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異変の章
第三十六話 帰還
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武術訓練は散々な結果に終わった。既に菖蒲と全力でぶつかった後だ。それでも後堂は手加減しなかった。何度も模擬刀で打たれ打撲だらけだ。その体を引きずって家路についた。エレベーターを呼び、待っているのも辛い。壁にもたれかかって待つ間、律の事を考える。スマホを見ても未だに連絡は入っていなかった。
せめて無事かどうかだけでも知りたいのに誰も教えてくれない。情報部の小路も忙しいらしく捕まらなかった。父達も別の仕事で留守にしている。他にあての無い優斗はただ待つ事しかできなかった。降りてきたエレベーターに乗り込むと切れかかった電灯がちらつく。ワイヤーを登る音だけが鳴るエレベーター内は不気味だ。部屋のある十二階が酷く遠くに感じられた。
やっと到着したエレベーターは電子音と共に開くと暗い廊下が伸びている。優斗達の居室は一番奥だ。角部屋は日当たりが良いが今の体では億劫で、誰にとも無く悪態をつく。
――くそっ。遠いんだよ。誰だこの部屋を宛がった奴。
ぶつくさと文句を言いながら辿り着いた居室の扉に鍵を差し込んだ。しかし、回しても手応えが無い。
――開いてる……?
そう思った時には勢いよく扉を開けていた。そこには電気が灯り人の気配がある。急いで靴を脱ぎ、リビングへ入ると律がキッチンに立っていた。呆然と佇む優斗に気付いた律が振り返り満面の笑みを浮かべ腕を広げて走りよってきた。だがその勢いは優斗の一歩手前で止まり、気まずげに俯く。
「優斗、あの、おかえりなさい。ご飯、食べるよね。今日はね、買い物もしてきたからご馳走だよ。ステーキとシチューでしょ。サラダもちゃんと作ったんだ。それからご飯もガーリックライスで……」
そう言う律の体は包帯だらけだ。痛ましいその姿に優斗の胸が締め付けられる。傷のひとつひとつが愛しくて、恋しくて、気が付けば律を抱きしめていた。
「ごめん……ごめんな。僕がもっと強ければ、お前を傷付けたりしなかったのに。喧嘩別れしたまま会えなくて辛かった。こんなの初めてでどうしていいか分からなくて……僕はお前のためにもっと強くなって共切も使いこなすから、だから……頼む。傍にいさせてくれ……お前がいないだけで僕は……」
律はしばらく棒立ちになっていたが、事態を飲み込むと徐々に破顔する。そして優斗の背に腕を回し柔らかく腕に閉じ込めた。
「嬉しい……俺も寂しかった。俺ね、無い頭フル回転させて考えたの。そしたらさ、やっぱり優斗が好きだって思ったんだ。共切はきっかけに過ぎないよ。今回の仕事もね、ちょっと死にかけたけど優斗を想うと力が湧いてきたんだ~。すごく会いたくて、笑顔が見たくて頑張れた。優斗のお陰だよ。ありがとう優斗」
二人はお互いの温もりを感じあい、抱きしめあう。それは至福の時だった。共に生き、共に死ぬ。言葉にせずとも伝わる不思議な感覚。
思わず抱きしめてしまった事に今更羞恥を覚えた優斗は口を尖らせ少しの非難を込める。
「あ、それと! 連絡くらい寄越せよ。心配、したんだからな……」
頬を染めながらお強請りとも取れる事を言う。そんな優斗を可愛らしく思う律は頭を撫で頬を寄せる。
「うん、ごめんね。俺、優斗みたいに大事な人、今までいなかったから気が回らなかった。今度からはちゃんと連絡するよ」
幸せな時間はゆったりと流れた。お互いの体温を求め合いひとつに重なる。
