タイム・ラブ

KMT

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第四章「それでも僕/私は」

第20話「愛に惑う二人」

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「好きだ、真紀。君のことが」

言ってしまった。こんなことを言ったら、真紀が迷惑に思うに決まっている。真紀は未来人だ。この時代の人間ではない。過去の人間と恋人になって付き合うなど、そんなおかしな話があるか。

「...え?」
「ごめん...真紀。どうしても伝えたかったことなんだ...」

それでも伝えたかった。過去の人間と未来の人間、そこの線引きは理解しているつもりだった。真紀と過ごしているうちに、いつのまにかその境界線が見えなくなった。その先の世界ばかり見たくなった。僕がまだ知らなかった世界だったから。そう思ったのも真紀に会えたからだ。でも...

「でも、こんなこと言っても迷惑だよね。僕、本当に馬鹿だ...」

勝手に好きになっておいて、しかもこの場でいきなり告白なんて、僕は本当に馬鹿だ。何が優しい人間だ。自分のことしか考えていないじゃないか。

「...」

うつむく真紀。その頬に涙が流れる。やはり嫌だったか。

「ほんと、馬鹿だよ。満君...」

真紀は袖で涙を拭い、ゆっくりと僕の方へ顔を向ける。




















「私まで、同じ気持ちにさせるんだから...」

衝撃の言葉が耳に入ってきた。同じとは...。

「私も、満君のことが好き」

心臓が止まったように感じた。今聞こえた台詞は聞き間違いではないだろうか。自分の耳が疑わしい。

「満君と一緒に過ごしてたら、いつの間にか...ね...」

紛れもなく真紀の本音だった。それが僕のことが好きだなんて、神様は贅沢を与え過ぎなのではないか。気づかないうちに、真紀も僕のことを愛してくれていたのか。友達としてではなく、男女の関係として。

「でも、満君やっぱり馬鹿だよ」

真紀は急に顔を強ばらせた。そして僕に吐き捨てる。

「私、迷惑だなんて思わないわよ!私だって好きだもん!そう思ったのって、どうせ私が未来人だからとかそんなくだらない理由でしょ?未来の人間だとか、過去の人間だとか、そんなの関係ないわよ!それで好きになっちゃダメとか、そんなのあるわけないじゃない!そんなこともわからないわけ!?」

小さな拳で僕の胸を叩きながら訴える真紀。顔は涙の鼻水でぐしゃぐしゃだ。言葉の一つ一つが尚美しく、僕の心に突き刺さる。

「真紀...」
「満君...」

真紀は叩くのやめ、僕に身を寄せる。僕は真紀の左手に自分の左手をそっとのせる。

「ありがとう。好きだよ...」
「私も...」


















僕は目を閉じながら、真紀の唇にそっとキスをした。真紀も目を閉じながら、僕に体を近づけてきた。生まれて初めてのキスだ。ファーストキスはレモンの味と言うが、そんなふざけたものではない。言葉では正確に言い表すことはできないが、ほんのり優しい味だ。周りに人はおらず、イルミネーションに照らされた場所。完全に二人だけの世界。この時間だけは幸せだ。今までのどんな時間よりも。

心臓の音がうるさい。さっきからドキドキして気が散る。だが、これが恋というものか。初めての経験だが、僕はすんなりと受け入れることができた。これも相手が真紀だったからかもしれない。ありがとう、真紀。





電車がガタンゴトンと揺れる。真っ暗な窓の景色が時たま電灯の光りを運んでくる。家に帰るところだ。真紀は僕の肩にもたれかかって眠りこけている。遊園地でたくさん遊んだこともあるが、自分の気持ちと本音をぶちまけたことによる疲労感もあるだろう。その寝顔でさえ美しい。囚われたお姫様のようだ。

僕は窓に映る自分自身と真紀の顔を眺めて、幸せなような後悔のような、複雑な感情に揺れる。いや、若干後悔の方が勝っているかもしれない。真紀に好きだと伝えたことにより、真紀も僕のことが好きだったと分かった。この先の展開がなんとなく読めてくる。

