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反撃の狼煙
第11話 ︎︎亀裂
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招待されたハレムの奥で、悪意に囲まれながらも、韵華はふわりと微笑み、爆弾を投下した。
「ネフェティア様、お目にかかれて光栄です。さすがは王太子殿下の第一夫人でいらっしゃるわ。この中の誰よりもお美しゅうございます」
無邪気な声に一瞬、空気が凍る。
本物を差し置いて、一番だと褒めたのだからそれはそうだろう。だが、そう仕向けたのは当の本人だ。
韵華は心中で舌を出した。ネフェティアは面白いように引きつっている。周りの女達も同様だ。
だが、一人だけ、本物の第一夫人であるシェーサーラだけは違った。紅い唇は弧を描き、面白そうに見ている。
シェーサーラは真っ直ぐな銀の髪に、薄い琥珀色の瞳を持ち、褐色の肌は滑らかで艶がある。服の上からでも分かるふくよかな胸、それに反した細い腰は、男から見れば涎が出るほどの美貌だろう。その仕草からかなりの自信家だと見える。
それに対してネフェティアは濃い金の髪に、鳶色の瞳だ。セーベルハンザの基準でもシェーサーラの方が上だろう。
しかし、韵華は知らぬ顔でネフェティアを称えた。
「金の御髪も神々しいですわ。瞳も宝石のようで、とても素敵。まるで女神様が降臨されたみたい。ネフェティア様ほどの美女は他におりません」
それは暗に、他の女達を貶める言葉だ。韵華はあくまで子供らしく振る舞う。声を高め、はしゃいで見せた。田舎から出てきた、何も知らぬ幼子のように。
「あ、ありがとう。でも他の夫人達も素敵でしょう? ︎︎美しくなければ、王太子の妻にはなれないわ」
ネフェティアはシェーサーラを気にしながら、腕を広げ周囲に目を向けさせる。それにも韵華はとぼけた声を出した。
「え、皆様……ですか? ︎︎確かに、お美しいとは思いますが、ネフェティア様は別格です。比べるなんて烏滸がましいわ」
それに女達の目つきが変わった。ネフェティアの顔色が悪い。この反応を見るに、ネフェティアが一番身分が低いのだろうと、韵華は当たりをつけた。
ならば。
「ネフェティア様は三国一の美女ですわ。エディシェイダにも、これほどのお方はいらっしゃらないでしょう。次期国王である王太子殿下への、天からの贈り物です」
恍惚と頬を染め、韵華は酔ったように褒め称える。
セーベルハンザの神は唯一神だ。その神が与えた女とは聖女であり、国王にも勝る貴人と言っていい。韵華はネフェティアが聖女だと言っているのだ。
それにはさすがにシェーサーラも声を荒らげた。
「ネフェティアが聖女ですって? ︎︎この私が劣っていると言うの!?」
しかし、韵華はなおもとぼける。
「貴女はそんな端にいるのだもの。どうせ、お情けの情婦でしょう? ︎︎ネフェティア様に適う訳ないわ」
つんとそっぽを向き、言い放つ。シェーサーラは怒りに顔を歪めた。
「本当に猿なのね。美醜の区別もつかないなんて……私が本当の第一夫人よ。ネフェティアなんかより殿下に愛されている、この国で一番美しい女! ︎︎覚えておきなさい」
憤るシェーサーラを、きょとんと見ながら韵華は笑った。
「貴女が第一夫人? ︎︎とてもじゃないけれど信じられないわ。もし本当なら、王太子殿下の目を疑います。どう見てもネフェティア様の方が上だもの。気品も美しさもね。本当に貴女が第一夫人だったとしたら、そのうち捨てられるのではなくて? ︎︎こんなに美しいお方が傍にいらっしゃるんですもの。殿下もきっと夢中になるわ」
うっとりとネフェティアを見ながら、韵華はシェーサーラには目もくれない。その言葉にネフェティアの口元はにやけている。
誰であろうと、賛美を浴びれば悪い気などしない。それどころか、あわよくばという気持ちが湧き上がるだろう。