だが、そんな一時も腹に感じた違和感で優斗は現実に引き戻される。何やら硬い物が当たっていた。それを確認すると途端に青ざめる。
「おい! お前何考えて……!」
離れようと踠くが律の力は強くて抜け出せない。そのまま顔が近づいてきた。
「優斗……大好き」
優斗の脳内で警鐘が鳴り響きヤバいと思うも律は止まってくれない。自業自得とも取れるが優斗はあくまで友情として言ったつもりだったのに律に火をつけてしまった。そのまま壁に押し付けられ逃げ場を失う。
「律! おい、まっ」
慌てふためくも功を成さず唇を塞がれてしまった。胸を叩いて抗議するが律は意に介さない。必死に抗いなんとか食いしばるも耳を触られ嬌声が漏れた。その隙に舌を捩じ込まれ絡められる。
「ん……ふっ、ぅ」
キスなど初めての優斗は律に翻弄されるがままだ。息継ぎもままならず足に力が入らない。何度も舌を吸われ下腹部が熱を持つ。頭の中はグズグズに蕩け何も考えられない。だが、ベルトに手にがかかりカチャリと鳴る音に我に返った優斗は一層の危機を感じ思いっきり頭を殴りつけた。それでやっと解放され素早く距離を取ると唇を拭う。
「お、お前なぁ、調子に乗るなよ! 友達だって言ってるだろうが! それを、な、なん……」
顔を真っ赤に染めて文句を言うが律はだらしなく笑っている。
「えへへ~。キスしちゃった。は~幸せ。もっとしようよ優斗。俺、こんなに感じたの初めて。甘くて、やらしい声。もっと聞きたいな~」
そう言ってにじり寄ってくる律。二度と捕まるかと身構える優斗と攻防戦を繰り広げていると焦げ臭い匂いが漂ってきた。それに気づくと律はパッと離れキッチンに向かう。
「あ、ヤバいシチューが焦げちゃう! うぅっ、残念だけど続きはご飯食べてからね。お風呂も準備してるから汗流しておいでよ」
続きってなんだと思いながらも優斗はほっと胸を撫で下ろし、律を警戒しながら部屋へと足を向ける。扉を閉めるとそっと唇に触れた。そこはさっきまで律と繋がっていた場所。初めてのキスが男とは。どんな罰ゲームだ。だがそんな思いとは反対に胸は煩く鳴っていた。
――危なかった……もっと気をつけないと本当に食われる。でも……気持ち良かった……って違う!
ブンブンと頭を振り邪念を捨てる。このままでは律の思い通りになってしまうではないか。それは避けたかった。だが、不意に何故と自身に問いかけてしまう。男同士だから、なんて理由にならない。好きならそういう形もあるのでは無いだろうか。浮かんできた考えに一人赤面する。
――いやいや! 毒されるな僕!
律は友達。そして大事な相棒だ。それ以上でも以下でもない。騒ぐ胸を宥めながら着替えを準備すると風呂場へ向かった。さっきまで沈んでいた心が晴れている事にも気付かずに。
せめて無事かどうかだけでも知りたいのに誰も教えてくれない。情報部の小路も忙しいらしく捕まらなかった。父達も別の仕事で留守にしている。他にあての無い優斗はただ待つ事しかできなかった。降りてきたエレベーターに乗り込むと切れかかった電灯がちらつく。ワイヤーを登る音だけが鳴るエレベーター内は不気味だ。部屋のある十二階が酷く遠くに感じられた。
やっと到着したエレベーターは電子音と共に開くと暗い廊下が伸びている。優斗達の居室は一番奥だ。角部屋は日当たりが良いが今の体では億劫で、誰にとも無く悪態をつく。
――くそっ。遠いんだよ。誰だこの部屋を宛がった奴。
ぶつくさと文句を言いながら辿り着いた居室の扉に鍵を差し込んだ。しかし、回しても手応えが無い。
――開いてる……?
