20 / 49
出会いの章
第二十話 光に忍ぶ闇
しおりを挟む
乱暴にバッグと共切を投げだし、優斗はベッドにダイブする。枕に顔を押し付けて流れる涙を拭った。扉の外からは未だに悲痛な泣き声が聞こえる。
――今更だ。
律が優斗に執着するのは共切が抜けるから。自分自身に興味がある訳じゃない。優斗に向けられる笑顔も、明るい声も、優斗をすり抜け共切を見ている。
父だって、共切が抜けなければ仕事の内容を知らせる事も無く、ただ玩具を与えるだけの上っ面な親子関係だっただろう。情はあるだろうが、愛があるのかは分からない。母との馴れ初めも聞いた事が無く、あの父と優しい母との接点はいくら考えても思い浮かばなかった。もしかしたら、共切の継承者の器を欲したのかもしれない。玲斗の妖刀は序列二位だと言っていた。その子供ならあるいは。玲斗が優斗を推薦したのもその可能性があったからではないのか。
東や小路もただの子供に興味を示すはずもない。共切が抜けたからこそ丁寧に対応してくれただけだ。
それなのに、優斗は突如訪れた非日常をまるで小説を見ているような気分で捉えていた。唯一無二の武器に選ばれ、秘匿された組織に勧誘される。それは何度も読み返した物語のようで、優斗は心の奥底で優越感に浸っていたのだ。
化け物との戦いも、初めは恐怖を感じていたが次第に興奮へと変わっていった。佐竹が喰われた時も、間近で感じた血と臓物の匂いと化け物に対する嫌悪感で嘔吐し、律を詰ったがそれと共に快感も覚えていた。現実味の無い空間。戦い。そのどれもが刺激的だった。
慎ましやかな日々を安穏と暮らし、その他大勢の中にあって、一人を選ぶ事で人とは違うと自尊心を満たしていたのだ。
そんな中で律と出会い、日常は一変し、やはり自分は人とは違うんだと感じた。警察官を目指したのも市民を守るという名目の元、他者を弱い者として扱う驕った考えが燻っていたから。
ヒーローなんてガラじゃない、なんてどの口が言うんだ。実際にはヒーローを気取って、ありもしない紛い物の正義を振りかざしていただけじゃないか。佐竹も、本当に助けたかったのか? 喰われる様を見て、自分より恵まれた奴が惨たらしく死ぬ事に愉悦を感じなかったか?
律の事だってそうだ。懐いて回る律を邪険に扱いながらも、その実いい気になっていた。皆の注目を集める転校生が自分に好意を寄せる。それはとても気分が良く、つまらない日常が色彩を持ったかのように感じられた。その目は優斗なんて見ていなかったのに。
初めて夜に外へ出た事も、優斗にとっては新鮮だった。それが秘密の行動なら尚更。母に心配をかけたくないなんて、そんなのは嘘っぱちだ。ただ、自分を特別な者へ押し上げるためのスパイスに過ぎない。クラスメイト達が家で間抜け面を晒している間にも、自分は戦っているんだと酔いしれて。
そんな醜い自分の心の内に気付かないふりをして、律のためだと偽り、人を救うという建前を傘に着て、特権を享受した。
自分は特別なんだと勘違いして。
優斗は自身の掌を見る。それはついさっきまで律と固く結ばれていたもの。絶対離さないと、共に歩むと誓ったもの。しかし、それは嘘で塗り固めた薄っぺらい妄想の塊。優斗はそれを握りしめ胸に抱き、身を丸める。
何が小さな幸せだ。
何が守るだ。
優斗の価値は共切ただひとつ。
それをまざまざと見せつけられて、癇癪を起こす。
なんて幼稚で厚顔無恥なガキ。
――依存してたのは僕の方じゃないか。
部屋の事にしてもそうだ。事前に用意されていたのは感謝すべき事だろう。新しく居を構えるというのは時間もお金もかかる。それを律は善意でやってくれたのだ。一週間という短い間に。どれほど大変だっただろう。優斗が喜ぶようにと情報部や父とやり取りしたと言っていた。学校も塚封じも熟しながら用意してくれたのに。初めての夜戦の翌日、学校にギリギリで登校したのも、もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。でも、律はそんな事微塵も感じさせなかった。優斗が喜ぶ顔だけを想像しながら行動していたのか。
だが、優斗はそれだけの価値が自分にあるのだと思ってしまった。だから自分の意見を無視して動いた律を非難したのだ。
それは自分勝手で傲慢な所業。
父や律を悪く言う資格など持ち合わせていない。自分自身もそうなのだから。
ここは己の汚さを嫌でも見せつけられる場所。己の闇を暴かれる場所。
鬼は自分の心の中にいる。
皆こうして壊れていくのだろうか。
怖い。
父の、律の暗い瞳が脳裏を過ぎる。
自分もああなるのか。いや、もしかしたら気付かなかっただけでもうなっているのかもしれない。
学校でもいつも一人で、はしゃぐクラスメイト達を冷めた目で見ていた。そんな自分は周りからはどう映っていたのだろう。
果たして、狂っているのは誰なのか。
――今更だ。
律が優斗に執着するのは共切が抜けるから。自分自身に興味がある訳じゃない。優斗に向けられる笑顔も、明るい声も、優斗をすり抜け共切を見ている。
