コスモガール

KMT

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第三章「246911」

第14話「味方」

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 日曜日もハルは謎の腹痛に襲われた。今回は吐き気も混じっていた。しかし、一晩寝てしまえば、その症状は嘘のように消えていた。確かに最近超能力を多用してはいたが、何やら腹痛や吐き気の方が不定期のようにも思える。果たして本当にこの体調不良と超能力の使い過ぎは関係しているのだろうか。

「…」

 体に何の違和感も無くなったことを確認すると、いつも通りにハルは制服に着替え、家を出て駅前広場の噴水の前で伊織が来るのを待った。

「お待たせ~」

 伊織は集合時間ピッタリにやって来た。合流した二人は学校へと向かう。ハルの目には、伊織の足取りがいつもより軽やかに見えた。

「なんか機嫌がいいね」
「今日はクラスメイトにも新作の詩を読んでもらうんだ~。今回のはかなりの自信作だからね」
「確かに、あれはとてもよかったよ」
「ありがとう!」

 新作の詩とは、先週出来上がった「オーバーロード」のことだ。伊織が自信満々に友人に見せるのを決めている様子からして、彼の過去の作品の中でも上位に食い込む出来栄えのようだ。

「そうだ、まずはあの子に見せなくちゃ。この詩、実は…」

 伊織がオーバーロードを完成させるのに一躍買ったあの男を思い出したその時…



「誰か!そいつを捕まえて!」

 声高い女子の叫びが伊織とハルの耳に飛び込んできた。声のした方を振り向こうとすると、サングラスとマスクをした黒ずくめの男が、二人の間を猛スピードで走り抜けて行った。その腕には見慣れた葉野高校の学校鞄が抱えられていた。

「ひったくりだ!」

 同じ学校の女子生徒が学校鞄をひったくられたのだと、伊織達は瞬時に察した。しかし気づくのが遅れ、今走り出しても遥か前方にいる男には追い付きそうにない。伊織のような貧弱な体格ではなおさらだ。

「えっと、どうしよう…」
「…」

 ハルさんは遠ざかる男の後ろ姿を見つめる。そして手をかざす。ハルさんがこのポーズを取った時、何をするつもりなのかは伊織にはもうわかっている。もはや見慣れた光景になっている。

 ズズズ…

「うぉわっ!」

 ハルさんが気を張ると、走っている男の足が突然鉛になったかのように固まった。足を取られた男は前に倒れた。それでも学校鞄は離さず抱き締めている。

「…!」

 ズズズズズ…

「な、なんだ?どうなってんだ!?」

 男は倒れたまま、こちらに引きずられる。見えない力に足を引っ張られ、地面に体を引きずりながら近づいてくる。もちろんハルが超能力で男の足を引っ張っているのだ。 

「うわぁ~!」





 ハルは超能力で男を交番へと引っ張っていった。足を動かせないため、男は為す術なく連れていかれ、そのまま窃盗罪で現行犯逮捕された。

「えーっと…この鞄は誰のかな?」

 交番にいた警察官は学校鞄の持ち主を伊織達に問う。

「私です!ありがとうございます!」

 そう言って蛍は学校鞄を受け取った。鞄をひったくられた女子生徒は蛍だったのだ。蛍は鞄を受け取ると警察官に深くお辞儀をした。

「いえいえ、お礼ならそちらのお嬢さんに」
「ですね!ハルちゃんありがとう!」
「どういたしまして…」

 蛍はハルの両手を握る。ハルは照れくさそうに頬を赤く染める。しかし、何か嫌なことを思い出したかのように眉を下げた。その時はあの体調不良のことを心配しているのかと思い、伊織は特に言及はしなかった。伊織、ハル、蛍の三人は交番から一緒に学校へ向かった。