そう思った時には勢いよく扉を開けていた。そこには電気が灯り人の気配がある。急いで靴を脱ぎ、リビングへ入ると律がキッチンに立っていた。呆然と佇む優斗に気付いた律が振り返り満面の笑みを浮かべ腕を広げて走りよってきた。だがその勢いは優斗の一歩手前で止まり、気まずげに俯く。
「優斗、あの、おかえりなさい。ご飯、食べるよね。今日はね、買い物もしてきたからご馳走だよ。ステーキとシチューでしょ。サラダもちゃんと作ったんだ。それからご飯もガーリックライスで……」
そう言う律の体は包帯だらけだ。痛ましいその姿に優斗の胸が締め付けられる。傷のひとつひとつが愛しくて、恋しくて、気が付けば律を抱きしめていた。
「ごめん……ごめんな。僕がもっと強ければ、お前を傷付けたりしなかったのに。喧嘩別れしたまま会えなくて辛かった。こんなの初めてでどうしていいか分からなくて……僕はお前のためにもっと強くなって共切も使いこなすから、だから……頼む。傍にいさせてくれ……お前がいないだけで僕は……」
律はしばらく棒立ちになっていたが、事態を飲み込むと徐々に破顔する。そして優斗の背に腕を回し柔らかく腕に閉じ込めた。
「嬉しい……俺も寂しかった。俺ね、無い頭フル回転させて考えたの。そしたらさ、やっぱり優斗が好きだって思ったんだ。共切はきっかけに過ぎないよ。今回の仕事もね、ちょっと死にかけたけど優斗を想うと力が湧いてきたんだ~。すごく会いたくて、笑顔が見たくて頑張れた。優斗のお陰だよ。ありがとう優斗」
二人はお互いの温もりを感じあい、抱きしめあう。それは至福の時だった。共に生き、共に死ぬ。言葉にせずとも伝わる不思議な感覚。
思わず抱きしめてしまった事に今更羞恥を覚えた優斗は口を尖らせ少しの非難を込める。
「あ、それと! 連絡くらい寄越せよ。心配、したんだからな……」
頬を染めながらお強請りとも取れる事を言う。そんな優斗を可愛らしく思う律は頭を撫で頬を寄せる。
「うん、ごめんね。俺、優斗みたいに大事な人、今までいなかったから気が回らなかった。今度からはちゃんと連絡するよ」
幸せな時間はゆったりと流れた。お互いの体温を求め合いひとつに重なる。
だが、そんな一時も腹に感じた違和感で優斗は現実に引き戻される。何やら硬い物が当たっていた。それを確認すると途端に青ざめる。
「おい! お前何考えて……!」
離れようと踠くが律の力は強くて抜け出せない。そのまま顔が近づいてきた。
「優斗……大好き」
優斗の脳内で警鐘が鳴り響きヤバいと思うも律は止まってくれない。自業自得とも取れるが優斗はあくまで友情として言ったつもりだったのに律に火をつけてしまった。そのまま壁に押し付けられ逃げ場を失う。
「律! おい、まっ」
慌てふためくも功を成さず唇を塞がれてしまった。胸を叩いて抗議するが律は意に介さない。必死に抗いなんとか食いしばるも耳を触られ嬌声が漏れた。その隙に舌を捩じ込まれ絡められる。
「ん……ふっ、ぅ」
キスなど初めての優斗は律に翻弄されるがままだ。息継ぎもままならず足に力が入らない。何度も舌を吸われ下腹部が熱を持つ。頭の中はグズグズに蕩け何も考えられない。だが、ベルトに手にがかかりカチャリと鳴る音に我に返った優斗は一層の危機を感じ思いっきり頭を殴りつけた。それでやっと解放され素早く距離を取ると唇を拭う。
「お、お前なぁ、調子に乗るなよ! 友達だって言ってるだろうが! それを、な、なん……」
顔を真っ赤に染めて文句を言うが律はだらしなく笑っている。
「えへへ~。キスしちゃった。は~幸せ。もっとしようよ優斗。俺、こんなに感じたの初めて。甘くて、やらしい声。もっと聞きたいな~」
そう言ってにじり寄ってくる律。二度と捕まるかと身構える優斗と攻防戦を繰り広げていると焦げ臭い匂いが漂ってきた。それに気づくと律はパッと離れキッチンに向かう。
「あ、ヤバいシチューが焦げちゃう! うぅっ、残念だけど続きはご飯食べてからね。お風呂も準備してるから汗流しておいでよ」
続きってなんだと思いながらも優斗はほっと胸を撫で下ろし、律を警戒しながら部屋へと足を向ける。扉を閉めるとそっと唇に触れた。そこはさっきまで律と繋がっていた場所。初めてのキスが男とは。どんな罰ゲームだ。だがそんな思いとは反対に胸は煩く鳴っていた。
――危なかった……もっと気をつけないと本当に食われる。でも……気持ち良かった……って違う!
ブンブンと頭を振り邪念を捨てる。このままでは律の思い通りになってしまうではないか。それは避けたかった。だが、不意に何故と自身に問いかけてしまう。男同士だから、なんて理由にならない。好きならそういう形もあるのでは無いだろうか。浮かんできた考えに一人赤面する。
――いやいや! 毒されるな僕!
律は友達。そして大事な相棒だ。それ以上でも以下でもない。騒ぐ胸を宥めながら着替えを準備すると風呂場へ向かった。さっきまで沈んでいた心が晴れている事にも気付かずに。
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