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7巻
7-1
しおりを挟むプロローグ
私、ミヅキには前世の記憶がある。
事故に遭い命を落とし、気がついたら異世界で森をさ迷っていたのだ。そこで前世で可愛がっていた飼い犬に似たフェンリルのシルバと出会い、従魔の契約を行った。
それからは、少し過保護なベイカーさんに保護されて……
前世の記憶を活かして冒険者になったり、新たに従魔になってくれた鳳凰の子供のシンクやケイパーフォックスのコハクと出会ったり、料理をしたりして町の人達と楽しく過ごしていた。
しかし、静かに過ごしたい気持ちとは裏腹に私の周りはいつも賑やかだった。
誘拐されたり王子様に求婚されたり……色々なトラブルを乗り越えたと思うと、今度はドラゴンのプルシアと出会い仲間になるなど、楽しくも忙しい毎日を送っている。
そんな中、私は念願の日本食を作るために欠かせない調味料を求めて、王都を去り、コジローさんの里へ向かうことにした。
いつも一緒だったベイカーさんとのしばしの別れに寂しい気持ちを抑えて、今は新たな出会いに気持ちを切り替えるのだった。
一 霧の森
【すごい速いね、景色が全然見えないよ】
私はプルシアの背中に乗って、コジローさんの里を目指していた。
しかし、あまりのスピードに景色を楽しむどころではない。私は退屈なので、プルシアに乗るためにコジローさんが変化した犬の頭を撫でることに。
【ミヅキ、そろそろ言われていた森に着くぞ】
するとプルシアから朗報が届く。
【本当に!】
「コジローさん! そろそろ森に着くって」
コジローさんは犬の姿で耳をピンと立てる。
【森の少し手前で降りて欲しいそうだ】
シルバがコジローさんの意思をプルシアに伝えると、飛ぶ速さが落ち着いて、私の目にも景色がやっと見えるようになった。
「うわぁー凄い! あの森の中にコジローさんの里があるの?」
「ワン!」
森の手前でプルシアが下降してくれたので、久しぶりの地面に降り立つ。
「うぅーん! 空もいいけど地面はやっぱり落ち着くね」
コジローさんは降りると同時に人の姿に戻ってしまった。
私はコジローさんの姿をじっと見つめるが、ふいっと目線を外された。
「コジローさん?」
「な、なんだ、ミヅキ?」
コジローさんが気まずそうに聞き返してくる。
「またお願いしたら犬になってくれる?」
「へ?」
「またもふもふしたくなったらお願いね」
「わかった」
コジローさんはホッとしたような、恥ずかしそうな複雑な表情をしていた。
「えっと、ミヅキ達は少し待っていて貰えるか? この先は俺達一族しか入れないんだ。先に行って長老に許可を取ってくる」
「うん、いいよ!」
コジローさんは私の返事にニッコリと笑うと、今度はシルバに向き合った。
【シルバさんも出来たら一緒に来て欲しいのですが、難しいですか?】
【ミヅキと離れるのか?】
シルバは嫌そうに眉間に皺を寄せた。
【シルバ、大丈夫だよ。シンクもコハクもいるし、ちゃんと待ってるよ】
【シルバさんが一緒に来てくれたら、長老もすぐに許可をくれると思うんです。ミヅキ達も問題なく里に入れるはずなのですが……】
シルバはまだ納得出来ないのか考えていた。
【コジローさんの里に入るためだよ! シルバ頑張って!】
私が抱きついて応援すると渋々受け入れてくれた。
【いいか、絶対にシンク達の側を離れるなよ!】
【はーい!】
【何か来たら全力で戦うんだぞ!】
【はーい!】
【美味しいものを貰っても、ついて行くなよ】
【……う……ん】
【ミヅキ?】
【うそうそ! 大丈夫!】
多分……ね。
私は笑って誤魔化すがシルバはなんだか信用してない顔をしている。
【はぁ……シンク、コハク、プルシア、ミヅキを頼むぞ】
【わかってるよ、大丈夫】
【キャン! キャン!】
シンクとコハクはわかっているといい返事をするが、プルシアは首を捻った。
【何をすればいいんだ?】
【ミヅキが危ないことをしないようによく見ておいてくれ】
【わかった】
プルシアが首を傾げながらも頷いた。
【じゃあ、行ってくる。ミヅキ、いい子にな】
シルバはチュッと私の髪に鼻先をつけると、不安そうにしつつもコジローさんの後を付いていった。
コジローさんが森に入っていくと直ぐに姿が見えなくなる。シルバがそれに続き、あっという間にふたりの気配がなくなってしまった。
【うわぁ、霧の中に消えてった。どうなってるんだろうね?】
私は二人が消えた辺りに近づこうとした。
【ミヅキ駄目だよ! 森に入ったら】
【キャン!】
すると早速シンク達に注意される。
【わかってるよ。でも手を繋いで入れば離れないんじゃないの?】
【えっ? まぁそうかも……でもだめ! シルバに言われたでしょ!】
【うん】
私は触るだけなら大丈夫だろうと森の外から霧を触ろうと手を伸ばす。
【あっ……】
【キャン?】
【えっ?】
私の姿が一瞬で霧に呑み込まれていった。
【ミヅキー! なんでじっとしてられないんだー!】
シンクとコハクは慌てて私を追って霧の中へと飛び込んで行った。
そして、プルシアは呆然とその様子を見つめていたのだった。
◆
「どうしよ、絶対に絶対に怒られる」
私は霧の中を右も左もわからずに歩き続けていた。
「だけど聞いてないよ。だって霧に触っただけだよ! 森に入ったわけでもないのに。みんなが言ったのは森に入るな、だもんね。霧に触るなって言われてないもん!」
一生懸命言い訳を考えながら歩いていると何やら香ばしい匂いが漂ってきた。
「あれ? この匂いって、もしかして」
匂いを頼りに霧の中を歩いて行くと洞窟が目の前に現れた。
「うーん、いかにもな洞窟だな。でも匂いはこの中からだなぁ」
私は匂いに我慢できずに洞窟の中を覗き込む。
「もういいや! ここまで来たら好き勝手に行動しよう。どうせ怒られるならまとめてがいいもんね~」
そう思うと気が楽になり明かりをつけてどんどん洞窟の中を突き進む!
奥に進むと匂いが強くなってくる。そして、なんと洞窟内には家が建っていた。
「家、こんな所に? しかもあの家って」
私は家に近づいてじっくりと眺めてみた。
「やっぱり、昔の日本家屋みたいだ」
そこには茅葺き屋根で骨組みも木で出来ている、どこか懐かしい家が建っていた。
トントントン!
扉をノックするが誰もいないようで返事はない。裏手に回るとさらに奥へと続く道があった。私は家を通り過ぎて奥へと進む事にした。
しばらく進むと出口があり明るい外が見えてきた。
「なんだ、別になんにもいなかったなぁ」
洞窟の中は平和で何も起こらず外に出る。するとそこには畑が広がっていた。
「えっ、これって!」
私は植えてある植物に目がいき、畑に駆け寄ろうと走り出した。
「誰だ!」
すると男の人の声がした。
私は足を止めて声の方を見る。
そこには顔が犬で身体が人の姿の男の人が、こちらを睨み立っていた。
「お前は誰だ! どうやってここまで来たんだ!」
男の人は慌てて顔を首に巻いていた布で隠すと、質問をぶつけてきた。
「えーと、私はミヅキって言います。ここにはいい匂いを辿ってきました」
私が普通に答えると男の人は何故か戸惑いアワアワとしている。
「あのーあなたってコジローさんの親戚かなんかですか?」
なんとなく似た雰囲気がしたので、そう聞いてみた。
「コジロー? コジローを知っているのか!」
「あっ! やっぱりコジローさんの関係者だ。よかった~、これで怒られ率が下がったんじゃない!?」
私は知り合いの知り合いに会えて喜んでいた。
「お前、ちょっと変わった子供だな」
そんな私に、男の人は失礼な事を言ってくる。
ムカッ!