取り返しのつかないことをしてしまった。いや、取り返しのつけたくないことをしてしまった。僕は思った。

「一体どうすればいいんだ...」

真紀は深い眠りに入っている。他の乗客も各々疲れの末眠っている。誰も僕の言葉に答えてはくれない。電車は迷いだけを乗せて暗闇へと二人を運んでいく。



   * * * * * * *



家に帰った僕は、自室で一人椅子に腰かける。時刻は午後11時をまわっている。いつもなら真紀が部屋に入ってきて、一緒に寝てくれとせがんでくることだろう。だが、真紀は今風呂に入っている。そして、恐らく真紀は今夜ここには来ない。お互い両想いだとわかって本来ならば喜ぶべきなのだろうけど、どうしてもそんな気分になれない。どうしても雰囲気が気まずくなってしまい、お互いに距離を置き始めた。実際僕もこれからどのように真紀と関わっていけばよいのかわからない。

「真紀...」

恐らく真紀も悩んでいることだろう。迷惑ではないと言っていたが、真紀にとっても初めてのことだ。考える時間を欲しがって僕と距離を置いている。

今の僕にできることはないか。今だからこそ...何か...。

「...!」

目の前にごま団子の空箱が置いてあった。真紀達にあげたあの日、空になった箱を僕が持って帰ったのだった。山の中にプラスチックのゴミなどを捨てるわけにはいかない。その空箱がまだ捨てられずに、勉強机の上に置かれてあった。そういえば、何かに使えそうだと思ってそのまま置いといたんだっけ。

「これ、使えるかな?」

ただの箱だが、これを使って何かできないか。真紀のためになるような...何か...。

「そうだ!」

いいアイデアを思いついた。まず箱には触れず、キャスターの引き出しからB5サイズ程度のメモ用紙とペンを取り出した。

「...」

僕はメモ用紙に書き連ねていく。僕の思いを、素直な気持ちを。真紀のために。

“真紀...”

心の中で彼女を想いながら、僕は必死に筆を動かした。





脱衣場で咲有里さんのパジャマに着替えた私は、廊下に出て居間へ向かう。扉の隙間から光がこぼれていた。まだ明かりが点いている。誰かいるのかしら。

ガラッ

「真紀、おかえり」
「パパ...ママ...まだ起きてたの?」

パパとママだった。二人でコーヒーを淹れて飲んでいた。こんな夜中まで起きて、一体何してるのよ?

「真紀、話があるんだ」

パパが嬉しさと悲しさを半々にしたような微妙な顔で言う。こういう顔のパパは大事な話をする時のパパだ。私は身構える。

「さっき、時間監理局と連絡がついた。未来から救助が来るそうだ」

え?今なんて言った?未来から救助...?

「この時代の日時でいう明日の午後5時に向こうからお迎えが来るの。やっとお家に帰れるのよ」

明日の午後5時?ちょっと待ってよ!何よそれ!?いきなりそんなこと言われたって...。

「ちょっと名残惜しいけど、やっぱり僕達は本来いるべき時代に帰らなくちゃいけないから...」

もし満君と出会っていなくて、自分達の力だけでなんとか今日まで生き延びてこの瞬間を迎えたとしたら、私は思いっきり喜んで帰ることだろう。だが、現状は違う。満君に助けてもらいながら、初めての経験もしてもらいながら、この瞬間を迎えてしまった。

「満君や咲有里さんには感謝しなきゃね。たくさん助けてもらいながらなんとかこの時代で生き延びれたもの」

パパとママはこの時代を離れることを既に受け入れているらしい。そして...

「...真紀?どうしたの?」















「...帰りたくない」

受け入れられないのは私だけだった。満君と出会って、恋に落ちて、ずっと一緒にいたいと思うようになってしまった。

「帰りたくないって...どういうこと?」
「私、満君のこと...好きになった...」

親の前で本音をさらけ出すのは勇気がいることだ。よく言っているから慣れたと思っていた。だが、今回は事態が事態だ。

「何言ってるのよ真紀...。あっ、と、友達として、よね?そうよね?」
「違う。男女の関係というか...その...」

本音を一つ一つさらけ出す度に胸が痛くなる。その度にママの焦りの顔が、少しずつ怒りの顔に変わっていく。私だってわかってる。わかってるのに...。

ダッ
ママは椅子から立ち上がって、凄い勢いで私のところに来て、肩をつかんできた。

「真紀!今すぐ満君から記憶を奪いなさい!真紀も満君のことを忘れなさい!満君は過去の人間よ!過去の人間に恋なんてしちゃダメ!」
「ママ...」

ギリギリまで怖い顔を近づけて、肩をぐらぐらと揺らして怒鳴るママ。

「愛!落ち着いて!」

パパが仲裁に入ろうとするものの、それを無視してママは続ける。

「過去の人間に恋なんてしたら、帰りたくなくなっちゃうでしょ!?」

そう、未来人の決して越えてはならない一線。そもそも、過去の人間と必要以上に関わること自体がタイムトラブルにおいて禁止されているというのに、恋愛なんてもっての他だ。そして、今の私がまさにそれ。未来に帰らず、ずっと満君と一緒にいたいと思ってしまう。



でも、そんなの今の私に言ったところでもう無駄。私はこの気持ちを変えようとは思わない。忘れようとも思わない。そんなの嫌よ。ママはなんでそんなことを強要させてくるのよ。それが規則だから?そんなの知らないわよ。私の胸の中に小さな怒りが込み上げてくる。

「誰が誰を好きになったって、別にいいじゃない...。未来の人間だとか、過去の人間だとか、そんなの関係ないでしょ!?娘の好きな人を...なんでそんなに受け入れられないのよ!?」
「真紀...」

私の顔はまたもや涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。みっともない顔だけど、怒りをぶちまけたと同時に、溢れだして止まらないんだもの。ママは申し訳なさそうな顔をしている。

「......!」

ダッ!
私はいづらくなってその場から駆け出した。居間の扉を豪快に開けて、階段を上っていった。涙や鼻水が床にこぼれ落ちて染みをつくるが、そんなのお構い無しに走った。

「真紀!」

ママの呼び止める声が聞こえたが、それを無視して物置部屋に閉じ籠った。



   * * * * * * *



「真紀...」
「恐れていたことが本当に起きてしまうなんてね...」

二人は再び椅子に座る。自分の娘が元の時代に帰りたくないと言う。だが、救助が来るのは決定したこと。どうしたものか。

「さっきは急に怒鳴ってしまってごめんなさい...」
「いいよ。でも、それは真紀本人に言うべきだね。一番辛いのは真紀なんだから...」
「そうね...」

愛はいつも真紀に厳しくなってしまう。それは決して悪ふざけなどではない。娘を想う母親の愛だ。だが今回に限っては、かなり言い過ぎてしまったのではないかと後悔している。娘の初恋は確かに嬉しいが、タイムトラベラーとしての規則が頭をよぎり、素直に喜べない。

「私、真紀のこと何もわかっていなかった。母親失格ね...」

愛の頬に涙が伝う。それを見たアレイが口を開く。

「僕らが初めて出会ったこと、覚えてる?」
「え?」











「はぁ...まだ眠いや...」

とあるビル街の郊外、時間監理局に所属したばかりのアレイは通勤していた。今日はある大切な会議がある。その為、通常より一時間早く出勤した。何も問題がなければ予定の時間に間に合う。アレイは歩みを進める。そして、池沿いにあるジョギングコースに差し掛かった時...

「無い...無いわ」

声が聞こえた。ふと横に目をやると、女性が膝をついて地面に顔を近づけている。手当たり次第に地面を触って必死に何かを探している。何か落とし物か?

「あの...」
「はい?」
「ここで何をしてるんですか?」
「えっと...」

女性は困った顔をしていた。これは助けて欲しいと頼むべきか否か、迷っている顔だ。今のアレイは出勤中ということもありスーツ姿。忙しそうだから、助けを求めたら迷惑かなぁ...などと思っているのだろう。

「探し物...ですか?」
「...はい」
「僕、手伝いますよ」
「え?」

余裕を持って家を出てよかったと思った。時間は十分にあるはずだ。軽い探し物くらい手伝ったっていいだろう。

「あ、ありがとうございます...」

本人さえ良ければもう問題はない。アレイは腰を下ろしてしゃがむ。それにしても、女性はやけにオドオドしてる。緊張しているのか。

「えっと、家の鍵です...。キーホルダーにピンクのハートのストラップがついた...」

これはまた大事な物を落としてしまったな。ハートのストラップ...可愛い...。アレイは思った。見たところ学生ではない。女性は社会人だ。その歳でハートのストラップ、だが可愛い。ギャップ萌えというやつか。少し違うな。

「オッケー!」

さぁ、探すぞ。アレイはシャツの袖を捲った。








見つからない。あれから30分程経っている。ストラップくらい見つけられると思ったのだが、甘かったらしい。それにしてもそろそろ出発しないとまずい。会議に遅刻してしまう。だが...

