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第2章 百花繚乱
第21話 化かしあい
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にやにやと軽薄な笑みを浮かべる宰相。その周囲には、同じような目で私を見る人達が集まっている。きっと、彼らが宰相派なんだろう。この反応を見ても、私がどういう仕打ちを受けたのか知っている。それを承知で、顔を晒せと言っているのだ。
他の派閥であろう貴族達は、好奇に満ちた目で私を見ている。対して、殿下をはじめとした王族の方々は怒気を放っていた。勿論ネフィも。
殿下などは今にも噛みつかんばかりに殺気を放ち、睨みつけている。そして、何故か王妃様まで……。周りの圧力に耐えかねたのか、陛下が苦言を呈した。
「ハイウェング公爵、無礼だぞ。彼女は王太子妃だ。立場を弁えろ」
公爵とは全然違う、澄んだ声が響く。殿下のお声もよく通るけれど、陛下には威厳が感じられた。国主として、民の前で演説する事も多いから、さすがと言うしかない。殿下も、いずれ学ばなければならない技術だ。たぶん、私も。
国王陛下は御歳三十で名をゼネアルド様といい、精悍で凛々しい面差しは殿下によく似ている。先王陛下はゼネアルド様が成人されると共に、玉座を譲られた。本来なら王太子としての勉学に追われる日々が、いきなり実戦に出されて難儀したと殿下から聞いている。
陛下や王妃様とは、まだ言葉を交わしていない。予定は組まれていたけれど、ユシアン様の騒ぎで流れてしまっていた。それでも、両陛下は私を慮ってくれている。初めてお目通りしたのは今日、この舞踏会の開始間際だった。今の私の髪は肩ほどもなく、殿下とあまり変わらない。事情は既にご存じで「大変だったね」と労ってくださった。王妃様は我が事のように泣きながら抱きしめてくれて、それを見た殿下がヤキモチを焼いたりして、ちょっとした騒ぎになったほどだ。
この方たちが私の新しい家族なんだと思うと、胸が熱くなる。それと同時に、ユシアン様の事が不憫に思えた。間違った道徳観を植え付けられ、今はこうして存在を否定されている。恐怖心が強かった宰相だけれど、だんだんと腹が立ってきた。
そんな私の気持ちも知らずに、宰相は挑発してくる。
「無礼? 何を仰る。まだ王太子妃ではございませんよ。ただ婚約が発表されただけ。正式に婚姻するまで、妃は名乗れぬでしょう? ならば、ただの伯爵家息女でしかない。違いますかな? 私が頭を垂れているのも、両陛下や殿下方に礼を尽くしているまで。顔を見せてくれとお頼み申したのも、そこな娘ではありません。あくまで王太子殿下への嘆願にございますれば」
宰相はいやらしい笑みを浮かべ、ねっとりとした視線で私を眺めている。正直気持ち悪いけれど、負けてはいられない。一歩踏み出そうとする殿下を静止して、笑いかけた。そしてベールをするりと外す。皆が驚く中でも、宰相の顔は笑えた。
まさか貴族の令嬢が、こんな無様な姿を晒すとは思っていなかったのだろう。ヒキガエルのような声を漏らし、固まっている。
「宰相様、これでよろしいでしょうか? 私こそ無礼でしたわね。申し訳ございません」
そう言って謝罪すると、途端に威勢を取り戻す。
「ふん、みっともない婚約者殿ですなぁ。貴族の令嬢ともあろう者が、そのような珍奇な頭とは。殿下のお気は確かかな?」
なおも私を無視して殿下に語りかける宰相に、私が割って入った。
「ええ、私もそう思います。でも、これは貴方様のご息女がしてくださった事なのですよ? ご息女は可愛いと言ってくださいました。なんでも、貴方様のご教育の賜物だとか。とても素晴らしいご指導ですわ」
わざとユシアン様の事を話題に乗せると、宰相は鼻を鳴らす。
「私に娘などおらん! 証拠もある! それ以上言えば、侮辱罪とみなすぞ!?」
息まく宰相に、私は微笑みかけた。
「いいえ、貴方様のご息女です。本物の家系図は……ああ、今侍従が焼いておりますわね。この侍従には見覚えがございます。公爵邸で遺体を運んでいた方だわ。それから……地下牢にユシアン様と、見知らぬ女性がひとり。どうやら母君のようですが、何故一緒に投獄されていらっしゃるのかしら」
遠くを見ながら言葉を紡ぐ私に、怪訝な視線が注がれる。その中で、宰相だけが驚愕に目を見開いていた。周りの取り巻きが語りかけても、身動きが取れずにいる。
その時、はっとして私は声を上げた。
「殿下、すぐに騎士を向かわせてください! ユシアン様が危険です!」
他の派閥であろう貴族達は、好奇に満ちた目で私を見ている。対して、殿下をはじめとした王族の方々は怒気を放っていた。勿論ネフィも。
殿下などは今にも噛みつかんばかりに殺気を放ち、睨みつけている。そして、何故か王妃様まで……。周りの圧力に耐えかねたのか、陛下が苦言を呈した。
「ハイウェング公爵、無礼だぞ。彼女は王太子妃だ。立場を弁えろ」
公爵とは全然違う、澄んだ声が響く。殿下のお声もよく通るけれど、陛下には威厳が感じられた。国主として、民の前で演説する事も多いから、さすがと言うしかない。殿下も、いずれ学ばなければならない技術だ。たぶん、私も。
国王陛下は御歳三十で名をゼネアルド様といい、精悍で凛々しい面差しは殿下によく似ている。先王陛下はゼネアルド様が成人されると共に、玉座を譲られた。本来なら王太子としての勉学に追われる日々が、いきなり実戦に出されて難儀したと殿下から聞いている。
陛下や王妃様とは、まだ言葉を交わしていない。予定は組まれていたけれど、ユシアン様の騒ぎで流れてしまっていた。それでも、両陛下は私を慮ってくれている。初めてお目通りしたのは今日、この舞踏会の開始間際だった。今の私の髪は肩ほどもなく、殿下とあまり変わらない。事情は既にご存じで「大変だったね」と労ってくださった。王妃様は我が事のように泣きながら抱きしめてくれて、それを見た殿下がヤキモチを焼いたりして、ちょっとした騒ぎになったほどだ。
この方たちが私の新しい家族なんだと思うと、胸が熱くなる。それと同時に、ユシアン様の事が不憫に思えた。間違った道徳観を植え付けられ、今はこうして存在を否定されている。恐怖心が強かった宰相だけれど、だんだんと腹が立ってきた。
そんな私の気持ちも知らずに、宰相は挑発してくる。
「無礼? 何を仰る。まだ王太子妃ではございませんよ。ただ婚約が発表されただけ。正式に婚姻するまで、妃は名乗れぬでしょう? ならば、ただの伯爵家息女でしかない。違いますかな? 私が頭を垂れているのも、両陛下や殿下方に礼を尽くしているまで。顔を見せてくれとお頼み申したのも、そこな娘ではありません。あくまで王太子殿下への嘆願にございますれば」
宰相はいやらしい笑みを浮かべ、ねっとりとした視線で私を眺めている。正直気持ち悪いけれど、負けてはいられない。一歩踏み出そうとする殿下を静止して、笑いかけた。そしてベールをするりと外す。皆が驚く中でも、宰相の顔は笑えた。
まさか貴族の令嬢が、こんな無様な姿を晒すとは思っていなかったのだろう。ヒキガエルのような声を漏らし、固まっている。
「宰相様、これでよろしいでしょうか? 私こそ無礼でしたわね。申し訳ございません」
そう言って謝罪すると、途端に威勢を取り戻す。
「ふん、みっともない婚約者殿ですなぁ。貴族の令嬢ともあろう者が、そのような珍奇な頭とは。殿下のお気は確かかな?」
なおも私を無視して殿下に語りかける宰相に、私が割って入った。
「ええ、私もそう思います。でも、これは貴方様のご息女がしてくださった事なのですよ? ご息女は可愛いと言ってくださいました。なんでも、貴方様のご教育の賜物だとか。とても素晴らしいご指導ですわ」
わざとユシアン様の事を話題に乗せると、宰相は鼻を鳴らす。
「私に娘などおらん! 証拠もある! それ以上言えば、侮辱罪とみなすぞ!?」
息まく宰相に、私は微笑みかけた。
「いいえ、貴方様のご息女です。本物の家系図は……ああ、今侍従が焼いておりますわね。この侍従には見覚えがございます。公爵邸で遺体を運んでいた方だわ。それから……地下牢にユシアン様と、見知らぬ女性がひとり。どうやら母君のようですが、何故一緒に投獄されていらっしゃるのかしら」
遠くを見ながら言葉を紡ぐ私に、怪訝な視線が注がれる。その中で、宰相だけが驚愕に目を見開いていた。周りの取り巻きが語りかけても、身動きが取れずにいる。
その時、はっとして私は声を上げた。
「殿下、すぐに騎士を向かわせてください! ユシアン様が危険です!」
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