かみさまの忘れ人

KMT

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最終章「ありがとう」

第24話(終)「ありがとう」

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ギャング達は騎士団の監視下に置かれ、その後のフォーディルナイト国内での犯罪率は不思議と大幅に下がった。街でのギャング達の素行も以前よりは見られなくなった。


ガメロとその幹部達は今までの罪を帳消しにする代わりに騎士団に入団した。特にガメロは完全に更生しているようだった。彼らの戦闘の腕は認められ、国の治安維持に大いに貢献することを誓った。


アンジェラも今までのわがままを反省して女王としての職務を真っ当した。国の方針を話し合う会議に参加し、午後9時の神様への祈りの儀式もしっかり行うと決意した。それらがアルバートに認められ、定期的に決められた時間に民との交流の機会が与えられた。アルバートやカローナ、ロイドやヨハネスを含む他の騎士達も積極的に民の声を直接聞いて仲を深め合った。フォーディルナイトは着実と真の平和な国に近づきつつあった。


戦いが終わった後、陽真達はフォーディルナイトの危機を救った栄光を大いに讃えられた。ギャングの処分を決定した後に豪華な食事が振る舞われた。陽真達は夜更けまで楽しんだ。戦闘の疲れが溜まっているため、城に一晩泊めてもらうことができた。それぞれが終戦の安心感に体を預け、泥のように眠った。







翌日の朝、凛奈、陽真、哀香、花音、優衣、豊の6人はホーリーウッドの森の前にやって来た。彼らがフォーディルナイトにやって来た時に通った森だ。今から元の世界に戻るのだ。もう戻り方は全員知っている。


「…」


6人は木々の間に立ち込める暗闇を見つめる。思えばこの森で発生した霧が冒険の始まりだった。優衣と豊はまだ記憶は戻っていないが、自分がこの世界の住人ではないことを受け入れ、元の世界に戻ることを決意した。アンジェラとアルバート、カローナ、ケイト、その他少数の騎士達が見送りに来た。


「もう行っちゃうのね…」


アンジェラは陽真に寂しげに訴える。ついにアンジェラ達ともお別れだ。短い間だったが、彼女ともたくさんの時間と感情を共有した。


「あぁ、俺は自分の本当の居場所を教えに来てくれた奴と一緒にいなくちゃいけないんでな」


陽真は凛奈の肩に手を置いて言う。凛奈は頬を赤らめる。陽真も元の世界で凛奈と生きていくことを決めたようだ。


「楽しかったぜ!」

「またいつか会おう!」


ロイドとヨハネスが手を振る。陽真は優しく笑って振り返す。あの二人のサポートがあったお陰で、陽真はこの世界で騎士として活躍できた。


「ユタ…じゃない!えっと…豊、それにエリー…あぁ違う!優衣…だっけ?あぁもう!頭がこんがらがってきたぁ~」

「あはは…」

「ケイトさん面白過ぎ~」


豊と優衣は頭を押さえるケイトに微笑む。


「とにかく二人共、元気でね!バーの経営は私に任せなさい♪でも、たまにはこっちの手伝いに来てよね」

「もちろん」

「喜んで行きますよ!」


ケイトもこの世界で豊と優衣を3年前から支え続けてきたのだ。二人との別れを惜しんでいた。


「あ~あ、正直あなたのこと狙ってたのに…残念だったなぁ~」

「え!?」


アンジェラは頭の後ろに手を組んで呟く。陽真と凛奈は驚きの声を上げる。そう、地味にアンジェラの初恋の相手も陽真だったのだ。今は諦めざるを得ない状況となってしまったが。


「こら、アンジェラ…」

「えへへ♪」


アンジェラはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「でも仕方ない、諦めるしかないかぁ~」

「あはは…」


陽真と凛奈は二人で苦笑する。生意気お嬢様の気質はまだ失ってはいないようだ。だが、それでいい。アルバートとカローラは思う。それがアンジェラの個性であり、魅力でもあるから。