「すいません...」

雰囲気が気まずい...。女性は自分のせいで迷惑をかけてしまったという顔をしている。目を合わせられなくなり、池の方を向く。ん?

「あぁぁ!!!!!」

アレイは池の柵に手をついて顔を乗り出す。池の水面上に何やら小さな物体が浮いている。さらに顔を伸ばして目を凝らす。太陽の光に照らされて反射している。間違いない、金属だ。

「やっぱり...よし!」

アレイは携帯を取り出して電話をかける。

「あ、前橋!ごめん...ちょっと頼みたいことが...」

アレイは悟った。会議には間に合わないと。そこで、仲間に無理を言って会議に代わりに出てもらうことにした。

「資料は後でそっちのパソコンに送っとくから。本当にごめんね!今度何か奢るから!とにかく...よろしく」

ピッ
アレイは電話を切り、女性の方へ向く。

「すみません、ちょっとここで待っててください。いいもの取ってきますんで!」
「え?いいもの?あっ、ちょっと...」

女性の声かけを聞かず、アレイは走り出してしまった。その数十分後...

「お待たせしました!じゃーん!ウルトラマグネットガン~!」

テッテレ~
この時の女性は、某国民的人気アニメの効果音が流れたように感じたという。

「マグネット...?」
「それ!」

アレイはハンドガンの形をした装置を握り、引き金を引いた。その装置はゴーンという鈍い音を鳴らす。すると、池に浮いた物体はゆっくりと近づき出した。水面に波紋をつくりながら、物体は装置に向かっていく。

ピュンッ
急に物体が水面上で跳ね上がり、装置の銃口に吸い付く。チャリンと音をたてたその物体は、紛れもなくストラップのついた鍵だった。

「わぁ~!」
「これは金属でできたものなら何でも吸い付けることができる銃さ」
「すごいですね!」

かっこよく決まった。便利な時代になったものだ。アレイは銃口から鍵を外し、ズボン下のポケットからハンカチを取り出して鍵を拭く。

「あ、そこまでしていただかなくても...悪いですから」
「大丈夫大丈夫」

アレイはハンカチで拭き終わった鍵を見た。鍵にはさっき女性の言っていた可愛いハートのストラップがついていた。そして、ハートの中心には大きく赤い文字で「愛」と書かれていた。

「愛...こういうの好きなんだね」
「あ、はい。それもありますけど...」

さっきまでうつむいていた女性が、しっかりと顔を上げ、アレイの方を向いて言った。

「私、名前が愛...なので...」
「え?」
「本当に...ありがとうございます...///」

可愛いかった。その顔はストラップ以上だ。そして、今までアレイが出会った女性の誰よりも。










「そうだったわね」
「あの頃の君は本当に麗しかったねぇ~」
「何よ?今は違うって言いたいわけ?」
「ひはうひはう!いれれれれ!いはいっへ!」

アレイの頬を思いきりつねる愛。少し空気が和らいだようだ。

「でも、なんでそんなこと急に...」
「いや、なんていうかさ...人の出会いは不思議なものだって言いたくてね」
「え...?」
「人が恋に落ちるのなんて、よくわからないものさ。いつ、どこで、どんな出会いかも予測できない。でも、それはすごく嬉しくて、とっても素敵なことなんだ」

アレイの言葉の一つ一つが愛の不安をほどいていく。それは自分が一生愛していくと決めた相手だからだろうか。

「僕はそれをなるべく受け入れていくべきだと思う。受け入れれば、人はもっと幸せに生きていける、そう信じてるんだ」
「アナタ...」
「今回だってそうだ。まぁ、真紀の問題だから、どうするかは真紀自身が決めるべきだろうけど。でもね、僕としては満君にも真紀のことを覚えていて欲しい。真紀自身もそう思ってるはずだから」
「...ありがとう。落ち着いたわ」
「とりあえず、僕らは見守るとしよう。真紀の選択をね」

アレイと愛は天井を見上げる。祈りを捧げるように。



   * * * * * * *



キー
私はゆっくりと満君の部屋のドアを開ける。寝ている満君を起こさないように。

「...」

満君はすうすうと寝息をたてている。起きてはいない。気づかれないように部屋に侵入する。そして私はパジャマのズボンのポケットからメモリーキューブを取り出す。

“私が...やらなきゃ...”

先程から考えている。満君には私のことを忘れて欲しくない。だが、忘れないとパパやママは安心して帰れない。家族にはなるべく迷惑をかけたくない。やはりここは家族をとるべきか。私はメモリーキューブのダイヤルを回す。投げる準備をする。

「!!!」
「...だよ」

え?今の声...。満君だ!満君の...寝言?

「嫌だよ...真紀...」

満君が寝返りをうつ。そして私はそれを見た。満君の目には涙が浮かんでいた。涙は頬を流れて枕を濡らす。

「嫌だ...よ」
「満君...」

私のことを好きになってくれた満君。この涙が、満君が本当に私のことを愛してくれていることを証明している。そして、私が彼の初恋の相手。満君は初恋の相手を忘れるのだ。

バタッ
私は脱力してその場に倒れこむ。私の目からも涙が溢れ出てくる。この涙を見てしまったらもうできない。

「できるわけ...ないじゃない...」

メモリーキューブは私の手からこぼれ落ち、床に転がる。未来人として決して越えてはならない一線を越えてしまい、行き場を失う真紀。ただ好きな人ができただけなのに...。人を愛するのがダメなんて...どうかしてるわ。

“ねぇ、真紀ちゃんはどう思う?”

ふと、心の中で声が聞こえた。咲有里さんの声だ。

“罪を犯してまで人を愛するのって、いいと思う?”

咲有里さんのあの台詞が心の中に響く。未だに私はその答えを出せないままでいた。

「一体どうすればいいのよ...」

満君は深い眠りに入っている。誰も私の言葉に答えてはくれない。時間は迷いだけを乗せてタイムリミットへと私達を運んでいく。







ピピピピピピピピピピピ
目覚まし時計が鳴る。僕は布団を上げて起き上がり、メガネをかける。隣には真紀の姿は無い。結局昨晩は物置部屋かお母さんの部屋で寝たのだろう。だが、とりあえず様子だけは見に行こう。

ガチャッ

「あ、満。おはよう♪」
「おはよう、お母さん」

お母さんが自室から出てきた。真紀の姿は無い。

「真紀、お母さんの部屋にいない?」
「え?いないけど...一緒じゃないの?」
「うん。お母さんの部屋にいないってことは...物置部屋か...」

お母さんは先に階段を下り、キッチンへ向かって朝食の準備を始めた。僕は物置部屋の前に立つ。しかし、中に入る勇気が出ない。とりあえずノックをする。

コンコン

「真紀...起きてる?」

しんとしている。返事がない。諦めて、階段へ向かおうとしたその時...

「うん、起きてる。今はそっとしといて」

真紀の返事が聞こえた。だが、僕の期待したような言葉が返ってこず、言われた通りそっとしておくしかなかった。

「わかった...」

僕は階段を下りる。いつもより足取りが重く感じる。真紀が変わってしまったのも、僕が原因だ。責任がのしかかる。どうにかしたいと思うもどうすればいいかわからず、事態は一向に解決しない。

ガラッ

「...!」

居間の扉を開けると、愛さんとアレイさんがいた。椅子に座って朝食を口にしている。僕に気がついたアレイさんは横目で僕の姿をじっと見つめ、何事もなかったかのようにカップを手に取り、コーヒーをすする。愛さんも僕をしばらく申し訳なさそうな顔で見つめた後、その顔を反らして朝食に意識を戻す。

様子を見る限り、真紀から事情は知らされているようだ。僕が真紀に告白したことも、そのせいで真紀の心が不安定になっていることも。この二人とも関わりにくくなってしまったな。不穏な空気が流れる。

「それじゃあ満、お母さん仕事行ってくるからね」
「うん、行ってらっしゃい」

トートバッグを抱えたお母さんが居間の扉を通って玄関へ向かう。不穏な空気に気がつかないことから、お母さんだけは僕と真紀の関係が変わったことを知らないようだ。まぁ、なるべくお母さんには迷惑をかけたくないから、知らないままでいる方がこちらとしては助かる。僕はお母さんには何も言わないことにした。だが...