父だって、共切が抜けなければ仕事の内容を知らせる事も無く、ただ玩具を与えるだけの上っ面な親子関係だっただろう。情はあるだろうが、愛があるのかは分からない。母との馴れ初めも聞いた事が無く、あの父と優しい母との接点はいくら考えても思い浮かばなかった。もしかしたら、共切の継承者の器を欲したのかもしれない。玲斗の妖刀は序列二位だと言っていた。その子供ならあるいは。玲斗が優斗を推薦したのもその可能性があったからではないのか。
東や小路もただの子供に興味を示すはずもない。共切が抜けたからこそ丁寧に対応してくれただけだ。
それなのに、優斗は突如訪れた非日常をまるで小説を見ているような気分で捉えていた。唯一無二の武器に選ばれ、秘匿された組織に勧誘される。それは何度も読み返した物語のようで、優斗は心の奥底で優越感に浸っていたのだ。
化け物との戦いも、初めは恐怖を感じていたが次第に興奮へと変わっていった。佐竹が喰われた時も、間近で感じた血と臓物の匂いと化け物に対する嫌悪感で嘔吐し、律を詰ったがそれと共に快感も覚えていた。現実味の無い空間。戦い。そのどれもが刺激的だった。
慎ましやかな日々を安穏と暮らし、その他大勢の中にあって、一人を選ぶ事で人とは違うと自尊心を満たしていたのだ。
そんな中で律と出会い、日常は一変し、やはり自分は人とは違うんだと感じた。警察官を目指したのも市民を守るという名目の元、他者を弱い者として扱う驕った考えが燻っていたから。
ヒーローなんてガラじゃない、なんてどの口が言うんだ。実際にはヒーローを気取って、ありもしない紛い物の正義を振りかざしていただけじゃないか。佐竹も、本当に助けたかったのか? 喰われる様を見て、自分より恵まれた奴が惨たらしく死ぬ事に愉悦を感じなかったか?
律の事だってそうだ。懐いて回る律を邪険に扱いながらも、その実いい気になっていた。皆の注目を集める転校生が自分に好意を寄せる。それはとても気分が良く、つまらない日常が色彩を持ったかのように感じられた。その目は優斗なんて見ていなかったのに。
初めて夜に外へ出た事も、優斗にとっては新鮮だった。それが秘密の行動なら尚更。母に心配をかけたくないなんて、そんなのは嘘っぱちだ。ただ、自分を特別な者へ押し上げるためのスパイスに過ぎない。クラスメイト達が家で間抜け面を晒している間にも、自分は戦っているんだと酔いしれて。
そんな醜い自分の心の内に気付かないふりをして、律のためだと偽り、人を救うという建前を傘に着て、特権を享受した。
自分は特別なんだと勘違いして。
優斗は自身の掌を見る。それはついさっきまで律と固く結ばれていたもの。絶対離さないと、共に歩むと誓ったもの。しかし、それは嘘で塗り固めた薄っぺらい妄想の塊。優斗はそれを握りしめ胸に抱き、身を丸める。
何が小さな幸せだ。
何が守るだ。
優斗の価値は共切ただひとつ。
それをまざまざと見せつけられて、癇癪を起こす。
なんて幼稚で厚顔無恥なガキ。
――依存してたのは僕の方じゃないか。
部屋の事にしてもそうだ。事前に用意されていたのは感謝すべき事だろう。新しく居を構えるというのは時間もお金もかかる。それを律は善意でやってくれたのだ。一週間という短い間に。どれほど大変だっただろう。優斗が喜ぶようにと情報部や父とやり取りしたと言っていた。学校も塚封じも熟しながら用意してくれたのに。初めての夜戦の翌日、学校にギリギリで登校したのも、もしかしたらそれが原因だったのかもしれない。でも、律はそんな事微塵も感じさせなかった。優斗が喜ぶ顔だけを想像しながら行動していたのか。
だが、優斗はそれだけの価値が自分にあるのだと思ってしまった。だから自分の意見を無視して動いた律を非難したのだ。
それは自分勝手で傲慢な所業。
父や律を悪く言う資格など持ち合わせていない。自分自身もそうなのだから。
ここは己の汚さを嫌でも見せつけられる場所。己の闇を暴かれる場所。
鬼は自分の心の中にいる。
皆こうして壊れていくのだろうか。
怖い。
父の、律の暗い瞳が脳裏を過ぎる。
自分もああなるのか。いや、もしかしたら気付かなかっただけでもうなっているのかもしれない。
学校でもいつも一人で、はしゃぐクラスメイト達を冷めた目で見ていた。そんな自分は周りからはどう映っていたのだろう。
果たして、狂っているのは誰なのか。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
35歳からの楽しいホストクラブ
綺沙きさき(きさきさき)
BL
『35歳、職業ホスト。指名はまだ、ありません――』
35歳で会社を辞めさせられた青葉幸助は、学生時代の後輩の紹介でホストクラブで働くことになったが……――。
慣れないホスト業界や若者たちに戸惑いつつも、35歳のおじさんが新米ホストとして奮闘する物語。
・売れっ子ホスト(22)×リストラされた元リーマン(35)
・のんびり平凡総受け
・攻めは俺様ホストやエリート親友、変人コック、オタク王子、溺愛兄など
※本編では性描写はありません。
(総受けのため、番外編のパラレル設定で性描写ありの小話をのせる予定です)

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる