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反撃の狼煙
第15話 ︎︎死地への門出
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その日は朝から騒々しかった。王宮で人が右往左往と走り回っている。
韵華とカミルはそんな中で、いつもと変わらぬ生活を送った。
カミルも気にかける風を装い、走り回る文官に何度か声をかけたが、皆無視して去っていく。だが、それでいい。何が起こったのか、カミルは知っていたのだから。
その知らせがカミルに届いたのは、もう陽が暮れる頃だ。優先順位の低さに自嘲が零れる。
「イアス兄様がお亡くなりになった!? ︎︎どういう事だ!」
だが、カミルはそんな心情を隠し、驚いてみせた。韵華も口元を覆い、驚愕に目を見開く。目の前に膝を着く兵士は息も整わない内に、口早に告げた。
「昨夜、王太子殿下の寝所にて異変あり。すぐさま御典医が呼ばれましたが、手の打ちようもなく、お隠れになられました……」
それを聞いて、カミルは歯噛みする。
「一体何が……死因は分かっているのか?」
その問いには、期待通りの答えが返る。
「毒を盛られたようです。長い時間苦しまれ、それは惨い死に様であったと。そして、第一夫人もご一緒に……」
二人は寄り添い、肩を抱く。
できるだけ、悲しんで見えるように。
「そうか。犯人の目星は付いているのか?」
しかし、兵士は首を振る。
「いえ……容疑者は複数おりますが、特定には至らず。ただ……」
そこで口を噤んだ兵士は、視線を彷徨わせ、迷っているようだった。
「なんだ。言ってみろ。内密にすると約束する」
優しく問いかける声に、戸惑いながらも兵士は言う。
「……多くの者は、シャハル殿下を怪しんでおります。しかし、他の夫人方や、食事の配膳係などが容疑者として名が上がっている状態で、まだはっきりとは……」
それに苦悶の表情でカミルは応える。
「まだ時間が足りない……か。毒の方はどうだ」
兵士はまた首を振り、項垂れた。
「ウイクワの毒です。入手が容易で、これだけでは縛りこめません」
ウイクワは、この国に自生する多肉植物だ。肉厚な果肉は食用として市に並ぶが、その実は猛毒を持っている。拳大のそれは、ひとつの実で人一人殺せるだけの毒を有していた。砂漠では数少ない栄養源だ。野生のトカゲや小型の草食動物から種を守るために毒を得たと考えられている。
そんな猛毒の果汁は、少しの苦味があるものの、酒に混ぜれば気付かれない。勿論採取は禁じられているが、王都の近くにも群生地があり、入手は容易いだろう。
「八方塞がりか」
眉を垂れるカミルだが、思考は既に次へと向いている。今のところはシャハルへの疑惑が大きい。しかしそれだけではダメだ。王宮に混乱を起こすには、まだ足りない。
「次の王太子は、イアス兄様の御子になるだろうな。それで得をする者となれば……やはり、母親か? ︎︎しかし、シャハルにも利はある。配膳係というのは?」
カミルは兵士を少しづつ誘導しながら、問いを重ねる。
「は。配膳係の女が以前より自慢していたそうなのです。自分は王太子殿下のお気に入りだと。しかし、御子がお産まれになられてからは癇癪を起こしていたとか。自分こそが国母に相応しいと吹聴していたようです」
カミルは苦い顔をしながらも、内心では諸手を挙げていた。
カミルの配下は主に事務方と調理場に潜らせている。その配膳係の事も報告を受けていた。だからこそ、王太子が第一夫人の元を訪れる日を知る事も、食事に毒を盛る事もできたのだ。
ここまでは順調に事は運んでいる。だが気を弛める事はできない。これからが本番だ。
「そうか、分かった。葬儀はいつだ? ︎︎俺も出席して構わないのだろう?」
砂漠ではその熱波のせいで、遺体は腐敗が早い。そのため、内蔵を抜き、ミイラ化させて埋葬する事が王家の慣例となっている。ミイラを作るには七十日を要し、解剖学に精通した神官が執り行う。
それまでにいくつかの儀式が必要だ。
その間は地下の冷暗所に保管される。
そこから鑑みて、葬儀はそう遅くは無いだろう。毒の鑑定も済んでいる事から、工程は滞りなく進むはずだ。
兵士もそれを肯定した。
「葬儀は明後日。送魂の間にて行われます。その後、調査が本格的に始まる予定です。殿下方にも、ご協力頂きたく存じます」
カミルは神妙に頷き、兵士を労う。
「分かった。報告ご苦労だったな。まだ王宮は慌ただしいだろう。葬儀が終わるまで、よろしく頼む」
それに一度深く頭を垂れると、兵士は振り返る事もせず、王宮に走っていった。
カミルは韵華の背を撫で、肩を抱き寄せる。その耳元で小さく囁いた。ここは離宮の広間だ。壁際に高官の息がかかった侍従もいる。そいつらに聞こえぬよう、身を寄せ合う。
「さぁ、どうなるかな。シャハルが御子を殺してくれると一番良いが……」
韵華も、頬をカミルの胸に預けて、悲しむ素振りで頷いた。
「そうね。しばらくは様子見かしら。園遊会どころでは無いでしょうしね。夫人達の動きにも注意しないと」
二人は寄り添い、王太子の死を悼む。
まずは一人。
次なる標的は――。
第一部~完~
韵華とカミルはそんな中で、いつもと変わらぬ生活を送った。
カミルも気にかける風を装い、走り回る文官に何度か声をかけたが、皆無視して去っていく。だが、それでいい。何が起こったのか、カミルは知っていたのだから。
その知らせがカミルに届いたのは、もう陽が暮れる頃だ。優先順位の低さに自嘲が零れる。
「イアス兄様がお亡くなりになった!? ︎︎どういう事だ!」
だが、カミルはそんな心情を隠し、驚いてみせた。韵華も口元を覆い、驚愕に目を見開く。目の前に膝を着く兵士は息も整わない内に、口早に告げた。
「昨夜、王太子殿下の寝所にて異変あり。すぐさま御典医が呼ばれましたが、手の打ちようもなく、お隠れになられました……」
それを聞いて、カミルは歯噛みする。
「一体何が……死因は分かっているのか?」
その問いには、期待通りの答えが返る。
「毒を盛られたようです。長い時間苦しまれ、それは惨い死に様であったと。そして、第一夫人もご一緒に……」
二人は寄り添い、肩を抱く。
できるだけ、悲しんで見えるように。
「そうか。犯人の目星は付いているのか?」
しかし、兵士は首を振る。
「いえ……容疑者は複数おりますが、特定には至らず。ただ……」
そこで口を噤んだ兵士は、視線を彷徨わせ、迷っているようだった。
「なんだ。言ってみろ。内密にすると約束する」
優しく問いかける声に、戸惑いながらも兵士は言う。
「……多くの者は、シャハル殿下を怪しんでおります。しかし、他の夫人方や、食事の配膳係などが容疑者として名が上がっている状態で、まだはっきりとは……」
それに苦悶の表情でカミルは応える。
「まだ時間が足りない……か。毒の方はどうだ」
兵士はまた首を振り、項垂れた。
「ウイクワの毒です。入手が容易で、これだけでは縛りこめません」
ウイクワは、この国に自生する多肉植物だ。肉厚な果肉は食用として市に並ぶが、その実は猛毒を持っている。拳大のそれは、ひとつの実で人一人殺せるだけの毒を有していた。砂漠では数少ない栄養源だ。野生のトカゲや小型の草食動物から種を守るために毒を得たと考えられている。
そんな猛毒の果汁は、少しの苦味があるものの、酒に混ぜれば気付かれない。勿論採取は禁じられているが、王都の近くにも群生地があり、入手は容易いだろう。
「八方塞がりか」
眉を垂れるカミルだが、思考は既に次へと向いている。今のところはシャハルへの疑惑が大きい。しかしそれだけではダメだ。王宮に混乱を起こすには、まだ足りない。
「次の王太子は、イアス兄様の御子になるだろうな。それで得をする者となれば……やはり、母親か? ︎︎しかし、シャハルにも利はある。配膳係というのは?」
カミルは兵士を少しづつ誘導しながら、問いを重ねる。
「は。配膳係の女が以前より自慢していたそうなのです。自分は王太子殿下のお気に入りだと。しかし、御子がお産まれになられてからは癇癪を起こしていたとか。自分こそが国母に相応しいと吹聴していたようです」
カミルは苦い顔をしながらも、内心では諸手を挙げていた。
カミルの配下は主に事務方と調理場に潜らせている。その配膳係の事も報告を受けていた。だからこそ、王太子が第一夫人の元を訪れる日を知る事も、食事に毒を盛る事もできたのだ。
ここまでは順調に事は運んでいる。だが気を弛める事はできない。これからが本番だ。
「そうか、分かった。葬儀はいつだ? ︎︎俺も出席して構わないのだろう?」
砂漠ではその熱波のせいで、遺体は腐敗が早い。そのため、内蔵を抜き、ミイラ化させて埋葬する事が王家の慣例となっている。ミイラを作るには七十日を要し、解剖学に精通した神官が執り行う。
それまでにいくつかの儀式が必要だ。
その間は地下の冷暗所に保管される。
そこから鑑みて、葬儀はそう遅くは無いだろう。毒の鑑定も済んでいる事から、工程は滞りなく進むはずだ。
兵士もそれを肯定した。
「葬儀は明後日。送魂の間にて行われます。その後、調査が本格的に始まる予定です。殿下方にも、ご協力頂きたく存じます」
カミルは神妙に頷き、兵士を労う。
「分かった。報告ご苦労だったな。まだ王宮は慌ただしいだろう。葬儀が終わるまで、よろしく頼む」
それに一度深く頭を垂れると、兵士は振り返る事もせず、王宮に走っていった。
カミルは韵華の背を撫で、肩を抱き寄せる。その耳元で小さく囁いた。ここは離宮の広間だ。壁際に高官の息がかかった侍従もいる。そいつらに聞こえぬよう、身を寄せ合う。
「さぁ、どうなるかな。シャハルが御子を殺してくれると一番良いが……」
韵華も、頬をカミルの胸に預けて、悲しむ素振りで頷いた。
「そうね。しばらくは様子見かしら。園遊会どころでは無いでしょうしね。夫人達の動きにも注意しないと」
二人は寄り添い、王太子の死を悼む。
まずは一人。
次なる標的は――。
第一部~完~
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