21 / 29
魔法への邂逅
第21話 ︎︎微笑みの対価 ※sideキーナ
しおりを挟む
気が付くと、私は荘厳な神殿の前に立っていた。町の中心に聳える神殿は、神の威厳を表しているようで、安心感を与え、荒れた呼吸が次第に落ち着いてくる。
そうよ、あんな奴の言う事なんて、気にしなければいい。神の慈愛も分からない奴なんて……。
でも、あいつ、勝手に呼びつけられたって言ってた。初めてあった時もそんな風に聞いたっけ。帰宅の途中に白い空間に迷い込んで、天使が一方的に勇者を押し付けてきたって……。
深い慈愛を持つ神の使徒が、そんな事するの?
勇者は尊き存在よ。その身を顧みず、衆生を救う救世主。きっと精神も素晴らしく、立派な方なんだろう。
先代の勇者は250年前に降臨されたとされている。長い旅の末、悪意の象徴である鬼眼王カーフェンデルタを倒し、この世に平和を齎した。その偉業は世界各地に轟き、名を残している。
そんな名誉を無碍にしたのが落とし子。
神殿での落とし子の扱いは、追放者だ。
神の園で育まれ、勇者に選定されたにも関わらず、神意を拒否した者。
でも、あいつの言う事が正しいなら、拐われたと言ってもおかしくないわ。だって、当事者なんだもの。聖書の登場人物じゃない、生きた証人。
落とし子は神殿に忌避されるから、町に留まる事が難しい。だから町からも追放されて、その先は……どうなるの?
どんな扱いをされていたのかなんて、記録に残っていない。ただ、口伝えに背信者として語られるだけ。今代の落とし子も、私はあいつしか知らない。
神殿の門を潜ろうとした足が、また止まる。
私達は、ただ落とし子を悪と決めつけているだけなの?
……そういえば私、勇者のその後も知らない。鬼眼王を倒して、凱旋して、その後は?
聖書でもそんな場面、見た事無い。
神の御許に還った?
それならそうと記述があるはず。聖書は勇者の軌跡を辿りはするけど、全て神の御業とされている。勇者の力も、元を辿れば神に贈られたものだから。勇者は神の1部として扱われているんだ。
なんか、変じゃない……?
たった250年前の事なのに、何も残っていないのは不自然じゃないの?
神殿の前で立ち尽くす私を、番兵が不審そうに見やる。彼らは僧兵で、聖女や司祭を護るために存在する、私とは別の信仰を持っている人達。
彼らも神像には祈れない。ただ、目的が違うだけなのに。
在家信者もそう。神殿に帰依していないだけで、作った作物や品物を寄贈している。それも神への供物だ。
なのに、何故。
動けない私の肩を、不意に叩かれた。びっくりして振り返ると、1人の女性が首を傾げている。
「セ、セイエ様……」
そこにいたのは、スラムで出会った布教の巫女。彼女は巫女頭で、私達巫女の総括だ。もう中年と言っていいお歳で、神殿での生活や、冒険者との橋渡しなど、色々と面倒を見てくれる。私は彼女に憧れて神殿に入ったの。
セイエ様は、様子のおかしい私を見て、そっと声をかけてくれる。
「どうしたのキーナ。顔色が悪いわ。日陰に入りましょう?」
セイエ様に促され、私達は門の脇を通り、中庭のベンチに腰掛けた。セイエ様はゆっくりと背を撫でて、落ち着くのを待ってくれる。その優しさが、余計に頭を混乱させた。彼女も例に漏れず、落とし子に対して否定的だから。
俯く私に、セイエ様はゆっくりと囁く。
「何か悩み事? ︎︎聞かせてくれないかしら。吐き出せば、少しは楽になるわ」
そんな言葉にも、私は後ろめたくて視線を彷徨わせる。セイエ様はそれでも、じっと待っててくれた。
この優しさも、作られたものなの?
