下級兵士は皇帝陛下に寵愛される

月見里

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第6話

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 体が軽い。こんなに体が軽いと感じたのは一体どれぐらい振りだろうか。ウィリアムを娼館の部屋に残して1人先に外へと出たディーノは、日で赤く染まりつつある空を見上げながら魔力の巡りが良くなっていることに気づく。

「――陛下」

 気配もなく現れた人影は地面に片膝をつく。突然のことに驚きもせず、ディーノは空を見上げたまま一瞥もしなかった。

「監視は3人で良い。あれの経歴も全て調べ上げろ」
「はっ」
「それと、ダラム病を診られる医師も調べておけ」
「あの男を囲うおつもりですか?」
「どこにも繋がれていないのなら、それも手だな」

 身のこなしや魔力量から言っても、ただの平民ではないはずだ。妹がダラム病にかかったというのが事実なら、どこかで伯爵以上の血が流れているかもしれない。
 ハニートラップを疑ったことを話しても全く反応しないどころか、むしろ貴族とはこれ以上関わりたくないという態度だった。諜報員の可能性は低いとは言えゼロではない。諜報員ではなく、どこかの貴族に飼われている犬ならば魔力の相性も良く非常に好みの男だとしても、他人に懐いている飼い犬を飼う気はなかった。忠誠心というのは、時に厄介な代物にもなり得る。

「それほどまでに気に入りましたか?」
「そうだな。中々に啼き方も良かった」

 苦しさか。それとも快楽からか。目尻に涙を溜めながら喘ぐウィリアムは中々にそそった。今も思い出しただけでズクリと下半身に熱が集まる。
 これまで男も女も数多くの人間を抱いてきたが、ここまでの性衝動に駆られたことは一度もなかった。2度か3度抱いただけで魔力酔いを起こされて興が削がれたというのもあるが、背後関係のパワーバランスをつい考えてしまって行為に集中できずにいた。臣下の中にもウィリアムのような好みの相手は何人かいたが、手を出したあとの煩わしさを考えただけでその気がことごとく失せた。

 昔から女に対する興味は欠片もなかった。化粧や香水の匂いをさせた女から胸を押しつけられたことは数え切れないほどあるが、これまで一度として興奮したことはない。ただ柔らかい肉の塊を無駄に押しつけられただけだ。むしろ騎士たちの訓練を見学していたときのが興奮する。
 初恋と言うには少し違うが、初めて抱いてみたいと思ったのは12の時に近衛へと配置された騎士だった。伯爵家の三男で少し跳ねっ返りなところはあったが、皇太子殿下と笑う姿は中々に愛嬌があった。21で近衛になれたことを喜んでいた年若い騎士に、ウィリアムは少し似ている気がする。
 その騎士も近衛に昇進するとほぼ同時に3歳年下の婚約者と結婚し、一男一女の子をもうけて今も元気に近衛騎士を勤めている。少々鍛えすぎたせいでかなり暑苦しい筋骨隆々な姿からは、昔の面影はほとんど見られなくなったことからすっかりと忘れていた。
 男娼としてよく好まれる女性的な細い男も好みではないが、暑苦しい男はもっと好みではない。これまで食指が動いたのは若木のようなしなやかさと適度な筋肉が付いた男だった。ベッドの中に半ば無理矢理引きずり込み、啼かせればどんな声で啼いてくれるだろうか――? 何度かそんなことを考えた相手もいたが、様々なしがらみで実行に移せたことはない。

 父である前皇帝が自由気ままに愛した相手を囲い、好き勝手に振る舞った結果によって起こった惨劇の後処理を押しつけられるようにして皇帝となっただけに、衝動のままに動いたことはこれまで一度もない。
 初めて人を抱いたのは13の時。精通から間もなく、閨の手ほどき相手として手配されたのは未亡人となってまだ半年と経っていない前伯爵夫人だった。当時まだ25でありながら妖艶さが滲み出ていた彼女の夫は62だったと聞く。後妻として迎え入れられた彼女が夫である伯爵とどのような関係だったのかは憶測の域を出ないが、当時すでに皇太子であった自分に対し手とり足とり教え込んだ技量は今思い出しても中々の物だった。
 普通ならば皇太子に対し火種になり得そうな女性を近づけることはあり得ないことだったが、当時すでに女嫌いの片鱗を見せていたこともあり生半可な相手では閨の役目を務めきれないと判断されたのだろう。女好きとまではいかないが、女体の気持ちよさを知れば女嫌いも多少は改善されるかもしれない。あわよくばと、様々な思惑も入り交じっていたことだろう。
 子作りを目的としたわけではなく、皇太子に女の抱き方を教え込むことが目的だったことから中に子種を吐き出すことはなかったが、それでも2回抱いただけで軽い魔力酔いを起こしていた。
 精を吐き出すことも未亡人となった前伯爵夫人の技量も気持ちよくはあったが、女の体の柔らかさも甲高い声も好むものではなかった。女の体に溺れて身を持ち崩してきた相手をこれまで幾度も見てきてその理由が分からなかったが、ようやく分かった気がした。

 国内のパワーバランスや年齢、魔力の高さから選ばれた正妃候補の中から魔力の相性の良さという一点で選ばれた正妃でさえ、中に子種を仕込むのは日に一度が限界だった。2度中に吐精したときは魔力酔いを起こして次の日1日寝込んでしまった正妃に、歴代1,2位だと言われている魔力の高さもこの時ばかりは煩わしかった。
 皇族不足と歴代1,2位の魔力の高さもあり側妃を娶ることになったときでさえ、何より重要視されたのは魔力の相性だった。魔力の相性が悪ければ子どもができづらいというのが定説だ。皇族不足を解消するための側妃だというのに、子ができなければ意味がない。
 そうして娶った側妃2人との間に合計3人、正妃との間にも3人、計6人の子どもを産ませたが、彼女たちを抱いた回数などそれこそ数えられる程度だ。
 正妃と側妃2人を娶り、それぞれと子を成しているとは言え、寵愛しているわけではない。寵愛を巡り男女問わず献上された相手は問題がなければ一度は抱くが、それだけだ。気まぐれで2度抱くこともあったが、これまで正妃と側妃以外で同じ相手を3度抱いたことはない。
  3度抱いた相手は後宮に召し上げられる。同盟国の王女という婚約者がいながら結婚前に寵愛していた子爵令嬢をその決まりを使って寵妃として召し上げ、あまつさえ結婚前に子を成した父親のしでかしは唾棄すべき行為だ。その行動がさらなる問題を巻き起こし、本人は皇弟に毒殺される結末を迎えたことになったのだから、人生とは分からないものである。

「そうか。あれを囲うのも手か」

 酒場で思わず声を掛けてしまったが、あの時は一晩限りの関係のつもりだった。それが二度目の関係を積極的に望んだ時から――否、カウンターに金貨を積み上げた瞬間から、無意識ではあるがあの男を逃がすつもりはなかった。

「陛下、1つ進言が」
「なんだ」
「彼の者を囲うおつもりでしたら、妹君の養子先も選定しておくべきかと」
「……それもそうだな」

 相手が貴族だと気づくと警戒心をあらわにしたウィリアムには嫌悪も滲んでいた。妹の治療費という目的がなければ絶対に近寄りもしなければ、近づいた瞬間に脱兎のごとく逃げ出していたことだろう。ウィリアムにとっての最大の弱点と言うべき妹の存在は放置しておけない。
 3度抱いたからと後宮に召し上げたところで、妹という枷がなければあの男は絶対に後宮から逃げ出す。足の腱を切って無理矢理囲っては意味がない。精神的な枷がどうしても必要だ。

「男爵家か子爵家の中から候補を探しておけ」
「男爵家もですか?」

 平民や子爵家以下の家から寵妃が出た場合、伯爵家以上の家が後見として立つ。伯爵家以上の家の養子にしてから寵妃として送り出すのが一般的だ。寵妃になるかもしれない相手の妹の養子先ともなれば、最低限でも子爵家が妥当だった。

「平民が貴族になったときにまず困るのが礼儀作法だ。寵妃として後宮に囲うだけなら外に出すこともないから困らないが、その妹ともなれば貴族の養女になった後は最低限の礼儀作法を学ぶ必要も出てくる。男爵家の養女ならば、将来商家や平民に嫁いだところで問題もあるまい」

 男爵家の養女ならば嫁げても伯爵家までだ。伯爵家までならば何が起ころうとも対処も容易い。平民に戻りたいというのなら、それなりの相手を見繕うこともできる。何より今はまだ候補だ。伯爵家以上に養女とする場合、立候補しそうな家はいくらでもある。逆に男爵家や子爵家ともなれば選定作業の時間がかかることもあり、早めに対処しなければ対応できない。

「あれは果たしてどんな反応をするだろうな」

 ただの貴族だと思っていた相手が皇帝だったと知ったときの反応が今から見物だった。怒り狂うのであれば良いが、膝を屈するのであれば興ざめだ。ぜひともウィリアムには反抗的な態度を貫いて欲しい。
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