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1巻

1-2

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 改めて自分の古びた服を確認して、やはりお姉さんの言葉はお世辞せじだと納得する。

「ま、そういう事。女の子なんだから気をつけてね。夕食はこの時間なら何時でも食べられるわ。朝食は六時過ぎなら大丈夫よ。トイレとお風呂は部屋の中にあるから」

 お姉さんは早口で説明をすると、はいっと鍵を私に渡した。

「ご親切にありがとうございました」

 ペコッと深くお辞儀を返して、顔をあげるとお姉さんの驚く顔が目の前にあった。

「私は仕事なんだからお礼なんていいのよ」

 私の恐縮した様子に苦笑している。

「いえ、お姉さんの気持ちが嬉しかったんです。ですからやっぱり、ありがとうございました」

 お姉さんは多分、私の為にこの部屋を取っておいてくれたのだ。あれだけ王都中の宿を回ればこの宿がどれだけ良心的かわかった。そんな宿がこの時間帯に都合よく空いてるわけがなかった。
 私はもう一度お礼を言うと部屋へと入った。


 ◆


「変な子……」

 私は田舎育ちっぽい女の子を部屋へと案内すると、そのおかしな様子を思い出しながらも嬉しくなって階段をスキップするように降りて行った。仕事とはいえ、感謝されると嬉しくなる。

「おっなんだ? 機嫌がいいな」

 カウンターにいたシェフのおっちゃんがご機嫌な私に声をかけてきた。

「別に……あっそうだ、五号室に泊まってる女の子があとでご飯を食べに来ると思うのよ。可愛らしい子だから、少しサービスしてあげてくれない?」

 お願いと手を前で合わせてウインクする。

「仕方ねえな、お前の賄いから少し引いとくぜ」

 おっちゃんが笑ってそう言うが、賄いを減らされた事などなかった。

「ええ、それでも構わないわ!」

 しかし本当にそれでも構わないと思い機嫌よく笑うと給仕に戻る。

「珍しい事もあるもんだ」

 おっちゃんは首を傾げ、彼女にそこまでさせた五号室の女の子が気になり出したのであった。


 ◆


 私は部屋に入ると鍵をかける。そしてベッドに少ない荷物を乗せ、バタンと仰向けに倒れ込んだ。

「つ、疲れた……」

 王都に着いてからようやくまともに休む事が出来たのだ。はしたないが、今は一人だしこのくらい許して欲しい。

「少し……だけ」

 私は少し休むつもりで瞳を閉じる。そして、疲れから深い眠りに落ちていった。
 ようやく目覚めると、宿はシーンと静まっていた。外を見ると真っ暗で月が高く昇っている。
 どのくらい寝たんだろう? 空腹に腹の虫が鳴き出した。

「この様子だと、四、五時間は寝ちゃったのかも」

 そっと部屋の外に出て、足音を立てないように階段を降りる。食事する場所の明かりは消えていて、カウンターだけが明かりに照らされていた。私はそっと近づいて小さく声をかけてみる。

「すみません……」

 しかし返事はかえってこない。やっぱり遅い時間のようだし、終わっちゃったかとガックリと肩を落とす。
 グゥッ! しかし、何も食べられないとわかると腹の虫が抗議するように大きく鳴いた。その大きな音に「誰だ?」と反応が返ってきて、カウンターの奥からシェフらしきおじさんが出てきた。

「すみません、寝過ごしてしまって……もう夕食はないですよね?」

 ダメ元でおずおずと聞いてみる。

「コインは持ってるのか?」

 おじさんが仕方なさそうに聞いてきた。私は顔を輝かせ「はい!」と元気よくコインを見せる。

「しょうがねぇな、簡単なもんしか出せないけどいいか?」
「はい! ありがとうございます!」

 私は空腹で寝なくてすむと嬉しくなり、おじさんにお礼を言った。そして、カウンターに座ってキョロキョロと周りを見ながら料理を待つ。

「ほら、芋のスープとパンだ。あとは肉を焼くから待ってろよ」

 おじさんがドンと湯気の立つ料理を私の前に置いた。
 わざわざ温めてくれたのだろう。ぶっきらぼうに見えて、細やかな気遣いが嬉しかった。

「うわぁ、あったかそう! いただきます!」

 手を合わせると、早速スープを口に運ぶ。

「美味しい! おじさん美味しいです。玉ねぎの甘さが染みるわ~」

 あまりの美味しさにほっぺを押さえながら落ちないように食べていく。

「大袈裟なお嬢ちゃんだな」

 おじさんが苦笑しながら、時折こちらに顔を向けて肉を焼いている。

「このパンもスープに付けると最高ですね。味が染みて柔らかくなるから食べやすいです」

 美味しかったのであっという間にスープとパンを平らげてしまった。

「しょうがねえやつだな、おかわりは食べるか?」

 おじさんが嬉しそうに声をかけてくる。

「いただきます!」

 私が喜ぶと、おじさんも私と同じように嬉しそうな顔を見せた。

「ふぅ……もうお腹いっぱい。ご馳走様でした」

 私は再び手を合わせる。おじさんはその様子を満足そうに見ている。

「お嬢ちゃんは美味そうに食うな、作ったかいがあるよ」
「違うわ、美味しそうじゃなくて美味しいんです」

 私は立ち上がり、真剣な顔で訂正すると、おじさんが驚いて手を止めてしまった。

「あっ、すみません」

 興奮して立ち上がった事を恥じてスッと座り直す。

「本当に美味しかったです……そのご馳走様でした」

 誤魔化すようにおじさんに笑いかけてお礼を言った。

「ハッハッハ! そんなに喜んでくれるんならサービスしたかいがあったな!」
「サービス?」
「いや、ちょっとだけな。気にするな」

 おじさんが残りの食器を片付けようと手を伸ばすと、私はその腕をガシッと掴んだ。

「おっ?」

 おじさんが驚いて掴まれた腕を見つめる。

「こんな遅くに来て迷惑かけたのにサービスまで……おじさん、お手伝いさせて下さい」

 唖然としているおじさんを余所よそに、私は食器を掴むとカウンターの向こう側へと回り込んだ。
 そして水場で食器を洗い始める。

「おい、おい何してるんだ? お嬢ちゃんは客なんだ、そんな事しなくていいんだ」

 おじさんが私を止めようとするが、構わずに皿を洗い続ける。

「いえ、私だけ特別扱いを受けたなんてしれたら、おじさんにも迷惑がかかるかもしれません。もしバレたら、その代わりに皿を洗わせたって言えば大丈夫ですよね」

 慣れたもので皿をあっという間に洗うと、ついでに洗い場をサッと拭いて綺麗にする。

「お嬢ちゃん、手際がいいな」

 皿を確認するとおじさんが驚いた顔を向けた。

「毎日家事をしていれば、これくらい当たり前ですよ」

 パッパッと手を拭くと邪魔にならないようにカウンターから出る。

「では本当にご馳走様でした。朝はきちんと時間通りに来ますね! おやすみなさい」

 おじさんに挨拶をすると、音をたてないように二階の部屋へ戻り眠りについた。


「おはようございます」

 今朝私はちゃんと起きて、おじさんに笑顔で挨拶をする。

「おはようお嬢ちゃん、確かにぴったりの時間だな」

 おじさんは時計を見てニヤリと笑う。

「ふふふ……では、これをお願いします。朝ごはんは何かしら。楽しみです」

 本当に楽しみにしている様子の私を見ておじさんは笑っていたが、気にしない! 
 おじさんはまた少し多めによそってくれたみたいで、内緒とでもいうようにウインクした。
 私は料理を受け取ると席に座り手を合わせる。すると「少しくらいいいだろうが!」とカウンターの方から男の叫び声が聞こえてきた。いったいどうしたんだろうか。

「おい! こっちは客なんだぞ!」

 叫んでる男はおじさんに何か文句を言っているようだった。

「だから、皆同じ物を配っているんだ! 文句があるなら食わなくていい!」

 しかしおじさんも負けず劣らず文句を返している。騒ぎを聞いて昨日のお姉さんが駆けつけてきた。

「どうしたの?」

 お姉さんが二人を落ち着かせようと声をかける。

「いやこの客がなぁ~。飯の量が足りないから、スープを大きな器いっぱいに注いでくれって無茶な事を言うんだよ」

 おじさんが呆れて男を睨みつけた。

「だって見てみろよ、俺はこんなに体が大きいんだ。こんなちょっとじゃ足りないんだよ!」

 確かに男は大きく、持っている器がとても小さく感じられた。

「見ろよ、他の奴らにはちょうどよくても俺には少なすぎる!」
「料金は一緒なんだからしょうがないだろ」
「あのー」

 私は言い争う二人にそっと近づいていった。

「お嬢ちゃん、どうした?」

 おじさんが気がついて声をかけてくれる。

「先程の話が聞こえてきて……それならご飯分このお兄さんに働いてもらうのはどうですか?」
「働く?」
「ええ、このガタイなら上の方にも手が届きそうですし、いつも掃除出来ない場所を掃除してもらったりとか、重いものを運んでもらったりなんて……」

 昨日自分がしたような事を提案してみた。

「まぁ、働いてくれるなら飯をサービスしてやってもいいな」

 おじさんもお姉さんもそれならと顔を見合わせて頷いてくれた。

「構わないぞ、ここの美味い飯が食えるならなんでも手伝おう!」

 男も腕をまくってやる気を見せる。おじさんも美味いと言われて悪い気はしないのか、苦笑した。

「なら、おじさん、サービスしてあげてよ。食べたら早速手伝ってもらうわよ!」

 お姉さんが大きな男の体をポンと叩いた。

「任せてくれ!」

 男は料理をあっという間に平らげると、お姉さんに連れられて外へと向かった。

「お嬢ちゃんありがとな、あんな大男に暴れられたら店が壊れるところだったよ」

 おじさんがありがたいと手をあげて感謝を伝えてきた。

「いえ……私も昨日アレでしたから、気まずくって」

 あははと頭をかいて笑って誤魔化した。

「ほらよ、これはサービスだ」

 おじさんがこっそりとクッキーの袋を渡してくれた。

「わぁ、美味しそう。ありがとうございます! じゃあ私は何をお手伝いすればいいですか?」
「さっき揉め事を解決しただろ? その分のサービスだよ」

 おじさんはウインクすると、それ以上は受け取る気はないとカウンターへと戻っていった。おじさんの頼もしい背中に頭を下げ、ありがたくクッキーをいただだくことにする。

「さてと、今日は王宮に行って、ちゃんと来た事を証明しないと……」

 私は宿を出る準備をすると下へと下りる。そしてテーブルを拭いてるお姉さんに声をかけた。

「お世話になりました!」

 そう言って鍵を渡した。

「はい、ご利用ありがとうございました。またいつでも利用してね」

 お姉さんは少し寂しそうに鍵を受け取った。

「はい、その時はよろしくお願いします。それと、ちょっとお聞きしたいのですが……王宮に行くにはどうしたらいいですか?」
「あなた、王宮に用があるの?」

 お姉さんが王宮と聞いて驚いている。

「はい、まぁ大した用ではないので、言伝をしたらすぐに帰るんですけどね」

 本当に断って帰るだけなんだからと笑って誤魔化す。

「それなら、この道をまっすぐに行けば王宮に続く橋があるわ。その橋の所に王宮に入るための門があって門番がいるはずよ。門番に用を言えば人を呼んでくれるなりしてくれると思うわ」

 お姉さんが丁寧に教えてくれる。

「ありがとうございます。行ってみますね! あともう一ついいですか?」
「何?」

 お姉さんは嫌な顔ひとつせずに優しく聞き返してくれる。

「実は、家で待っている父と弟にお土産を買いたいんです。いいお店を知ってたら教えて下さい」
「お土産?」
「はい、王都に行く為にお金を工面くめんしてくれたんです。そのお礼に何か買ってあげたくて……」
「まぁいい子ね~。ならこの先のロドムのお店がいいわ! 品揃えもいいし値段もお手頃で、王都でしか買えない品が多いわよ。私の名前を出せば少しおまけしてくれるかもしれないわ」
「ロドムのお店ですね!」
「ええ、私の名前はジェシカよ。ロドムに白馬亭のジェシカの紹介で来たって言ってみて」

 お姉さんはそう言ってウインクする。

「ありがとうございます。行ってみますね! 次はいつ王都に来れるかわかりませんが……もし来る事があったら、必ずまたここに泊まりに来ます!」

 私は笑ってジェシカさんの手を握りしめ、お礼を言う。

「シェフのおじさんにもよろしく言ってください」

 ジェシカさんに手を振りながら、教えてもらった道を真っ直ぐに歩き出す。ジェシカさんは外に出て、私が見えなくなるまで心配そうに手を振ってくれていた。


 ◆


「あー! 行っちまったか?」

 ローズが見えなくなったところでシェフのおじさんが急いで店から出てきた。

「あら、珍しいわね。お客様のお見送りなんて」

 ジェシカがからかうように笑う。

「いや、なんだか素直で、珍しくいい子だったからな」
「あなたにもよろしくって言ってたわよ。また王都に来る事があれば必ず寄るって、よかったわね」
「そ、そうか。まぁ、客の言葉なんかあてには出来ないがな」
「あの子は約束を違えたりしなさそうだけどね」

 おじさんもそうは言いながらも、満足そうに笑って厨房に戻っていった。


 ◆


 ジェシカさんが教えてくれた道を歩き続けると大きな城が間近に見えてきた。城の前の橋を渡ると、目の前には大きな門がそびえ立っている。

「凄い門、どうやって開けるのかしら」

 そんな事が気になりぼうっと門を見上げてしまっていた。

「何か御用でしょうか?」

 門番の一人が話しかけてくる。私はちょうどいいやと王宮から届いた手紙を門番に見せた。

「王宮からこれが届いたのですが……」
「君宛てに?」

 門番が信じられないとでもいうように私を上から下まで眺める。……王都に来てからずっとこんな感じだ。その様子に少しムッとして「おほん!」と咳払いをすると門番が慌てて目線をあげる。

「私も自分の事はわかっているつもりです。うちの領地はお金がありませんので……今日は、このお話を辞退しようと思い参りました」

 私の言い分に門番さんも納得したのか頷いてくれる。

「それがいいよ。もうほとんどのご令嬢が集まっていますが……あなたには……」

 言葉を濁し同情の目を向けられる。

「ええ、ですからこの事を伝えておいてもらえますか?」
「えっ! ええっと、まぁ大丈夫かな。わかりました、ではこの書状お預かりしますね。念のため大臣に確認して参りますので、少しお待ちいただけますか?」
「えっ……」

 私が顔をしかめるのにも気がつかず、門番さんは王宮に向かって行ってしまった。

「待ってても答えは同じよね」

 私は、時間の無駄だろうと肩をあげると、くるっと向きを変えて来た道を戻る事にした。
 あんまり遅くなるとまた宿に泊まらないといけなくなる。白馬亭は素敵だったがお金が持ちそうにない。たまの贅沢ぐらいにまた行きたいと思っていた。

「あれは……」

 そんな私を、王宮の一室から一人の男が見ていた事に、その時は気がつかなかった。


 ◆


「はぁ……」

 俺は仕事中にため息をついていた。その様子に親友のロイが珍しいと驚いて振り返ると、俺の顔を見つめた。

「どうしたんだ、カイル。ため息なんてついて?」
「えっ? ああ……ため息をついていたか。気がつかなかった」

 心配をしてくれているが、どうも心が落ち着かずにボーッとしてしまう。

「お前が元気がないとなると、また女性絡みか?」

 ロイが俺の過去の事情から推測したのか、同情した様子で尋ねてくる。

「今度はどうしたんだ? また部屋にまで押しかけられて襲われそうになったのか。それともまた媚薬びやくを飲まされたとか? あと考えられるのは、抱えきれないほどの手紙が襲ってきたとか」

