26 / 29
魔法への邂逅
第26話 ︎︎知るという事
しおりを挟む
そっぽを向くキーナに、笑いを堪えて手を合わせる。
「ごめんて。なんか可愛くて、つい。俺みたいなおっさんに頭撫でられてもキモイよな。機嫌直して、お願い」
何度も頭を下げ、拝み倒すとようやく、キーナの視線がこちらを向いた。そして、呆れたように零す。
「貴方って変な人ね。あれだけ嫌味な態度を取った相手に頭を下げるなんて」
キーナは寒さを堪えるように肩を擦り、若干気味悪がっているような素振りを見せた。その反応はちょっと酷いんじゃない?
俺も口を尖らせ、肩を竦める。
「ま、あっちでも似たり寄ったりだったからな。毎日上司にこき使われてたよ。飯食う暇があるなら仕事しろ。帰る暇があるなら仕事しろ。寝る暇があるなら仕事しろ。ってね。それに比べればキーナは優しいくらいだ。こうして話してくれるんだから。頭下げるくらいどうって事ないよ」
それを聞いて、キーナは眉を垂れた。目に哀れみの色を浮かべて。
「え……何、それ。そんな所が神の園なの……? ︎︎スラムの仕事だってそこまでないわよ。まるで奴隷じゃない」
俺は苦笑いを浮かべ、肯定した。
「ああ、まさに奴隷だよ。俺の世界では社畜って言ってな、会社の家畜だ。それで心や身体を病んでも、自主退職にはしてくれない。クビだよ。そうすれば退職金も払わなくて済むからな。給料も難癖付けて減額しやがる。俺の同僚も、それで何人辞めさせられた事か」
あー……、思い出すと視界が滲んでくる。同僚の中でも、特に仲のいい林田って奴がいた。新卒で入社して以来の、数少ない友人だ。そいつが正にそれだった。
連日の泊まり込み、貫徹は当たり前。いつも目の下にクマを作っていたっけな。そいつが仕事中に倒れて病院に運ばれた時、上司はそのせいで契約が破棄されたと言い放ったんだ。そんな事実、ありはしないのに。上役もそれに乗っかり、懲戒免職でクビにした。
回復すればまた働けるのに、入院中の有給を使わせたくなかったんだろう。あっさり見限りやがった。
先輩にもそういう人がいた。その人は心を病んで、職場では手が震え、過呼吸になってしまい仕事が手につかずクビだ。組合や顧問弁護士も名前だけ。相談しようとしても、その前に手が回る。
落とし子も嫌われている現状はあるけど、すぐ死に直結する訳じゃない。でも、仕事をクビになれば転職も難しく、金銭的な余裕も無くなり病状も悪化しやすい。
林田も実家に帰らざるを得なくなり、今はどうしているのか。
俺はある意味、助けられたのかもな。この世界に来て、最初に出会ったのがイルベル達だったのは不幸中の幸いだ。キーナはキツい態度だったけど、こうして話し合いに応じてくれた。
「だからさ、ありがとうな。キーナ。お前、神殿に俺の事言ってないだろう?」
そう言うと、キーナは面白いくらいに飛び跳ねた。そして忙しなく視線を彷徨わせる。
「そ、それは、あの、ディアに迷惑がかかると思って……べ、別に貴方のためじゃないわよ!」
またツンとそっぽを向くキーナ。でも、その頬は薄く染まっている。さっきとは違い、チラチラと俺を窺って、もじもじと髪をいじっていた。
それが幼く見えて、俺は思わず吹き出す。
「なんだ、お前ほんと可愛いのな。俺、勘違いしてたわ。ギルドで見た神殿の連中も、なんか自分の意思ってものが感じられなくて。お前もそうかと思ってたけど全然違う。なぁ、お前が神殿に入った理由。聞いてもいいか? ︎︎嫌なら無理にとは言わないけど」
俺がそう言うと、キーナは息を詰まらせる。聞いちゃいけなかったかと口を開きかけた時、ひとつ大きく息を吸い、こちらに向き直った。
「貴方の事だけ知っているのは対等じゃないわ。面白い話でもないけど、聞いてくれる?」
そうして、紡がれるキーナの過去。それは酷く心に刺さる。
「……どこにでも、自分勝手な奴はいるもんだな。ほんと、ごめん。俺、知りもしないで酷い事言った。お前は神に救われたんだ。怒るのも無理は無い」
俺は再度、頭を下げて詫びた。
しかし、キーナは薄く笑って首を振る。
「いいえ。それは私も同じよ。貴方がどうやってこの世界に来たのか、知ろうともしないであんな事……。落とし子の事は、もっと調べなきゃいけないかもね。勇者の行方も。明日からはまた依頼を受けるから、その後にでも動くわ。貴方も気を付けて」
俺を案じるキーナの目には、もう敵愾心は無かった。
「ごめんて。なんか可愛くて、つい。俺みたいなおっさんに頭撫でられてもキモイよな。機嫌直して、お願い」
何度も頭を下げ、拝み倒すとようやく、キーナの視線がこちらを向いた。そして、呆れたように零す。
「貴方って変な人ね。あれだけ嫌味な態度を取った相手に頭を下げるなんて」
キーナは寒さを堪えるように肩を擦り、若干気味悪がっているような素振りを見せた。その反応はちょっと酷いんじゃない?