「そりゃよく言われるけどね! 一応、普通の女の子です!」
ベイカーさんがいたら否定しそうだがあえて大声で言ってみた。
「そ、そうか? しかしなんで俺がコジローの知り合いだってわかったんだ?」
「えっ? だってその服、コジローさんとお揃いの忍者服だし顔がそっくりだもん」
顔と言われて、男の人が慌てて隠しだした。
「いや今更隠してもさっき見たよ。コジローさんの犬バージョンの顔にそっくりだし」
「コジローが犬の姿をお前に見せたのか?」
「うん、可愛いよねぇ~。あー、思い出したらまた触りたくなってきた」
チラッとコジローさんの知り合いのお兄さんを見る。
「お兄さんは犬に変化はしないの?」
「俺は……この姿しか出来ない」
「そうなんだ。でも犬のお顔もカッコイイね! さすがに触ったら怒る?」
コジローさんの知り合いなら触らせてくれるかと思い聞いてみた。
「はっ? 触る?」
「触り心地良さそうだなぁ~、触ってみたいなぁ~」
チラッチラッとお兄さんを見ていると顔が険しくなる。
「やっぱり……」
「うん?」
「やっぱり、お前は変わりもんだ!」
お兄さんは畑を突っ切ると洞窟の中へと行ってしまった。
私は慌てて追いかける。せっかくの関係者をここで逃す訳にはいかない。
先程とは違う通路を歩き出して、私はその後をどうにか追いかける。
「お兄さん、私は外に出たいんだけど、道わかる?」
「知っているがお前を案内する気はない!」
「えーケチ、いいじゃん。あっ、なら方向だけでも教えて!」
「この森に方向などはない」
「あーやっぱりそういう感じなんだ。霧の中を歩いてる時にそんな気がしてた」
はぁとガックリとため息をつくと、またあの香ばしい香りがしてきた。
「やっぱりこの香り」
お兄さんが進む方向を見ると、そこには大きな樽が置いてあった。
「外の畑に植わってたのって、やっぱり大豆!?」
私が樽に近づこうとすると「やめろ、近づくな!」と行く手を阻まれる。
お兄さんに手を伸ばして覗こうとすると、サッと体が触れるのを避けられてしまった。
しかしそれはチャンスとばかりに退いてくれた道を進んで樽の中を覗き込んだ。
「やっぱりこの香り、味噌だ!」
私の言葉にお兄さんの様子が変わった。
「お前、味噌を知ってるのか?」
「もちろん! ねぇお兄さん、醤油は? 醤油はないの!」
「醤油もわかるのか!」
お兄さんから出た言葉に私は思わず詰め寄った。
「お兄さん、醤油を知ってるの!」
興奮のあまりに突進して服にしがみついたところ、お兄さんは固まってしまった。顔を隠していた布がハラリと落ちる、間近で犬の顔があらわになった。
「あっ」
お兄さんが顔を隠そうと手を上げかけたが、その手をガッと掴んだ。
「お兄さん、知ってるの!? 何処にあるの! 私、醤油が欲しいんだよ!」
私の勢いにお兄さんが驚いて、後ろに倒れ込んでしまった。一緒に転びそうになったけれど、お兄さんは咄嗟に私を庇うように抱きしめてくれる。
「ごめんなさい! お兄さん怪我はない?」
私は慌ててお兄さんの体から飛び退いて怪我がないかとぺたぺたと触る。
そして最後に顔にも怪我がないか確認する。
「大丈夫そうかな。よかった、それにしてもやっぱりもふもふ」
私は思った通りの触り心地に満面の笑みを浮かべつつ、困惑している様子のお兄さんの頭を撫でていた。
◆
俺はコジローの兄として生まれ、ずっと一緒に育ってきた。しかし、ある時に自分が普通ではないと知らされた。
俺はみんなと違い、顔が犬で身体が人間だった。みんなは人の姿か犬の姿のどちらかで生まれ、それぞれに変わることが出来るが、俺には出来ない。
俺だけはそれが混ざった状態で生まれて、そのままどうすることも出来ないままだ。
両親は、弟のコジローと変わることなく愛情を向けていてくれた。だが、大きくなると周りの反応から、自分はやはり普通ではないと嫌でも気付かされる。
それに加えて、コジローが出来た弟で、顔もいい事からよく比べられてきたのだ。
しかしコジローは本当に良い奴だ。こんな俺にも普通に接してくれるだけでなく、兄として慕ってくれていた。