「清水さん、ちょっといいかい?」
「は、はい…」

 四時間目までの授業が全て終わり、昼休みに昼食も食べ終えた3年2組の教室。トイレに行こうとした凛奈は、突如教室に入ってきた担任の石井先生に呼び止められる。

「君に頼みがあるんだ」
「はい、何でしょう?」
「第二資料室に次の授業に使う新しく買った資料集があるんだけど、それを職員室まで運んでくれないかい?」

 単なる荷物運びのようだ。石井先生は頼み事をする時は、たまたま目に入った生徒によく頼む。

「わかりました」

 特に断る理由もなく、ましてや凛奈のような気のよい人間が引き受けないことはなかった。

「ありがとう、とても助かるよ。本当は自分でやらなきゃいけないんだけど、ちょっと外せない仕事ができてしまってね。第二資料室はこの階の奥の部屋だから」

 そう言って、石井先生は教室の扉に手をかける。閉める前に石井先生は一言付け加えた。

「あっ、資料集は段ボールに入っててね。一箱だけなんだけど何冊も入ってるからすごく重いんだ。君一人じゃ無理かもしれないから誰かに手伝ってもらいな。それじゃあ」

 パタンッ
 石井先生は扉を閉めて廊下を歩いていった。凛奈は自分の腕力の無さを懸念し、誰かに手伝ってもらうことにした。しかし、教室内は昼食を終え、仲のいい者同士好き勝手無駄話を楽しむクラスメイトで溢れかえっている。そして頼みの綱である恋人の陽真は…

「なぁ陽真、アレ手に入ったか?」
「あぁ、これだろ?」
「そう、それそれ!じゃあ俺にくれ」
「嫌だよ」

 男友達とスマフォでソシャゲの武器素材集めをしていた。あまりにゲームに熱中していたため、話しかけにくい雰囲気ができてしまっていた。恐らく一声かければ、凛奈のためにゲームを中断してでも陽真は手伝ってはくれるはずだ。しかし、凛奈は今はゲームの邪魔にならないよう、彼に手伝いを頼むのを諦めた。他に頼れそうなクラスメイトはいない。

「…」

 特別仲のいい哀香や蓮太郎は食堂で昼食を取っている。花音は生徒会の仕事で教室にいない。他に頼み事を引き受けてくれそうな優しい人も、トイレに行っているのか教室内に姿は見当たらない。その他は誰もが仲のいい友達とのお喋りに夢中で、困っている凛奈に気づかない。



 たった一人を除いて。

「凛奈ちゃん、私が手伝ってあげる」
「ハルちゃん!」

 ハルは凛奈が石井先生に荷物運びを頼まれるところを聞いており、話しかけるのに躊躇《ちゅうちょ》している凛奈にいち早く気づいた。

「ありがとう!」
「行こう」

 凛奈とハルは一緒に教室を出ていった。

「…」

 ふとゲーム画面をPAUSE状態にし、教室を見渡す陽真。凛奈の姿が見当たらないことにようやく気がつく。

「凛奈…?」
「どうした陽真、続きやろうぜ」
「あ、あぁ…」

 陽真は妙な胸騒ぎがした。



 キー
 第二資料室のドアを開けると、真っ暗な部屋の奥にまだ開封されていない新品の段ボールが置いてあった。緑色の荷札が貼ってあり、資料集の名称が書かれてあった。石井先生の言っていた荷物はこれのようだ。

「ハルちゃん、そっち持ってて」
「うん」
「せーの!」

 縦40センチ、横60センチ、高さ35センチの比較的大きいサイズの段ボール。凛奈とハルはそれぞれ左右の角に手をかけ、合図と共に持ち上げた。しかし、女子生徒二人の力では段ボールは数センチ程しか上がらない。

「ダメだぁ…重い…」

 凛奈はその場に脱力して座り込む。中に詰まれているのが書物であるために重量が嵩《かさ》む。ましてやクラスの中で特に体力に自信のない二人だ。やはり無理を言ってでも陽真に手伝ってもらうべきだったか。

「どうしよう…」
「…」

 ハルは超能力を使うかどうか迷っていた。しかし凛奈の情けない顔を見ると、ゆっくり選択を選んでいる余裕など無いことを察した。迷いを振り切り、目を閉じて力を解放した。

「凛奈ちゃん、もう一度!」
「え?うん…」
「せーの!」

 二人は再び段ボールの角に手をかけ、思い切り持ち上げた。

 ヒョイッ

「わぁっ!」

 凛奈はあまりの段ボールの軽さに驚いた。先程までは指先に体中の力を集中させても腰の高さにも上がらなかった段ボールが、自分の胸の高さまで持ち上がった。書物の重みがなぜか感じられず、まるで空の段ボールを持っているようだ。

「軽い…」
「これで運べるね」

 もはや二人で支える意味もないが、凛奈とハルはそれぞれ段ボールの角を持ち、そのまま職員室へと運んで行った。



「なんで軽くなったんだろう…」
「なんでだろうね~」

 職員室に届け終えた二人は教室へと戻る。凛奈は思いもしないだろう。ハルが超能力で段ボールを浮かしていたなんて。ハルはそのことを凛奈には話さず、凛奈の後ろを着いていく。超能力を使ったことが果たして裏目に出ないかどうかが心配だった。

“大丈夫…ちょっとくらいなら大丈夫…”

 ハルは心の中で自分に言い聞かせた。








“…と思うじゃん?”

「…うぅ!?」

 ハルは突然強烈な頭痛に襲われた。そして頭の中にあの女の声が響く。視界が真っ暗に染められていき、次第に意識も遠退いていく。まただ。自分の体があの女の支配下に置かれる時が再び来てしまった。

「うぅ!…あ…あぁ…」
「ハルちゃん?どうしたの?」

 後ろを振り向いた凛奈はハルの異変に気がつく。そばに駆け寄り、肩に手を乗せる。ハルは頭を押さえて悶え苦しむ。うめき声をあげながら、体を小刻みに震わせる。

「苦しそうだよ?大丈夫?」
「にげ…て…は…やk…」
「え?」
「…」

 ハルの動きが止まった。言葉を発しなくなり、頭を垂れ下げて表情も見えなくなった。ハルの茶色い髪が瞳を覆い隠す。凛奈はハルの顔を覗き込む。

「…」
「ハルちゃん?」



 バチンッ!
 突如ハルが凛奈の頬を平手打ちした。そのまま凛奈は2,3メートル程ぶっ飛ぶ。凛奈のかけていたメガネはさらに1メートル程飛んでいった。上半身を起こした凛奈は状況が把握できず、不適な笑みを浮かべるハルを見つめる。

「ハル…ちゃん…?」
「…うざい」

 ハルは顔を上げた。その表情はいつもの明るく優しげな雰囲気を帯びた笑顔とは違う。邪悪な闇を携えた不気味な笑顔だ。瞳が赤黒い。

「アンタみたいないい子ぶってる奴、私ほんと大っ嫌いなのよね」

 まるで別人に成り変わってしまったようなハルの様子に、凛奈は戸惑いを隠せない。口調がもはやいつものハルのそれではない。怯える凛奈にハルはことごとく吐き捨てる。

「ちょっと可愛いからっていい気になりやがって、この純粋無垢な顔して内心人を見下してるクソ女!」
「え…え…?」

 ハルの鋭い口調と、赤く腫れ上がる頬で凛奈は涙目になる。目の前にいる女子生徒は本当にあの美人転校生の青樹ハルであるのか、自分の目が信じられなくなった。

「ハルちゃ…」

 バリンッ
 廊下の窓ガラスがハンマーで叩いたわけでもなく、突如として目の前で砕け散る。細かい破片は床にボロボロとこぼれ落ち、大きな破片はそのまま空中で浮かび上がり、凛奈の方へ鋭利な面を向ける。

「少しは痛い目見ろよ」

 ハルが気を張ると、ガラスの破片は一気に凛奈の方へ飛んでいった。凛奈は何も抵抗できず、おもむろにガラスの破片の雨を顔に受ける。

 ザシュッ



   * * * * * * *



「すごいね!これを読めばどんな人も前向きになれそう」
「ありがとう!満君の恋バナのおかげでなんとか完成できたんだよ」
「あれ恋バナだったかな…(笑)。まぁ、力になれたのならよかったよ」

 僕と満君は廊下を歩きながら新作の詩について話し合う。詩が出来上がったら、僕はハルさんの次に満君に見せたいと思っていた。この詩のアイデアを考え付くのに一躍買った人物の一人であるからだ。

「次は誰に読んでもらおうかな…やっぱり麻衣子かな」
「伊織~!!!」

 廊下の奥から麻衣子が僕の名前を叫びながら走ってきた。

「麻衣子、丁度よかった。新作の詩ができたんだ。よかったら読んで…」
「それどころじゃないわよ!ハルが大変なことに…」
「え!?」

 麻衣子からハルさんの名前が出てきた時、僕はすぐさま教室へと駆け出した。



「お前がやったのか?ハル…」
「…」

 僕が教室にたどり着いた時、中央でハルさんが陽真君に問い詰められていた。窓際の隅には顔を押さえながら座り込んで涙ぐんでいる凛奈ちゃんと、その肩に手を添える数名の女子生徒がいた。凛奈ちゃんの顔をよく見ると、頬に横一文字に大きな切り傷ができており、血がにじみ出ていた。他にも小さな切り傷が数ヶ所できている。まるで鋭利な刃物で切りつけたように。

「質問に答えろ。お前が凛奈を傷つけたのか?」
「…」

 陽真君は鋭い眼光でハルさんを睨み付ける。ハルさんはさっきからうつ向きながら黙り込んでいる。全く状況が飲み込めない。凛奈ちゃんはどうして顔を怪我していて、陽真君はどうしてハルさんにあんな態度を取っているんだ?