俺も口を尖らせ、肩を竦める。
「ま、あっちでも似たり寄ったりだったからな。毎日上司にこき使われてたよ。飯食う暇があるなら仕事しろ。帰る暇があるなら仕事しろ。寝る暇があるなら仕事しろ。ってね。それに比べればキーナは優しいくらいだ。こうして話してくれるんだから。頭下げるくらいどうって事ないよ」
それを聞いて、キーナは眉を垂れた。目に哀れみの色を浮かべて。
「え……何、それ。そんな所が神の園なの……? ︎︎スラムの仕事だってそこまでないわよ。まるで奴隷じゃない」
俺は苦笑いを浮かべ、肯定した。
「ああ、まさに奴隷だよ。俺の世界では社畜って言ってな、会社の家畜だ。それで心や身体を病んでも、自主退職にはしてくれない。クビだよ。そうすれば退職金も払わなくて済むからな。給料も難癖付けて減額しやがる。俺の同僚も、それで何人辞めさせられた事か」
あー……、思い出すと視界が滲んでくる。同僚の中でも、特に仲のいい林田って奴がいた。新卒で入社して以来の、数少ない友人だ。そいつが正にそれだった。
連日の泊まり込み、貫徹は当たり前。いつも目の下にクマを作っていたっけな。そいつが仕事中に倒れて病院に運ばれた時、上司はそのせいで契約が破棄されたと言い放ったんだ。そんな事実、ありはしないのに。上役もそれに乗っかり、懲戒免職でクビにした。
回復すればまた働けるのに、入院中の有給を使わせたくなかったんだろう。あっさり見限りやがった。
先輩にもそういう人がいた。その人は心を病んで、職場では手が震え、過呼吸になってしまい仕事が手につかずクビだ。組合や顧問弁護士も名前だけ。相談しようとしても、その前に手が回る。
落とし子も嫌われている現状はあるけど、すぐ死に直結する訳じゃない。でも、仕事をクビになれば転職も難しく、金銭的な余裕も無くなり病状も悪化しやすい。
林田も実家に帰らざるを得なくなり、今はどうしているのか。
俺はある意味、助けられたのかもな。この世界に来て、最初に出会ったのがイルベル達だったのは不幸中の幸いだ。キーナはキツい態度だったけど、こうして話し合いに応じてくれた。
「だからさ、ありがとうな。キーナ。お前、神殿に俺の事言ってないだろう?」
そう言うと、キーナは面白いくらいに飛び跳ねた。そして忙しなく視線を彷徨わせる。
「そ、それは、あの、ディアに迷惑がかかると思って……べ、別に貴方のためじゃないわよ!」
またツンとそっぽを向くキーナ。でも、その頬は薄く染まっている。さっきとは違い、チラチラと俺を窺って、もじもじと髪をいじっていた。
それが幼く見えて、俺は思わず吹き出す。
「なんだ、お前ほんと可愛いのな。俺、勘違いしてたわ。ギルドで見た神殿の連中も、なんか自分の意思ってものが感じられなくて。お前もそうかと思ってたけど全然違う。なぁ、お前が神殿に入った理由。聞いてもいいか? ︎︎嫌なら無理にとは言わないけど」
俺がそう言うと、キーナは息を詰まらせる。聞いちゃいけなかったかと口を開きかけた時、ひとつ大きく息を吸い、こちらに向き直った。
「貴方の事だけ知っているのは対等じゃないわ。面白い話でもないけど、聞いてくれる?」
そうして、紡がれるキーナの過去。それは酷く心に刺さる。
「……どこにでも、自分勝手な奴はいるもんだな。ほんと、ごめん。俺、知りもしないで酷い事言った。お前は神に救われたんだ。怒るのも無理は無い」
俺は再度、頭を下げて詫びた。
しかし、キーナは薄く笑って首を振る。
「いいえ。それは私も同じよ。貴方がどうやってこの世界に来たのか、知ろうともしないであんな事……。落とし子の事は、もっと調べなきゃいけないかもね。勇者の行方も。明日からはまた依頼を受けるから、その後にでも動くわ。貴方も気を付けて」
俺を案じるキーナの目には、もう敵愾心は無かった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
声楽学園日記~女体化魔法少女の僕が劣等生男子の才能を開花させ、成り上がらせたら素敵な旦那様に!~
卯月らいな
ファンタジー
魔法が歌声によって操られる世界で、男性の声は攻撃や祭事、狩猟に、女性の声は補助や回復、農業に用いられる。男女が合唱することで魔法はより強力となるため、魔法学園では入学時にペアを組む風習がある。
この物語は、エリック、エリーゼ、アキラの三人の主人公の群像劇である。
エリーゼは、新聞記者だった父が、議員のスキャンダルを暴く過程で不当に命を落とす。父の死後、エリーゼは母と共に貧困に苦しみ、社会の底辺での生活を余儀なくされる。この経験から彼女は運命を変え、父の死に関わった者への復讐を誓う。だが、直接復讐を果たす力は彼女にはない。そこで、魔法の力を最大限に引き出し、社会の頂点へと上り詰めるため、魔法学園での地位を確立する計画を立てる。
魔法学園にはエリックという才能あふれる生徒がおり、彼は入学から一週間後、同級生エリーゼの禁じられた魔法によって彼女と体が入れ替わる。この予期せぬ出来事をきっかけに、元々女声魔法の英才教育を受けていたエリックは女性として女声の魔法をマスターし、新たな男声パートナー、アキラと共に高みを目指すことを誓う。
アキラは日本から来た異世界転生者で、彼の世界には存在しなかった歌声の魔法に最初は馴染めなかったが、エリックとの多くの試練を経て、隠された音楽の才能を開花させる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる