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2巻

2-4

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 その後を、俺はゆっくり追いかけていき……

【風刃!】
【火炎!】

 シンクと共に男達を追い詰める。

「もう二度とオレ達の前に姿を現すな……次はないぞ」

 コジローが冷たい目で睨みながら言い放つと、男達は頷いて仲間をかつぎ、暗い森の中へと消えて行った。
 そして、俺達は小屋を後にした。

【あいつらは依頼をしただけで、肝心なことは聞いていないようだな】

 俺は町に戻りながら、シンクとコジローに話しかけた。

【奴隷商人のデボットと言ってましたね。とりあえずギルドに戻りましょう。セバスさんやギルマスならなにか知ってるかもしれません。あと南門の強化も頼まないと……】

 コジローの言葉に、俺はシンクを見る。

【シンク、南門に行って誰か通りそうになったら足止めをできるか?】
【できる! ミヅキを連れてなんか行かせない】

 シンクは赤い羽をはばたかせ、空に向かって飛び立った。
 俺はる気満々のシンクに声をかける。

【なるべく殺すなよ! そんな奴らどうでもいいが、ミヅキが悲しむからな】

 シンクが頷くのを確認すると、コジローと共にギルドに向かった。


   ◆


 俺は冒険者達にミヅキに関する聞き込みを頼んだ後、ギルドで彼らが持ってきた情報を元に、ミヅキの捜索を続けていた。
 その時、いつの間にかいなくなっていたコジローとシルバが戻ってきた。コジローが神妙な顔で俺を呼び出す。

「ベイカーさん、ちょっと」

 そのただならぬ雰囲気に、俺はコジローとシルバと共に人目のないところに移動した。

「先程、ビークワイが奴隷商人にミヅキを誘拐するように頼んだと証言しました」

 小声でそう言われる。
 ビークワイといえば女のC級冒険者だ。
 確か男三人とパーティを組んでおり、以前、俺にも一緒に組まないかと執拗しつように誘ってきた。
 パーティを組む気のない俺は、何度誘われても断っていたが、一度だけでもいいからとあまりのしつこさに根負けして、一日だけならと約束をしていた。
 しかし、ミヅキが現れたこともあって、その約束は果たされることなく白紙に戻された。
 まさかそれを恨んで? そんなクソみたいな理由でミヅキを誘拐したと言うのか……?
 俺は信じられずにコジローの顔を見た。
 コジローはコクリと頷く。その顔は嘘を言っているようなものではなかった。

「で? そいつらはどうした」

 怒りを通り越して感情が麻痺まひし、顔から表情が抜け落ちる。

「シルバさん達がおどしたので、もうこの町には二度と来ないですよ……二度とね」

 俺の問いにコジローはそう答えた。シルバならそれなりの恐怖であいつらを裁いてくれたのだろう。
 俺は「そうか……」と小さく頷いた。

「その奴隷商人はデボットというそうです。あいつらはそれだけ頼んで、後はその商人に任せていたらしく、細かいことは知りませんでした」
「本当か?」
「シルバさんがあそこまで言っても話さなかったので、確かだと思います」
「デボットねぇ……おそらく貴族お抱えの奴隷商人じゃないか? 俺もあまり詳しくないな。こういうことはセバスさんに聞こう」

 そう言うと、早速セバスさんを呼んできて先程の経緯を話した。冷静沈着なセバスさんなら、まぁ話しても問題ないだろうと思っていたが……

「はっ?」

 セバスさんから怒気が漏れる。冷ややかな空気がギルドの中に流れた。

「お、おい落ち着け! もう奴らはこの町には来ないし、二度と会うことはない」

 どうにか収めようとするが、セバスさんの怒りはなかなかしずまらなかった。

「シルバさんも酷いですね。私も呼んでくれればいいものを……」

 どうも自分もお仕置きをしたかったようだ……。あいつらシルバのほうでラッキーだったんじゃないか? まぁ、どっちにしても悲惨な運命は変わらないが。

「それで、デボットって奴のことは分かるか?」

 話を戻すべく聞くと、

「私もあまり詳しくありません。王都を中心にそういうことをしている人がいるとは聞いたことはありますが……だとしたら、アルフノーヴァさんに聞いたほうがよさそうですね」

 そう言って、セバスさんは彼を呼びに行った。すぐにアルフノーヴァさんがやってくる。

「デボット?」

 アルフノーヴァさんは一連の経緯を説明されて、デボットについて尋ねられると、困惑気味に顔をしかめた。

「何度か王都のパーティーで見かけたことがあります。その時は、ただの商人として紹介されていました」

 思い出すように話す。やはり王都のほうでは商人をしているのだろう。表向きは真っ当な商人の振りをして、裏で奴隷商人……そんな奴がミヅキを……
 更にミヅキの安否が心配になり、俺はもどかしさにぐっと拳を握りしめた。

「確か、贔屓ひいきにしている貴族がいましたね……なんだか趣味の悪い男だったかと、名前は……」

 アルフノーヴァさんはそこで一旦言葉を区切り、うーんと考え込む。
 その時、聞き込みをしていた冒険者達がギルドに駆け込んできた。

「さっき店先で話を聞いたら、ミヅキちゃんのことを聞いて回っている獣人がいたそうだ」

 そう大声で報告する。

「「獣人?」」

 獣人と聞いて、先程ドラゴン亭で見た獣人二人がパッと脳裏に浮かんだ。

「それって、レオンハルト様の従者ですかね?」
「今、この町にいる獣人はあいつらだけだろう」

 アルフノーヴァさんも覚えがあるらしく、首を傾げながら尋ねた。俺はそれに首肯しゅこうして答える。
 他の獣人などこの町の近くでは見たこともない。おそらく間違いないだろう。

「レオンハルト様が関わっているのか?」

 俺は混乱したまま呟いた。
 確かにドラゴン亭でニアミスしたが、彼らにミヅキの姿は見られていないはず。絶対顔を合わせたらよくない気がすると思い、隠したが……まさかそれが裏目に出たか?
 俺達はとりあえず、南門を強化するように指示を出し、アルフノーヴァさんとコジロー、シルバと共にレオンハルト様のもとに向かうことになった。

「レオン王子なら一番高い宿に泊まっていると思いますよ」

 アルフノーヴァさんが言うので、この町で一番の宿へと急いで走る。
 宿の前には、まさに話を聞きたかった獣人が一人で立っていた。

「レオン王子はいますか? あとあなたにも聞きたいことがあります」

 アルフノーヴァさんが獣人に声をかける。

「……ここでお待ちを」

 獣人は静かに言うと、宿中へと入っていった。はやる気持ちを抑えながら待っていると、レオンハルト様が悠々と獣人と共に出てきた。

「師匠! やっと会えましたね」

 レオンハルト様はアルフノーヴァさんに気付いて、笑顔で駆け寄ってきた。どうやら師弟の関係は良好のようだ。しかし、彼の後ろを見ると、ドラゴン亭で二人いたはずの獣人が一人しかいない。
 てっきりもう一人はレオンハルト様と宿の中にいるのかと思っていたが、違ったらしい。
 俺は堪らずにレオンハルト様に声をかけた。

「レオンハルト様、もう一人の獣人はどうしたのですか?」
「あれ? ベイカーさんもいるのか? あいつは今調査に出してるんだ。なにやらやたら強い魔獣がいる気配がするとか――」

 そう言って彼はちらりと俺達の後ろを見ると、目をみはった。

「ひっ! な、なんでそんなデカい魔獣が町をうろついているんだ!」

 どうやらその魔獣とはシルバのことだったみたいだ。
 獣人の後ろにサッと隠れ、レオンハルト様が青い顔をして吠える。

「彼は従魔ですよ。きちんと従魔の印もつけていますから問題ありません」

 アルフノーヴァさんがシルバの脚を指さす。そこにはミヅキがつけた赤い腕輪が光っていた。


「な、なに! そうなのか? そんな強そうな奴を従魔にできるなんて……是非ともそいつの主人に会ってみたいものだ」

 レオンハルト様が目をかがやかせて、シルバの主人に興味を持った。つまりミヅキだ。
 しまった、これはミヅキの誘拐と彼は関係なかったか……今の様子からだと、やはりミヅキのことは知らないようだ。
 俺はまずったと顔をしかめる。
 やはりミヅキと会わせるべきではない。目をつけられると面倒だ。
 こうなったらレオンハルト様のもとから早々に立ち去りたいが、ここにいないもう一人の獣人が気になる。

「それで、もう一人の獣人は?」

 もう一度聞いた。今度はレオンハルト様ではなく彼の側にいる獣人に。
 その獣人はチラッとレオンハルト様の顔色をうかがう。すると、言えとばかりにレオンハルト様が頷いた。

