闇より出し者共よ

文月 澪

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出会いの章

第二十話 光に忍ぶ闇

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 乱暴にバッグと共切を投げだし、優斗はベッドにダイブする。枕に顔を押し付けて流れる涙を拭った。扉の外からは未だに悲痛な泣き声が聞こえる。

 ――今更だ。

 律が優斗に執着するのは共切が抜けるから。自分自身に興味がある訳じゃない。優斗に向けられる笑顔も、明るい声も、優斗をすり抜け共切を見ている。

 父だって、共切が抜けなければ仕事の内容を知らせる事も無く、ただ玩具おもちゃを与えるだけの上っ面な親子関係だっただろう。情はあるだろうが、愛があるのかは分からない。母との馴れ初めも聞いた事が無く、あの父と優しい母との接点はいくら考えても思い浮かばなかった。もしかしたら、共切の継承者の器を欲したのかもしれない。玲斗の妖刀は序列二位だと言っていた。その子供ならあるいは。玲斗が優斗を推薦したのもその可能性があったからではないのか。

 東や小路もただの子供に興味を示すはずもない。共切が抜けたからこそ丁寧に対応してくれただけだ。

 それなのに、優斗は突如訪れた非日常フィクションをまるで小説を見ているような気分で捉えていた。唯一無二の武器に選ばれ、秘匿された組織に勧誘される。それは何度も読み返した物語のようで、優斗は心の奥底で優越感にひたっていたのだ。

 化け物との戦いも、初めは恐怖を感じていたが次第に興奮へと変わっていった。佐竹が喰われた時も、間近で感じた血と臓物の匂いと化け物に対する嫌悪感で嘔吐し、律をなじったがそれと共に快感も覚えていた。現実味の無い空間。戦い。そのどれもが刺激的だった。

 慎ましやかな日々を安穏と暮らし、その他大勢の中にあって、一人を選ぶ事で人とは違うと自尊心を満たしていたのだ。

 そんな中で律と出会い、日常は一変し、やはり自分は人とは違うんだと感じた。警察官を目指したのも市民を守るという名目の元、他者を弱い者として扱うおごった考えがくすぶっていたから。

 ヒーローなんてガラじゃない、なんてどの口が言うんだ。実際にはヒーローを気取って、ありもしない紛い物の正義を振りかざしていただけじゃないか。佐竹も、本当に助けたかったのか? 喰われる様を見て、自分より恵まれた奴が惨たらしく死ぬ事に愉悦を感じなかったか?

 律の事だってそうだ。懐いて回る律を邪険に扱いながらも、その実いい気になっていた。皆の注目を集める転校生が自分に好意を寄せる。それはとても気分が良く、つまらない日常が色彩を持ったかのように感じられた。その目は優斗なんて見ていなかったのに。

 初めて夜に外へ出た事も、優斗にとっては新鮮だった。それが秘密の行動なら尚更。母に心配をかけたくないなんて、そんなのは嘘っぱちだ。ただ、自分を特別な者へ押し上げるためのスパイスに過ぎない。クラスメイト達が家で間抜け面を晒している間にも、自分は戦っているんだと酔いしれて。

 そんな醜い自分の心の内に気付かないふりをして、律のためだと偽り、人を救うという建前を傘に着て、特権を享受した。

 自分は特別なんだと勘違いして。

 優斗は自身の掌を見る。それはついさっきまで律と固く結ばれていたもの。絶対離さないと、共に歩むと誓ったもの。しかし、それは嘘で塗り固めた薄っぺらい妄想の塊。優斗はそれを握りしめ胸に抱き、身を丸める。

 何が小さな幸せだ。

 何が守るだ。

 優斗の価値は共切ただひとつ。

 それをまざまざと見せつけられて、癇癪を起こす。

 なんて幼稚で厚顔無恥なガキ。

 ――依存してたのは僕の方じゃないか。

 部屋の事にしてもそうだ。事前に用意されていたのは感謝すべき事だろう。新しく居を構えるというのは時間もお金もかかる。それを律は善意でやってくれたのだ。一週間という短い間に。どれほど大変だっただろう。優斗が喜ぶようにと情報部や父とやり取りしたと言っていた。学校も塚封じもこなしながら用意してくれたのに。初めての夜戦の翌日、学校にギリギリで登校したのも、もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。でも、律はそんな事微塵も感じさせなかった。優斗が喜ぶ顔だけを想像しながら行動していたのか。

 だが、優斗はそれだけの価値が自分にあるのだと思ってしまった。だから自分の意見を無視して動いた律を非難したのだ。

 それは自分勝手で傲慢な所業。

 父や律を悪く言う資格など持ち合わせていない。自分自身もそうなのだから。

 ここは己の汚さを嫌でも見せつけられる場所。己の闇を暴かれる場所。

 鬼は自分の心の中にいる。

 皆こうして壊れていくのだろうか。

 怖い。

 父の、律の暗い瞳が脳裏を過ぎる。

 自分もああなるのか。いや、もしかしたら気付かなかっただけでもうなっているのかもしれない。

 学校でもいつも一人で、はしゃぐクラスメイト達を冷めた目で見ていた。そんな自分は周りからはどう映っていたのだろう。

 果たして、狂っているのは誰なのか。
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