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魔法への邂逅

第16話 ︎︎昔話をしよう

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 俺の反応が面白かったのか、ヒューアはニコニコと笑っている。イギリスって、こいつも落とし子?

 でも勇者降臨は数百年に1度のはずだ。ヒューアはどう見ても80前後。計算が合わない。俺を試しているのか?

 警戒する俺にヒューアは柔らかい声で囁く。

「ほっほ。そう身構えないでおくれ。少なくとも、私は敵ではないよ。少し話をしよう。ついてきてくれるかい?」

 それに反応したのはリズさんだ。俺達の間に割って入り声を荒らげる。

「いけませんヒューア様! ︎︎この者は危険です! ︎︎まずは検閲を……」

 しかし、それはヒューアによって遮られてしまう。その声はガラリと変わり、叱責の色を含んでいた。辺りの空気が一気に冷える。

「リズ。君に私を止める権限があるのかね。私は誰だ? ︎︎言ってみなさい」

 その凄みに俺まで呑まれてしまう。平和ボケした世界で生きてきたのに、これが殺気なんだと本能で分かった。

 真正面からもろに食らったリズさんはたまらない。その顔は白いほど青ざめて喉がヒュっと鳴る。浅い息を繰り返し、どうにか声を絞り出した。

「お、鏖殺おうさつの……魔賢将まげんしょう……ヒューア・ヌアラ様、です……」

 おうさつ?
 ってなんだっけ。最近読んだ漫画にあったはずだけど意味までは分からない。

 それでも恐怖の対象になるであろう事は、リズさんの様子で推察できる。権力だけでなく、実力もあるんだろう。しかも、相当な。

 その間にもリズさんの息は荒くなっていく。

 やべっ!
 このままじゃ過呼吸でぶっ倒れる!

 俺はそっとリズさんの背を支えながら、ヒューアの意識を逸らそうと問いかけた。

「話って、なんでしょうか?」

 すると途端に人懐っこい笑みを浮かべ、頭を搔く。まるで、イタズラを叱られた子供みたいに。

 なんだ、こいつ。歳のわりにガキっぽいっていうか……。何を考えているのか底が見えないその言動は恐怖心を煽り、全身が総毛立つ。

「ああ、ごめんね。リズ、この子の身柄は私が預かるから、心配しなくていいよ。ギルド長にも伝えてある。全ての責任は私が負うよ」

 その声も聞こえているのかどうか。リズさんはとうとう耐えきれずに膝から崩れ落ちた。

 俺は慌ててリズさんを支えると背中をさする。肩で息をするリズさんは苦しそうだ。

 それにも興味が無いようにヒューアは軽い口調で俺を呼ぶ。

「じゃあ、行こうかルイ。応接室を貸してもらってるから腰を落ち着けて話そう」

 そういうと、さっさと背を向けて歩き出した。

 俺は咄嗟にどちらを取るべきか逡巡する。たぶん、ヒューアについて行くのが賢い選択だ。でも、こんなリズさんを放っていくのも気が引ける。

 ヒューアは気にもかけず、遠ざかっていく。行くなら早くしないと見失ってしまうけど……。

 いや、やっぱり苦しんでる女性を置いては行けない。そう考えてリズさんに肩を貸そうとしたら乱暴に突き飛ばされてしまった。

「……行って……」

 か細い声が漏れ出るが小さくて聞き取れない。

「え?」

 聞き返す俺に鬼の形相でリズさんが吠えた。

「早く行きなさい!」

 涙を流しながら必死に叫ぶ。
 戸惑う俺に向かって更にリズさんは捲し立てる。

「死にたいの!? ︎︎私は嫌よ! ︎︎巻き込まないで! ︎︎早く行け!」

 それはある意味、俺を拒絶する言葉だった。キーナとはまた違う呪いの言葉。ふらりと立ち上がると傍でオロオロしているティットが目に入る。

「ティット、くん。リズさんを頼む……」

 どうにかそれだけ伝えると、ティットは何度も頷く。取り敢えず、これでリズさんは大丈夫だろう。

 でも、結構効いたな……落とし子は神の加護を無下にした存在。教会の信者には嫌われるってイルベルも言っていたけど、リズさんの言葉はそれとは違う。

 リズさんは俺が落とし子だとは気付いていない。ただ、ヒューアの機嫌を損なわないために拒絶したんだ。

 それは自分の命を守るため。ヒューアにはその力があるんだろう。リズさんは職務に忠実だっただけだ。なのに理不尽な殺気を叩きつけられてしまった。そりゃ俺に八つ当たりするよな。

 はぁ、と重い溜息が零れる。
 これは仕方がない事。そう言い聞かせても落ちかける涙をぐっと堪え、ヒューアの後を追った。

 走ってギルドの建物まで来ると、ヒューアは意外にも入口で待っていてくれた。その顔は少し寂しげだ。

「ルイ……君は優しい子だね。見たろう? ︎︎あれが私達の宿命だよ。落とし子は勇者にも英雄にもなれない。勇者に選ばれるだけの器はある。しかし、神力を得ずにそれを努力で満たしたとしても、ただ畏怖の対象としか見られないんだ。私は魔杯の塔の玉座についたが友と呼べる者はいないよ。でもね、君には違う未来が見えている。君は落とし子の希望だ。おいで。ここでは人に聞かれてしまう」

 そう言いながら扉を開けて俺に入るよう促す。

 希望?
 どういう意味だ?

 先を行くヒューアの背を見ながら思考する。俺は何も持っていない。この十芒星も本来の性能を発揮するとは思えなかった。多少の融通は効くかもしれないけど、所詮しょせんチート無しの無能だ。

 リズさんの契約を見て、魔術がコマンドで形成されている事は分かったけど、俺はSEな訳でもない。ただの営業マンでパソコンも仕事で使う基本的な部分しか知らないんだ。

 それにまだ実戦的な魔術も習っていない。どれだけ魔物を相手に戦えるか検討もつかないのに。

 魔杯の塔がどういう所かも知らない。このヒューアについてだって何も知らないんだ。そんな奴が急に現れて希望だなんだと言われても現実味がない。

 っていうか、こいつなんでここにいるんだ?
 さっき、占いがどうとか言ってたけど。魔杯の塔ってこの町の近所なの?

 イルベル達に連れられてこの町に辿り着いた時にはそれっぽいモノなかったよな。ちらりと窓から外に目をやっても見えるのは茶色い屋根と青い空だけだ。

 そうこうしている内に応接室に着いた。ヒューアはまた扉を開けて俺を先に部屋へ入れる。大きなテーブルと向かい合わせのソファ、その先に大きな窓が設けられた、必要最低限のその部屋は古めかしいけど手入れはしっかりされていた。

 ヒューアは俺にソファを勧め、自身もその向かいに腰掛ける。そのまま俺をじっと見つめた。その目付きが柔らかくて、まるで孫を見るじーちゃんのようだ。俺は居心地が悪くてソワソワしてしまう。

 しかし、それでは話が進まない。俺は思い切って疑問をぶつけた。

「貴方も落とし子なんですか? ︎︎でも年代が合いません。貴方はどう見ても80歳くらいだ。勇者は数百年単位で現れるのでしょう?」

 そんな俺をくすりと笑ってヒューアが懐かしむように言葉を紡ぐ。その目はどこか遠くを見ているようだ。

「私はね、これでも250年生きているんだよ」

 250年!?
 思いがけない言葉に絶句していると、ヒューアは悲しげに俯く。

「私は死ねないんだ。いわゆる不死だよ。それが私の勇者たる特性。不死は人類の夢だ。でもね、それがどれほどの苦痛か分かるかい? ︎︎首を斬られても、心臓を突かれても、細切れにされたって生き返るんだ。何度も何度も私は死んだ。その度に生き返る。友情を結んだ仲間達が死んでいく中、私だけが生き残る。気が狂いそうだったよ」

 その苦しみは俺には想像もつかない。想像するのも失礼だと思った。ヒューアの歪んだ顔が胸を締め付ける。

 そしてヒューアは昔語りを始めた。

「1773年。産業革命の波が押し寄せる激動の時代に私は生まれた。次々と新しい発明が世に出て、蒸気機関車が街を走る。目まぐるしい日々だったよ。私が2歳の頃、アメリカと戦争が始まった。後で知ったが植民地への課税がきっかけだったそうだね。それは10歳の頃まで続き、アメリカは独立を勝ち取った。私は首都にいたから戦場は知らない」

 ふぅっと一息つくと俺に視線を戻した。

「ロンドンというのだけど、君の時代にもまだあるかい?」

 不意に投げられた問に俺はキョドってしまったが、いくら高卒の俺でもイギリスの首都くらい知っている。

「はい。若者に人気の街ですよ。ビートルズっていうバンド……えっと楽団ができて世界中にファンがいます」

 ヒューアは興味を持ったのか「ほぅ」と顎を撫でた。

「凄いね。私も見てみたかったよ」

 あ、でも確かビートルズは1960年代に活動していたはずだ。地球にいたら見れなかったんじゃないかな。

 俺がそう言えば、ヒューアは力無く笑う。

「そうだね。地球で生きていられたら、こんなに苦しむ事は無かった。私がこの世界に来た日の事は今でも覚えているよ。25歳の頃だった。朝、仕事に行こうと外に出たんだ。玄関を開けると視界が真っ白に染まっていた。ロンドンは霧の街だ。いやに霧が深いと思ったけど構わず出かけた。それがいけなかった。どこまで歩いても誰にも会わない。仕事場にも着かない。そしてあの天使に会ったんだ。6枚の翼を持った、あの天使。君もそうだね?」

 その問いかけに俺は静かに頷いた。同じ奴かどうかは分からないけど、そこはそれほど重要じゃない。

 重要なのは、そこでのやり取り。

「その天使は私を勇者だと言った。そしてこの世界を救えと。だがその時私には妊娠中の妻がいたんだ。その妻と子を残して異界に渡れと言う。そんな話受ける訳が無い。帰してくれと懇願したらにべもなく捨てられたよ」

 やっぱり俺と同じ……いや、俺より状況は悪い。俺にとっての大事な物はビールとゲームだったけど、この人は愛する人と引き離されたんだから。しかもまだ見ぬ子供とも。

 俺はいたたまれなくて言葉が出ない。それと同時に怒りが湧いてくる。天使だろうが、神だろうが、人を物のように扱いやがって。許せねぇ。

 ギリギリと奥歯を噛み締める俺に、ヒューアは笑みを向けた。

「本当に、君は優しい子だ。私のために怒ってくれる。だからこそ、私にはできなかった事も、君ならできるかもしれない。どうか、この因縁を断ち切ってくれ。その十芒星はそのための物だと思うよ。これから私が師となって魔術を教える。でも君の行く道を制限する気は無いから安心して。君は君の思うように生きてほしい。それがいずれ運命になっていくから」

 こうして俺は心強い師匠を得た。

 神共め、首を洗って待ってろよ!
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