彼方の星の紅月妃

文月 澪

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第5章 戦禍に咲く花

74.広がる和

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 朝食が終わると、わたし達はすぐに出立の準備に取り掛かる。
 でも、気がかりな事もあった。

 結局、朝食の席でも王妃様や王子様達は同席しなかったのだ。
 わたしが訊ねると、ルージェス様は苦笑いをして言う。

「皆、何か勘違いをしてるんだよ。ヴェルは神でも悪魔でもないのに恐れ多いと恐縮してしまってね。何度も言い含めているんだけれどかたくななんだ。今日も連れ出せ無かった。少しでも話をすればヴェルの良い所も分かってもらえると思うんだけどね」

 それを聞いて、わたしは調理師のおじさんを思い出していた。
 きっと王妃様達もあんな感じで神格化してしまっているんだ。
 龍人リュスティニオである事もその一因になっているんじゃないだろうか。

 ベルさんに視線を向けると、カトラリーを握りしめて俯き、なんだか落ち込んでいるように見える。

 だから、今こそその時だと思ってわたしもおじさんの話をベルさんに伝えた。

「ベルさんもきっと誤解してるんだと思います。以前、恐れられていると言ってましたけど、皆さんベルさんを慕っているんですよ。でも、尊過ぎて近寄れないって、調理師のおじさんが言ってました。非公式の親衛隊もいるって言ってましたし、ベルさんは皆さんのアイドルなんです! 誰も嫌ってなんかいません! むしろ逆です!」

 わたしはつい鼻息が荒くなって拳を握りながら熱弁をふるってしまった。
 それを聞いたベルさんは呆気に取られている。
 
「あ、あいどる? って何だ? 尊過ぎるって……意味が分からない。それに親衛隊? 俺は王でも何でもないぞ?」

 ベルさんの言葉にわたしも首を捻る。
 そっか、ここにはアイドルって無いんだ。親衛隊にしても最も身近なのは竜皇様を守る人達なんだろう。でも、おじさんが言ってたって事はファンクラブみたいなのはあるんだと思う。ただベルさんに馴染みがないだけで。

 わたしは分かってほしくて、拙いながらもどうにか説明しようと試みた。

「えっと……アイドルっていうのは人気者って事ですね。詩人や踊り子みたいに周囲を魅了する人の事です。親衛隊も警護の兵士じゃなくてファン……支持者? の集まりです。つまり、ベルさんはすごい人気者って事です! 人気がすご過ぎて近付き難いんですよ。わたしはベルさんを慕っていると言うご本人に直接聞いたんですから間違いありません!」

 わたしが必死にベルさんは周りに好かれてるんだと説いても、ベルさんは半信半疑といった顔だ。ヨウさんやツェティさんも同様に困惑している。

 その様子に今まで一体どういう環境だったのか気になったわたしは思い切って聞いてみた。

「あの、今までどういった待遇だったんでしょうか? おじさんの様子だとすごく親しみを感じたんですが……」

 その言葉にベルさん達は視線を交差させる。
 ルージェス様は面白そうに見ているだけだ。

 わたしの問いにヨウさんが遠慮がちに答えてくれた。

「どうって……、目線を合わせなかったり、触れようともしなかった。そこまでなら皇族だからって割り切れるが、話すのも必要最低限で、最悪震えだしたり泣きだす始末だ。侍従だって中々決まらなかったし。影でコソコソ話してオレ達が通りがかると逃げたりもしてたな。オレは耳が良いが、それでも聞き取れないくらいの声音で影で隠れてさ。竜皇であるエルゼ兄にだってもっと気さくに対応する奴らがだぜ? それで好かれてるって言われてもな~」

 ヨウさんは頭を掻き毟りながら、当時を思い出したのか苦々しく吐き出した。
 ツェティさんも頷きながら口を開く。

わたくしやヨウ様はベル兄様と行動を共にする事が多いですから、侍従達の態度はよく知っております。とても好意を持っているとは……」

 なるほど。
 行き過ぎた好意が空回ってしまっているのかな?