「何があったの?」

 満君が近くにいた祐介君に状況を尋ねる。祐介君は絞り出すように事の次第を説明する。僕も聞く耳を立てる。

「実は…ハルちゃんが凛奈ちゃんを傷つけたみたいなんだよ。ガラスの破片か何かで切りつけて」
「え!?」

 凛奈ちゃんのあの顔の傷は窓ガラスの破片でハルさんに切りつけられてできたものだという。それで彼氏である陽真君は怒りを抑えきれないでいるらしい。確かに、自分の最愛の人を傷つけられたら、平常を保てなくなってしまうのも無理はない。いつもクールで冷静な陽真君が、珍しくご乱心だ。

「そんな…ハルさんが?」

 だが、信じられるはずがなかった。あの明るくて優しいハルさんが凛奈ちゃんを傷つけた?そんなわけがない。傷つける理由がない。これは何かの間違いではないか。

「凛奈が言っていた。お前が窓ガラスを割って、その破片で顔を切りつけてきたと。それは本当なのか?」

 陽真君はハルさんを睨み付けた再度尋ねる。どうやら凛奈ちゃんがそう証言していたようだ。彼女が嘘を言うとも思えないが、ハルさんが人を傷つけるような真似をすることも信じられない。

「…わからない」
「は?」
「ごめんなさい、覚えてないの。凛奈ちゃんに酷いことをしたのは多分本当。でも私は覚えてない」

 ハルさんは怯えながらも答える。覚えていない?どういうことだろうか。

「お前…そう言えば許されると思って言ってんのか?」

 陽真君はハルさんに近づき、さらに黒い眼差しを近づけて睨み付ける。凛奈ちゃんのこととなると、陽真君は冷静さを失ってしまう。ハルさんが追い詰められる様は見るに耐えない。今すぐ助けてあげたいところだけど、陽真君の形相がちらついて近づくに近づけない。

「陽真君、気持ちはわかるけど、ハルさんを追い詰めるのも…」
「あ?」
「ひっ…」

 満君が勇気を出して二人の間に割り込むが、陽真君が満君を睨み付けると、満君は萎縮して後退りする。余程凛奈ちゃんが傷つけられたことが許せないようだ。いや、そのことが僕にはどうも納得し難いのだけど。

「陽真君…」

 突然教室の隅で座り込んで泣いていた凛奈ちゃんが、ゆっくりと起き上がって陽真君に呼び掛ける。陽真君は震え声で訴える凛奈ちゃんを見つめる。

「やめて。私は大丈夫…大丈夫だから…ハルちゃんを追い詰めないで…」

 頬が血だらけになりながらも、瞳に涙をいっぱいに浮かべさせながらも、凛奈ちゃんはハルさんを庇った。その様子から、ハルさんが凛奈ちゃんを傷つけたことはやはり事実なのかもしれない。

「凛奈…」

 再び視線をハルさんに向ける陽真君。ハルさんの体も震えている。かなり身長差があるために、背の高い陽真君の視線に圧を感じている。

「覚えていない…か…」

 陽真君は落ち着きを取り戻したのか、一度ため息をつく。力を抜き、落ち着いた口調でハルさんに言う。

「わかった、今日のところは信じよう。あまり自分の命を縮めるようなことすんじゃねぇぞ」

 陽真君は凛奈ちゃんのところへ歩み寄り、彼女の手を取って支える。そしてクラスメイトに言う。

「俺が保健室に連れていく。もうこの話は終わりな」
「陽真君…」
「凛奈、歩けるか?行くぞ」

 足取りのおぼつかない凛奈ちゃんを支えながら、ゆっくりと廊下へと出ていく陽真君。複雑な心境の中たたずむハルさん。教室はしんとしている。



「…青樹さんサイテー」
「!?」

 教室の隅から眺めていた女子生徒の一人がボソッと呟く。彼女は最近顔を覚え始めた子だ。名前は確か…品川玲羅《しながわ れいら》さんだったかな。本人に聞こえない声量で言ったつもりだろうが、今のハルさんにはどこにいても、どんなに遠くにいても鮮明に聞こえるだろう。ハルさんの肩が震え始めている。