「そちらの従魔を見て敵意がないか、調べに出しました。レオンハルト様になにかあっては大変ですから」

 獣人は淡々と感情なく答える。

「で?」

 俺が先を促す。

「……しかし、調査に出してから一向に戻っておりません」
「なにかあったと思うか?」
「……はい。この町での調査にこんなに時間を取られることはあり得ません。なにかトラブルに巻き込まれたか……死んだと思われます」

 やはり表情を変えることなく答えた。もう片割れの獣人とは顔が瓜二つだった。決して他人ではないだろうに感情もなく死んだとよく言える……

「それ、本気で言ってるのか?」

 俺が顔をしかめて聞くが、獣人はその問いには答えなかった。

「シルバさんを調査している過程で、ミヅキさんの誘拐に一緒に巻き込まれた可能性が高いね。獣人は珍しいから、奴隷商人が目をつけても不思議じゃない」

 話を聞いていたアルフノーヴァさんが俺を見る。確かにその可能性が高そうだ。

「そうかもな、なら獣人を捜せばミヅキの場所も……獣人同士の連絡手段とかはないのか?」
「我々は双子なので、お互いの気配を感じ取ることはできます。しかし、ある程度近い距離にいないとできませんが」

 片割れの獣人に聞くと、彼はそう答えた。
 それは使えそうだ。獣人と一緒に近くを通れば、なにかしら反応があるかもしれない。こうなればこいつを連れて町をしらみ潰しに走るしかない。

「レオンハルト様、そいつを借りてもいいでしょうか?」

 俺がレオンハルト様に頼むと、彼はあごに手をやって少し考え込む。その態度に嫌な予感がする。こういう時は、ろくでもないことを頼んでくることが多いのだ。

「許す。その代わり、そのめ事が終わったらその従魔の主人に会わせろ!」

 やはり一番嫌なことを言われてしまった。クソッ!
 しかし時間がない、俺は了承することにした。

「分かりました……会わせてもいいですが、無理やり従者にするとかはしないでいただきたい。それが守れないのであれば、そいつもいりません」

 俺は少し怒気を言葉に乗せた。
 普段彼に対して怒ることなどない俺が、怒りをにじませたのが怖かったのか、レオンハルト様は顔を青くして頷いた。

「わ、分かった」

 まぁ、これだけおどかしておけば、ミヅキを無理やり従者にしようなどとは思わないだろう。
 レオンハルト様の獣人を借りてしまうと、王子の警護がいなくなってしまう。
 そのため、レオンハルト様はギルドで面倒を見ることになり、アルフノーヴァさんと共にあちらに行ってもらうことになった。彼といればそうそう我儘わがままも言わないだろう。
 俺はコジロー、シルバ、獣人と共に、ミヅキともう一人の獣人の探索に向かった。

「それで、どこを捜す? とりあえずしらみ潰しに町を端から走ってみるか?」

 俺は皆の顔を見回し、尋ねる。

「ガウゥ!」

 シルバが吠えた。

「シルバさんが南を捜そうと……そうか! 南門から出るつもりだったからですね」

 コジローがシルバの声を伝えながら真意を聞くと、シルバが頷いた。

「なるほど、南で今使われていない建物はあったか?」

 俺は南側の建物を次々と思い出していく。

「あの辺りは、確か貴族の別荘が多かったと思います!」

 コジローと頷き合う。考えていることは同じようだ。

「ミヅキを買おうと思ってる貴族の屋敷にいるのかもしれないな。でも、そうすると手が出しづらいな……」

 勝手に貴族の屋敷など調べられない。思わぬ障害が現れ、ギリッと奥歯を食いしばる。

「レオンハルト様の所有物が紛失したという名目で伺ってはどうでしょうか?」

 ずっと黙っていた獣人が提案してきた。

「なるほど、お前の片割れのことだな!」

 確かに王子のものとなれば貴族達も無下にはできない。しかも、その片割れの獣人がこちらにはいるので説得力もある。

「王都で評判の悪い貴族の屋敷が分かるか?」

 獣人に聞くと、彼はコクリと首を縦に振った。

「大体は把握はあくしております」

 いい答えだ! 俺はニヤッと獣人に笑いかける。

「よし! じゃそこからあたろう」

 そうして、ミヅキと獣人を捜すべく俺達は動き出した。



   四 回復魔法


 あれからずっと部屋に閉じ込められたままの私は、シリウスさんの怪我の具合を確認していた。

「シリウスさん、怪我大丈夫ですか? ちょっとみせてもらえます?」

 コイコイと背の高いシリウスさんを手招きして、かがんでもらう。
 シリウスさんは素直に従い、私の前にひざまずいた。
 ボロボロの服の間から痛々しいあざが見えた。ところどころ異常にれていて、肌が紫色に変色している。
 この色、内出血してるんじゃ……もしかして最悪折れてる?
 私はいたわるようにそっと触る。触れたら痛いかと心配したが、シリウスさんはピクリとも動かず顔色ひとつ変えない。まるでなにも感じていないようだった。

「シリウスさん、痛くないですか?」
「このくらいの傷はよくあることだ、なんでもない。少し休めば大丈夫だ……それよりお前は大丈夫か? 痛そうな顔をしている」

 なんでもない顔で、なんて悲しいことを言うんだろう。
 しかも私のことを心配までしてくれて……優しい人だ。

「……なんでもなくない! 痛いなら痛いって言って! ちゃんと心配したい……です」

 こんな酷い傷を痛くないと言うシリウスさんの態度が、なぜか妙にもどかしく、いけないと分かっているのに声を荒らげてしまう。
 私は回復魔法が使えるはず。まだ使ったことはないけど、ステータスには確かにあった。
 ……ベイカーさん、セバスさん、ごめん!
 心の中で先に謝っておく。ベイカーさんとセバスさんには、バレたら後でしかられよう!
 二人には人前であまり特別な魔法を使わないようにと、くどくどと言われていた。回復魔法を使える者はかなり少ないので、特に注意されていたのだ。
 でも……回復魔法って具体的にどうすれば使えるの? これまで意識して使ったことないし……
 シリウスさんの腕を持ち、れている場所に優しく触れる。
 回復、回復……前に回復薬をかけてもらったのをイメージすればいいのかな? 確かホワッて温かくなって、スーッと皮膚に染み込んでいく感じだった。
 私は魔力を練るとシリウスさんの傷を手のひらで覆った。魔力を集めながら、頭の中で回復薬を思い出し、骨をくっつけて、れを引かせるイメージをする。
 すると、シリウスさんに触れている部分が淡く光った。
 彼はそれを見て、大きく目を見開いた。
 どうやら腕の痛みが消えていったようだ。表情が少し柔らかくなる。
 触れていた手のひらを退かし、腕を見ると、れもあざも綺麗さっぱりなくなっていた。シリウスさんは不思議そうに腕を見つめた後、こちらに顔を向けて尋ねる。

「回復魔法?」
「そうです。痛くなかった? 治ってる?」

 上手くできたか分からないので、心配になって聞いてみる。すると、シリウスさんはもう一度しげしげとあざがあった場所を眺め、ゆっくりと頷いた。

「治っている」
「よかった! ……あっ! 回復魔法を使ったこと、他の人には内緒にしてくださいね」

 ホッと胸をで下ろしつつも、そう付け足すのは忘れない。
 ベイカーさん達に知られたら絶対、怒られるし! 二人に内緒にしておけば大丈夫じゃないかな?
 ということで、にっこり笑ってシリウスさんにお願いしておいた。他の箇所も調子に乗って治していくと、シリウスさんが戸惑って声を荒らげる。

「奴隷に回復魔法を使うなんて聞いたことがない!」

 そう言って、回復魔法をやめろと言い出した。
 もちろん私は断ったが、駄目だと怒られ、距離を取られた。
 シリウスさんは、なぜか私が回復魔法をかけることに困惑しているみたいだ。しかし、それで諦める私ではない。隙をついて彼に近づき、どんどん魔法で傷を治していく。
 最後に背中を見ると、あの奴隷商人のお兄さんと同じ奴隷の印があった。
 痛々しい傷痕きずあとにそっと触れる。ずっと昔に付けられたのだろう、もう他の傷とは違って、ただのあとになっていた。
 本当に嫌な傷……こんな印、消えてしまえばいいのに……
 私は目を閉じて祈った。
 ――こんな思いをする人がいなくなりますように。こんな嫌な傷が跡形もなく消えますように、と。
 そうして背中の傷にも回復魔法を使った。すると、クラッと体がよろける。
 あれ? 力が入らない……
 私はそのままは床に倒れ込み、意識を失った。