セイエ様が唄う聖書物語は、とても美しい。でも、それさえ作られた物なら、私は何を信じればいいの。
滲む涙を堪え、意を決して顔を上げる。
「セイエ様、神は何故落とし子をこの地に落とすのですか? ︎︎元の世界に帰してあげればいいのではないですか? ︎︎私、私……」
とうとう溢れてきた涙を拭いながら、子供のように泣きじゃくる。いい歳してみっともないけど、どうしようもないのだもの。
信じてきたものへの不信感は、徐々に大きくなっていく。
お願い。
どうか、私の神を奪わないで。
セイエ様は苦笑いしながら、呟いた。
「私もね、そう考えた事があるの。誰にも言っちゃ嫌よ? ︎︎私達だけの秘密」
そう言って、ハンカチで涙を拭いてくれる。鼻水も出てて、汚いのに。セイエ様はそんな事、気にした素振りもない。
「私はね、きっと神様にもお考えがあるのだと思うわ。それが何か、万年巫女頭の私如きには分からないけど、落とし子のためでもあるんじゃないかって。神意に背いた落とし子も、神の子よ。この世界にとって、意味があるんじゃないかしら」
意味……。
「私にも、意味があるんでしょうか?」
問いかけると、セイエ様はふんわりと笑う。
「もちろんよ。この世界に生きとし生けるもの、皆何かの意味を持って生きているの。出会いも別れも、何ひとつ無駄なものは無いのよ。私は巫女を見送るのが使命だと思っているわ」
セイエ様の言葉を噛み締めながら、私はそっと胸に手を当てる。
意味。
それじゃあ、私があいつに会ったのにも、意味があるの?
考え込む私の頭を撫でて、セイエ様が耳打ちする。
「その出会いを大切にしなさい。きっと貴女を導いてくれるわ」
私はハッとしてセイエ様を見つめる。
大切?
あいつを?
「セイエ様、それは有り得ません」
憮然と言い返す私に、セイエ様が声を上げて笑った。
そうよ、あんな奴の言う事なんて、気にしなければいい。神の慈愛も分からない奴なんて……。
でも、あいつ、勝手に呼びつけられたって言ってた。初めてあった時もそんな風に聞いたっけ。帰宅の途中に白い空間に迷い込んで、天使が一方的に勇者を押し付けてきたって……。
深い慈愛を持つ神の使徒が、そんな事するの?
勇者は尊き存在よ。その身を顧みず、衆生を救う救世主。きっと精神も素晴らしく、立派な方なんだろう。
先代の勇者は250年前に降臨されたとされている。長い旅の末、悪意の象徴である鬼眼王カーフェンデルタを倒し、この世に平和を齎した。その偉業は世界各地に轟き、名を残している。
そんな名誉を無碍にしたのが落とし子。
神殿での落とし子の扱いは、追放者だ。
神の園で育まれ、勇者に選定されたにも関わらず、神意を拒否した者。
でも、あいつの言う事が正しいなら、拐われたと言ってもおかしくないわ。だって、当事者なんだもの。聖書の登場人物じゃない、生きた証人。
落とし子は神殿に忌避されるから、町に留まる事が難しい。だから町からも追放されて、その先は……どうなるの?
どんな扱いをされていたのかなんて、記録に残っていない。ただ、口伝えに背信者として語られるだけ。今代の落とし子も、私はあいつしか知らない。
神殿の門を潜ろうとした足が、また止まる。
私達は、ただ落とし子を悪と決めつけているだけなの?
……そういえば私、勇者のその後も知らない。鬼眼王を倒して、凱旋して、その後は?
聖書でもそんな場面、見た事無い。
神の御許に還った?
それならそうと記述があるはず。聖書は勇者の軌跡を辿りはするけど、全て神の御業とされている。勇者の力も、元を辿れば神に贈られたものだから。勇者は神の1部として扱われているんだ。
なんか、変じゃない……?
たった250年前の事なのに、何も残っていないのは不自然じゃないの?
