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第3章 乱舞
第36話 洽覧深識(こうらんしんしき)
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「リージュ様、論点がずれております」
とんちきな発言をした私に、ネフィは心底呆れた声で指摘した。それに反して、殿下は上機嫌だ。
「え、じゃあ夜ならいいの? やった! そういえば、まだ寝衣も見た事なかったよね。どんな感じなんだろう……それを脱がすのも楽しみだな」
垣間見た弱々しさはどこへやら。艶を増していく紫の瞳は、確実に私を獲物として見ている。いつもとはまた違う、獰猛とも言える視線に呑まれ混乱する私に、騎士団長が助け舟を出してくれた。
「殿下、今はそういった事はご遠慮ください。私をお呼びになったのは、妃殿下のお力について、でございますね?」
さっきまでの屍のような目とは一転、騎士団長の表情は、きりりと引き締まっている。既に私を『妃殿下』と称する点は気になるけれど、それを言い始じめたらまた話しが止まってしまう。不承不承ながらも、居住まいを正した殿下に胸を撫でおろし、騎士団長へと向き直る。
「はい。此度の戦では、主にオードネンの動きに重点を置いていました。けれど、今後はアックティカを覗き見る手段がありません。国王や、その他の重鎮たちを絵姿で確認はしましたが、追う事は叶いませんでした。そこで、味方陣営の情報収集に観点を移してはと思ったのです。陛下にもご相談いたしましたが、賛同していただき、こうして騎士団長をお呼びする運びとなりました」
経緯を掻い摘んで伝えると、殿下も援護してくださる。
「うん、僕も賛成。リージュ誘拐の時から、内通者の存在が懸念されている。オードネンも、こちらの情報が洩れていると仄めかしていたし。まずは騎士団を束ねる君、それから軍団長、師団長と広げていく。団長であれば数もそう多くはないし、リージュの負担も軽く済むはずだ。慣れてきたらもっと目を広げる」
じっと耳を傾ける騎士団長は、一つの疑問を呈した。
「しかし、多くはないと言っても十名以上はいます。それら全てを網羅されると? 恐れ入りますが、名も爵位も様々です。私も完全に把握しているのは軍団長まで。それ以下の者は、各団長に一任している状態です。師団長は更に多く、兵卒ともなれば、かなりの功績を上げなければ耳にも届きません。それを、妃殿下お一人で?」
騎士団長の心配ももっともだと思う。カイザークの軍は総勢九万人。内、王都に常駐しているのが六万。残りの三万は、各領地から徴兵される私兵や民兵だ。それとは別にパルダ・グイエ聖教の神兵が三万ほどいるけれど、彼らは戦の開戦理由により参戦が変わるから、必ず助力を得られるとは限らないので除外。
騎士団長を頂点とし、約二万人を束ねる軍団長は三人、その下は五千から一万の師団長が五人。計八人。更に旅団、連隊、大隊、中隊、小隊と続く。連隊以下が徴兵される戦力だ。そこまでいけば、隊長級だけで百人近い。
それを覚えようというのだから、猜疑的になるのも仕方がない。でも、私には既に貴族や商人、学者など多くの知識がある。それに軍の情報が重なる所があるのだ。軍師であり、学術院の院長であるダレス・カナン様の情報も持っているから、あとはお会いするだけ。
そう伝えると、騎士団長は目を見開いていた。実家のためにと蓄えた知識が役立つのは、素直に嬉しい。壁の花だったこの五年間も、無駄ではなかったのだから。
とんちきな発言をした私に、ネフィは心底呆れた声で指摘した。それに反して、殿下は上機嫌だ。
「え、じゃあ夜ならいいの? やった! そういえば、まだ寝衣も見た事なかったよね。どんな感じなんだろう……それを脱がすのも楽しみだな」
垣間見た弱々しさはどこへやら。艶を増していく紫の瞳は、確実に私を獲物として見ている。いつもとはまた違う、獰猛とも言える視線に呑まれ混乱する私に、騎士団長が助け舟を出してくれた。
「殿下、今はそういった事はご遠慮ください。私をお呼びになったのは、妃殿下のお力について、でございますね?」
さっきまでの屍のような目とは一転、騎士団長の表情は、きりりと引き締まっている。既に私を『妃殿下』と称する点は気になるけれど、それを言い始じめたらまた話しが止まってしまう。不承不承ながらも、居住まいを正した殿下に胸を撫でおろし、騎士団長へと向き直る。
「はい。此度の戦では、主にオードネンの動きに重点を置いていました。けれど、今後はアックティカを覗き見る手段がありません。国王や、その他の重鎮たちを絵姿で確認はしましたが、追う事は叶いませんでした。そこで、味方陣営の情報収集に観点を移してはと思ったのです。陛下にもご相談いたしましたが、賛同していただき、こうして騎士団長をお呼びする運びとなりました」
経緯を掻い摘んで伝えると、殿下も援護してくださる。
「うん、僕も賛成。リージュ誘拐の時から、内通者の存在が懸念されている。オードネンも、こちらの情報が洩れていると仄めかしていたし。まずは騎士団を束ねる君、それから軍団長、師団長と広げていく。団長であれば数もそう多くはないし、リージュの負担も軽く済むはずだ。慣れてきたらもっと目を広げる」
じっと耳を傾ける騎士団長は、一つの疑問を呈した。
「しかし、多くはないと言っても十名以上はいます。それら全てを網羅されると? 恐れ入りますが、名も爵位も様々です。私も完全に把握しているのは軍団長まで。それ以下の者は、各団長に一任している状態です。師団長は更に多く、兵卒ともなれば、かなりの功績を上げなければ耳にも届きません。それを、妃殿下お一人で?」
騎士団長の心配ももっともだと思う。カイザークの軍は総勢九万人。内、王都に常駐しているのが六万。残りの三万は、各領地から徴兵される私兵や民兵だ。それとは別にパルダ・グイエ聖教の神兵が三万ほどいるけれど、彼らは戦の開戦理由により参戦が変わるから、必ず助力を得られるとは限らないので除外。
騎士団長を頂点とし、約二万人を束ねる軍団長は三人、その下は五千から一万の師団長が五人。計八人。更に旅団、連隊、大隊、中隊、小隊と続く。連隊以下が徴兵される戦力だ。そこまでいけば、隊長級だけで百人近い。
それを覚えようというのだから、猜疑的になるのも仕方がない。でも、私には既に貴族や商人、学者など多くの知識がある。それに軍の情報が重なる所があるのだ。軍師であり、学術院の院長であるダレス・カナン様の情報も持っているから、あとはお会いするだけ。
そう伝えると、騎士団長は目を見開いていた。実家のためにと蓄えた知識が役立つのは、素直に嬉しい。壁の花だったこの五年間も、無駄ではなかったのだから。
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