砂塵に咲くは小さき恋歌

文月 澪

文字の大きさ
上 下
7 / 15
反撃の狼煙

第7話 ︎︎妻問い

しおりを挟む
「俺は、要らないかな……」

 その態度があまりに初心うぶに見えたので、韵華ユンファもきょとんとした。

「え、何。私、変な事言った? ︎︎峰嵩ホウシュウでも、兄達は女性を複数囲っていたわ。後宮とはいかないまでも、それが当たり前だった。貴方は違うの?」

 物珍しげに見上げてくる好奇心を隠しもしない瞳が、カミルを追い立てる。その顔は更に赤くなっていった。

「お、俺は、その。一人を大事にしたくて……だからお前が、いてくれれば、それでいいって言うか……」

 ある種、告白めいた台詞に、韵華ユンファの頬もじんわりと染まっていく。

「だって……私はただの政略結婚よ? ︎︎それも死ぬ事前提の。会ったのも昨日が初めてで、十も下の子供で、立場も悪いわ。それでも、いいの……?」

 その返答に、照れながらカミルは頷く。

「これも何かの縁だし、お前とは気が合う。一晩だけだが、一緒にいてとても心地よかったんだ。お前が良ければ、本当の夫婦になりたい」

 思いがけないカミルの求婚に、韵華ユンファの胸はときめいた。後宮の片隅で生きてきて、死ぬために嫁いだ砂漠の国。

 まさかそこで求婚されるとは、思ってもいなかった。まだ恋もした事が無いというのに、いきなりの求婚だ。

 形式上は既にカミルの妻だが、それとは全く意味が異なる。

 でも、不思議と嫌では無い。
 カミルとなら、この先どんな困難があろうと立ち向かえる気がした。

 だから、こくりと頷く。

「……そう、ね。貴方とならいい関係が築けそうだわ。妻としても貴方を支えていきたい。今後ともよろしく、カミル」

 しっかりと視線を合わせ応えると、カミルは嬉しそうに韵華ユンファの手を取った。

「よかった……断られたらどうしようかと思ったよ。ありがとう、ユンファ。幸せになるために、絶対生きよう」

 大きな手に包まれた自身の手に、韵華ユンファも残りの手を添える。そして、決意を込めた眼差しで見つめ返した。

「ええ、絶対生きてやるわ。貴方と一緒に。そして、お母様を救ってみせる」

 お互いの手を握り合い、共に生きると誓う。仮初だった婚姻は、ここにひとつの愛の欠片を芽吹かせた。

 周りには侍女や衛兵がいたが、それすらも今の二人には気にならない。これから苦難の日が続くのだ。一時の安らぎくらい、いいではないか。

 すれ違う数人の侍女達がチラチラとこちらを伺い、黄色い声を上げながら走り去っていった。仲睦まじく写っているなら、それも計画には優位に働く。部屋に篭っても疑われないからだ。

 これに関しては、昨夜二人で話をしていた。一週間、寝室に篭ってこの国の言葉を学ぶ。短い時間だが、韵華ユンファはやってみせると胸を叩いた。その時点から既に単語を覚えようとしたほどだ。

「罵倒に使われそうな言葉を一通り教えて」

 そんな事さえ言っていた。

 だから先程のシャハルの暴言も理解しているはずだ。しかし、韵華ユンファは顔色ひとつ変えず黙していた。カミルは驚きつつも、頼もしい相棒を得た事に喜びを覚えた。それもまた、韵華ユンファを妻にと考えるに至った要因と言える。

「しかし……」

 王宮と離宮を結ぶ回廊に差し掛かった時、カミルが不意に声を漏らした。

「もしかしたら、噂が流れるかもな」

 頬を掻きながらぽつりと呟くカミルに、韵華ユンファは首を傾げる。

「噂?」

 上目遣いで聞き返す顔は、とても愛らしい。カミルはその耳に唇を寄せ、囁く。

「第三王子は幼い妻の肌に夢中だとか、そんな噂だよ」

 耳朶をくすぐる低い声に、韵華ユンファは笑った。

「あら、あながち間違いではないじゃない。私はそんな噂、気にしないわ」

 強気な発言に、カミルも笑う。そのままの姿勢で、とんでもない事を口走る。

「今すぐ手を出せないのが辛いよ」

 その言葉に、韵華ユンファは面白いように反応した。真っ赤になって俯き、モジモジとしている。それが可愛くて、カミルはそっと髪に口付けを落とした。

 ぎょっとした韵華ユンファは、カミルを見上げる。

「お前、ほんと可愛い」

 蕩けるような微笑みに、してやられたと口を尖らせた。

「むー……余裕そうなのが腹立つ。いつか仕返ししてやるんだから」

 拗ねる様にも、カミルは嬉しそうに頬を緩ませている。

 そして、ふと疑問を口にした。

「ところで、十も下ってなんだ? ︎︎俺は十八だぞ」

 今度はぽかんとする韵華ユンファ。その顔もお気に召したらしいカミルが吹き出した。

「え、十八!? ︎︎私、てっきり二十前半くらいだと思ってた……。なによ、そんなに離れてないじゃない! ︎︎子供扱いしないでくれる?」

 カミルはむくれる韵華ユンファの額をそっと撫でる。

「本当に? ︎︎子供扱い、しないでいいのか?」

 覗き込んでくる瞳は優しい。
 しかし、その奥には肉食獣の如き獰猛さが隠れていた。韵華ユンファは気圧され息を呑む。

「あの、ちょっと待って、今の無し……」

 そう言いかけた時、ちょうど離宮に辿り着いた。カミルに促され視線を向けると、艶のあるタイルで繊細な模様が描かれた建物がそぶえている。様々な青で彩られた宮は壮観だ。

 カミルは小さいと言っていが、韵華ユンファにとっては十分大きい。後宮での住処などこの半分にも満たないだろう。

 驚きを隠せず、カミルを見上げると意地の悪い顔でニヤリと笑う。

「ここが俺達の宮だ。。ユンファ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

処理中です...