   ◆


 俺はミヅキが床に倒れ込むのを、すんでのところで受け止めた。

「魔力切れか……」

 あれだけ回復魔法を使ったんだ、いつ魔力切れを起こしてもおかしくなかった。だが、やめろと言ってもミヅキはずっと俺の傷に回復魔法をかけて治してくれた。
 不思議な子だ。俺を普通の人のように扱ってくれる。名前を呼び、躊躇ちゅうちょせずに体に触れる。しまいには回復魔法まで……
 回復魔法を獣人の、しかも奴隷に使う人間などいるとは思っていなかった。
 俺は不思議な気持ちでミヅキをじっと見つめた。
 そこには可愛らしい、ただの小さい女の子が寝ている。魔力切れを起こしたため顔色は少し悪いが、穏やかな柔らかい寝顔だ。
 この子が主人ならどんなによかったか……。思ってはいけない考えを追い出すように、ブンブンと頭を横に振る。

「いやダメだ。そんなことは思ってもいけない。俺は獣人で奴隷なんだから……」

 そう言いながらも、ミヅキから目を離せない。
 俺はミヅキを布で、壊れ物を扱うようにそっと包み込んだ。
 ミヅキが回復魔法をかけてくれたおかげで、体も思った通りに動く。
 布を少し破り、口と鼻の部分は息ができるように巻くと、ミヅキを優しく抱き上げた。そして顔を自分のほうに向けて傷つかないようにする。
 狭い部屋で、可能な限り助走をつけて扉を蹴破る。扉の前で監視していた男は、扉と一緒にぶっ飛んでいった。
 心配になりミヅキを確認するが、傷はついていない。しかし、まだ息が苦しそうだった。
 俺は廊下を音もなく走り出す。どこが出口か気配を探知しようとするが、上手くいかない。
 やはり気配遮断の魔法がかけられているか……どうやら屋敷中に張り巡らされているみたいだ。
 ならばと、耳に意識を集中する。他の人間の足音が近くなると、その手前で進路を変えた。
 そうして窓を見つけ、ミヅキに当たらないように背中から飛び込み、ガラスを割って外へと脱出した。
 せっかくミヅキが治してくれた体に軽くかすり傷を負ってしまう。しかし、ミヅキが傷ついていないなら問題ない。
 すぐに木の陰に隠れていると、屋敷から男達が飛び出してきた。ミヅキを隠せそうな場所を探し、木の根元に少しくぼみがあったので、そこにそっとミヅキを寝かせる。
 周りを枯れ葉などで隠して、素早くそこから移動して身をひそめる。
 男達がミヅキの側を通りそうになったところで、俺は男達の前に姿を現した。

「いたぞ!」

 男達が俺に気付き、勢いよく向かってくる。
 ミヅキのほうから意識を逸らせたことに安堵あんどして、思わずニヤリと笑ってしまう。
 レオンハルト様以外の身を案じる日が来るとは。自分の変化に苦笑が漏れる。そんな俺の姿を見て、男達は声を荒らげてがなり立てた。

「なに笑っていやがる!」
「あの子供はどうした!」

 男達の言葉には答えず、俺は体を低く構えた。

「お前、さっきやられたのを忘れたのか」

 臨戦態勢の俺を前にして、先程俺を痛めつけた男が鼻で笑う。
 あの時は、薬で動けなくされていたからだ……
 しかしそんなことを教えるつもりはない。黙って男達が動くのを待つ。挑発に反応しない俺に、ごうを煮やした男達が散らばると、一斉に襲いかかってきた。
 俺はミヅキに回復してもらった腕をギュッと握りしめて、しっかりと動くことを確認する。呼吸を整え、落ち着いて一人一人の攻撃をかわし、拳を急所に打ち込んでいく。
 男達はうめきながら地面にひざを付いた。

「おい、誰かあの薬を持ってこい」

 俺の動きに警戒したのか、男達は距離を取った。一人の男が一目散に屋敷に向かって駆けていく。
 とは、前に俺をさらった際、動きを奪うために使った薬品だろう。俺は薬を使われる前に、素早く男達との間合いを詰め、次々に潰していった。

「おい、持ってきたぞ」

 慌てて戻って来た男が声をかけるが返事はない。仲間達は皆、地面に突っ伏して全滅しているからだ。その光景を見た男は、わなわなと唇を震わせて、慌ててこちらに向かって薬品をく。
 同じ攻撃をなぜ食らうと思うのか……俺は腕を口にあて、息を止めながら男に迫り、体当たりをする。
 くっ! やはり少し臭う……
 薬品の臭いがかすかに鼻をついた。スピードが少し落ちたが、男の鳩尾みぞおちに拳を突き上げ、気を失わせた。男はぐるっと白目をいて、地面に倒れ込む。
 敵を全員昏倒させ一息ついていると、不意にパチパチパチと誰かが後ろで手を叩いた。


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