砂塵に咲くは小さき恋歌

文月 澪

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反撃の狼煙

第5話 ︎︎双樹の交わり

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「で、でも、それじゃあセーベルハンザは何が狙いなの? ︎︎一方的に搾取されるなら和平なんて結ぶはずがないわ」

 和平というのは、力が拮抗している国同士でしか成り立たない。韵華ユンファにはそれに見合うだけの価値を峰嵩ホウシュウに見いだせなかった。

 カミルはひとつ頷くと、幼い韵華ユンファにも分かるように、噛み砕いて言い聞かせる。

「セーベルハンザの狙いは鉄鉱石、そして食料だ。この国は商隊キャラバンが多く訪れるが、国々を渡り歩いて商品を運ぶから値が張る。しかし、峰嵩ホウシュウから直接仕入れる事ができれば金が浮くだろう? ︎︎その浮いた金は高官の懐へって寸法だ。セーベルハンザと峰嵩ホウシュウは五代前の王権の時に一戦交えていて、それ以降交流がなかった。山ひとつ挟んだ隣国だっていうのにな」

 峰嵩ホウシュウは山国だが農作も盛んだ。山を開墾し、広がる段々畑は秋になると黄金の穂を実らせる。雨が多く、温暖な気候は作物をよく太らせた。それらは商隊キャラバンが買い取り、各地へと運ばれていく。その過程で輸送費や護衛の人件費などが上乗せられていき、市に並ぶ頃には高額になるのだ。

 峰嵩ホウシュウからの商品も、たったひとつ山を越えただけで値段は倍近くになってしまう。

「それなら尚更戦をする意味が無いじゃない! ︎︎ただ和平を結べば済む話よ。何故そうしないの」

 憤る韵華ユンファの唇を、筋張った長い指がそっと止めた。

「それが二つ目の理由だ。戦には大金が動く。武器や防具、兵糧を集めなければならないからな。それらはどこから来ると思う?」

 突然の問に、パチリと瞬くと、震える声が漏れる。

「まさか……他国も関与しているの……?」

 カミルは無言で頷く。その表情は険しい。

「エディシェイダは知っているか?」

 その名前に韵華ユンファの顔色は益々悪くなっていく。

「当たり前よ……この大陸一の勢力を誇る大国じゃない。鉄器工業が盛んで、海の外にも販路を伸ばしている軍国主義国家だわ」

 エディシェイダはセーベルハンザと峰嵩ホウシュウの東、大陸の三分の一を占める国家だ。セーベルハンザや峰嵩ホウシュウとは内海を挟み隣合っている。

 その歴史は血生臭く、幾度もの大戦を繰り返し、領土を広げていった。内海より先はエディシェイダが統治する領土だ。皇帝が治め、多くの属国が従っている。

 セーベルハンザや峰嵩ホウシュウも狙われた事があるが、内海のお陰で支配を回避できていた。

「セーベルハンザと峰嵩ホウシュウはエディシェイダから軍需品を仕入れる。ただ買うだけじゃない。セーベルハンザからは奴隷を売りに出し、峰嵩ホウシュウからは鉱石だ。奴隷が酷使され、鉱石は加工されて、またこちらに輸出される。負の連鎖だ。そしてそれはイグアやエディシェイダの属国にも流れ、貴重な人材が、貪欲な為政者達の私利私欲のために死んでいく。エディシェイダは傭兵も世界各地に派遣しているからな。そこに各国が参入してお零れに預かる。その先にあるのは、様変わりした国々と無意味な和平だけだ」

 初夜のために飾られたしとねの上で、二人はじっと見つめ合う。韵華ユンファはただ二国間での戦だと思っていた。それが大陸全土に及ぶ陰謀だったとは、話が大きくなりすぎだ。

 カミルはその陰謀を止めようとしている。

 韵華ユンファの姿が映り込む翡翠の瞳には、強い意志が宿っていた。

「貴方はそれを止められるの?」

 韵華ユンファに同行してきた勅使は三人。勿論あちら側だ。護衛は国境で国元へ戻っている。頼れる侍女もいない。たった一人、死を背負って嫁いできた少女。カミルはそんな韵華ユンファに、計画に乗らないかと持ちかけた。

 たかだか十三の小娘一人が加わったとして、何か変わるのか。

 しかし、カミルは力強く頷く。

「ああ、止めてみせる」

 きっぱりと言い切ってみせたカミルに、韵華ユンファは一瞬面食らったが、そっと目を閉じて心を決めるとふわりと微笑んだ。

「いいわ。私も貴方に賭ける。どうせ死ぬ身だもの。足掻いてやろうじゃない」

 その笑顔は、酷く大人びていた。婚礼衣装なのもあって、妙な色気を含んでいる。思わずカミルが頬に手を伸ばしかけると、韵華ユンファが弾んだ声を上げた。

「じゃあ、まずは何をすればいい? ︎︎貴方の計画で、私に利用価値があるから誘ったのでしょう?」

 蠱惑的な美しさに呑まれていたカミルは、やり場のない手を挙動不審に動かしながら、たどたどしく説明していく。

「あ、ああ。そうだな。お前、この国の言葉は分からないんだよな? ︎︎ずっと共通語使ってるし、そう聞いているんだが」

 若干馬鹿にしているとも取れる言い方に、韵華ユンファは頬を膨らませた。

「ええ、そうよ。悪い? ︎︎私は後宮の片隅に追いやられて、存在さえ忘れられていたのよ。共通語や最低限の教養は母が教えてくれたけど、外国語は範疇外」

 ぷいっと顔を逸らす幼い妻に、カミルは失敗したと慌てた。なんとか機嫌を治そうと言葉を選ぶ。

「いや、そういうつもりじゃなくて……お前に間者をしてほしいんだ。言葉を覚えて、でもそれを隠す。無知な子供を装えば、口を滑らせる奴らもいるだろうからな。例えば、ハレムの茶会とか」

 韵華ユンファは、茶会という単語に興味を引かれたようだ。今までは母と二人だけだった茶会だが、ここでは大勢の女達がいる。

 しかし、ハレムというある種の自治区とも言える場所は、女の情念が渦巻く坩堝るつぼだ。ただ茶会に行って、楽しくお喋りとはいかない事くらい、韵華ユンファにも分かる。

 そんな場所で、自分は何を成すべきなのか。

 戻った視線に、カミルはほっと胸を撫で下ろし、続きを口にする。

「王太子は自分のハレムを持っている。お前は兄弟である第三王子の花嫁として茶会に呼ばれるはずだ。そこで王太子について調べてくれ。こちらでも調べてはいるが、中々表に出てこなくて難儀している。ハレムには主人である王太子しか男は入れない。侍女として配下を潜入させているが、序列が厳しくて近付けないようなんだ。気に入りの姫でも分かれば、そこから探りを入れられる。頼めるか?」

 王太子のハレム。

 韵華ユンファは形のいい顎に指を添えて思案する。

 おそらく、呼ばれる理由は喜ばしいものでは無いだろう。珍獣の観察か、はたまた牽制されるか。

 カミルが心配げに視線を寄越すと、韵華ユンファはにっと笑った。
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