「でも心配はいらないよね!この世に男はいっぱいいるんだから!ね?哀香♪」

「うんうん」


哀香は胸を張って自信満々にうなづく。すっかり仲良くなっている二人。二人もまた見えない絆で結ばれていた。


「適当に決めるんじゃないわよ~?大事な王位継承者なんだから~」

「しっかりと愛することができる人を選ばないとな~」


アルバートとカローナが真っ黒な形相でアンジェラの背後から顔を出す。


「わ、わかってるわよ!ていうか、今は私じゃなくて凛奈達の話でしょ!」

「あはははは」


あたふたするアンジェラとその両親を見て和む凛奈達。彼女達に任されたこの国の未来、果たしてどのようになるのか、実に楽しみである。


「とにかく!凛奈、絶対にアーサー...じゃなかった、陽真と幸せになりなさい!これは女王からの命令よ♪」


アンジェラは胸を張って凛奈を指差す。


「うん!ありがとう!」

「陽真も凛奈のこと、一生愛し続けるのよ?もしまた凛奈を傷付けるようなことしたら許さないからね!」

「あぁ、わかってるよ」


たくましく答える陽真にきゅんとする凛奈 再び頬を赤らめる。事がある度にドキドキさせてくるために心が持たない。




「それじゃあしっかりね、アンジェラ」

「私が生徒会長になれるよう神様に祈っといてね~」

「いつかもっと立派になったフォーディルナイトを見せてね!」

「色々とお世話になりました」


哀香、花音、優衣、豊は別れの挨拶を告げる。哀香は言い終えると森の方を向いて祈りを捧げる。瞬く間に霧が発生して森を覆い尽くす。元の世界でも蓮太郎が祈りを捧げているのだ。蓮太郎も途中で離脱はしたものの、元の世界で常に哀香達の無事を祈り、共に戦った仲間だ。




凛奈と陽真以外の四人は霧の中を歩いて行った。凛奈はアンジェラに歩み寄る。二人の見つめ合う目は透き通っていた。


「じゃあ、元気でね…」


アンジェラは手を伸ばす。凛奈はその手を取って握る。


「…!」


その瞬間、アンジェラは凛奈の手を引いて抱きつく。震え声でアンジェラは言う。


「助けてくれて、ありがとう…」


アンジェラは泣いていた。凛奈は静かにアンジェラの背中に手を伸ばす。優しく抱き締め返す。今回初めて誰かの助けになることができた凛奈。誰かに感謝されるとはこんなにも心地よいものなのか。


「またいつか会おうね」

「もちろん。絶対だよ…凛奈」

「うん…」


そう、凛奈達はまたいつでも会える。かみさまを信じている限り。この戦いで得た絆は絶対に無くなることはない。例え能力が再び使われたとしても。


凛奈は陽真の元へ駆け寄る。二人は最後にフォーディルナイトの人達に顔を向ける。


「君達に神のご加護がありますように」

「またいつでも来てくださいね」


アルバートとカローナの別れの挨拶だ。


「ありがとうございます」

「また、いつか」


二人はお辞儀をし、霧の中へと歩いていく。アンジェラ達の姿が遠ざかっていく。




「凛奈~!陽真~!」


アンジェラが大きな声で叫ぶ。二人は立ち止まって振り向く。


「さようなら~、みんなのこと、絶対に忘れないから~!」


大きく手を振るアンジェラ。二人も振り返した。


「ありがと~!元気でね~!」

「じゃあな~!」


二人は返事をして再び霧へと顔を向ける。




「…」


霧の中で手持ち無沙汰を感じる凛奈。横目で隣にいる陽真を見つめる。右手がもじもじしておぼつかなくなる。


「…!」


すると、陽真は歩み出す前にさぞ当たり前のように凛奈の右手を握った。手を握りたいという凛奈の気持ちを瞬時に察知して左手を伸ばした。凛奈は驚いたが、陽真の左手の温かさに落ち着きを取り戻し、笑顔で霧の中を歩み始めた。手を繋ぐ二人の姿はまるで新郎新婦のように見えたという。




二人が見えなくなると霧は徐々に消えていき、いつもの森が姿を現した。誰もいなくなった森を朝焼けの空が照らす。この純白の太陽の光が、アンジェラ達のフォーディルナイト再建の意を高めた。


「さぁてと、みんな!王国をもっと盛り上げるわよ~!」

「オォォォ~!」


騎士達は剣を掲げて答える。たくましく育ったアンジェラを、アルバートとカローナは微笑ましく見つめていた。これからフォーディルナイトはアンジェラを中心に、真の平和な国へと更に一歩近づくために日々奮闘するのだった。










霧が晴れると、辺りはプチクラ山の時計広場だった。凛奈達は時計台で時刻を確認した。午前7時14分を示していた。こちらでも白い太陽が七海町の朝を連れてきた。戻ってきたのだ。自分達が本当にいるべき場所に。


「…」


凛奈は一度はこちらに戻ったことはあるものの、向こうには一週間ほどいた。優衣や豊に関しては三年間も離れていたのだ。家族にはとてつもない迷惑をかけているに違いない。しかし、そのことを考えても不思議と慌てる気持ちが起こらない凛奈達だった。


「おかえり、哀香」

「蓮!来てたのね。遅くなって悪かったわね、お祈りどうもありがとう」

「あぁ…」


哀香はベンチに腰を下ろしている蓮太郎の元へ駆け寄る。蓮太郎の体が少し痩せ細っているように見える。


「ねぇ、アンタまさかずっとここにいたわけ?」

「…うん」

「はぁ!?」


なんと、蓮太郎は哀香達が二度目にフォーディルナイトに向かったあの時から、ずっとプチクラ山の時計広場に籠り、哀香達の帰りを待っていたという。家にも帰らず、学校にも行かず、食事もろくに取らず。


「なんでそんなこと…」

「自分にできることをしたかったんだ。あと、戻ってきたらすぐに会いたかったから…」


怪我を負い、戦いに直接関われなかった悔しさのあまりその場に留まってしまったという。しかし、蓮太郎はずっと哀香達のことを心配に思い、絶えず祈りを捧げていた。いつでも哀香達がこちらに帰ってこられるように。


「ったく、何やってんのよ。この…レンタカー!」

「レンタカー言うな!」


いつものやり取りが始まった。事態が一件落着した証だ。蓮太郎とじゃれ合う哀香に、静かに優衣が歩み寄る。そして呟く。


「ごめんね…お姉ちゃん」

「?」


優衣が突然哀香に謝り始めた。お姉ちゃん呼びも何だかぎこちない。哀香は理由を尋ねた。


「どうしたのよ?いきなり…」

「私、あなたの妹ってことは信じられるけど…もうあなたのことは全く覚えてないの。まだ思い出せそうもない。本当にごめんなさい…」


優衣は今にも泣き出しそうだった。記憶を取り戻せたのは陽真だけだ。優衣は空っぽになってしまった姉との記憶を埋められないことに責任を感じていたのだ。


「はぁ…」


哀香はため息をついた。誰かに余計な罪悪感を感じられるのは何度目だろうか。


「何?そんなこと?別に大丈夫よ、ゆっくりで。どれだけ時間がかかるとしても、いつか本当のアンタを取り戻してみせるから」


哀香は優衣の頭に手を乗せる。優衣はこの上ない安心感に包まれる。


“お姉ちゃん…大好き!”


「…!」


その時、優衣の頭に記憶が少し浮き上がってきた。昔も今と同じように姉に頭を撫でてもらった。悲しいことがあった時、優しく頭を撫でてくれる姉が大好きだった。理由はわからないが、今はそれを信じることができる。幼い自分は姉に頭を撫でられるとよく笑った。それがつい昨日の出来事のように感じられる。とても不思議な感覚だ。まだ全てを思い出した訳ではないが、優衣は一つの確信を得た。


“多分、時間はかからないんだろうな…”


心の中で呟く。この人が姉ならどんな困難でも乗り越えてゆける。毎日が楽しくてしょうがなくなる。優衣は自分の明るい未来に期待を寄せた。この姉妹の愛が元に戻るのにも、どうやらそんなに長くはかからないようだ。


「そういえば蓮、私に何か話すことがあるんですって?」

「え?あ、うん…」


哀香は優衣の頭を撫でながら呟く。蓮太郎はおどおどしていた。


「あ、ごめん蓮太郎君。ごゆっくり…」


何かを察知して哀香のそばを離れる優衣。蓮太郎は大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。静寂が辺りを包む。


「僕達、結構長い付き合いだよね。陽真君と凛奈に比べたらまだまだだけど」

「そうね」

「それで…一緒に過ごしているうちに…その…」

「何よ?言いたいことあるんでしょ?はっきり言いなさいよ♪」


哀香は蓮太郎の背中をバシバシと叩いて励ます。それで少しは蓮太郎の緊張が解けたのか、はっきりと物申した。


「うん、そうだね」


蓮太郎はゆっくりと哀香の手に自分の手を重ねる。案の定戸惑う哀香。


「れ…蓮?」

「昔から君にはよくいじられたけれど、優しいところもあるって知ったら、もう友達のままでなんていられないよ」


蓮太郎は哀香に巻いてもらった腕の包帯を撫でながら言う。そして唾を飲み込んで言い放つ。







「ねぇ、今君のこと好きになったって言ったらどう思う?」

「…え?」


蓮太郎は恥ずかしそうに呟く。哀香も頬を赤らめて反応に困る。ここでまさかの蓮太郎からの告白だ。


「…!」


そして哀香は思い出した。理の書に書かれていたことを。


“愛が一つに重なった時、神の名目において荘厳な奇跡が二人を祝福するであろう”


凛奈と陽真が隔たれた二つの世界で祈り合い、巡り会い、密かに互いに想いを寄せていたことから結ばれて奇跡が起きた。心の奥底に閉じ込められていた記憶を取り戻すことができた。あの二人の場合は陽真の記憶が復活することが奇跡だった。


先程こちらに戻って来るときにフォーディルナイトで祈りを捧げたのは哀香、元の世界では蓮太郎。二人が出会い、元々両想いだったとすれば…




「…奇跡だと思う」


哀香の目から涙がこぼれた。そう、哀香も蓮太郎のことが好きだった。だが蓮太郎もこちらのことを好きでいてくれたことがとても嬉しかった。やはり神様は信じるものだと哀香は思った。


「ありがとう…」


蓮太郎も頬を赤らめながら哀香の手をぎゅっと握った。凛奈と陽真ほどではないが、月日を長く重ねた二人が結ばれるのに、これ以上言葉は必要なかった。


「んもう!涙はあまり見せたくないってのに…泣かせるんじゃないわよ!このレンタカー!」

「レンタカー言うな!」


前言撤回。やはり二人に必要な言葉はまだまだたくさんありそうだ。二人の永遠の愛を象徴する言葉が。




その光景を片隅から見守る豊。


「若いっていいなぁ。大切な人のためにあそこまで力を張れるなんて」

「あなただって十分若いわよ。それに優衣ちゃんを守ろうとしてたじゃない。あなたはとてもすごい人よ」

「ありがとう…」


花音がそばに来て励ます。しかし、豊には確実に心配なことがあった。元の世界での自分の居場所だ。


「それにしても、みんな目に希望が溢れているね。僕なんかこの世界での記憶がないし、何をやっていたかも、誰と一緒にいたかもわからなくて不安まみれだっていうのに」

「…」


豊は朝焼けに照らされる七海町を眺めて呟く。


「一体僕は…藤野豊は何者なんだ…」


花音は少し考え込み、ポケットから例の手帳を取り出す。ペラペラとページをめくり、ある一人の生徒の情報のページを豊に見せる。


「藤野万里、17歳。陸上部のマネージャー。3年前に行方不明になった9つ上の仲の良いお兄さんがいる。あなたの居場所はこの子のところ」

「…!」


ピリッ

花音は手帳のページを千切って豊に渡す。豊は静かに受けとる。そこには万里の家の住所も記されていた。


「あなたは妹好きの優しいお兄さんよ」

「あぁ…」


生徒の情報を集めておいてよかったと心から思う花音だった。思わぬ形で豊の居場所を見つけ出すことができた。


「ありがとう、花音ちゃん」

「いえいえ、生徒会長として当然のことをしたまでよ♪」

「生徒会長は関係ないよね」

「あはは…(笑)」


二人して笑った。




「そういえば、凛奈達はどうしたの?」


蓮太郎は哀香に問う。


「あぁ、陽真と一緒に上の方に行ったわよ。街の景色を見渡せるいい場所があるんですって」

「そう…」


蓮太郎は改めて凛奈の心の強さのようなものを感じた。絶対に元の世界に連れ戻すという強い意思、陽真に捧げた愛が奇跡を起こし、無事二人は一緒に戻ってきたのだ。


「凛奈…やったんだね」

「えぇ、あの子は本当にすごい人だわ…」


二人きりで街の景色を眺める凛奈と陽真を想像し、哀香と蓮太郎は達成感に浸る。




   * * * * * * *




私と陽真君は街が見渡せる草原まで移動して座った。二人で隣り合って街の景色を眺める。私達はなんともいえない心地よい空気に包まれる。街から吹く温かい風が私達を歓迎しているのがわかる。


「なんか…すごい大冒険しちゃったね」

「あぁ…色々悪かったな、凛奈」

「謝る必要なんてないよ」

「でも、お前は俺のために無茶し過ぎなんだよ」


陽真君は右手で私の頬に触れる。うっすらとではあるけど、所々殴られたり叩かれた跡が残っている。


「こんなボロボロになってまで俺のために…本当にすまない」

「ううん、平気。陽真君のためなら私は何だってするよ。陽真君のことが好きだから」 

「ありがとう、俺もだ」


私は陽真君に微笑みかける。結果的に陽真君の記憶を取り戻し、元の世界に連れ戻すことができたんだもん。こんな傷、大したことない。でも、少しでも謝罪の意を示そうと、陽真君は絶えず私の頭を撫でてくれる。十分だ。それだけで今までの辛さなんて吹き飛んでしまう。


「でもよかった。陽真君も好きでいてくれなかったら、記憶が戻ることはなかったから…」

「だな、本当によかった」


私達は気づかなかったけど、後ろの木陰では花音ちゃんと優衣ちゃん、豊さんが私達を覗き見していた。


「ん~♪自然と『好き』なんて口にして、凛奈成長したわね~」

「微笑ましいですね~」

「青春だねぇ…」


花音ちゃんは手帳を開き、陽真君のページに「凛奈のことが大好き」と情報を書き加えた。


「はいはい、二人だけの時間を邪魔しないの~」

「その他大勢はとっとと退散して~」


哀香ちゃんと蓮君は協力して三人を森の奥へと押し、私達から遠ざける。最後まで私達はそれに気がつかずに幸せな一時を楽しむ。




「母さん心配してるだろうなぁ…。俺、二週間も出てったからな」

「うん。でも優衣ちゃんや豊さんは三年だよ。帰ったら知り合いの人達みんなびっくりしちゃうよ」

「だな」


軽く笑い合う私達。心のどこかで無理なんじゃないかと思っていたけど、優衣ちゃんや豊さんも一緒に元の世界に戻ることができて本当によかった。アンジェラも女王としての道を歩み始めたし、もう何もかもが一件落着だ。