「ねー、浅野君よく許してくれたよね」
「凛奈ちゃんかわいそう、あんなに血が出るまでいじめられて」
「大体転校当初から変な人だと思ってたのよね」
「ハルちゃんってもっと優しい子だと思ってたのに」
「あんな優しそうな顔しといて、実は極悪人だったってこと?怖い…もう関わりたくないかも」
「あんなに酷い人だったんだね。ほんとサイテーだよ」

 友人と三人で一つになり、ハルさんに心もとない言葉を浴びせる。ハルさんは息を荒らげて一層震え上がる。待てよ。いくらクラスメイトを傷つけたからって、そこまで言うことはないだろう。玲羅さんはかなり冷酷な性格だ。僕は心の底から怒りをこみ上げる。

パチンッ

「はいみんな、もうこの話はおしまい。自分の席に戻って。もうすぐ五時間目始まるわよ」

 蛍ちゃんが手を叩いてざわめきを一掃した。蛍ちゃんは今朝ひったくられた学校鞄をハルさんに取り返してもらった。その恩もあり、ハルさんが陰口を言われている様子がいたたまれなく感じたのだろう。ハルさんに陰口を言っていた女子生徒達はしぶしぶと自分達の席に戻っていった。

 しかし、ハルさんはいつまでも突っ立ったまま、うつ向いていた。まだ罪悪感に苛まれているのだろうか。僕はゆっくりとハルさんに歩み寄る。

 ダッ!
 すると、ハルさんは急にきびすを返し、僕を横切って廊下へと走って出ていった。

「ハルさん!待って!」

 僕はハルさんの後を追いかけた。五時間目の始まりが近づき、担当の先生と廊下ですれ違った。廊下を走るなと注意されても、もうすぐ五時間が始まるから教室に戻れと言われても、僕はお構いなしにハルさんを探した。



「…」

 ハルさんは校舎裏で座ってうずくまっていた。ハルさんが僕の詩を読んですごいと言ってくれた場所だ。ハルさんを見つけた僕は隣に腰を下ろす。先程の凛奈ちゃんのようにハルさんは涙ぐんでいる。

「えーっと…ハルさん…」
「…」

 ハルさんは何も言わないで腕で顔を隠している。何も言ってこないあたり、僕が隣に座ったことを鬱陶しく思っているわけではなさそうだ。僕は自分なりにハルさんが元気を出せるような言葉を探す。まだまだ素人のような詩しか書けないけど、こんな自分だからこそ伝えられるような前向きな言葉を。

「誰だって時には他人を知らず知らずのうちに傷つけちゃうことだってあるよ。とんでもない過ちを犯すことはある」
「…」
「ハルさんだって一人の人間なんだ。誰かに恨まれたり責められたりする時だってある」
「…」
「でもね、ハルさん!」

 僕は強くハルさんの名前を呼ぶ。ハルさんはゆっくり顔を上げる。丸い瞳には米粒のような涙が浮かんでいる。

「たとえ誰がハルさんを恨んだり責めたりしても、僕はハルさんの味方だから」
「伊織君…」
「どれだけ世界がハルさんを敵に思おうとも、僕だけはずっとハルさんの味方でいる。だから泣かないで」

 言葉足らずで、舌足らずで、誰もが平気で言えそうな台詞。ハルさんの痛みを全て覆う程の優しい布にはなれそうにないけど、ハルさんと誰よりも深く関わっている僕だからこそできる励まし。

「ありがとう…元気出た」
「ほんと?よかった~」
「伊織君が次の詩を完成させたら、もっと元気出るかも」
「おぉ!それじゃあがんばらないと!」

 よかった。ハルさんは落ち着きを取り戻したようだ。意外と早く元気になってくれて助かった。やっぱりハルさんに涙は似合わない。

「君達~、授業サボってこんなところで何してるのかなぁ~?」
「あっ…」

 五時間目の担当の先生が校舎裏まで僕らを探しに来た。僕とハルさんは笑い合う。ハルさんの笑顔はどこまでも僕を前向きにさせてくれる。これからハルさんにはたくさんの困難が待ち受けてることだろう。僕がそばにいて支えてあげなくちゃ。僕がハルさんを守るんだ。


 そう思うのはハルさんが大切な“友達”であるからなのか。それとも…

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