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第四章「KANATA」
第24話「悪魔」
しおりを挟む王様のような風格で椅子に腰掛けるオリヴァは、まるで僕が特殊部隊の追跡を逃れ、ここまでやって来ることを予期していたかのような不適な笑みを向けてくる。わざわざ扉を開けてくれたのも、僕を誘っているのだろう。
「しかし馬鹿な連中だ。居場所のヒントをわざわざ残すとは」
そう言って、オリヴァはテーブルの引き出しから分厚い図鑑を取り出す。表示には「プラネット・ログ」と記されていた。そういえばハルさんが言っていた。あの図鑑が好きでいつも読んでいたと。あの図鑑から逃げる場所、つまり地球を選んだと。オリヴァが地球のページをこちらに見せてきた。
「捕まえる寸前に宇宙に逃げられた後、アマンダの家に行ったんだ。そうしたらこれを見つけたってわけだ」
プラネット・ログの地球のページには、わかりやすく折り目が付けられていた。ハルさんとアマンダさんは、いざテトラ星を脱出することになったら、地球に行くことを決めていたようだ。しかし、この証拠が仇となり、居場所を特定されてしまった。
七海町では二度の未確認飛行物体の噂が立った。一度目はハルさんの乗っていた宇宙船で、二度目はオリヴァの宇宙船だったようだ。二度目の噂が立ったのは一週間前。その頃から既にオリヴァは地球にやって来てきたのか。そして、まんまとハルさんを奪い去った。
「それにしても、無能な地球人にしてはなかなかやるじゃないか。あの特殊部隊の追跡をかわすなんて」
よく言うよ。僕をここに誘導する算段だとしたら、僕らを拘束しようとした特殊部隊の団員の数があまりにも少ないことに説明がつく。最初から本気で僕らを捕まえようとする気はなかったんだろ。しかし、こちらにとっても都合がいい。どういうつもりかはわからないが、向こうから誘ってきたなら探す手間が省ける。ハルさんの居場所に早くもたどり着けそうだ。
「ハルさんはどこだ! すぐに解放しろ!」
「だからできねぇって言ってんだろ。まぁ、せっかく遠いところから来てくれたんだ。最後に面を拝ませてやるよ」
ピッ ウィーン
オリヴァがポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押す。するとテーブルの横の床で丸い穴が開き、そこから何かが上ってきた。
「ハルさん!!!」
それは大きな金属製の椅子だった。ハルさんが手錠で拘束され、気絶して座っている。僕はハルさんの姿を見つけた途端、一目散に駆け寄る。
バンッ
僕がたどり着くよりも前に、オリヴァは腰に携えたライトニングガンを瞬時に構え、僕の足元目掛けて放った。行く手を阻む茨《いばら》のように、足元を電撃が走る。僕は後退りするしかなかった。
「くっ…」
「無駄だ。お前じゃハルは助けられねぇ」
「伊織君!」
ガシッ
ハルさんが目を覚ました。僕を見つけると、がむしゃらに僕の方へ体を伸ばす。もちろん手錠で腕を椅子に繋げられているため、前に進めない。それでも僕の名前を必死に叫びながら手錠を引っ張る。手錠の鎖が鳴るジャリジャリという音と、ハルさんの悲痛な叫び声が重なる。
「伊織君助けて! 伊織k…あぁぁ!!!」
ビリリリリリッ!