神殿の前で立ち尽くす私を、番兵が不審そうに見やる。彼らは僧兵で、聖女や司祭を護るために存在する、私とは別の信仰を持っている人達。
彼らも神像には祈れない。ただ、目的が違うだけなのに。
在家信者もそう。神殿に帰依していないだけで、作った作物や品物を寄贈している。それも神への供物だ。
なのに、何故。
動けない私の肩を、不意に叩かれた。びっくりして振り返ると、1人の女性が首を傾げている。
「セ、セイエ様……」
そこにいたのは、スラムで出会った布教の巫女。彼女は巫女頭で、私達巫女の総括だ。もう中年と言っていいお歳で、神殿での生活や、冒険者との橋渡しなど、色々と面倒を見てくれる。私は彼女に憧れて神殿に入ったの。
セイエ様は、様子のおかしい私を見て、そっと声をかけてくれる。
「どうしたのキーナ。顔色が悪いわ。日陰に入りましょう?」
セイエ様に促され、私達は門の脇を通り、中庭のベンチに腰掛けた。セイエ様はゆっくりと背を撫でて、落ち着くのを待ってくれる。その優しさが、余計に頭を混乱させた。彼女も例に漏れず、落とし子に対して否定的だから。
俯く私に、セイエ様はゆっくりと囁く。
「何か悩み事? ︎︎聞かせてくれないかしら。吐き出せば、少しは楽になるわ」
そんな言葉にも、私は後ろめたくて視線を彷徨わせる。セイエ様はそれでも、じっと待っててくれた。
この優しさも、作られたものなの?
セイエ様が唄う聖書物語は、とても美しい。でも、それさえ作られた物なら、私は何を信じればいいの。
滲む涙を堪え、意を決して顔を上げる。
「セイエ様、神は何故落とし子をこの地に落とすのですか? ︎︎元の世界に帰してあげればいいのではないですか? ︎︎私、私……」
とうとう溢れてきた涙を拭いながら、子供のように泣きじゃくる。いい歳してみっともないけど、どうしようもないのだもの。
信じてきたものへの不信感は、徐々に大きくなっていく。
お願い。
どうか、私の神を奪わないで。
セイエ様は苦笑いしながら、呟いた。
「私もね、そう考えた事があるの。誰にも言っちゃ嫌よ? ︎︎私達だけの秘密」
そう言って、ハンカチで涙を拭いてくれる。鼻水も出てて、汚いのに。セイエ様はそんな事、気にした素振りもない。
「私はね、きっと神様にもお考えがあるのだと思うわ。それが何か、万年巫女頭の私如きには分からないけど、落とし子のためでもあるんじゃないかって。神意に背いた落とし子も、神の子よ。この世界にとって、意味があるんじゃないかしら」
意味……。
「私にも、意味があるんでしょうか?」
問いかけると、セイエ様はふんわりと笑う。
「もちろんよ。この世界に生きとし生けるもの、皆何かの意味を持って生きているの。出会いも別れも、何ひとつ無駄なものは無いのよ。私は巫女を見送るのが使命だと思っているわ」
セイエ様の言葉を噛み締めながら、私はそっと胸に手を当てる。
意味。
それじゃあ、私があいつに会ったのにも、意味があるの?
考え込む私の頭を撫でて、セイエ様が耳打ちする。
「その出会いを大切にしなさい。きっと貴女を導いてくれるわ」
私はハッとしてセイエ様を見つめる。
大切?
あいつを?
「セイエ様、それは有り得ません」
憮然と言い返す私に、セイエ様が声を上げて笑った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
私のわがままな異世界転移
とみQ
ファンタジー
高校三年生の夏休み最後の日。
君島隼人は恋人である高野美奈の家で、友人椎名めぐみと工藤淳也の宿題につきあってやっていた。
いつもと変わらぬ日常を送っていた四人に突如降りかかった現実は、その平穏な日々を激変させてしまう出来事で……。
想いが人を強くする。
絆が織りなす異世界転移、バトルファンタジーここに開幕!
人の想いの強さをテーマにしております。
読む人の心を少しでも熱く、震わせられる作品にできたらなあと思って書いています。
よろしくお願いいたします。
アルファポリスでの更新を久しぶりに再開させていただきました。
これまでご拝読くださった方々、ありがとうございます。
よろしければまたお付き合いください。

追放シーフの成り上がり
白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。
前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。
これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。
ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。
ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに……
「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。
ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。
新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。
理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。
そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。
ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。
それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。
自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。
そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」?
戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる