。なぜ影女が今回あなたのことを狙っていたかなんてことはね。事情は様々。妖怪が何を考えているかなんてどうでも良いけど」
たんたんと語るメイド服の女性に対して少し感心してしまうがやはり服装も相まってかなんだかそんな気持ちも少し薄れる。
「だからあの妖怪にはできる限り本名、特に苗字を言うことは避けたほうがいいわね」
「苗字、ですか?」
「えぇ、苗字っていうのはその人の先祖。先祖代々引き継がれたものだから、妖怪にとって苗字はその人へ繋がる証になる。その人を知るきっかけにもなる。もちろん、結婚していても同じことよ。苗字っていうのは特別なものだから。名前と同様にね」
「メイドさんよく知ってるんですね」
「まぁ、仕事だからね。あとメイドさんはやめてね。えっとそうね、今はやっぱりメイドでいいかな」
「分かりましたメイドさん!」
そう話していると呻き声が聞こえてくる。
『なぜ…なぜなぜなぜなぜあなたは私の邪魔をするの。』
「邪魔か…悪いけど私はこの子を助ける、それだけ。だからあなたを斬るから、恨まないでね」
冷静なメイドに目を向けつつ、私はどうすればいいのかを考える。考えても答えは出てこない。逃げるべきなのだろうか。
「あの、メイドさん…」
私が声をかけた直後だった。
「悪いけど今は話を聞いてられないかも」
影女が動き出したのだ。
『まずはお前から…そして次はあの子を…妖花を…』
名前を呼ばれて妖花は少し心臓が痛くなった。多分、影女が人に入り込むための過程のひとつなのだろう。
そう呻き声を上げて壁に手を尽く。
すると、「え?消えた!」影女の姿がなくなる。
「落ち着いて、奴は影の中を自由に動くことができるんだと思う。だから、注意深く見ていれば大丈夫」
冷静なメイドに憧れを抱くのもつかの間、呻き声が止み、シーンとした時間が流れる。
上を見上げるとちょうど雲で太陽が隠れ、路地全体が影に覆われる。
「運が悪いわね…。気をつけてね、どこから出てくるかわからないから」
「あの妖怪が逃げるってことはありますかね?」
「ないと思う、あれは憎悪を持っている。ここで何とかしなければまたあなたを狙ってくるはず。それに、何か目的があるからあなたに取り憑こうとしてる」
その言葉に息を呑み、どこから出るであろう影女の姿を探すために躍起になる。
何か音が聞こえる。そう思った時
『捕まえた』そう声が聞こえてその方を振り返るとメイドの足元に影女の姿があった。
「そういえばまずは私って言ってたわね」
影女がメイドの足元から出てきて、右足をつかんでいた。右足を力一杯握りしめる影女だったがメイドは顔色一つ変えず、影女に目を向けている。
「悪いけどまだ仕事あるから時間かけてられないのよね」
メイドの言葉を無視して、握りしめた手ではない方の手を変化させ鋭い爪のような形にして、襲いかかる。
「危ない!」
すると、メイドは笑みを浮かべてこう言った。
「これぐらい平気。あなたは離れていて」
メイドは掴まれていない方の足で素早い爪の動きを読んで踏みつけた。
ぎゅっと踏み締める音が聞こえたと同時に鞘に手を置き、刀を抜く構えを取る。
大きく息を吸い込むと「透式」そう呟いた。
「透破斬」
メイドは影女に向けて刀を抜いて斬りかかる。
それに影女は気づき、変化させた影を元に戻す。そして一瞬のうちに影の中に潜り込んだ。
踏み締めていた手もすでに影に変わり、なくなっていた。
メイドはそれでも刀をしまうことなく、斬りかかる。
「そんなことで防げるとでも?」
メイドの刀は土を透過して影の中へと入っていく。
すると影の中から影女の金切り声が聞こえた。
『ギャーーー!!!!』
影女はずるずると影から這い出てきた。
見ると腕の部分から黒い液体がポタポタと垂れ落ちていた。
そして片方の手には斬った腕を持っていた。
綺麗に片腕を切り落としていた。
『うぅ…痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』
影の中から声が聞こえて攻撃をしたということがそこでやっと妖花はわかった。
それは妖花の目線では透過して当たったということがわからなかったためである。
影女は斬られた腕を投げつけ、それをめいとはかわした。
『あなたは許してはいけない…』
直後、影女は影から影へと高速に移動していく。
先ほどの速さとは比べ物にならない目にも止まらぬ速さになり、目で追えなくなる。
「流石にここまで早いとどこから攻撃してくるからわからないわね」
そんなことを言いつつもほんの少し笑っているように見えたメイドは刀を構えて影女を探していた。
影女は影を行き来しつつ、メイドの一瞬の隙をついて鋭く尖らせた影を使って攻撃をする。
「くっ…」
素早い影女の攻撃をうまく避けることが出来ず、鋭く尖らせた影が左腕に直撃する。
「うっ…」
影女の攻撃を受けた左腕からは血が出てきていた。
「これはまた鋭い…思いのほか深いかもね」
左腕を押さえながら血を止めつつ、次の攻撃に備える。
影女は影から影へと移動を続けながら何度も何度も朱理へと影での攻撃を続ける。
目にも止まらぬ速さで攻撃する影女の姿を妖花は目で捉えることも出来なかった。
妖花はメイドが攻撃を受ける姿を見ていることしかできなかった。
「あ、メイドさん!!!」
「平気だよ…これくらい!」
白かったはずのメイド服は破れ、血が滲んで真っ赤になっていた。それにポタポタと血が垂れて、めいの体は傷だらけになってしまう。
「何か、何か影をとらえる方法はないの?」
メイドは考える。今の状況を打開する策を。
しかし、何も浮かばない。自分の透ける刀でさえもとらえることができない相手をどうやって倒そうか。
本気を出すか、いや、そうしたら彼女に被害が及ぶかもしれない。
そう思い、本気を出すことを躊躇していたメイドは妖花の方へと向くと妖花がこちらへ何かを伝えようとしていることに気づいた。
「ど、どうかしたの!?」
妖花はもうメイドが傷つく姿を見ていることができなかった。
傷だらけのメイドを見て妖花は叫んだ。
「か、影女!こっちへきなよ!あなたの狙いは私でしょ!な、なら!私へ攻撃してきてよ!」
妖花は涙声で影女に向けて叫んだ。
そんな妖花を見てメイドは怒号を飛ばした。
「あなた!そんな馬鹿なことを言わないで!私はあなたを助けにきたんだから!」
そう言われても妖花は無視した。
「すみません、でも!私はあなたが傷つく姿を見ていることはできないんです!だから!」
私のせいで誰か傷つくことは耐えられない。それなら自分が傷ついたほうがマシだ。
それに今、影女を倒せるのはメイドだけ。ならば自分が狙われているうちにどうにかして影女を倒して欲しい。私が死んでも影女が倒せたなら私は嬉しい。だから、お願い…
「きなさい、影女!私が相手になってあげる!あなたにされたこと私は忘れない!」
そう影女に対して言うとメイドへの攻撃が止んだ。そこで妖花は影女が自分に向かってきていることが分かった。
「今のうちに逃げてください!」
妖花は路地を走った。出口に向かって全速力で。
しかし、それはうまくいかなかった。
「逃げたいのは山々なんだけど、まさかさっき斬った腕で足を固定してくるとわね」
よく見るとメイドの足に影から伸びた腕が掴み、動けないようにしている。
先ほど投げつけたのはこの気を狙っていたからだった。
「それに、この腕にはもう感覚機能は無いみたいでいくら斬っても意味がないみたい」
「メイドさん…」
妖花は走りながら失敗した…と感じた。そして自分の脚を影女が掴んだことに気づいた。
「きゃー!」
脚を掴まれて転んだ妖花は自分の足元を確認する。
そこには影女がこちらを見ながら鋭く尖った影をこちらに向けているのが見えた。
「あっ…私…このまま…」
自分の死を覚悟して目を瞑った。
すると大きな音が響いた。
「待て!あなたの相手は私よ…その子には手は出させない…!」
メイドは自分の刀を影女に向けて投げつけたのだった。それを影女は受け、その刀が落ちた音が先ほどの大きな音だった。
「メイドさん…」
「あなたの覚悟!受け取ったわよ。だから、だからこそ、あなたを助けたい!」
メイドはフッと笑って影女に向けて叫んだ。
「あなたは、弱いものにしかとりつけない弱者よね!そんなだから私みたいな脅威を恐れてあなたは先に殺れる彼女を狙ったんでしょ?本当にそんなことだからあなたは弱いのよ!彼女を攻撃したならあなたはそれを認めたことになる!どうするの?あなたは弱者のまま私と対峙するのかそれとも…」
そう影女に向けてメイドが行った時それを遮るように影女が叫ぶ。
『私は…私は…弱者…弱者…弱者ァァァァァァ!!!!!!!!』
「な、何…!?」
影女は妖花から離れてメイドの方へと向かう。
それを見て妖花も何かしようとするも何も浮かばない。
自分は非力だから何をしようにも邪魔になってしまう。
「何か、何か私がやるべきことはないの………」
そう思った時だった。音が聞こえる。
微かではあったがスゥーっと何かが移動する音。この音は風でもない、足音でもない。
これは影を這いずる音。あの影女が影を這いずる音が聞こえる!
「これは…もしかして!」
妖花はメイドの刀を持って赤理に向けて投げつけた。そしてそれを赤理は手にとり、影女に向けて斬りかかろうとすると、妖花の声を聞いた。
「後ろです!メイドさん!」
メイドはその声に反応して後ろに刀を振るうと、影女に刃が届いた。
『ぐぁっ…痛い…』
やはりそうだった。音、影女の音を探知できていた。
どうやら私の耳は影女の影を這いずる音が分かるみたいだ。これは、私にしかできない、私だからこそできること。これで彼女の、メイドの助けになるかもしれない!
「やっぱり!メイドさん、大丈夫ですか!?」
「ありがとう、助かったわ。」
メイドは血だらけの体を刀で支えて起き上がると、こちらを見てにっこりと笑った。
その顔からは血が滴り落ち、なんとも痛そうだった。
「はい、私耳がいいので、あの妖怪がどこからくるのかわかります!」
「そう…それは助かる!」
妖花の声で状況がひっくり返った瞬間だった。
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