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魔法への邂逅

第21話 ︎︎微笑みの対価 ※sideキーナ

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 気が付くと、私は荘厳な神殿の前に立っていた。町の中心にそびえる神殿は、神の威厳を表しているようで、安心感を与え、荒れた呼吸が次第に落ち着いてくる。

 そうよ、あんな奴の言う事なんて、気にしなければいい。神の慈愛も分からない奴なんて……。

 でも、あいつ、勝手に呼びつけられたって言ってた。初めてあった時もそんな風に聞いたっけ。帰宅の途中に白い空間に迷い込んで、天使が一方的に勇者を押し付けてきたって……。

 深い慈愛を持つ神の使徒が、そんな事するの?

 勇者は尊き存在よ。その身を顧みず、衆生を救う救世主。きっと精神も素晴らしく、立派な方なんだろう。

 先代の勇者は250年前に降臨されたとされている。長い旅の末、悪意の象徴である鬼眼王カーフェンデルタを倒し、この世に平和をもたらした。その偉業は世界各地に轟き、名を残している。

 そんな名誉を無碍にしたのが落とし子。

 神殿での落とし子の扱いは、追放者だ。

 神の園で育まれ、勇者に選定されたにも関わらず、神意を拒否した者。

 でも、あいつの言う事が正しいなら、拐われたと言ってもおかしくないわ。だって、当事者なんだもの。聖書の登場人物じゃない、生きた証人。

 落とし子は神殿に忌避されるから、町に留まる事が難しい。だから町からも追放されて、その先は……どうなるの?

 どんな扱いをされていたのかなんて、記録に残っていない。ただ、口伝えに背信者として語られるだけ。今代の落とし子も、私はあいつしか知らない。

 神殿の門をくぐろうとした足が、また止まる。

 私達は、ただ落とし子を悪と決めつけているだけなの?

 ……そういえば私、勇者のその後も知らない。鬼眼王を倒して、凱旋して、その後は?

 聖書でもそんな場面、見た事無い。

 神の御許に還った?

 それならそうと記述があるはず。聖書は勇者の軌跡を辿りはするけど、全て神の御業とされている。勇者の力も、元を辿れば神に贈られたものだから。勇者は神の1部として扱われているんだ。

 なんか、変じゃない……?

 たった250年前の事なのに、何も残っていないのは不自然じゃないの?

 神殿の前で立ち尽くす私を、番兵が不審そうに見やる。彼らは僧兵で、聖女や司祭を護るために存在する、私とは別の信仰を持っている人達。

 彼らも神像には祈れない。ただ、目的が違うだけなのに。

 在家信者もそう。神殿に帰依していないだけで、作った作物や品物を寄贈している。それも神への供物だ。

 なのに、何故。

 動けない私の肩を、不意に叩かれた。びっくりして振り返ると、1人の女性が首を傾げている。

「セ、セイエ様……」

 そこにいたのは、スラムで出会った布教の巫女。彼女は巫女頭で、私達巫女の総括だ。もう中年と言っていいお歳で、神殿での生活や、冒険者との橋渡しなど、色々と面倒を見てくれる。私は彼女に憧れて神殿に入ったの。

 セイエ様は、様子のおかしい私を見て、そっと声をかけてくれる。

「どうしたのキーナ。顔色が悪いわ。日陰に入りましょう?」

 セイエ様に促され、私達は門の脇を通り、中庭のベンチに腰掛けた。セイエ様はゆっくりと背を撫でて、落ち着くのを待ってくれる。その優しさが、余計に頭を混乱させた。彼女も例に漏れず、落とし子に対して否定的だから。

 俯く私に、セイエ様はゆっくりと囁く。

「何か悩み事? ︎︎聞かせてくれないかしら。吐き出せば、少しは楽になるわ」

 そんな言葉にも、私は後ろめたくて視線を彷徨わせる。セイエ様はそれでも、じっと待っててくれた。

 この優しさも、作られたものなの?

 セイエ様が唄う聖書物語は、とても美しい。でも、それさえ作られた物なら、私は何を信じればいいの。

 滲む涙を堪え、意を決して顔を上げる。

「セイエ様、神は何故落とし子をこの地に落とすのですか? ︎︎元の世界に帰してあげればいいのではないですか? ︎︎私、私……」

 とうとう溢れてきた涙を拭いながら、子供のように泣きじゃくる。いい歳してみっともないけど、どうしようもないのだもの。

 信じてきたものへの不信感は、徐々に大きくなっていく。

 お願い。

 どうか、私の神を奪わないで。

 セイエ様は苦笑いしながら、呟いた。

「私もね、そう考えた事があるの。誰にも言っちゃ嫌よ? ︎︎私達だけの秘密」

 そう言って、ハンカチで涙を拭いてくれる。鼻水も出てて、汚いのに。セイエ様はそんな事、気にした素振りもない。

「私はね、きっと神様にもお考えがあるのだと思うわ。それが何か、万年巫女頭の私如きには分からないけど、落とし子のためでもあるんじゃないかって。神意に背いた落とし子も、神の子よ。この世界にとって、意味があるんじゃないかしら」

 意味……。

「私にも、意味があるんでしょうか?」

 問いかけると、セイエ様はふんわりと笑う。

「もちろんよ。この世界に生きとし生けるもの、皆何かの意味を持って生きているの。出会いも別れも、何ひとつ無駄なものは無いのよ。私は巫女を見送るのが使命だと思っているわ」

 セイエ様の言葉を噛み締めながら、私はそっと胸に手を当てる。

 意味。

 それじゃあ、私があいつに会ったのにも、意味があるの?

 考え込む私の頭を撫でて、セイエ様が耳打ちする。

「その出会いを大切にしなさい。きっと貴女を導いてくれるわ」

 私はハッとしてセイエ様を見つめる。

 大切?
 あいつを?

「セイエ様、それは有り得ません」

 憮然と言い返す私に、セイエ様が声を上げて笑った。
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