 ロイが冗談交じりに聞いてくるが、今回はそういった事ではなかった。

「ああ、どれも覚えがあるよ。だけどそんな事じゃない」
「もっと酷いことが?」

 ロイが俺の答えにゾッと背筋が寒くなったのか、腕をさすっている。

「やはり女性は怖いな、俺はまだ婚約者なんていらないって言ってるのに、大臣達のうるさい事……自分の相手は自分で見つけたいものだ」

 ロイも俺の憂鬱が移ったように外を眺めている。

「ああ、また誰か来たようだ。婚約者候補なのかな? それにしちゃあ普通の子に見えるな?」

 ロイの言葉がなぜか気になり、一緒になって窓の外を見る。

「あっ! 彼女だ!」

 昨日出会った女性が門番と話しているのが見えて、俺は部屋を飛び出し、急いで城門に向かった。
 だが、俺が着いた時、城門にあの子はいなかった。

「どこに……」

 俺がどうしようかと迷っていると、門番が書状を手に戻って、俺に声をかけてきた。

「カイル様、そんなに慌ててどうされました? あれ? ここに女の子がいませんでした?」

 そう言って、キョロキョロと俺と同じように何かを捜す門番。彼も同じ人を捜しているようだった。

「お前は彼女と喋ったのか!?」

 門番の肩を掴んで問いただした。

「は、はい。王子の婚約者候補の方のようでした」
「王子の? では例の婚約者候補の令嬢の一人なのか」

 彼女が王子の相手だとわかり顔が曇った。

「そのようです。しかし自分は分不相応だから、この話を辞退したいと断りに来たようです」

 だが、その言葉に気分が上がり顔がニヤける。

「それで、念のため大臣に確認に行ったところ容姿をお伝えしたらそのまま追い返せと……でももういないなら、わざわざ追い返す必要もありませんね」
「おいお前、彼女の事を大臣になんて伝えたのだ」

 門番と大臣の、彼女に対する対応に少しイラつき、顔を伏せて聞く。

「見たままを伝えましたよ。カイル様も見ましたか? 彼女、服はまぁ綺麗にしてありましたがどう見てもお古だし、髪も自分で梳かしただけでしたよ。靴なんかずっと歩いてきたんだか、ボロボロでした。その事を大臣に伝えたら、王子には相応しくないと一喝してました」

 門番は悪びれる様子もなく笑って伝えてきた。

「なんだと……」

 俺はたまらずに低い声が漏れた。

「駄目だ……彼女が必要だ。今すぐ連れ戻してこい」

 俺の言葉に門番が唖然として、固まっている。

「聞こえなかったのか? 今すぐ彼女を連れ戻してこい! 連れてこれなければお前の明日はないと思え!」

 ギロッとひと睨みすると門番は飛び上がって敬礼する。そして彼女を捜しに城下に走って行った。

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 俺は門番から受け取ったローズ嬢の書状を握りしめ、城下を見つめる。あの中にまだ彼女がいるのかもしれないと思うとその場を動けなかった……しかしずっとその場にいるわけもいかず、後ろ髪を引かれる思いで城へと戻る事にした。
 俺はこのクロフォード王国のローウェル公爵家の二男として生まれた。曽祖父そうそふの代から王の側近として仕えてきたローウェル公爵家。俺も歳が同じ第二王子ロイの側近になるべく、幼い頃から教育を受け彼と共に過ごしてきた。ロイとは親友と言えるような関係を築き、楽しい日々を送っていた。
 しかし、そんな順風満帆な日々は幼少期に崩れ落ちた。
 俺はどうやら容姿がかなりいいらしい。別に自慢でもなんでもない、むしろその事を嫌だと思っている。それはこの容姿のせいで苦労する事になったからだ。
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「こんにちは~、どうしたの? こんな所で一人で迷子かな。私がいい所に連れていってあげるわ、とってもいい所に……ね」

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