コジローがいたから、肩身の狭い思いをしつつも、里でもどうにか暮らしていけていた。
だけど、コジローが里を出ていった年。
やはり俺は普通ではないんだと突きつけられる出来事があった。
「気味が悪いと周りの者達から苦情が出ている。すまないが、里から出て行ってくれないか?」
長老からの言葉に愕然とした。
この里でしか暮らしたことがない俺にとって、ここの里の者みんなを家族だと思っていたが、そう思っていたのはどうやら俺だけだったようだ。
両親も一緒に出ていくと言ってくれたが、もう俺も独り立ちできる歳だ。
コジローだって冒険者になりたくて一人で旅立っていった。
俺にも旅立つ時が来たのだと思った。
しかし、現実は甘くない。
他の人がいる町に行くと、やはり俺の見た目は普通ではないようだ。獣人と似た見た目だが、力がある訳でもなくただ顔が犬なだけ。
すれ違う人は気持ち悪そうに見つめると、みんな顔を逸らす。
外の世界はあまりにも残酷だった。
俺は外に居場所を見つけられず、またこの森に戻ってきた。どうにか長老にお願いして離れた洞窟で暮らすことを許可してもらった。
しかし、俺が里に行く事はないし、里から人が来ることもない。
たまに人里に行く時も顔を隠して行く。多少変な風に見られるが、犬の顔を見られるよりマシな反応だ。
コジローが出ていってからずっと、そんなひっそりとした暮らしをしていた。
俺は、生きていくために里に伝わる食材――味噌と醤油を作っていた。これらの食材は作るのに手間がかかる。だから、今ではもう作る者も少なくなったらしい。
それに、あんなしょっ辛いものを持っていっても売れる事は稀だ。もしかしたら、もう里では誰も作っていないかもしれない。
しかし、俺にはこれしか出来ない。
そう思い、ある日大豆の畑に行くと、幼い子供が畑の前に立っていた。
思わず声をかけるが、自分が顔を隠していないことに気がつく。
慌てて隠すと子供に反応はなかった。
どうやら見られなかったようだ。普通なら泣き叫ぶ所だろう。
話しかけると言葉が返ってくる。普通の会話など何年ぶりの事だろうかと少し嬉しくなった。
すると、ミヅキという子供がコジローの名前を口にした。
久しぶりに聞く弟の名前だ。
何故知っているのかと聞くと、自分に似ていると言う。犬の自分に似ているとは一体どういう事なのか?
さらに尋ねると、コジローの犬の顔が自分に似ていると言う。
この子供は何を言っているのだろうか?
変わり者みたいだ。俺のように……
どうやらコジローは犬の姿をこの子に見せたらしい。俺達が犬の姿を見せるのは家族か限られた信頼する相手だけだ。
この子供はコジローから信頼されているということか?
そしてこんな事を言う。
犬の顔がカッコイイと、そしてその顔を触りたいと。
馬鹿にしているのか?
俺は子供の冗談に怒って仕事に向かった。
もうこんな子供に付き合ってやるのはやめよう。みんなに嫌われる気持ち悪い俺だ。
拒否すれば付いてくることもないだろうと思っていたが、この子供は離れまいと付いてくる。
それだけでなく、先ほどの事にこりずに普通に話しかけてくる、犬の顔の俺に。
まるでそれが普通の事のように……
そして俺が作っている味噌と醤油を見つけると、見るからに興奮しだした。
折角子供に触らないように避けてやったのに躊躇することなく俺の腕を掴んでくる。
久しぶりに感じる人の体温だった。
こんなにも温かいものなのか……
そんな事を考えてボーッとしてしまうとバランスを崩して倒れそうになる。子供を巻き込んで怪我をさせないようにと、ついだき抱えてしまった。
自分から触った事に後悔するが、子供は自分のせいだと言って俺の事を心配している。体中を触り、怪我がないかと確認している。
その手があまりにも優しく触るもんだから、近くで顔を見て笑いかけられるもんだから……俺は年甲斐もなく泣いてしまったんだ。
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