最初にこの部屋へ入った時は均衡が取れていた女達の間に、少しの楔を打ち込む。それは次第に大きくなり、疑心暗鬼となっていく。
おそらく、密談による恩恵は等しくない。シェーサーラが多くを受け取り、位によって減っていくと思われた。
もしかしたら。
そう思わせれば、韵華の勝ちだ。そしてそれは功を奏した。
女達の目がギラついている。
小猿を弄ぼうと呼び出したのに、そんな考えはもう消えていた。シェーサーラは身分の高い父を持つのだろう。しかし、そんなものは、王太子の心ひとつで覆されるのだ。
シェーサーラが第一夫人になれたのが父の後ろ盾のお陰ならば、真実に王太子の心があるとは言いきれない。嫡男を産んだのが誰かも公になっていないが、シェーサーラは経産婦ではないだろう。
この国では子を産んだ女は、額に花の模様の刺青を入れる。一夫多妻の制度の中でも、女は貞操を守らねばならなかった。子を成さずに夫を亡くせば、違う男に嫁ぐ事ができるが、子がいれば生涯未亡人だ。
その模様がシェーサーラには無く、ネフェティアにはあった。もしかしたら、嫡男の母の可能性もある。その子が王太子となれば、シェーサーラの地位は危ういだろう。
他にも、二人に額の模様がある。その者達にもシェーサーラを出し抜く機会は残されていた。
だが、そんな女達を突き動かすのは、ただの優越感への執着心だ。今まで下に見られていた相手より、上に行く。それは何にも勝る快楽をもたらす。
女達が牽制し合う様をしりめに、韵華は静かに部屋を辞す。
もう誰も、韵華を見ていなかった。
上級夫人達のサロンを辞した後、また広場に差し掛かるとあの女がいた。嘲笑に耐えながらも引きつった笑みを浮かべている。
そこに韵華は足を向けた。
「またお会いしたわね」
にこりと微笑みかけると、女は睨み返してくる。それを無視して、そっと囁いた。
「上級夫人も大した事ないわね。貴女にも好機があるのではないかしら。少なくとも、私は貴女の方が綺麗だと思うわ」
驚く女に手を振り、韵華は大門を潜ると、自分の宮へと帰っていった。
「ネフェティア様、お目にかかれて光栄です。さすがは王太子殿下の第一夫人でいらっしゃるわ。この中の誰よりもお美しゅうございます」
無邪気な声に一瞬、空気が凍る。
本物を差し置いて、一番だと褒めたのだからそれはそうだろう。だが、そう仕向けたのは当の本人だ。
韵華は心中で舌を出した。ネフェティアは面白いように引きつっている。周りの女達も同様だ。
だが、一人だけ、本物の第一夫人であるシェーサーラだけは違った。紅い唇は弧を描き、面白そうに見ている。
シェーサーラは真っ直ぐな銀の髪に、薄い琥珀色の瞳を持ち、褐色の肌は滑らかで艶がある。服の上からでも分かるふくよかな胸、それに反した細い腰は、男から見れば涎が出るほどの美貌だろう。その仕草からかなりの自信家だと見える。
それに対してネフェティアは濃い金の髪に、鳶色の瞳だ。セーベルハンザの基準でもシェーサーラの方が上だろう。
しかし、韵華は知らぬ顔でネフェティアを称えた。
「金の御髪も神々しいですわ。瞳も宝石のようで、とても素敵。まるで女神様が降臨されたみたい。ネフェティア様ほどの美女は他におりません」
それは暗に、他の女達を貶める言葉だ。韵華はあくまで子供らしく振る舞う。声を高め、はしゃいで見せた。田舎から出てきた、何も知らぬ幼子のように。
「あ、ありがとう。でも他の夫人達も素敵でしょう? ︎︎美しくなければ、王太子の妻にはなれないわ」
ネフェティアはシェーサーラを気にしながら、腕を広げ周囲に目を向けさせる。それにも韵華はとぼけた声を出した。
「え、皆様……ですか? ︎︎確かに、お美しいとは思いますが、ネフェティア様は別格です。比べるなんて烏滸がましいわ」
それに女達の目つきが変わった。ネフェティアの顔色が悪い。この反応を見るに、ネフェティアが一番身分が低いのだろうと、韵華は当たりをつけた。
ならば。
「ネフェティア様は三国一の美女ですわ。エディシェイダにも、これほどのお方はいらっしゃらないでしょう。次期国王である王太子殿下への、天からの贈り物です」
恍惚と頬を染め、韵華は酔ったように褒め称える。
セーベルハンザの神は唯一神だ。その神が与えた女とは聖女であり、国王にも勝る貴人と言っていい。韵華はネフェティアが聖女だと言っているのだ。
それにはさすがにシェーサーラも声を荒らげた。
「ネフェティアが聖女ですって? ︎︎この私が劣っていると言うの!?」
しかし、韵華はなおもとぼける。
「貴女はそんな端にいるのだもの。どうせ、お情けの情婦でしょう? ︎︎ネフェティア様に適う訳ないわ」
つんとそっぽを向き、言い放つ。シェーサーラは怒りに顔を歪めた。
「本当に猿なのね。美醜の区別もつかないなんて……私が本当の第一夫人よ。ネフェティアなんかより殿下に愛されている、この国で一番美しい女! ︎︎覚えておきなさい」
憤るシェーサーラを、きょとんと見ながら韵華は笑った。
「貴女が第一夫人? ︎︎とてもじゃないけれど信じられないわ。もし本当なら、王太子殿下の目を疑います。どう見てもネフェティア様の方が上だもの。気品も美しさもね。本当に貴女が第一夫人だったとしたら、そのうち捨てられるのではなくて? ︎︎こんなに美しいお方が傍にいらっしゃるんですもの。殿下もきっと夢中になるわ」
うっとりとネフェティアを見ながら、韵華はシェーサーラには目もくれない。その言葉にネフェティアの口元はにやけている。
誰であろうと、賛美を浴びれば悪い気などしない。それどころか、あわよくばという気持ちが湧き上がるだろう。
最初にこの部屋へ入った時は均衡が取れていた女達の間に、少しの楔を打ち込む。それは次第に大きくなり、疑心暗鬼となっていく。
おそらく、密談による恩恵は等しくない。シェーサーラが多くを受け取り、位によって減っていくと思われた。
もしかしたら。
そう思わせれば、韵華の勝ちだ。そしてそれは功を奏した。
女達の目がギラついている。
小猿を弄ぼうと呼び出したのに、そんな考えはもう消えていた。シェーサーラは身分の高い父を持つのだろう。しかし、そんなものは、王太子の心ひとつで覆されるのだ。
シェーサーラが第一夫人になれたのが父の後ろ盾のお陰ならば、真実に王太子の心があるとは言いきれない。嫡男を産んだのが誰かも公になっていないが、シェーサーラは経産婦ではないだろう。
この国では子を産んだ女は、額に花の模様の刺青を入れる。一夫多妻の制度の中でも、女は貞操を守らねばならなかった。子を成さずに夫を亡くせば、違う男に嫁ぐ事ができるが、子がいれば生涯未亡人だ。
その模様がシェーサーラには無く、ネフェティアにはあった。もしかしたら、嫡男の母の可能性もある。その子が王太子となれば、シェーサーラの地位は危ういだろう。
他にも、二人に額の模様がある。その者達にもシェーサーラを出し抜く機会は残されていた。
だが、そんな女達を突き動かすのは、ただの優越感への執着心だ。今まで下に見られていた相手より、上に行く。それは何にも勝る快楽をもたらす。
女達が牽制し合う様をしりめに、韵華は静かに部屋を辞す。
もう誰も、韵華を見ていなかった。
上級夫人達のサロンを辞した後、また広場に差し掛かるとあの女がいた。嘲笑に耐えながらも引きつった笑みを浮かべている。
そこに韵華は足を向けた。
「またお会いしたわね」
にこりと微笑みかけると、女は睨み返してくる。それを無視して、そっと囁いた。
「上級夫人も大した事ないわね。貴女にも好機があるのではないかしら。少なくとも、私は貴女の方が綺麗だと思うわ」
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