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3巻
3-3
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「明日、お店を開く場所に案内致しますね。後は必要な食材など一応用意しておきましたが、追加があればご用意致しますので仰ってください」
ルンバさん達を見ながらそう言うと、二人はこくりと頷く。
「では、まずはハンバーグの材料ですね。オーク肉とミノタウロス肉、玉ねぎにパン、卵は十分な量を用意しておきました」
大体のハンバーグの材料は用意してあるようだ。
「新メニューの材料で必要なので、キャベツをもう少し追加していただけますか? あと……もし可能ならさとうを使いたいのですが……」
ルンバさんが申し訳なさそうにマルコさんの表情を窺う。
「さとうですか?」
「少し高めなので……できればですが……」
「それで美味しいものができるなら構いません」
マルコさんは快く了承してくれた。ルンバさんはホッと安堵の息をついている。
「材料が届き次第、試食会用の料理を作りますので、とりあえずその分だけでいいです。それでご納得いただけなければ、さとうは諦めますので」
「分かりました! 期待しております。材料はすぐにでもご用意致します!」
ルンバさんの料理を食べられることが嬉しいみたいだ。マルコさんの表情が一気に明るくなる。
これから少し王都を歩いて見て、なにかいい食材があれば買っても問題ないとのこと! 王都を歩けるなんて楽しみだ!
【ミヅキ、そういえば着替えないの?】
【あっ! すっかり忘れてたー】
シンクがせっかく変装用に買った服を着ないのかと聞いてきた。王都へ出発する前に、服屋のお姉さんに色々と作ってもらったのだ。王都でレオンハルト王子に見つからないようにする為に……
「リリアンさん、行く前にお着替えしてきていいですか?」
私は立ち上がって部屋に戻ろうとする。一緒に手伝ってくれると言って、リリアンさんも席を立った。確かに一人じゃ大変なので、お言葉に甘えて一緒に行って貰うことになった。
「ミヅキちゃん、まだ小さいんだし、私のことはママと思ってくれていいのよ」
「ありがとうございます。でもそれはリリアンさんの本当の赤ちゃんに取っておきたいので」
リリアンさんが母親のように優しく笑う。そんな彼女を見上げて答えると、リリアンさんはちょっと驚いた顔をする。そして、聖母のように柔らかく微笑み、そっとお腹を撫でた。
「ミヅキちゃんになら、この子も許してくれると思うわ」
「えっ!?」
思いもよらぬ言葉に驚くと、リリアンさんは口元に手を当ててシーッとウインクした。
うそ! 凄い! それって妊娠してるってことだよね!?
興奮している私に、リリアンさんが悪戯っぽく笑う。
「まだ皆には内緒よ!」
リリアンさんのお腹に! 新しい生命が! うーっ、楽しみだ!
嬉しい気持ちのまま部屋に入る。町で作ってもらったエプロンに、カツラと髪飾りを取り出した。そしてそれら一式を身につけ、リリアンさんの前に立つ。
「やっぱり、いつ見ても可愛いわぁ~!」
リリアンさんには一度着用してお披露目をしておいたのだ。
こんなに褒められるとなんだか恥ずかしいなぁ……
「さ! 皆にも見せに行きましょ! ふふっ、ベイカーさんの驚く顔が目に浮かぶわ! あっ、ミヅキちゃん尻尾忘れてるわよ!」
リリアンさんに言われて、私は尻尾のベルトを受け取り腰に巻く。そして、お尻を突き出して見せてみる。
「うんっ。パッと見、ミヅキちゃんって分からないわ! 本当に獣人の子みたいよ」
頭を撫でていたリリアンさんの手が、髪飾りに触る。
「でも、やっぱり耳を触っちゃうと分かるわね」
あと髪がやはり違うらしいので、頭をあんまり撫でられないように注意しよう! なぜかこっちの人達は頭を撫でるのが好きみたいだから……
リリアンさんに連れられ、皆のもとに向かう。リリアンさんが先に部屋に入り、その後ろに隠れるように皆の側まで行く。そして、パッと横に飛んだ。
「じゃーん!」
両手を広げて姿を見せる。だが、予想に反してシーンとしてしまった。
「……」
えっ……外した? いい歳して恥ずかしい真似をしてしまったか……
ベイカーさんの顔を見ると、口を開けて固まっていた。他の人も同じような反応だ。
うぅぅ、恥ずかしい。穴があったら入りたい。
リリアンさんの後ろに隠れようとすると、
「可愛い……」
メイドさんがボソッと呟いた。
「……ミヅキ?」
ベイカーさんが窺うように私の名前を呼ぶ。名前を呼ばれたので、ベイカーさんの側に行き、もう一度くるっと回ってその姿を見せた。
「ベイカーさん、どう?」
「それは……まずくないか……」
やはり可愛くなかったか……あざとすぎたかな?
リリアンさんの反応がよかったから安心してたのに。がっかりして、しゅんと肩を落とす。
「いやいや! 可愛い! 可愛いんだぞ! ただそれで歩くと目立つぞ……」
そっか……。今更ながら気がついた。
目立っちゃだめだよね、レオンハルト王子に見つかっちゃう。
「その髪飾りだけ外して行けばいいんじゃない? それをつけるのはお店の中だけにするとか! 獣人じゃなければ目立たないと思うわよ」
リリアンさんがそれならどうかと提案した。
髪飾りの売り込みもしないとだもんね! やはりどこかではつけたい!