突然ハルさんの体を電流が包み込む。オリヴァがまたもやリモコンのスイッチで、手錠を通して電気を流してるんだ。僕はいたたまれなくなってすぐに駆け出す。しかし、オリヴァがライトニングガンの銃口を向けると、心臓を突き刺されたような衝撃に襲われ、僕の足はか弱い小動物のようにすくんでしまう。
「はぁ…はぁ…」
「オリヴァ…お前…」
「当然の報いさ。ファルカーは俺の大切なものを奪った悪しき存在だ。俺が味わった屈辱の分、目一杯使い潰してやる…」
オリヴァは醜い化け物を見るような鋭い目付きでハルさんを睨み付ける。彼のファルカーに対する憎しみは底知れない。
「なんで…なんでそこまでファルカーを憎むんだよ」
「…」
オリヴァはライトニングガンを腰に納めて語り始めた。
「俺の父さんは…ファルカーに殺されたんだ」
「え?」
「母さんは俺が生まれてすぐに亡くなった。父さんはこの星のリーダーとして、テトラ星意思決定機関の総長として、この星を立派に発展させようとした。その姿に俺は憧れた。いつか俺も父さんみたいな立派な指導者になりたかったんだ。父さんも俺を次期総長に務めさせるつもりだった」
かつての温かい思い出を振り返るオリヴァ。手元にはペンダントが光っている。父親の形見だろうか。オリヴァは天井を見上げながら語り続ける。
「そして約束したんだ。総長になったら『テトラ星をどの星にも負けない、強くたくましい星に発展させていく』って…」
「…」
「あの頃は今よりかはファルカーの差別はそれほど深刻ではなかった。俺もただの超能力が使える別の種族っていう認識だった。憎んでなどいなかったよ。父さんが殺されるまではな!」
バンッ
オリヴァはテーブルの上に拳を叩きつけた。心の底から溢れ出す怒りが、テーブルの表面に亀裂を作る。
「ファルカーが反乱を起こした時だった。父さんは…ファルカーが念力で浮かした自動車の下敷きになったそうだ。8歳だった俺は悲しみに明け暮れた。そしてその悲しみを憎しみに変え、俺はファルカーに復讐することを決めたんだ」
「復讐って…」
「俺は幼くも総長になり、ファルカーを徹底的に差別することを、この星のノンファルカー達に強制した。俺の大切なものを奪った悪魔を根絶やしにするためにな。だが、ファルカーを殺し尽くすだけじゃただの大量虐殺だ。別に罪に問われることはねぇが、せっかくの超能力を有効活用しないわけにはいかない。そこでファルカーを兵器として利用すし、周辺銀河の星々に向けた侵略戦争を計画したというわけだ」
大切な家族を奪われた悲しみ。それは同じ経験をした僕も十分共感できるものだった。僕も両親を失った悲しみから、世の中に向けて理不尽な憎しみを覚えた。自分の人生に絶望した。よくも悪くも、僕とオリヴァは似ているかもしれない。
「ファルカーのことももちろんだが、父さんとの約束を守ることも大事だ。だからテトラ星を強い星に発展させなくちゃな。だからファルカーは実に有効な兵器だ。この戦争で、テトラ星はこの宇宙の頂点に立つのさ」
「戦争に強いからって、それは本当の強さとは言えないんじゃないのか!」
「何をほざく! 武力こそが全て! 強さの証なんだ。何がなんでも…俺は父さんとの約束を守る!!!」
形見であるペンダントを強く握り締めるオリヴァ。戦争に勝てれば、ハルさんや他のファルカー達がどうなってもいいというのか。むちゃくちゃな考え方だが、オリヴァは父親を奪われた怒りに支配され、考えを改めようとしない。
「とまぁ…は長くなったが、とにかく誰も俺を止めることはできない。これは決まったことだ。伊織、お前はハルを助けることはできない。ハルはずーっと俺と一緒にいなくちゃいけないんでな」
「誰がアンタと一緒にいるもんですか! アンタみたいなクズと!」
ハルさんは痺れに怯みながらもオリヴァに吐き捨てる。再びオリヴァの怒りを買い、電気を流されたりしないか不安だ。こちらも下手に近づくことができない。オリヴァはハルに顔を向ける。
「いや、お前にはこの星の未来のためにも、ずっと一緒にいてもらうぜ。俺とお前は離れ離れになってはならないんだから」
「未来のため?」
「そうだろ? 俺とお前は愛を越えた“命”で結ばれてるんだ」
「え…?」
僕もハルさんもオリヴァの言葉が理解できなかった。命…どういうことだ?
「ん? まさかジアから聞いてないのか? これは…ジアの奴、なかなか面白いことしてくれてんじゃねぇか♪」
「え? え…?」
ジアがどうしたんだ。まさかハルさんにはまだまだ知らない秘密が隠されているのか? ハルさん自身も知らない秘密が…。
「お前、地球でよく体調不良になることがあっただろ? 腹痛とか、吐き気とか」
「えぇ…」
「やっぱりな」
ハルさんはよく能力を酷使し続けた後、体調不良になることがよくあった。ジアの人格に切り替わることとは別に。毎度毎度、謎の頭痛や吐き気に襲われて苦しんでいた。それでよく学校を休んでいたな。でも、それは能力の使い過ぎが原因のはず…。
「そういや、あれからだいぶ経つもんな」
「…えっ!?」
ハルさんの顔が引きつまる。何か気がついたのか。
「俺も詳しくは知らねぇが、そろそろ妊娠3ヵ月を迎えるころじゃねぇか?」
「え!?」
思わず声が出た。ハルさんが妊娠しているだって!? それじゃあ…今までハルさんが感じてた吐き気というのは、能力を酷使したことによる症状ではなく、妊娠初期に見られるつわりだったのか。
「妊娠って…」
「あぁ。地球人の妊娠周期は知らねぇけど、テトラ星人の女ならそろそろつわりが本格的に見え始める頃だな」
保健体育の授業での知識しか持ち合わせていないため、妊娠周期のことなんて何一つわからない。ましてや宇宙人のこととなると、理解不能だ。ただ、一つ言えること。ハルさんが妊娠しているということは、誰かと性行為《セックス》をしたということになる。ハルさんの顔が真っ青に染まっていく。本当に身に覚えのない事実だったらしい。
「一体…誰と…」
「もちろん俺だよ。俺とハルの可愛い可愛い子どもさ」
「え…」
ハルさんが身籠ってるのが…オリヴァの子どもだって!? ハルさんがオリヴァと性行為したというのか。
「嘘よ! 私そんなことしてない! 知らないわよ! 第一なんでアンタとなんか…」
「いや、正確には俺とジアの子どもかな」
「…!?」
「よーく思い出してみな」
ハルさんの顔が生気を失ったように更に真っ青に変えられていく。ハルさんは過去の記憶を呼び起こす。
私は思い出した。そうだ、もしかしたら…オリヴァの家に行ったあの時…
“ねぇ、さっき私ジアになってたよね?”
“あぁ”
“ジア、あなたに何か酷いことしなかった?”
“…いや、何もしてないよ”
“おかえり。あぁ…ちょっと濡れてるわね”
“え? 濡れてないよ”
“え? でも髪…”
“これ…汗?”
あの時私はジアになっていて、意識がしばらく途切れていた。実はオリヴァが機械を使ってファルクを操っていたことを後から知った。そして、帰った後に不自然に濡れていた髪を合わせて考えると、オリヴァの部屋に行ったあの時…私になったジアとオリヴァが…
嘘でしょ…嘘だと言ってよ…。
「そうさ。あの時…我慢できなくなって、ついジアとヤっちまった♪」
「!?」
思わず背筋が凍った。オリヴァは子どもを笑わせるピエロのように、私をあざ笑いながら愉快に語った。生々しい体験を。
「嘘…嫌だ…」
「なんでだろうなぁ? 中身がジアってだけで、嫌いで仕方ないお前の体でもすごく魅力的に見えるんだ。お前となんてヤりたくもねぇのに、ジアならすんなりと受け入れられる。むしろこっちから抱きたくなるんだよな」
「やめて…」
「あの時は本当に気持ちよかったぜ。胸はほどよい大きさで柔らけぇし、肌も意外とスベスベで綺麗だったなぁ。ずっと触っていたかった。もうお互い心も体もめちゃくちゃだったぜ。特に挿入する度に響くジアの喘ぎ声がたまんねぇよ。もう最高の瞬間だった。お前の体もなかなかいいもんだな♪ またヤりてぇぜ、ジアとの中出しセックス♪」
「やめて!!!!!」
私は耳を塞いで叫ぶ。嫌だ、聞きたくない。こんな気持ち悪い男と…私が…交わっただなんて。でも、それは変えようのない事実。ジアが私の体を使ってオリヴァとセックスし、私の体に一つの命が宿った。あの時はまだジアと意識を共有できなかった。でも、地球に来て意識が共有できるようになってからも、ジアは今までずっと隠してたんだ。オリヴァとセックスしたことを。その結果、私の体が妊娠していることも。今、私のこのお腹の中には…最低なクズ男の汚れた血を引いた一つの命がある…。
「俺もいつ戦争で命を落とすかわからねぇ。生まれた子に総長の跡を継いでもらわなくちゃな。わかったか? 離れ離れになっちゃいけないのはそういうわけだ。俺とお前にはもう体の関係ができてるんだからな」
「嫌だ…嫌だ…嫌だ…」
「しっかり産めよ。この星の未来のためにな」
耳元でオリヴァがささやく。私はこれから兵器として利用されるだけじゃなく、未来のテトラ星の支配者を生むための生産者としてもこき使われることになる。私の心は恐怖で埋め尽くされる。その恐怖が、私の体をガチガチに固める。
「そうだな…ジアは戦争には行かないといけないが、なるべくアイツには痛い思いをしてほしくないな。そうだハル、お前が出産しろよ。どうせお前は役立たずなんだから、それくらいしろよな」
「…」
「んで、終わったらさっさとジアに体を渡せよ。後はどうにかしてお前の人格だけを消せば、全ての準備が完了なんだがなぁ」
「ふざけるな…」
私はゆっくりと頭を上げる。伊織君がオリヴァを鋭い眼光で睨み付けている。珍しく怒りで身が奮い立っている。こんな伊織君は私も見たことがない。
「何が戦争だ。何がセックスだ。ハルさんをこんな酷い目に遭わせて…ふざけるんじゃない!」
「あぁ?」
「兵器に利用するだけじゃなく、ハルさんの体を弄ぶだなんて…この悪魔が!!!」
「フンッ、俺の大切なものを奪ったこいつらの方が、余程悪魔に思えるがな」
「だったら、僕の大切なハルさんを傷付けたお前も…最低最悪の大悪魔だ! 絶対に許さない…」
伊織君は睨み付けたまま、ぎゅっと拳を握る。
「ハルさんを返せ!!!」
伊織君は走り出した。拳をしっかり握り、オリヴァ目掛けて振りかざす。
バンッ
「うっ…」
オリヴァがライトニングガンを放った。電撃が伊織君の体に命中し、電流に包まれた伊織君は悶絶しながら倒れる。大好きな伊織君が苦しんでいる。それなのに、衝撃的な事実と絶望に侵食された私の体は動けない。伊織君が傷付いているのに、声をかけることもできない。オリヴァは倒れた伊織君に近づき、見下ろしながら呟く。
「ザコが、衛星より遠くに行ったことがない無能な星の民が何を言う」
「うぅぅ…」
バシッ
オリヴァは伊織君の頭を何度もキックしながら吐き捨てる。
「ほら立てよ。ハルが大切なんだろ? だったら立って、ハルを助けてみろよ」
「くっ…!」
伊織君は残った力を振り絞って立ち上がろうとするも、オリヴァが再びライトニングガンを放ち、電流に包まれた伊織君は痺れて動けなくなる。そしてオリヴァは何度も伊織君の頭を蹴る。その度に伊織君が立ち上がろうとして、ライトニングガンの攻撃を受ける…。ずっとその繰り返しだ。それを私は何もできずにただ眺めていた。
私のせいで…伊織君がこんな目に…。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「おや? さっきまでの気合いはどうしたのかな? あぁそうか。もうハルを助ける気が無いのか。そうかそうか…」
「黙れ!!!」
バンッ
「うあっ!」
嫌だ…もう止めて! もう見たくない。伊織君が傷付くところなんて…。
「ほらほら、助けたいんだろ? 伊織を」
「え?」
オリヴァが後ろを向いて私に言う。伊織君が隙をついて飛びかかろうとするも、再びライトニングガンの砲撃を受ける。
「ほら、能力を使えよ。こいつが傷付くのが嫌なら、能力を使って助けてやれよ」
「…」
「さぁ、トドメの一発はパワーマックスでぶっ放ってやるか」
今度は私に鎌をかけてきたオリヴァ。ライトニングガンのダイヤルを回し、威力を調節する。伊織から少々距離を取って銃口を向ける。もう迷ってなどいられなかった。私は覚悟を決める。
「ハルさ…ダメ…だ…」
私が能力を使おうとしていることに気付き、かすれた声で警告する伊織君。あれだけの電撃を受けていながら、まだ意識を保っていた。体は無惨なまでにボロボロで、立つのもやっとのくらいだ。
それでも…私は…。
「散れぇ!!!」
バァァァァァン!!!
ライトニングガンが渾身の一撃を放つ。電撃が一匹の竜のように、まっすぐ伊織君へと飛んでいく。この攻撃をもろに受けたら、もはや命が危ない。伊織君…ごめん…。
「伊織君!!!」
私は手をかざした。
スガァァァァァン!!!!!
二つの異なるエネルギーが衝突したことによる爆発音、そして花火のように青白い光が弾けた。ライトニングガンの砲撃が迫る中、ハルさんの手から波動弾が放たれたのだ。それは一匹の生き物のように僕の前に割り込む。そして、ライトニングガンの砲撃と波動弾がぶつかり合った。強い衝撃が生まれ、僕の体を吹き飛ばした。
「うわっ!」
数メートル先まで飛ばされたが、幸いにも大した損傷はない。すぐに起き上がる。
「ハルさん!」
それよりもハルさんだ。これまで何度も何度も忠告してきた。今のハルさんにとって能力を使うことは、寿命を削るような行為だ。それなのに、またもやハルさんは能力を使った。ダメだって言ったじゃないか…なんで使うんだよ…。
だって、使ってしまったら…
「ふぅ…やっぱり体を自由にできるって、いいことね」
赤黒い燃えるような瞳から心臓を貫くような鋭い眼差しが放たれる。再びジアが目覚めてしまった。またもやハルさんはオリヴァの作戦に引っ掛かってしまった。オリヴァ僕を攻撃し、それを助けようとするハルさんの優しさを利用した。計画通り能力を使わせ、人格の切り替わりが起こってしまった。実に卑怯だ。
「なんか体が痛いわね。オリヴァ、何かした?」
「いや、何もしてねぇよ」
「…」
ジアはしばらくオリヴァを真顔で見つめる。
「そんなことより、お前の力…見せつけてやれよ」
「…えぇ」
ガジッ
ジアは念力で手錠を粉砕した。ジアになってしまえば、能力をいくら使っても問題はない。自由に動けるようになったジアは、ゆっくりと僕に歩み寄ってくる。
「ジア! 君はいいのか!? オリヴァなんかに協力して」
オリヴァは本気でジアを愛しているのかはわからない。しかし、自分と同じファルカーである女の子達を酷い目に遭わせているというのに、なぜそんなオリヴァにジアはそこまでして忠誠を誓うのか。あんな悪魔に魂を売る理由がどこにある。
「別にいいわよ。私はオリヴァに尽くすって決めたんだから。だからオリヴァとセックスだってした」
「でも、それはハルさんの体だろ!」
「あの女のことなんかどうでもいいわ。私はオリヴァのために生きるんだから!」
フワッ
オリヴァのテーブルに置いてあったライトが浮かび、僕の顔面目掛けて飛んでくる。とてつもないスピードだったため、腕で防ぐ余裕もなく、顔面に直撃した。
バシッ グシャッ
「うっ…」
かけていたメガネは、レンズが粉々になるほどに粉砕された。僕は危うく気絶しかける。彼女も十分残忍な悪魔だ。
タタタタタタタタ…
「伊織君!」
霞んだ視界の角にアマンダさんの姿が見えた。後ろには麻衣子達もいる。特殊部隊の追跡を掻い潜り、なんとかこの部屋にたどり着いたらしい。
「オリヴァ!」
アマンダはオリヴァの姿を見つけると、すかさずライトニングガンを構える。対するオリヴァは何の武器も出さず、ポケットに手を入れて突っ立っている。まるで既に勝機を確信しているかのような不適な笑みと共に。
「伊織! 大丈夫!?」
麻衣子が倒れている僕に駆け寄る。
「うわっ!」
しかし、見えない力に体を引っ張られ、壁に吸い寄せされる。アマンダさん、麻衣子、出男君、蛍ちゃん、玲羅さんの5人は、ジアの念力で壁に張り付けられて動けなくなる。
「動け…ない…」
「ハル! やめて!」
「ハルちゃんの様子…なんか変…」
「まさか、伊織の言ってたジアの人格ってやつか?」
麻衣子達もいつもと違うハルさんの様子に気がついた。みんなは初めてジアの人格を目の当たりにする。壁に張り付けられながら恐怖におののく。
「おいジア、伊織も張り付けて動けなくしちまえよ」
「いや、それよりもっと楽しいこと思い付いたから…」
「ほぉ…とにかく、気が済むまでそいつらで能力を使いこなす訓練でもしときな」
そう言ってオリヴァは、テーブルの隣に置かれたシーツを被った巨大な機械の方へと歩いていく。
「ジア! やめるんd…ぐふっ!」
唯一自由に動ける僕は、ジアに向かって叫んだ。しかし、ジアは言わせまいと波動弾を放った。まっすぐ僕の腹に命中し、またもや数メートル吹っ飛ばされる。まるで金属バットで思い切り殴られたような痛みだった。
「どう? 大切な人にこれでもかと痛め付けられる感覚は…。あっ、むしろご褒美かしら?」
「うぅ…げほっ…げほっ…」
僕は腹を押さえ、咳き込みながらゆっくり立ち上がる。壁に張り付けられたみんなは、心配そうにこちらを見つめる。
「ハルさん…目を覚まして! ジアの人格に負けちゃダメだ!」
僕はハルさんの意識に呼び掛ける。ハルさんとジアは意識を共有している。体は自由に動かせなくても、意識はちゃんとある。ならば、今のハルさんには僕の姿が見えていて、僕の声が聞こえているはずだ。ハルさんの体をジアに支配されている間は、打つ手がない。せめてハルさんの人格が戻ってきたら…。頑張ってハルさん! ジアの人格を抑え込んで、体を取り戻すんだ!
「無駄よ、今はこの体は私のコントロール下にあるんだから」
「ハルさん! 聞こえてるんでしょ!? ジアの人格に負けちゃダメだよ! 自分を取り戻して…」
「だから無駄だっつってんだろ!!!」
バァァァン!
またもや放たれる波動弾。今度は僕のあばらを強襲する。どんどん僕の体は攻撃を受けすぎてボロボロになっていく。立っているのもやっとだ。しかも今の波動弾、今までのより威力が凄まじいように思える。
「あら、さっきより威力が強いわね…」
「こっちだよ」
ジアはオリヴァの声を拾って振り向く。オリヴァはあの巨大な機械を作動させているようだった。
「ファルクを操る機械の改造版だ。威力を調整したり、レバーでプラスマイナスを切り替えて、ファルカーを使えなくすることもできる。プロトタイプのやつより重量が嵩んじまったけどな」
あのファルカーを操る機械を改造版…その機械で波動弾の威力を増加させたのか。オリヴァにとって鬼に金棒な発明品だ。僕は胸を押さえながら立ち上がる。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ジアは厄介だ。念力や波動弾による遠隔攻撃はもちろん、ハルさんの姿をしているのだ。迂闊に彼女に手を出せない。ハルさんの姿で攻撃してくることで、余計に心をえぐられる。まるでハルさんが僕を裏切って攻撃しているように思える。騙されるな。今目の前にいるのはハルさんじゃない。しっかりしろ、自分!
「あぁっ! 伊織…君…助けてぇ! ジアに…飲み込…まれ…るぅ…」
「ハルさん!?」
ジアが突然苦しみ出す。いや、その口調はハルさんだ! 先程の呼び掛けに反応したのか。ハルさんがジアの人格とせめぎ合っている。ハルさんの人格に戻れるかもしれない!