「それにしても、お前強くなり過ぎなんだよ、心も体も。これじゃあ俺が守る意味なくなるじゃねぇか」

「私を強くしてくれたのは陽真君なんだよ?陽真君がいるから、私はどれだけでも頑張れるんだから」

「あぁもう…そういうとこだぞ…///」


陽真君の頬が赤く染まる。さっきから私によくその顔を見せてくれる。陽真君もこんな風に照れることがあるんだと知って何だか微笑ましくなる。


「ふふっ、ありがとう陽真君。いつも私を守ってくれて」

「あぁ…///」


反対側の山から出てきた朝日は空をどんどん青色に染めていく。月もだんだん見えにくくなっていく。それに焦らせられるように陽真君が口を開く。


「なぁ、凛奈…」

「ん?」

「そ、その…あの時の返事なんだが…」

「え?あっ、こ…告白の返事だよね?///」


私は思い出した。そうだ。様々な理由があったけど、陽真君を連れ戻そうとした一番の理由は告白の返事をもらうためだ。赤の他人にとってはとてつもなくどうでもいいことかもしれない。しかし、私にとってはその返事だけが頼りだった。陽真君と共に元の世界に帰ったら、絶対に聞きたいと思っていたことだ。


「あぁ…。ほら…俺、お前のこと好きだとは言ったが、告白の返事自体はしてねぇだろ?///」

「う、うん…///」


改めて恥ずかしさが溢れ出す私達。私は全てを受け止められるよう心の準備をした。陽真君がゆっくりと口を開く。でも…


「それで…返事は…」

「あ、待って!」


私は陽真君の開いた口を手で押さえた。


「もう一回やり直させて」

「え?」


私はただ返事をもらうだけじゃ何だか物足りない気がした。もう一度始めからやり直したかった。やっぱり、今ここで返事をもらうだけじゃだめだ。しっかりと告白の過程を積んでいないように思えるから。


「もう一回正々堂々と言葉にすれば…どんな返事でも受け止められる気がするから」

「…あぁ」


しっかりと私の方から好きだという気持ちを伝えて、それから陽真君が返事を言う。そうやって、最初から最後までしっかりとやりたい。私は深く深呼吸をする。異世界も、ギャングも、記憶喪失も、もう私達の間を邪魔するものは何もない。完全に二人だけの世界だ。私は陽真君を見つめる。陽真君は私を見つめ返す。私はゆっくりと口を開く。


さぁ、言うんだ…






「私、陽真君のことが大好き。初めて陽真君が声をかけてくれた時のこと、絶望のどん底から救ってくれたこと、私はすごく嬉しかった。陽真君と出会えて私は幸せだよ」


私は今までの陽真君との日々を思い返す。きっと陽真君も思い返していると思う。私達は本当にかけがえのない大切な時間を共に生きた。思い出という素敵な宝物をくれた陽真君に、私はすごく感謝している。


まずい、早くも瞳が潤む。泣いてしまいそうになっているんだ。よく見ると、それにつられて陽真君も泣きそうになっている。私は涙を流すのを必死に堪えて続ける。


「私を助けてくれてありがとう…。私、今も泣き虫で弱虫だし、陽真君に比べたら全然強くなくて守られてばっかりだけど、こんな自分も今は好き。それは陽真君のおかげだよ」


陽真の体が震えている。彼の心の中から何かが飛び出そうとしているかのように。私は最後にとびっきりの笑顔で言う。


「こんな私でもよければ、これからは恋人として付き合ってくれますか?」


決まった。自分の気持ちを全部言い終えた。心がすっきりしている。陽真君の返事は…




「…!」


私は驚いた。告白の言葉を言い終わった瞬間、陽真君はものすごい勢いで私を抱き締めてきた。いつの間にか陽真君の瞳は涙でいっぱいになっていた。陽真君は私を抱き締めながら叫ぶ。


「バカ野郎!お前じゃなきゃ………ダメに決まってんだろ!!!」


陽真は強く強く私を抱き締めた。もうどこにも行かせるのを許さないように。どこかに行ってしまっていたのは陽真君の方なのに…。



俺は凛奈を抱き締めずにはいられなかった。俺だって負けないくらい凛奈が好きだ。彼女が俺に向けてくれる優しい笑顔、温かい心、それさえあれば好きになるのは十分だ。こんなにいとおしい人の愛を、どうして受け取らないことがあろうか。受け止めてやる。全身で受け止めてやる。


「うぅぅ…」


陽真君の温かい体に包まれた私は、ついに溢れ出す涙を抑えられなかった。でも、それでいい。私も強く抱き締め返した。私達は草の上に倒れた。その勢いでキスをした。触れた唇の感触が心地よい。



凛奈は負けじと俺を抱き締め返してきた。いいぞ、来い。お前の全てを受け止めてやる。キスだっていくらでもしてやる。お前となら、どんなことでも受け入れられるんだ。


「ありがとう!ありがとう、陽真君!陽真君は私の自慢のかみさまだよ!」


さっきから「ありがとう」が言い足りない。何百回、何千回、何万回と言っても足りない。陽真君と出会えたことで、私の人生はこの上なく幸せなものになったのだから。ありがとう…ありがとう…ありがとう…



凛奈は何度も「ありがとう」と言ってくる。ずるいぞ、俺だってお前にすごく感謝してるんだ。俺のことを好きになってくれて、俺のためにあんなに本気になってくれて、ありがとう、凛奈。ありがとう…ありがとう…ありがとう…


「ははっ、俺は神様じゃなくて人間だぜ」

「ううん、陽真君は私のかみさまであって人間でもあるの!」

「なんだそりゃ…」

「えへへ…」


私達は顔を近づけ合って笑った。陽真君と一緒にいることが、こんなにも尊いものだなんて。私はいつまでもこの時間が続くことを祈った。


いつからか、凛奈は俺のことをかみさまと呼んでいる。俺のことをかみさまのように尊い存在だと考えているようだ。それだけで俺は嬉しい。俺は凛奈にとって全てを任せられる、安心できる存在になれたのだ。ありがとう、俺もお前のことを全力で守ってみせる。これからずっとだ。


「陽真君と出会えて…うぅ…本当に…よかった…」

「おいおい、いつまで泣いてんだよ…」

「陽真君こそ…」


涙が止まらないのは陽真君も同じだ。だけど、今だけは涙の止め方を忘れていたい。そう私達は思った。お互いの表情、しぐさ、示す感情、全てがいとおしい…。


こんなに人の前で泣き顔をさらけ出すことは今までなかったかもしれない。でも、凛奈は俺の涙さえも受け止めてくれる。本当に優しい奴だ。彼女はどれだけ好きにさせれば気が済むのか。



私はかみさまにも大いに感謝した。結局かみさまが陽真君と会わせてくれたのか、本当に陽真君自身がかみさまなのか、それはわからない。だけど、今の私にとってそのことはどうでもよかった。ただ、陽真君と出会えた運命に感謝し、これから一生愛していくことを誓った。湧き水のように流れる涙までもが美しく見えた。自分の人生がこんなに明るくなるなんて、小学生の頃は思いもしなかったな。今や私達は二人で一つの命のように生きている。


一度は離ればなれになってしまったが、また巡り会えた俺達。これからも、たとえどれだけ離ればなれになったとしても、俺達はまた会える。心で繋がっているから。この先どんなことが待ち受けていたとしても、俺達は手を取り合って一緒に生きていくのだ。


一陣の風が草木を揺らして私達の間をすり抜ける。風が、太陽が、草木が、水が、空気が、世界が、神様が、存在する全てのものが私達の愛を祝福している。


全てに祝福された俺達は、これからも愛する者と支え合って生きていく。凛奈と共に迎える未来に、一体何が待ち受けているのか。とても楽しみだ。


「大好きだよ…陽真君…」

「俺もだ、凛奈…」


最後に私は再び熱いキスを交わして陽真君を強く抱き締めた。かみさまに抱かれた私の人生は、間違いなく幸せだ。


俺はいとおしい凛奈を強く抱き締め、キスを交わして永遠の愛を誓う。凛奈のかみさまになれた俺の人生は、間違いなく幸せだ。



陽真君…本当に…


凛奈…本当に…




『ありがとう…』





   KMT『かみさまの忘れ人』 完

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