私はリリアンさんの言う通り髪飾りを外していくことにした。
「赤い髪にするだけでもだいぶ雰囲気が変わるな!」
ベイカーさんが間近でよく見ようと近づ
いてきた。
「シンクとお揃いの色だよ!」
ねー! とご機嫌でシンクを見遣る。
「さっきの髪飾りも可愛いが、そのカツラだけでも似合ってるぞ」
やっと褒められて私は嬉しくなる。変装の準備もできて、皆で市場に出かけることになったが、シルバは目立つのでお留守番になってしまった。
【シルバごめんね】
【気をつけて行ってこいよ。シンク、ミヅキを頼むぞ】
【分かった! ミヅキに手を出す奴は丸焦げだね!】
シルバとシンクが私を守ると頼もしい会話をしているが……って、ダメダメ!
【シンク、丸焦げは駄目だよ! 手を出す人なんてそんなにいないからね、助けて欲しい時だけお願いね!】
そう言うと、シルバが無言でシンクを連れて部屋の隅に行く。なにやらコソコソしている。
なんだよ~、教えてよ~!
しかし、二人は私は知らなくていいと言って、教えてくれなかった。
マルコさんが馬車で案内しようかと提案してくれたが、丁重にお断りして、皆で歩いて王都を散策することにした。案内役としてメイドさんが一人ついてきてくれることになった。
先程、私を部屋まで案内してくれたメイドさんだ。
「マリーと申します。困ったことや分からないことがあれば、なんなりとお申しつけください」
そう言って、見本のようなお辞儀をする。
なんて言うか……メイドの理想形! ザ・メイド! って感じだ。
マリーさんの案内で、皆で市場まで向かう。
「うちの商会がお世話になっていて、今回の話をご提案いただいたロレーヌ侯爵が食事会を開いてくださるそうなので、夜までにはお戻りください」
貴族様と食事か~、パスだな! 子供だし大丈夫だろ! それより市場市場~♪
私の気持ちはもう市場に行っていた。はぐれないようにとベイカーさんが手を繋ごうとする。そんな赤ちゃんじゃあるまいし……
「ベイカーさん! あっち、あっち! あっちに行こー!」
ベイカーさんを引っ張りまわす。王都の市場は珍しい商品から、懐かしく感じる食材まで沢山あり目移りしてしまう。
「ルンバさん! 小麦があるよ! いっぱい買おう!」
「なんだ? パンでも焼くのか?」
「パンよりいいものを焼きます! それに小麦から色々作れます! 買うべきです!」
ドヤ顔で言うと、ルンバさんは頷き、大きな袋を一つ買ってくれた。
だけどもう一袋欲しい。なんたって小麦粉は万能だからなぁ。
パンケーキ食べたい! クレープ食べたい!
じーっと見てたら追加でもう一袋買ってくれた。ルンバさん大好き!
あとは……米は……やっぱりないかな。市場をくまなく探したけど、それっぽいのは見つからなかった。これはコジローさんの故郷に期待しよう!
あとは、あとは、と色々見ながら気になるものを買っていく。
牛乳の分のお金が結構余ったから懐も余裕だ!
海鮮系は、少ないかな……王都とはいえ内陸部に位置してるみたいだから、しょうがないのかな? 魚は川魚系が置いてあるようだが、海で見るような魚はない。
野菜は充実している。ルンバさんが鮮度のよさそうなものを色々買い込んでいた。
市場の後は屋台街に行ってみる。ここではお肉の串焼きがポピュラーで、お店オリジナルのスパイスがウリらしい。
「美味しそうな、匂い~!」
スパイシーな香りが漂い、鼻をピクピクと動かし匂いを嗅ぐ。
「なにか少し食べよっか?」
よっぽど食べたそうな顔をしてたのか、笑いながらリリアンさんが聞いてくる。
やった! 食べたい! 喜んでいると何人か並んでいる屋台が目につく。
「あそこはー?」
指をさすと、皆がいいなと賛成してくれて、ゾロゾロと移動する。
「あれ?」
私は屋台のメニューを見て首を傾げる。
あれって、ホットドッグ? 屋台のメニューがホットドッグにそっくりだ。
ベイカーさんを見ると、同じように驚きこちらを向いた。彼の袖を引っ張り、コソッと聞いてみる。
「ねぇ、あれっていいの?」
ホットドッグと言えば、私達の町のおじさんがレシピを商品登録したと言っていたが……
「ちゃんと、申請して出す分には大丈夫だ」
そうか、売れないわけじゃないんだ。気を取り直してお店に並ぶ。
こっちのホットドッグの味も気になるし食べてみるか!
「はい、いらっしゃい! 今、流行りの細長い肉のパン包みだよー! 一個たったの銅貨五枚!」
屋台の男が声をかけてきた。
え? 高くない? それに細長い肉のパン包みって……
「これってホットドッグじゃないんですか?」
「いや! これはうちのオリジナル商品だ! ホットドッグとは違うぞ!」
おじさんはギクッと顔を強ばらせるが、すぐに笑顔になって否定した。
えー? どう見てもホットドッグだけど……
もしかしたら味が違うのかもしれない。とりあえず買って食べてみることにした。
高いからベイカーさんと半分ずつにする。
「うーん……おっちゃんのホットドッグとはちょっと違うね……」
「そうだな……」
ベイカーさんも思ってた味と違いガックリしてる。
まぁ、つまり美味しくない。この味なら別物として考えていいのかな?