「ハルさん! 気をしっかり! ハルさn…ぐあっ!」
再び波動弾が腹にめり込む。吐血してしまいそうな程の痛みが僕の腹を襲う。
「馬鹿じゃないの? ハルと私の区別もつかないなんて。あれだけハルと一緒に過ごしてきたくせに、ダサいわねぇ」
今のはジアの演技だったらしい。僕を油断させるための。心の底から怒りがこみ上げる。そんなハルさんの姿で、ハルさんの悲壮な声を真似られたら、ハルさん本人だと思い込まされてしまう。
「伊織君酷い…私とジアを間違えるなんて最低! もう大嫌い! 死んで」
ハルさんの真似をして僕を煽るジア。もうやめて…。その声で…その姿で…そんなこと言わないで…。
「ハル…さん…」
いや違う、騙されるな! 目の前にいるのはジアだ! ハルさんじゃない! でも、同じ姿で…同じ声…。ハルさんが…僕のこと…なんで…。
「ハルさ…」
グシャッ
ジアは再びライトを念力で浮かし、僕の頭に叩きつけた。僕は顔面から床に打ちつけられる。
「あぁ~、こいつのマヌケな様を見るの楽し♪ ふふっ、伊織君って本当に馬鹿だね。伊織君も生きる価値ないんじゃない? とっとと死ねば?」
「ハルさんを…返…せ…」
「嫌に決まってるでしょ。諦めなさい。ハルはもう目を覚まさない。この体は私のものよ。アンタには私達の計画は止められない」
「うぅぅ…」
僕はもう立ち上がれないほどに疲労困憊していた。体中を激痛が走る。哀れな僕の姿を、ジアは見下ろす。壁に張り付けられたアマンダさん達は必死にもがくが、ジアが先程から常に念力を働かせているため、身動きが取れない。完全に無力化されている。そしてオリヴァはファルクを操る機械のそばで、いつでも作動させられるようにスタンバイしている。
状況は絶望的だ。一方的に相手に打ちのめされるばかりで、こちらは何もすることができない。ただひたすら体に傷を作るだけ。一体どうすればいいのだろう。何か策は無いのか。一発逆転の奥の手が…。
“どうすれば奴らを止められるんだ…”
「…」
僕は倒れながら、アマンダさんの方へ視線を向ける。アマンダさんが必死にもがいている。よく目を凝らすと、左腕が少し動いている。念力で押さえ続けられているものの、根性で左腕だけを無理やり動かしている。先程からジアは僕に意識を向けているため、所々念力の効きが薄いようだ。
「…!」
そして左手にはライトニングガンが握られていた。張り付けられた時に偶然左手に握っていたようだ。アマンダさんはライトニングガンの銃口をオリヴァへ向ける。
“当たれ!”
バァン!
「!?」
砲撃がオリヴァ目掛けて飛んでいく。しかし、オリヴァは迫り来る砲撃に瞬時に気付き、横に飛んで回避した。
バシッ! ピンッ
「なっ!」
しかし、アマンダさんの目標はオリヴァではなく、ファルクを操る機械だった。オリヴァが回避したことにより、砲撃は機械のレバーに命中した。レバーは衝撃で傾き、スイッチがマイナスに切り替わる。
「うわぁ!」
バタバタッ
張り付けられていたアマンダさん達は、一斉に念力から解放され、床に身を突いた。スイッチがマイナスに切り替わったことにより、ジアの念力が途切れたんだ。ファルクが使えなくなったのなら、ジアなんか敵じゃない。
「くそっ!」
オリヴァは機械へと駆けていく。再びスイッチをプラスに戻す気だ。僕も立ち上がり、オリヴァに向かって走る。突然のことで戸惑っているジアの横をすり抜け、まっすぐに。僕が走り出したことに気がついたジアは、僕を追いかけようとする。しかし、麻衣子と玲羅さんが腕を掴んで阻止する。僕はオリヴァに意識を向ける。スイッチを戻させはしない!
“よくも…よくもハルさんを!”
僕は拳を握る。この星のファルカー達を陥れ、ハルさんの人生をめちゃくちゃにした最低な男に、己の過ちを思い知らせてやる。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
オリヴァが機械にたどり着く前に、僕は高く拳を振りかざした。ハルさんの苦しみの分、目一杯力を込めてお見舞いする。
悪魔なのは、お前の方だ!
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