空色短編集

空色

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赤いイチョウ

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▲ 男
〇 女

▲「ねぇ早くしてよ。もうそろそろ高速込むんだけど」
〇「まってよ、化粧がまだ終わらない」
彼女はいつも外に出るときだけきれいに着飾っていた。
肌を覆ったファンデーションにチークと口紅で赤く染め上げたその姿はまるで秋のひと時を彩る楓のようだった。
〇「何見てるの?」
旅行の準備も忘れて僕はまるで一つの風景を写真で収めるために狙いを定めるカメラマンのように彼女を見ていた。
▲「いや、ほんとに化粧一つで人って変わるんだなって」
〇「それって私が普段きれいじゃないって言いたいの?」
当たり前の返しだがそうじゃないと心の中で確信していた。
ひと時を彩る紅葉だって普段が汚いわけではない。ただ、その場がきれいすぎるから人が圧巻される
そして群がって写真を撮る、ただそれだけの事なんだと言いたいが言葉にしたって彼女には届かないだろう。
〇「ん~まぁ色々考えてるんでしょ?いいよ、あんたが言葉下手なのはわかってるから・・・よしOK!!そろそろ出発できるよ」
彼女が無理やりテンションを上げようとしているのがひしひしと伝わった。
別れる恋人と最後の思い出作りのための旅行。
これを幸せだとか楽しみだと思うやつがこの世の中にいるのだろうか。
だけどこれで僕らの最後なのだからいい思い出にしたい。
ただその一心で僕は車へと向かった。
今回の目的地は山奥にある温泉地、僕らが最初に旅行に行った場所だ。
初めて行った時にはこの紅葉たちはまるで僕たちを歓迎してるみたいだったのに今では僕らをあざ笑ってるようにも感じた。
〇「何もしゃべんないじゃん」
当たり前だろ。こんな状況で何の話をすればいいんだ。
この旅行を提案したのは僕だがそれに二つ返事で答える彼女も彼女だ。
付き合っていた頃から何を考えているのか全く分からなかったがそれは別れてからも変わりないようだ。
▲「最後の最後までこんなんでごめん」
〇「そのすぐ謝る癖最後まで治らなかったね。まぁそんなしおらしいところも好きだったんだけどさ」
【好きだった】たったの5文字がこんなに重くなるなんて思ってもいなかった。
流石に彼女もこの空気に耐えれなかったのかギアを握っている僕の手に彼女の手が重なっていた
▲「どうしたの?」
〇「えーとこんな時になんて言ったらいいかわからないけどとりあえずこの旅行は楽しみたいなって・・・」
少し焦った僕は小さな抵抗からかその手を放して近くにおいてあるライターを取りタバコを吸った。
その慌てっぷりに彼女は少し悲しい顔を見せた。
いろいろ考えていたからか小一時間ある道がまるで1分もないくらいに感じた。
僕たちは目的地に着き旅館に荷物を置いた。
車の運転と重い空気に疲れを隠し切れなかった僕に彼女が近づいてきた。
〇「ほーらいつまで暗い顔してるの早く散策にいこうよ♪」
さっきまで引きつった笑顔だったはずなのにいつの間にか彼女はあどけない子供のような笑顔に変わっていた
▲「ごめんそれもそうだね」
〇「謝るの禁止!!ほらほら早くいこ?」
彼女は僕の手を握って歩き始めた。
休日で紅葉シーズンともありいつもは静かな温泉地だがすごくにぎやかになっていた。
手を引っ張られ外に出たのはいいが閑静な温泉地に行く場所などなかった。
それほど大きくない滝や何気ない橋、天ぷらだけがおいしい蕎麦屋などありきたりな場所をフラフラとあてもなく歩いていた。
〇「ほんとこの町は変わらないね」
▲「そうだね、蕎麦屋もあそこの土産屋もまだやってるんだね」
〇「でもこの感じが落ち着くんだよねぇ」
さっきまであんなに楽しそうにしていた彼女の顔が少し暗い表情に変わった。
〇「ねぇ、この先行くのやめない?」
彼女の足が止まった。握っていた手も少しずつ離れた。
▲「どうして?まだご飯まで時間あるしあとここくらいしか行くとこないしちょっと歩こうよ」
〇「え・・・うん、わかった」
最後の目的地は小さな公園だった。なんだろう、ずっと何かが心の中で引っかかっている
▲「そうか・・・最初のデートルートと一緒なんだ」
〇「今更気付いたんだ。この場所だけはきれいな思い出で終わらせたかったな」
きれいな思い出、そうだこの公園の真ん中にある【幸せの鐘】を鳴らしたんだっけ
▲「ごめん、大切な思い出をこんな形で終わらせちゃって」
〇「だから謝るの禁止だって言ったでしょ?ほら、旅館戻ろ?」
僕はほんとにどうしようもない人間だ。だけど彼女のきれいな思い出をことごとく潰してしまった。
もしかしたら無意識できれいな思い出を消したかったのかもしれない
夕日と紅葉が嫌味のように真っ赤に鐘を染めていた。

部屋に戻った二人は案の定会話一つなかった。
彼女は温泉に入る準備をしながらこっちを見た
〇「その、色々あったけどあなたと一緒に入れて本当に幸せだった。あなたの不器用なとこ、気弱なとこ、
全部わかってあげれたら・・・こんなことには」
その言葉を聞いたとたんに頭の中の何かが吹っ切れ彼女を押し倒した
▲「ごめん、もう限界」
〇「いいよ、それであなたの幸せな思い出の一つになれるのなら」
▲「君といてほんとに幸せだった」
〇「ありがとう、あなたのこと大好きだったよ」
その言葉を聞き終わったころには僕の中から理性というものが消えていた。僕の手は彼女の細い首を強く絞めていた。
生々しい温度、どくどくと動く血管の感触は僕をどんどんと狂気に落としていった。
〇「う・・・ぐ・・・ぐ・・・なに・・・して」
▲「ごめん・・・ごめん・・・ごめん・・・」
〇「その癖・・・ほんとに最後まで・・・治らなかったね」
最後の最後で彼女は僕に笑顔を見せた気がした。
血が通わない彼女の顔は次第に真っ赤から真っ青になりぐにゃっと鈍い音を立て壊れた人形のように俯いて動かなくなった。
▲「はは、ははははなんで・・・なんで最後まで君は美しいままなんだ」
その幸せそうな顔に悲しみや憎しみなんて汚い感情は存在していなかった。
綺麗な景色、壊れる思い出、最後まで美しくあり続けた彼女・・・
こんなにも僕の悲劇を彩ってくれるなんて思ってもいなかった。
・・・そうか、次は僕がひと時だけきれいになって人を圧巻させる番だよね。
僕は彼女のカバンから化粧ポーチを取り出し彼女がやっていた通りにファンデーションを塗りチークと口紅で彩ってみせた
鏡を見た僕は驚いた。なんて美しいんだ・・・でもやっぱり君には勝てないや
僕は彼女の少しずつ冷たくなる唇にキスをした。
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