「だけどこれはどう見てもおっちゃんのホットドッグの真似だろ?」
ベイカーさんが納得できなかったのかボソッと言った。
「おいおい! 言いがかりはよしてくれ! こっちはちゃんとゼブロフ商会に許可を取って販売してるんだぜ!」
屋台の男がベイカーさんの呟きを聞いていて、大声で反論する。
「うちのリングス商会を目の敵にしている商会です」
マリーさんがピクッと反応して、刺激しないように小声で説明してくれた。ここであんまり揉めるのはよくない。無視して帰ろうとすると、後ろから声がかかる。
「なにかうちのお店に文句でもあるんですか~?」
振り返ると、ゾロゾロと人を引き連れ、肉をタプタプに揺らしながら男の人がふんぞり返っていた。私はポカーンと口を開けて、その男の人を見つめる。
「あれー? そちらはリングス商会のメイドさんですよね? てことは……その方々はリングス商会の関係者ですかぁ~?」
タプタプ男が私達に近づいてきた。
ベイカーさんが男達から遮るように私を後ろに隠し、リリアンさんとルンバさんも警戒しながら近くに寄ってきた。
「こんにちは、ブスター・ゼブロフ様。こちらの皆様はこのたび、ニコル・ロレーヌ侯爵からのお招きで、わがリングス商会でお世話させていただいておりますお客様です」
マリーさんが頭を下げて、わざわざ侯爵の名前を出して説明した。
多分私達になにかすれば侯爵様が黙ってないぞ……と暗にほのめかしているのだろう。
するとタプタプ男こと、ブスターの顔が歪んだ。
「ロレーヌ侯爵だと……」
「はい、ルンバ様達に粗相のないように仰せつかっております」
頭を下げたままにしていると、気に食わなそうにブスターが鼻息を荒くした。
「ふん! 俺はうちの商店になにか文句でもあるのかと聞いているだけだ。揉める気などない」
「俺の〝肉のパン包み〟が、どこぞの町で流行ってるホットドッグの真似だとケチつけるんすよ!」
屋台の男がブスターに言う。別にケチなどつけてない、だってまったくの別物だし。
「なに! この店の商品はここのオリジナルだ! うちが登録しようとしたら、向こうが一足早く登録してしまって……」
悔しそうにしている姿がわざとらしい。ホットドッグを作った本人が目の前にいるとも知らずに……あれは私の前世の知識だ。自分達で考えたとは思えない。
「それに味が違う! うちのは数種類のスパイスを使ったどこのものとも違う、人気のオリジナルの味だ」
あの味で?
「スパイス使いすぎで……美味しくない」
私は思わずボソッと呟いた。
「誰だ!」
耳ざとくブスターが反応する。
「お前か? うちの商品に文句があるのは!」
ベイカーさんを睨みつけて激昂している。
「いや……子供の声だったが……おい! 後ろに誰か隠しているな! 出てこい!」
どうしようかと迷っていると、更に騒いで怒鳴り始める。
「俺はこの王都のゼブロフ商会の会長だぞ! 顔を見せなかったらどうなるか、分かってるんだろうな!」
そうこうしていると人が集まってきて、騒ぎが大きくなってしまった。私は仕方なく横から顔を出した。ベイカーさんが慌てて隠そうとするがもう遅い。バッチリ目が合ってしまった。
「なんだこの子供は……」
ブスターがジロッと、上から下まで私を舐め回すように見つめる。
「まだ小さいお子様ですので……」
マリーさんが前に出て、私を下がらせようとする。しかし、ブスターが手で制した。
「全然似てないな……養子か?」
不躾な視線を浴び、全身に鳥肌が立った。じっとりとした視線が気持ち悪い……
居心地が悪く、ベイカーさんの後ろにペコッと頭を下げて逃げる。
「おい、その子はお前達の子なのか?」
ブスターが、今度はルンバさんとリリアンさんを睨んだ。二人はビクッと一瞬怯んだが、ルンバさんがしっかりと目を見て、堂々と答えた。
「はい、私達の大切な子です」
「ふーん……」
ブスターがタプタプの胸の肉を抱えて考え込む。
すると、彼のすぐ後ろにいた男の服がいきなり燃え出した。
「ぎゃぁぁ!」
男は叫び声をあげて地面に倒れ込み、転げ回る。
ようやく火が消えたと思ったら、彼はムクッと起き上がった。服だけ綺麗に燃えて、体は無傷だったようだ。男は自分に起こったことが理解できないで、ぼうっとつっ立っている。
集まってきた人が丸裸の男の人を見て、騒然とする。
「きゃあ!」
女の人の悲鳴に、ゼブロフ商会の人達が慌てて裸の男を布で隠した。その隙にサッとマリーさんが頭を下げて、皆に視線を送り後ろへと促す。
「では、私達は侯爵様に呼ばれておりますので失礼致します」
皆もそれに頷き、頭を下げて来た道をそそくさと戻った。
私はゾワッとする視線を感じて、後ろを振り返る。ブスターのニヤニヤした顔と目が合った。思わずベイカーさんの手を強く握る。
その様子に気がついたベイカーさんが私をサッと抱き上げ、ブスターから隠した。
ベイカーさんの胸の中で思わず震える。
「大丈夫か?」
ベイカーさんが心配そうに顔を覗き込む。
