砂塵に咲くは小さき恋歌

文月 澪

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反撃の狼煙

第4話 ︎︎命の価値

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 しんと静まる部屋に、韵華ユンファの喉が鳴る音が響いた。それは幼い少女には重すぎる事実だ。

 峰嵩ホウシュウの皇后は、先帝さえ手にかけたと噂される女傑。名を鴒迦リョウカといい、現宰相、尤《ユウ》丞順《ジョウジュン》の娘だ。

 父の権力と、その美貌で皇后に登りつめ、皇太子を産み、その地位を磐石ばんじゃくなものにしている後宮の頂点。

 その皇后が、セーベルハンザの官僚と通じているというのはどういう事か。

 韵華ユンファは二の句が繋げず、口を戦慄わななかせた。カミルはこの国どころか、峰嵩ホウシュウまでも敵に回そうとしている。

「む、無茶よ。皇后様はとても恐ろしいお方だと聞くわ。粗相をした侍女を一晩中鞭打たせたとか、そんな話が後宮の隅に住む私の元にまで舞い込むのよ? ︎︎それに同盟国だって黙っていないわ。貴方も知っているでしょう? ︎︎残虐非道で有名な、草原の騎馬民族国家イグアよ。一国を相手にするという事は、その同盟国も敵に回してしまうという事。無謀な真似はよして」

 イグアは大陸の西に位置する広大な平原を領土とする国だ。多くの民達は馬と共に平原を移動しながら、羊やヤギの放牧を生業にしている。

 恐ろしいのは、その流浪の民を恐怖で統治し、平原中央に宮殿を構える王、セザグア・ペサだ。

 セザグアは元は盗賊だった。
 移動式の住居で平原を渡る民を襲い、僅かばかりの金品や財産とも言える家畜を強奪していく。その持ち主は皆殺しだ。

 その噂は風に乗り、瞬く間に広がった。人々は命には変えられないと軍門に下るしかない。

 それでも、血気盛んな若者はセザグアに憧憬を抱き、略奪に加わり、その規模は一気に膨れ上がった。その魔の手は周辺諸国にも及んだ。

 人馬一体となった野盗の群れは手がつけられないほどの戦力を誇った。イグアの民は幼い頃から乗馬をこなす。それが平原で生きる術であり、足だ。

 馬上から放たれる斬撃は威力が上がる。剣に重さと速さが上乗せされるからだ。そして更に驚異的なのがその機動力。気づいた時には集落を囲まれている。

 特に被害が大きかったのは国境に接する小さな村や町だった。老人や子供、男達は惨殺。女達は拐われ犯される。

 そうして得た汚れた資金で国を興し、王を名乗っているのだ。

 周辺諸国も恐れ、手が出せない状況下、そんな奴らを敵にしては国盗りどころでは無い。

 逞しい胸にすがりりながら、韵華ユンファは訴える。それでも、カミルは強気な態度を崩さなかった。

「心配してくれるんだな。ありがとう」

 そう言って微笑む。

「でも、それも狙いの内だ。騎馬は砂漠じゃ役に立たない。砂に脚を取られるのが落ちだ。平原でこそ発揮される機動力は削がれる。だが、物量で押されるのは厳しいからな。こちらとしても正面衝突は避けたい。イグアの首都ヌボグから峰嵩ホウシュウまで騎馬で一週間。そして数万の兵で険しい山を越えるには更に時間がかかるだろう。動くにしても、峰嵩ホウシュウと直接ぶつかってからだ。俺達の目下の狙いは王太子。ま、今すぐ対策が必要な案件ではないな」

 肩を竦めながら、カミルはあっけらかんと言い放つ。韵華ユンファは唖然としてしまった。

「それに」

 ぽつりと呟くと、表情を引き締め、韵華ユンファの黒曜石の瞳を見つめる。

「俺達が気を付けなければいけない事は、他にある」

 首を傾げる韵華ユンファに、苦笑いを零して、カミルはずいっと顔を近付けた。

「もう忘れたのか? ︎︎俺達は命を狙われているんだぞ?」

 あっと小さい声を上げ、口元を押さえる。そうだ、自分達は国を混乱に導くための贄。それが生き残った今、ケダモノ達が動き出すに違いなかった。

 でも、と韵華ユンファは疑問を呈す。

「なぜ私達、二人共が命を狙われるの? ︎︎両国が繋がっているなら、どちらか一方でいいはずでしょう?」

 その言葉にカミルは満足そうに笑った。

「うん。馬鹿ではなさそうだな。理由は二つある。ひとつは開戦の責任を有耶無耶うやむやにするため。終戦後、賠償金が発生しないように和平に持ち込むつもりだ。その為には俺達は死なねばならない。できるなら同時に、な」

 韵華ユンファの顔からサッと血の気が引いていく。母のため、民のためと死を覚悟したが、その理由は身勝手極まりないものだった。

「そんな……それだけのために、多くの民が犠牲になるの……? ︎︎一体、皇后様は何をお考えなのよ」

 手をきつく結び、肩を震わせる韵華ユンファに、苦々しい声でカミルは応える。

「皇后の望みは宝石だ。この国では高純度の金剛石ダイヤモンドが採石される。透明度が高く、時には希少な紫紺の石も採れるんだ。それは世界でも高額で取引されている。岩塩と共にこの国の富を築き上げた。それを皇后は独占しようとしている」

 あまりにも理不尽な企みに、韵華ユンファは目眩を覚えた。希少な宝石と言えど、たかが石ころでしかない。国を支える民と引き換えに得ようなど、愚かとしか言いようが無かった。
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