エーデルワイス

なな

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第十七話「事の顛末(中編)」

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 マリンが驚くのも無理はない。
 俺だって驚いた。

 俺がエミィからその事を聞いたのは、エミィが取り引きの話を持ち出してきた時だった。

 エミィが言うには、今朝、俺の胸元に潜り込んで眠っていたあの時には、もう、妖精族ではなかったらしい。
 俺の胸元で眠るエミィが、昨日までの、あの澄まし顔で眠っていた頃とまるで別人だったのは、それが理由だろう。

 納得できたような、出来ないような感じだが、本人がそう言うのだからそうなのだろう。

 ちなみに、今のエミィの体には魔晶石とは別に、ヒトの心臓が存在する。
 魔晶石も一応あるのだが、そちらは全く機能していないらしい。
 エミィの体の中に心臓が作られたと同時に、魔晶石の力は全て失われたという。
 これはおそらく、心臓の出現によって魔晶石の力が失われたというよりも、魔晶石の力によって心臓が作られたと見るべきだろう。
 もっと言えば、魔晶石の力によって、エミィは妖精族から人族へ生まれ変わったとも言える。

「な、なんでそんな事に?」
「さあ」
「えぇぇ」

 何故エミィが人族に生まれ変わったのか。
 どんな理由があってそうなったのか。
 それは本人にも分からないらしい。
 ただ、人族に生まれ変わる必要があり、魔晶石がそれに応えた。そういう事らしい。

 人族に生まれ変わったエミィは、妖精族としての特質は失ったが、妖精族としての本能や性格、能力は引き継いでいた。
 長命ではなくなり、魔力をエネルギーにする事は出来なくなったが、非常に長けた魔力操作能力や、内に秘める魔力量、豊富な魔法などは今まで通りだ。
 しかし、これがマリンの突然の変調の原因になってしまった。

「なんでそこで私が出てくるのよ」
「そりゃ、マリンが妖精族の血を引いてるからでしょ」
「ええええ!?」

 妖精族はもともと長命で、魔力の量もとても多い。
 妖精族にとっての魔力は、生命活動を維持するためのエネルギーであるため、より多くの魔力を溜め込んでおける必要があった。
 人族や他の種族ならば、魔力がなくなっても立ちくらみをする程度で済むが、妖精族ではそういうわけにはいかない。妖精族にとっての魔力は肉体と精神の両方に直結している為、それはすぐさま命に関わる一大事なのだ。
 そういった事情もあり、妖精族にはお互いに魔力を融通し合える力が備わっている。
 妖精族が他種族よりも魔力操作を得意としているのは、これが理由だ。

 そして、問題はここからなのだが、エミィには魔力枯渇の危機に直面した時、他の妖精族から強制的に魔力を吸収する【魔力接収】という能力が備わっている。
 これは、妖精族の王族のみが有する能力らしく、王族の血をひく者以外の全ての妖精族から、無意識下のうちに、強制的に、魔力を奪い取って行ってしまうものらしい。
 長命である代わりに繁殖力の低い妖精族の、種の存続の為の能力だと考えれば、とても合理的な方法なのだろう。
 なかなかに豪快な能力ではあるが。

「ちょっと待って、と言う事は、実は私は妖精族で、エメラルドちゃんは妖精族の王族って事!?」
「そういう事みたい」
「いやいや、そう言う事みたいって……」


 ◇

  
 妖精王エメラルド・エーデルワイス。

 実際には戴冠式を行っていないので、形式的な身分としては、妖精王の末裔ということになる。

 だが、この1500年の間。
 彼女は肉体も持たず、魔晶石の中で生き続けていた。
 妖精族の最後の生き残り、唯一の妖精族として生き続けて来た彼女は、事実上の妖精王だと言っても過言ではないだろう。

 まあ、今となっては元、妖精王なわけだが。

 そんなエミィは、俺に対して一つの取り引きを持ち掛けてきた。

 その取り引き内容とは、マリンの命を助ける代わりに、自分に力を貸してくれ、というもの。
 俺とマリンの力が必要らしい。

 何故か最初からご主人様と呼ばれていた俺と、妖精族の血が入っているマリン。
 エミィに力を貸すのが俺たち二人である理由は…まあ、おそらく何かあるのだろう。
 俺はその取り引きに応じ、エミィに力を貸す約束をした。
 その取引というのが、奴隷契約だ。


「奴隷契約!?」
「ああ。エミィは俺の奴隷って事になってる」
「は??」
「ちゃんとありがとうって言っとけよ」
「へ??」


 実はこの奴隷契約、取り引きの条件や対価などではなく、マリンを救う為の手段の一つであった。


 マリンを助ける為には、エミィが発動させている魔力接収を止める必要がある。
 自分では止めることができないので、状況的に魔力接収が発動しない、または発動の必要ない状況へと持っていく必要があった。

 そこで考えられる、魔力接収を止める方法は、全部で3つ。

 そのまず一つ目は、

 エミィの絶命。

 まあ、極論と言うか、元も子もないというか、身もふたもないと言うか、いずれにしても論外だ。
 幼女を殺めるだなんてトンデモナイ。


 そして二つ目は、魔力の充溢じゅういつ

 普通に考えて、これが一番シンプルでスマートな正攻法だ。
 魔力の枯渇の危機がトリガーとなって発動しているのだから、魔力が満たされれば問題無い。

 しかし、エミィの魔力は枯渇の危機を脱し、自由に動けるようになったというのに、魔力接収が今だに止まっていない。

 魔力接収が止まらない理由。
 その理由は魔晶石にある。

 自身の魔力量の状況を判断する器官が魔晶石なのだ。
 体内の魔晶石が機能しない今、どれだけエミィの魔力をチャージしても、魔力接収は止まらない。
 なので、この方法も使えない。

 ならば最後の三つ目の方法、王族籍の剥奪。

 魔力接収は王族のみが行使できる能力なのだから、王族で無くなれば使えなくなる。
 という、裏ワザ的な方法だ。

 しかし、王族籍の剥奪は妖精王のみが行える特権である。
 ただの王族の末裔という身分であるエミィ自身には出来ない。
 もっとも、妖精王だったとしても、自分で自分の王族籍の剥奪は出来ないのだが。
 その場合は、王族籍剥奪の是非を査問委員にかけ、いくつかの手順を踏んで執行する必要がある。
 しかし、自分以外の妖精族が一人として存在しない今、それも不可能である。

 と、なれば残る方法は一つ。

 王族籍という身分を剥奪するのではなく、
 別の身分に身をやつす。
 あるいは、別の身分を上書きするという方法。

「奴隷契約だ」

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