トトトトト
僕は愛さんとアレイさんの元へ行く。この二人には言わなければいけないことがある。僕が困らせているのは真紀だけではないのだ。

「あの...」

二人に声をかける。二人は何も言わずに僕の方へ顔を向ける。

「ごめんなさい...。僕が真紀に告白なんてしてしまったばっかりに、真紀をあんなに悩ませてしまって...皆さんにも迷惑をかけて...」

謝罪した。僕は正々堂々と頭を下げた。誠心誠意の意思表示だ。二人は驚いた顔をしているが、まだ何も言わない。

「本当に...ごめんなさい...」

二人は互いに見つめ合い、目で合図を交わし、また僕の方へ顔を向ける。

「満君、顔を上げな」

アレイさんの優しい声。僕は顔を上げてアレイさんを見つめる。

「君はまだ若い。ちょっとしたきっかけで誰かを好きになることだってあるだろう。だから、君に事態の責任を負わせようなんて思ってないよ」
「そうよ。私達も真紀に言われたわ。誰が誰を好きになってもダメなことなんてないって...。それで気づかされたの。真紀を好きになってくれて、ありがとう」

驚いた。この人達は自分達の複雑な事情もあるだろうに、僕のことまで思いやってくれている。真紀はとても素晴らしい家族に恵まれている。いい人達だ。

「満君、よく聞いて。今日午後5時、未来から迎えが来て、私達は元の時代に帰るわ」
「え...?」

元の時代へ帰る?そうか、やっとその時が来たのか。でも...

「もちろん、真紀も一緒に連れて帰るわ」

やっぱり。だが、それは仕方のないことだ。僕は速やかにそれを受け入れた。

「残念だけど、私達未来人は緊急事態でない限り、過去の時代で生きることは禁止されているの...。今日でサヨナラね」
「今日の午後5時がタイムリミットだ。それまでに真紀としたいこと、やっておきたいことをするといい。最後の思い出づくりだよ」

相変わらずのアレイさんの優しい声。言っていることは重大なことだが、すんなりと受け入れることができる。不思議だ。

「そして真紀の手で、君に記憶を手放してもらう。過去の人間から僕達の記憶を消す、それは絶対条件なんだ」

一番重大なことを告げられた。だが、それも僕は受け入れなくてはいけない。それを条件に今まで関わることを許されているのだから。真紀を好きな気持ちを忘れるのは、正直言って嫌だ。だが、僕のことを真紀に覚えていてもらえるのなら、それだけで幸せだ。こんなに優しい人達だと知ることができた今、なぜかそう思える。

「いいね?」
「...はい」

今日が...最後だ。










コンコン
ノックが聞こえた。誰かしら?

「真紀、先に学校行ってるね」

満君だ。気にかけてくれているのは嬉しいが、まだ気まずい。私は返事をしないでおく。学校も今日は仮病で休むつもりだ。今日が満君といれる最後の日であるものの、どういう顔で満君と接すればいいかまだわからず、面々向かって会えないままだ。

「真紀も来てね。待ってるから...」

恐らく、パパとママから聞いているだろう。今日、私達が未来に帰ることを。満君だって名残惜しく思っているはずだ。でも、満君の優しい声かけはその気持ちの存在を感じさせない。私に気を使っているのだろう。どこまでもお人好しなんだから...。

「帰りに駅前のクレープ屋行こうね!楽しみにしてるよ!」

クレープ!?その言葉に思わず反応する私。そして、満君が遠ざかっていく足音が聞こえる。最後に言うことがそれ?でも、それもやっぱり私を気を使ってのことなんだろう。最後だからって暗い感じにさせないようにって...。ったく、もう!

「満君ったら...」

寝袋から起き上がり、私はパジャマのボタンに手をかける。あんなこと言われたら、行くしかないじゃない!

「...!」

パジャマのボタンを一つ一つ外す。ふと、私は壁に立てかけた自分のリュックを見る。何かはみ出ている。何かしら?

「あっ...」

それはタイムカプセルだった。無駄に装飾品がつけられているピンク色の直方体の箱だ。中に入れた物は何十年経っても品質を保ったままにできるという優れものだ。そういえば自分がいた時代を出発する時、タイムカプセルでも埋めたいな~って思ってリュックに入れたんだった。何を入れて埋めるかはまだ決めてなかったけど...。

「そうだ!いいこと思い付いた!」

自分が今からしようとしていることは、もしかしたら意味のないことかもしれない。無駄に終わることかもしれない。それでも、私の腕は止まらなかった。



すべては満君のためだから。



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