 わたしはふむと頷き、見解を述べる。

「なんとなく分かりました。わたしが住んでいた日本という国でもアイドルのコンサート……音楽祭で感極まって泣く人や、失神する人がいると聞いた事があります。多分皆さんもそういった具合なんじゃないでしょうか。コソコソ話も恥ずかしかったんだと思います。わたしもベルさんの惚気話をメイドさんとしてるのを本人に聞かれたら逃げるかもしれません……」

 最後の方は言ってて恥ずかしくなりもじもじしてしまった。
 ベルさんも自分を想定して想像したのか、頬を染め「確かに」と呟く。
 ヨウさんとツェティさんは堂々とイチャつくタイプだからか首を捻っていたけれど。

「そういうもんかねぇ」

 そう言うと、ヨウさん達は不思議そうな面持ちで顔を見合わせていた。

 そこで堪らずと言った様子で笑い声が上がる。
 皆が一斉にその声の方を向くとルージェス様がお腹を抱えて笑っていた。

「ははは! いや、失礼。ふふ、ヴェル、やっと聞く耳を持ってくれたね。今までいくら私が言い聞かせてもシカトしていたと言うのに、セトア嬢の言葉なら素直に聞くのかい?」

 そう言われて、ベルさんは焦ったように口を開く。

「いや、そういう訳じゃないが……。その、好意を持ってくれている人から直接聞いたなら信用できるというか。……確かにハナの言う事なら信じられるというのもあるが……」

 ルージェス様はそんなベルさんを見ながらいじけたように口を尖らせた。

「私やエルゼ達だってずっとそう言っていただろう? 私達は信用に値しないのかい? 幼い頃から一緒だというのに酷いな~」

 スンスンと一目で泣き真似とわかる仕草をしながら、ルージェス様が揶揄からかえば、ベルさんはそれをジト目で見遣る。

「そういう所が信用ならないと言うんだ」

 溜息を吐きながらそう言えば、ルージェス様もカラカラと笑った。

「まぁ、冗談はさておき、なんせ君は救国の雄なんだからね。新しく竜皇国の属国になった奴らにとっては恐るべき存在だろうけれど、古くから親交のある国々にとっては正に英雄さ。尊敬こそすれど、疎うなんてあるはずないよ。知ってるかい? 今ザーカイトでは君を主役にした演劇が流行っているんだよ? セトア嬢との事が広まればまた賑わうだろうね。救国の英雄と遠い星からやってきた乙女との恋物語。いや~、楽しみだ」

 ルージェス様はしみじみと言うが、それを聞いたわたしとベルさんの顔は一気に上気した。
 
「え、お芝居!? わたし達のですか!?」

 ベルさんも慌てて立ち上がり叫んだ。

「おい! 万が一そんな提案があっても止めろよ!? 俺達は見世物になる気は無いぞ!」

 ベルさんの怒号に近い言葉にもルージェス様は涼しい顔をして肩を竦め首を振る。

「いやいや、いくら王でも国民の娯楽を取り上げるなんてできないよ。私にできる事は真実を伝える事だね。きっと素晴らしい物語になるよ」
 
 にこやかに笑いながら「税収も上がるぞ」なんて指折り数えているルージェス様に、ベルさんは顔を両手で覆うと項垂れて呻きを漏らす。

「頼むから……やめてくれ」

 弱々しいベルさんの言葉にルージェス様は満足げだ。
 そして続ける。

「皆、君の恋物語を心待ちにしているんだよ。まだ意中の姫君は現れないのかと今まで何度も問い合わせがあったくらいだからね。でも、これで分かるだろう? 君が如何に国民から慕われているのか」