「う、うん……」
声が震える。あのネットリとした視線……二度と見たくない。
【ミヅキ、大丈夫? あいつ燃やせばよかった?】
シンクの心配そうな声に顔を上げた。
【さっき服燃やしたのシンク?】
【うん! シルバに怪我をさせないようにする方法教えてもらった!】
来る前に二人でコソコソ話してたのはこのことだったのか……
得意げに胸を張る仕草に思わずクスッと笑う。少し気持ちが落ち着いてきた。
【大丈夫……ちょっと気持ち悪かっただけだから】
安心させるようにニコッと笑いかけた。
まだ視線を感じるが、後ろを振り返る勇気はなかった……
屋敷に戻ってくると、皆がはぁーとため息をついた。
「申し訳ございませんでした」
マリーさんが不快な目に遭わせたことを謝罪する。すると、リリアンさんが慌てて首を横に振った。
「いやいや! マリーさんのおかげでここまで帰ってこられました! 私達だけだったらどんな言いがかりをつけられていたか……」
ブスターを思い出してしまい、皆が苦々しい顔をする。
「あんなに人の話を聞かない奴が商人で大丈夫なのか? ミヅキも変なところで声出すなよ!」
「だってー」
ベイカーさんに怒られて、私は口を尖らせ、ぷいっと横を向く。
「あのホットドッグもどき酷かったから……それに姿を見せないと収拾がつかないと思って」
私とベイカーさんが言い合っていると、マリーさんが心配そうに間に入ってきた。
「ゼブロフ商会は最近大きく成長している商会なんです。ちょっと強引なところがあって……特にあのゼブロフ家の方々はクセがありまして……」
そしてなにか言いたげに私を見つめてくる。私は首を傾げて先の言葉を待った。
「噂ですが……小さい女の子を数名引き取り、メイドにしていると言われていて……」
確かに後ろにいた従者にも小さい子が多かった気がする。
「まぁあくまで噂ですが、ミヅキ様は特に可愛らしいので、気をつけてくださいね」
瞬間、あの絡みつくようなブスターの目を思い出し、ぶるっと震える。
私は急いで、被っていた赤いカツラを脱いだのだった。
◆
ブスター様は、先程の女の子の後ろ姿をジィーと見ている……
「おい。あの赤い髪の子供を調べろ」
そして、隣にいる男を見もせずに命令した。
「はい」
男は音もなく一瞬でいなくなった。屋台の男が心配そうにこちらに尋ねてくる。
「ブスターの旦那、どうしますか? パン包み、このままここで売って大丈夫ですか?」
「しばらく控えてくれ。ロレーヌ侯爵に目をつけられるとまずい! あの町の屋台の親父も腹立たしい! 何度もこちらから交渉に行ってやってるのに、なかなかうんと返事をしない。あのレシピをうちのものにできれば……」
ブスター様は、忌々しいと拳を握り悔しそうにしている。今にも振り下ろしそうな拳に私達奴隷は身を固くした。
「これ以上言いがかりをつけられるのはよくない。あのレシピを手に入れるまで潜んでいろ。あと、もう少し肉の味を研究しとけ」
この味はあんまりだと屋台の肉を掴み、地面に投げつけた。
「あの子供……この味に文句を言ってたな。ヒャヒャヒャ、あの幼さで味が分かるなんていいな! 俄然欲しくなった!」
あの赤毛の女の子――怯えたような瞳に、白い肌にぷっくらとした桜色の唇。見た目も年齢もブスター様の好みにピッタリとハマっていた。
ブスター様はあの肌を舐め回すことを想像しているのだろう、唇をベロリと舐めている。
「しかし、孤児というわけじゃありませんよ」
従者の一人があの強そうな父親と護衛のことを口にする。すると、またブスター様の顔が歪んだ。
「あんな男など金を積めばどうとでもなる! 俺達に楯突いてまで子供を庇う親なんていないだろ。あいつらの弱み、なんでもいいから調べてこい! 見つけてきた奴には褒美をやるぞ!」
ご機嫌に言うと、「おお!」と従者達から歓声が上がる。
「手に入れたらお前達にも貸し出してやってもいい」
ニヤニヤとうそぶくブスター様。何人かが同じような下卑た笑みを浮かべる。
私達奴隷はそんなやり取りを静かに見つめていた……
先程の赤毛の女の子が不憫でしょうがなかったが、奴隷にはなにもできない……
どうかこいつに捕まらないようにと願うしかなかった。
三 食事会
嫌なことは忘れようとマルコさんの屋敷でのんびり休んでいると、マルコさんの奥さんと娘さんが帰って来たとメイドさんが知らせに来てくれた。
リリアンさんが挨拶に行くと言うので、皆でロビーに向かう。そこではマルコさんが、綺麗な女の人と可愛い女の子と向かい合って談笑していた。
「旦那様」
リリアンさんが来たことに気がついたエドさんが、マルコさんに声をかけた。
「皆さん! 丁度よかった。妻と娘を紹介します」
マルコさんが二人を前に促そうとするのをルンバさんが慌てて止めた。
「いえ、こちらからご挨拶させていただきます。このたび、マルコさんにお世話になっております、ルンバと申します。こちらは妻のリリアンと娘のミヅキです」
えっ! 私も!
一緒に紹介されたので、リリアンさんの横に並び頭を下げた。
「こちらは助手のポルクスと護衛のベイカーです。大勢でお屋敷に泊まらせていただき感謝しております」
ベイカーさん達も後ろで頭を下げた。
ルンバさん達を見ながらそう言うと、二人はこくりと頷く。
「では、まずはハンバーグの材料ですね。オーク肉とミノタウロス肉、玉ねぎにパン、卵は十分な量を用意しておきました」
大体のハンバーグの材料は用意してあるようだ。
「新メニューの材料で必要なので、キャベツをもう少し追加していただけますか? あと……もし可能ならさとうを使いたいのですが……」
ルンバさんが申し訳なさそうにマルコさんの表情を窺う。
「さとうですか?」
「少し高めなので……できればですが……」
「それで美味しいものができるなら構いません」
マルコさんは快く了承してくれた。ルンバさんはホッと安堵の息をついている。
「材料が届き次第、試食会用の料理を作りますので、とりあえずその分だけでいいです。それでご納得いただけなければ、さとうは諦めますので」
「分かりました! 期待しております。材料はすぐにでもご用意致します!」
ルンバさんの料理を食べられることが嬉しいみたいだ。マルコさんの表情が一気に明るくなる。
これから少し王都を歩いて見て、なにかいい食材があれば買っても問題ないとのこと! 王都を歩けるなんて楽しみだ!
【ミヅキ、そういえば着替えないの?】
【あっ! すっかり忘れてたー】
シンクがせっかく変装用に買った服を着ないのかと聞いてきた。王都へ出発する前に、服屋のお姉さんに色々と作ってもらったのだ。王都でレオンハルト王子に見つからないようにする為に……
「リリアンさん、行く前にお着替えしてきていいですか?」
私は立ち上がって部屋に戻ろうとする。一緒に手伝ってくれると言って、リリアンさんも席を立った。確かに一人じゃ大変なので、お言葉に甘えて一緒に行って貰うことになった。
「ミヅキちゃん、まだ小さいんだし、私のことはママと思ってくれていいのよ」
「ありがとうございます。でもそれはリリアンさんの本当の赤ちゃんに取っておきたいので」
リリアンさんが母親のように優しく笑う。そんな彼女を見上げて答えると、リリアンさんはちょっと驚いた顔をする。そして、聖母のように柔らかく微笑み、そっとお腹を撫でた。
「ミヅキちゃんになら、この子も許してくれると思うわ」
「えっ!?」
思いもよらぬ言葉に驚くと、リリアンさんは口元に手を当ててシーッとウインクした。
うそ! 凄い! それって妊娠してるってことだよね!?
興奮している私に、リリアンさんが悪戯っぽく笑う。
「まだ皆には内緒よ!」
リリアンさんのお腹に! 新しい生命が! うーっ、楽しみだ!
嬉しい気持ちのまま部屋に入る。町で作ってもらったエプロンに、カツラと髪飾りを取り出した。そしてそれら一式を身につけ、リリアンさんの前に立つ。
「やっぱり、いつ見ても可愛いわぁ~!」
リリアンさんには一度着用してお披露目をしておいたのだ。
こんなに褒められるとなんだか恥ずかしいなぁ……
「さ! 皆にも見せに行きましょ! ふふっ、ベイカーさんの驚く顔が目に浮かぶわ! あっ、ミヅキちゃん尻尾忘れてるわよ!」
リリアンさんに言われて、私は尻尾のベルトを受け取り腰に巻く。そして、お尻を突き出して見せてみる。
「うんっ。パッと見、ミヅキちゃんって分からないわ! 本当に獣人の子みたいよ」
頭を撫でていたリリアンさんの手が、髪飾りに触る。
「でも、やっぱり耳を触っちゃうと分かるわね」
あと髪がやはり違うらしいので、頭をあんまり撫でられないように注意しよう! なぜかこっちの人達は頭を撫でるのが好きみたいだから……
リリアンさんに連れられ、皆のもとに向かう。リリアンさんが先に部屋に入り、その後ろに隠れるように皆の側まで行く。そして、パッと横に飛んだ。
「じゃーん!」
両手を広げて姿を見せる。だが、予想に反してシーンとしてしまった。
「……」
えっ……外した? いい歳して恥ずかしい真似をしてしまったか……
ベイカーさんの顔を見ると、口を開けて固まっていた。他の人も同じような反応だ。
うぅぅ、恥ずかしい。穴があったら入りたい。
リリアンさんの後ろに隠れようとすると、
「可愛い……」
メイドさんがボソッと呟いた。
「……ミヅキ?」
ベイカーさんが窺うように私の名前を呼ぶ。名前を呼ばれたので、ベイカーさんの側に行き、もう一度くるっと回ってその姿を見せた。
「ベイカーさん、どう?」
「それは……まずくないか……」
やはり可愛くなかったか……あざとすぎたかな?
リリアンさんの反応がよかったから安心してたのに。がっかりして、しゅんと肩を落とす。
「いやいや! 可愛い! 可愛いんだぞ! ただそれで歩くと目立つぞ……」
そっか……。今更ながら気がついた。
目立っちゃだめだよね、レオンハルト王子に見つかっちゃう。
「その髪飾りだけ外して行けばいいんじゃない? それをつけるのはお店の中だけにするとか! 獣人じゃなければ目立たないと思うわよ」
リリアンさんがそれならどうかと提案した。
髪飾りの売り込みもしないとだもんね! やはりどこかではつけたい!