 ルージェス様の押しの一言で流石のベルさんも納得するしか無いようで、真っ赤になった耳を触りながら、恥ずかしそうに頷いた。

「ああ、俺も嫌われていると決めつけてかかっていた。それが皆に距離を取らせてしまっていたんだろう。……これからは、ハナの事も含めてもっと国民に受け入れてもらいたいと思う。ルー兄の力も借りるかもしれない。その時はどうかよろしく頼む」

 そう言ってルージェス様に頭を下げるベルさんに倣って、わたしも頭を下げた。
 そうだ、照れてばかりもいられない。わたしはお芝居にもなるほどの人気を得ているベルさんの妻になるんだ。ベルさんの足を引っ張らないように頑張らなければ。

「ルージェス様、わたしもベルさんに恥じないよう勉学に勤しみたいと思います。ご指導頂けるとありがたいです」

 二人揃って頭を下げるわたし達に、ルージェス様はふわりと微笑む。
 そして、はっきりとした声で励ましの言葉をくれた。

「勿論だよ。ヴェルは弟も同然だからね。君達の幸せのためならば力を尽くそう」

 そして、わたしに視線を向けると優しい口調で告げる。

「セトア嬢。ルージェス様なんて他人行儀な言い方はしないでほしい。ツェティのようにルー兄様と呼んでくれないかな。君の方が身分は上になるけれど、もっと親しくなりたいからね」

 悪戯っぽくウィンクしながら言うルージェス様にわたしもつられて笑うと、首肯して言い直した。

「はい。ルー兄様。不束者ですがよろしくお願いします」

 そんな和やかな雰囲気の中、朝食の時間は過ぎていった。



 そして今。
 
 まだ陽も登りきらない朝方にわたし達は旅装に身を包み城門前に集まり、再出立の挨拶を交わしている。
 
 この場には、ルー兄様ご家族。
 第五兵団のマルクトさん。
 ニーネさんを筆頭に数人のメイドさん達が揃っていた。

 ルー兄様ご家族以外の皆さんは跪いている。

 荷物の確認も済んで、ベルさんがルー兄様に言葉をかけた。

「ルージェス殿、ベンデードの件よろしく頼む。ハウゼン前領主には厳罰を処してほしい」

 ルー兄様も公の場だから恭しくこうべを垂れる。

「は。承りましてございます。全ては竜皇陛下の御心のままに」

 それに頷くと、ベルさんはひとつ息を吐き王妃様方に視線を向けた。
 
「イオリア殿、王子方も。次の機会には是非食事を共にしよう。皆の話も聞いてみたい」

 王妃様方はまさか声をかけられると思っていなかったのか、慌てて礼を取ると「ありがたきお言葉」と返答した。

 そして、更にマルクトさんやニーネさんにも。

「兵団長にも世話になった。急な話にも関わらず快く模擬戦を引き受けてくれた事、感謝している。メイドの皆もよくハナに尽くしてくれた。次の機会にもよろしく頼む」

 マルクトさん達もやはり緊張した面持ちでこうべを垂れ、代表してマルクトさんが応じた。

「勿体なきお言葉、ありがたき幸せに存じます」

 ベルさんはその反応に満足げに微笑み、御者台へと上がる。

 そんな短い時間でのやりとりだったけれど、ベルさんが周囲と打ち解ける第一歩だと思うと嬉しさから笑みが溢れる。

 和やかな雰囲気に包まれ、わたしとツェティさん、ヨウさんも一礼して馬車に乗り込んだ。

「ではな。皆達者で」

 最後にベルさんがそう言うと、皆さんが揃って深く頭を下げルー兄様が旅の無事を祈る。

「ご武運を」

 ベルさんは頷くと、手綱を引き馬車が動きだす。

 こうしてわたし達はまた旅へと戻った。

 まずはフォメルの町へ。

 聖女を自称する来訪者とはどんな人物なのか。
 事はすんなり済めば良いけれど。

 一抹の不安を胸に抱え、一路南へ向かう。
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