私はリリアンさんの言う通り髪飾りを外していくことにした。
「赤い髪にするだけでもだいぶ雰囲気が変わるな!」
ベイカーさんが間近でよく見ようと近づ
いてきた。
「シンクとお揃いの色だよ!」
ねー! とご機嫌でシンクを見遣る。
「さっきの髪飾りも可愛いが、そのカツラだけでも似合ってるぞ」
やっと褒められて私は嬉しくなる。変装の準備もできて、皆で市場に出かけることになったが、シルバは目立つのでお留守番になってしまった。
【シルバごめんね】
【気をつけて行ってこいよ。シンク、ミヅキを頼むぞ】
【分かった! ミヅキに手を出す奴は丸焦げだね!】
シルバとシンクが私を守ると頼もしい会話をしているが……って、ダメダメ!
【シンク、丸焦げは駄目だよ! 手を出す人なんてそんなにいないからね、助けて欲しい時だけお願いね!】
そう言うと、シルバが無言でシンクを連れて部屋の隅に行く。なにやらコソコソしている。
なんだよ~、教えてよ~!
しかし、二人は私は知らなくていいと言って、教えてくれなかった。
マルコさんが馬車で案内しようかと提案してくれたが、丁重にお断りして、皆で歩いて王都を散策することにした。案内役としてメイドさんが一人ついてきてくれることになった。
先程、私を部屋まで案内してくれたメイドさんだ。
「マリーと申します。困ったことや分からないことがあれば、なんなりとお申しつけください」
そう言って、見本のようなお辞儀をする。
なんて言うか……メイドの理想形! ザ・メイド! って感じだ。
マリーさんの案内で、皆で市場まで向かう。
「うちの商会がお世話になっていて、今回の話をご提案いただいたロレーヌ侯爵が食事会を開いてくださるそうなので、夜までにはお戻りください」
貴族様と食事か~、パスだな! 子供だし大丈夫だろ! それより市場市場~♪
私の気持ちはもう市場に行っていた。はぐれないようにとベイカーさんが手を繋ごうとする。そんな赤ちゃんじゃあるまいし……
「ベイカーさん! あっち、あっち! あっちに行こー!」
ベイカーさんを引っ張りまわす。王都の市場は珍しい商品から、懐かしく感じる食材まで沢山あり目移りしてしまう。
「ルンバさん! 小麦があるよ! いっぱい買おう!」
「なんだ? パンでも焼くのか?」
「パンよりいいものを焼きます! それに小麦から色々作れます! 買うべきです!」
ドヤ顔で言うと、ルンバさんは頷き、大きな袋を一つ買ってくれた。
だけどもう一袋欲しい。なんたって小麦粉は万能だからなぁ。
パンケーキ食べたい! クレープ食べたい!
じーっと見てたら追加でもう一袋買ってくれた。ルンバさん大好き!
あとは……米は……やっぱりないかな。市場をくまなく探したけど、それっぽいのは見つからなかった。これはコジローさんの故郷に期待しよう!
あとは、あとは、と色々見ながら気になるものを買っていく。
牛乳の分のお金が結構余ったから懐も余裕だ!
海鮮系は、少ないかな……王都とはいえ内陸部に位置してるみたいだから、しょうがないのかな? 魚は川魚系が置いてあるようだが、海で見るような魚はない。
野菜は充実している。ルンバさんが鮮度のよさそうなものを色々買い込んでいた。
市場の後は屋台街に行ってみる。ここではお肉の串焼きがポピュラーで、お店オリジナルのスパイスがウリらしい。
「美味しそうな、匂い~!」
スパイシーな香りが漂い、鼻をピクピクと動かし匂いを嗅ぐ。
「なにか少し食べよっか?」
よっぽど食べたそうな顔をしてたのか、笑いながらリリアンさんが聞いてくる。
やった! 食べたい! 喜んでいると何人か並んでいる屋台が目につく。
「あそこはー?」
指をさすと、皆がいいなと賛成してくれて、ゾロゾロと移動する。
「あれ?」
私は屋台のメニューを見て首を傾げる。
あれって、ホットドッグ? 屋台のメニューがホットドッグにそっくりだ。
ベイカーさんを見ると、同じように驚きこちらを向いた。彼の袖を引っ張り、コソッと聞いてみる。
「ねぇ、あれっていいの?」
ホットドッグと言えば、私達の町のおじさんがレシピを商品登録したと言っていたが……
「ちゃんと、申請して出す分には大丈夫だ」
そうか、売れないわけじゃないんだ。気を取り直してお店に並ぶ。
こっちのホットドッグの味も気になるし食べてみるか!
「はい、いらっしゃい! 今、流行りの細長い肉のパン包みだよー! 一個たったの銅貨五枚!」
屋台の男が声をかけてきた。
え? 高くない? それに細長い肉のパン包みって……
「これってホットドッグじゃないんですか?」
「いや! これはうちのオリジナル商品だ! ホットドッグとは違うぞ!」
おじさんはギクッと顔を強ばらせるが、すぐに笑顔になって否定した。
えー? どう見てもホットドッグだけど……
もしかしたら味が違うのかもしれない。とりあえず買って食べてみることにした。
高いからベイカーさんと半分ずつにする。
「うーん……おっちゃんのホットドッグとはちょっと違うね……」
「そうだな……」
ベイカーさんも思ってた味と違いガックリしてる。
まぁ、つまり美味しくない。この味なら別物として考えていいのかな?
「だけどこれはどう見てもおっちゃんのホットドッグの真似だろ?」
ベイカーさんが納得できなかったのかボソッと言った。
「おいおい! 言いがかりはよしてくれ! こっちはちゃんとゼブロフ商会に許可を取って販売してるんだぜ!」
屋台の男がベイカーさんの呟きを聞いていて、大声で反論する。
「うちのリングス商会を目の敵にしている商会です」
マリーさんがピクッと反応して、刺激しないように小声で説明してくれた。ここであんまり揉めるのはよくない。無視して帰ろうとすると、後ろから声がかかる。
「なにかうちのお店に文句でもあるんですか~?」
振り返ると、ゾロゾロと人を引き連れ、肉をタプタプに揺らしながら男の人がふんぞり返っていた。私はポカーンと口を開けて、その男の人を見つめる。
「あれー? そちらはリングス商会のメイドさんですよね? てことは……その方々はリングス商会の関係者ですかぁ~?」
タプタプ男が私達に近づいてきた。
ベイカーさんが男達から遮るように私を後ろに隠し、リリアンさんとルンバさんも警戒しながら近くに寄ってきた。
「こんにちは、ブスター・ゼブロフ様。こちらの皆様はこのたび、ニコル・ロレーヌ侯爵からのお招きで、わがリングス商会でお世話させていただいておりますお客様です」
マリーさんが頭を下げて、わざわざ侯爵の名前を出して説明した。
多分私達になにかすれば侯爵様が黙ってないぞ……と暗にほのめかしているのだろう。
するとタプタプ男こと、ブスターの顔が歪んだ。
「ロレーヌ侯爵だと……」
「はい、ルンバ様達に粗相のないように仰せつかっております」
頭を下げたままにしていると、気に食わなそうにブスターが鼻息を荒くした。
「ふん! 俺はうちの商店になにか文句でもあるのかと聞いているだけだ。揉める気などない」
「俺の〝肉のパン包み〟が、どこぞの町で流行ってるホットドッグの真似だとケチつけるんすよ!」
屋台の男がブスターに言う。別にケチなどつけてない、だってまったくの別物だし。
「なに! この店の商品はここのオリジナルだ! うちが登録しようとしたら、向こうが一足早く登録してしまって……」
悔しそうにしている姿がわざとらしい。ホットドッグを作った本人が目の前にいるとも知らずに……あれは私の前世の知識だ。自分達で考えたとは思えない。
「それに味が違う! うちのは数種類のスパイスを使ったどこのものとも違う、人気のオリジナルの味だ」
あの味で?
「スパイス使いすぎで……美味しくない」
私は思わずボソッと呟いた。
「誰だ!」
耳ざとくブスターが反応する。
「お前か? うちの商品に文句があるのは!」
ベイカーさんを睨みつけて激昂している。
「いや……子供の声だったが……おい! 後ろに誰か隠しているな! 出てこい!」
どうしようかと迷っていると、更に騒いで怒鳴り始める。
「俺はこの王都のゼブロフ商会の会長だぞ! 顔を見せなかったらどうなるか、分かってるんだろうな!」
そうこうしていると人が集まってきて、騒ぎが大きくなってしまった。私は仕方なく横から顔を出した。ベイカーさんが慌てて隠そうとするがもう遅い。バッチリ目が合ってしまった。
「なんだこの子供は……」
ブスターがジロッと、上から下まで私を舐め回すように見つめる。
「まだ小さいお子様ですので……」
マリーさんが前に出て、私を下がらせようとする。しかし、ブスターが手で制した。
「全然似てないな……養子か?」
不躾な視線を浴び、全身に鳥肌が立った。じっとりとした視線が気持ち悪い……
居心地が悪く、ベイカーさんの後ろにペコッと頭を下げて逃げる。
「おい、その子はお前達の子なのか?」
ブスターが、今度はルンバさんとリリアンさんを睨んだ。二人はビクッと一瞬怯んだが、ルンバさんがしっかりと目を見て、堂々と答えた。
「はい、私達の大切な子です」
「ふーん……」
ブスターがタプタプの胸の肉を抱えて考え込む。
すると、彼のすぐ後ろにいた男の服がいきなり燃え出した。
「ぎゃぁぁ!」
男は叫び声をあげて地面に倒れ込み、転げ回る。
ようやく火が消えたと思ったら、彼はムクッと起き上がった。服だけ綺麗に燃えて、体は無傷だったようだ。男は自分に起こったことが理解できないで、ぼうっとつっ立っている。
集まってきた人が丸裸の男の人を見て、騒然とする。
「きゃあ!」
女の人の悲鳴に、ゼブロフ商会の人達が慌てて裸の男を布で隠した。その隙にサッとマリーさんが頭を下げて、皆に視線を送り後ろへと促す。
「では、私達は侯爵様に呼ばれておりますので失礼致します」
皆もそれに頷き、頭を下げて来た道をそそくさと戻った。
私はゾワッとする視線を感じて、後ろを振り返る。ブスターのニヤニヤした顔と目が合った。思わずベイカーさんの手を強く握る。
その様子に気がついたベイカーさんが私をサッと抱き上げ、ブスターから隠した。
ベイカーさんの胸の中で思わず震える。
「大丈夫か?」
ベイカーさんが心配そうに顔を覗き込む。
「う、うん……」
声が震える。あのネットリとした視線……二度と見たくない。
【ミヅキ、大丈夫? あいつ燃やせばよかった?】
シンクの心配そうな声に顔を上げた。
【さっき服燃やしたのシンク?】
【うん! シルバに怪我をさせないようにする方法教えてもらった!】
来る前に二人でコソコソ話してたのはこのことだったのか……
得意げに胸を張る仕草に思わずクスッと笑う。少し気持ちが落ち着いてきた。
【大丈夫……ちょっと気持ち悪かっただけだから】
安心させるようにニコッと笑いかけた。
まだ視線を感じるが、後ろを振り返る勇気はなかった……
屋敷に戻ってくると、皆がはぁーとため息をついた。
「申し訳ございませんでした」
マリーさんが不快な目に遭わせたことを謝罪する。すると、リリアンさんが慌てて首を横に振った。
「いやいや! マリーさんのおかげでここまで帰ってこられました! 私達だけだったらどんな言いがかりをつけられていたか……」
ブスターを思い出してしまい、皆が苦々しい顔をする。
「あんなに人の話を聞かない奴が商人で大丈夫なのか? ミヅキも変なところで声出すなよ!」
「だってー」
ベイカーさんに怒られて、私は口を尖らせ、ぷいっと横を向く。
「あのホットドッグもどき酷かったから……それに姿を見せないと収拾がつかないと思って」
私とベイカーさんが言い合っていると、マリーさんが心配そうに間に入ってきた。
「ゼブロフ商会は最近大きく成長している商会なんです。ちょっと強引なところがあって……特にあのゼブロフ家の方々はクセがありまして……」
そしてなにか言いたげに私を見つめてくる。私は首を傾げて先の言葉を待った。
「噂ですが……小さい女の子を数名引き取り、メイドにしていると言われていて……」
確かに後ろにいた従者にも小さい子が多かった気がする。
「まぁあくまで噂ですが、ミヅキ様は特に可愛らしいので、気をつけてくださいね」
瞬間、あの絡みつくようなブスターの目を思い出し、ぶるっと震える。
私は急いで、被っていた赤いカツラを脱いだのだった。
◆
ブスター様は、先程の女の子の後ろ姿をジィーと見ている……
「おい。あの赤い髪の子供を調べろ」
そして、隣にいる男を見もせずに命令した。
「はい」
男は音もなく一瞬でいなくなった。屋台の男が心配そうにこちらに尋ねてくる。
「ブスターの旦那、どうしますか? パン包み、このままここで売って大丈夫ですか?」
「しばらく控えてくれ。ロレーヌ侯爵に目をつけられるとまずい! あの町の屋台の親父も腹立たしい! 何度もこちらから交渉に行ってやってるのに、なかなかうんと返事をしない。あのレシピをうちのものにできれば……」
ブスター様は、忌々しいと拳を握り悔しそうにしている。今にも振り下ろしそうな拳に私達奴隷は身を固くした。
「これ以上言いがかりをつけられるのはよくない。あのレシピを手に入れるまで潜んでいろ。あと、もう少し肉の味を研究しとけ」
この味はあんまりだと屋台の肉を掴み、地面に投げつけた。
「あの子供……この味に文句を言ってたな。ヒャヒャヒャ、あの幼さで味が分かるなんていいな! 俄然欲しくなった!」
あの赤毛の女の子――怯えたような瞳に、白い肌にぷっくらとした桜色の唇。見た目も年齢もブスター様の好みにピッタリとハマっていた。
ブスター様はあの肌を舐め回すことを想像しているのだろう、唇をベロリと舐めている。
「しかし、孤児というわけじゃありませんよ」
従者の一人があの強そうな父親と護衛のことを口にする。すると、またブスター様の顔が歪んだ。
「あんな男など金を積めばどうとでもなる! 俺達に楯突いてまで子供を庇う親なんていないだろ。あいつらの弱み、なんでもいいから調べてこい! 見つけてきた奴には褒美をやるぞ!」
ご機嫌に言うと、「おお!」と従者達から歓声が上がる。
「手に入れたらお前達にも貸し出してやってもいい」
ニヤニヤとうそぶくブスター様。何人かが同じような下卑た笑みを浮かべる。
私達奴隷はそんなやり取りを静かに見つめていた……
先程の赤毛の女の子が不憫でしょうがなかったが、奴隷にはなにもできない……
どうかこいつに捕まらないようにと願うしかなかった。
三 食事会
嫌なことは忘れようとマルコさんの屋敷でのんびり休んでいると、マルコさんの奥さんと娘さんが帰って来たとメイドさんが知らせに来てくれた。
リリアンさんが挨拶に行くと言うので、皆でロビーに向かう。そこではマルコさんが、綺麗な女の人と可愛い女の子と向かい合って談笑していた。
「旦那様」
リリアンさんが来たことに気がついたエドさんが、マルコさんに声をかけた。
「皆さん! 丁度よかった。妻と娘を紹介します」
マルコさんが二人を前に促そうとするのをルンバさんが慌てて止めた。
「いえ、こちらからご挨拶させていただきます。このたび、マルコさんにお世話になっております、ルンバと申します。こちらは妻のリリアンと娘のミヅキです」
えっ! 私も!
一緒に紹介されたので、リリアンさんの横に並び頭を下げた。
「こちらは助手のポルクスと護衛のベイカーです。大勢でお屋敷に泊まらせていただき感謝しております」
ベイカーさん達も後ろで頭を下げた。
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