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1.迷宮で王女を助けてしまった

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 世界中に存在する迷宮の中の一つ。
 そこを歩いている一人の男がいた。

 その男の名前はルディ、三等級冒険者だ。

 彼は今日も今日とて、迷宮に潜り魔物をぶっ殺しドロップアイテムを持ち帰る日々を過ごしている。
 ソロで迷宮に潜るのは危険なことで、冒険者ギルドからも推奨されていないが彼は大丈夫だった。

 今彼は二十一歳だから冒険者になって六年。一度もパーティーに入ることなくソロで冒険者をやっている。だから今更パーティーに入ることはないし必要もない。

 因みにパーティーに入らなかったのは人間関係が面倒くさいからだ。決してボッチだからっていうわけではないというのが彼の言い分だった。

「あ?」

 迷宮の出口に向かって移動していたら、地面に誰か倒れているのをルディは見つけた。

 死体になったら迷宮に吸収されるので、人が倒れているのは生きているってことだ。誰かが怪我でもしてるのかと思い、ルディは近づく。

 冒険者というものはいつ何が起こるか分からない職業だ。だから、誰かが困っていたら助けるというのは冒険者の中では当たり前のことだった。

「女か、珍しいこった」

 倒れている人は長い髪の毛と体形からして女だということが分かる。ルディが珍しいと言ったのは、いない訳ではないがそれでも女の冒険者は少ないからだ。

「おい、大丈夫、か……」

 肩を揺らし声を掛けるルディだが、彼はあることに気が付いた。

――待て…こいつの服…高級品じゃねぇか?

 そう考えていると倒れている女が身じろぎをして目を覚まそうとする。

「やっべ」

 ルディは嫌な予感がした。

 何故、ルディが嫌な予感がしたのかと言うと、声を掛けた女が着ている服の生地が上質なものであるからだ。

 見た目は素朴、されど生地は上質。しかも髪の毛が艶が出るほどに美しい状態で保たれている。

 このような女は冒険者にはいない。

 では女の素性は何なのか。ルディが想像したのは、どこかの貴族の娘が家出をしたのだろうということだ。

 人として困っていたら助ける。
 この考えは正しい。

 しかし、貴族という生き物は変な言いがかりをつければただの冒険者なら指先一つで潰せる。

 貴族の娘を助けたらその父親に感謝されて~、などと言うのは物語だけだ。実際は、変ないちゃもんをつけられて牢屋行きなのが現実である。

「うぅん…んん…はっ!」

 ルディが逃げようと背を向けた瞬間、女が目を覚ました。

「あれ…誰か…あっ、そ、そこの冒険者よ!私を助けてくれぬか!」

 背を向けて去ろうとしていたルディの背中に女は声を掛ける。

「嫌だ」

 しかし、即答でルディは拒否した。

「な…⁉何故だっ⁉」
「お前絶対貴族の娘だろ。俺は面倒ごとには関わりたくない」

 見殺しにする罪悪感と自分の身の安全を天秤にかけるなら、自分の身の安全の方が大事だ。

 その時、女の腹が大きな音を立てて鳴った。

「………」
「……もしかして腹が減って倒れてたのか?」

 背を向けていたので気が付かなかったが、女、もとい少女の体に傷は見当たらない。ただ、腹が減って倒れていたという間抜けな理由なら一応納得がいく。

「う、うむ…」

 たっぷり数秒かかって少女は恥じらいながら頷いた。

「えぇ…お前食料持ってきてないのかよ。そんなんで迷宮潜ったら余裕で死ぬぜ?」

 まさかこんな馬鹿な奴がいたとは。
 ルディは溜息をついて呆れながら言う。

「し、仕方がなかったんだ!急いで王城から抜け出したから――あっ」

 そこまで言って少女はしまったという顔をして口に手を当てた。

 しかしもう遅い。

「おい…まさかと思うが、お前…王女じゃねぇよな…?」

 違ってくれ、何かの間違いであってくれとルディは神に祈る。

「んん゛っ、良く気付いたな冒険者よ!」

 先程とは表情を一変、少女は謎にきりっとした表情になって口を開く。

「私はアルデンティア王国第二王女アメリア・アルデンティアである!貴殿に私を助ける権利を与えよう!」
「んじゃ自分で頑張れよー」
「んなっ⁉何逃げようとしている!ま、待たんか!」
「待たねぇよ!おい…!服掴むんじゃねぇっ!」

 背を向けてさっさと逃げようとするルディの服を掴んで縋りつく王女アメリア。てんで王女とは思えない行動に何とも言えない間抜けさが漂っている。

「た、頼む…空腹で動けないんだぁ…食料と水を恵んでくれぬか…」

 アメリアは縋りつきながらルディに必死に頼む。事実、彼女は昨日からまともな食事をとっていなかったのだ。

 そんな彼女の姿にルディは揺れた。
 声を掛けていない状態で王女と分かっていたら、何もせずにその場を後にしただろう。

 しかし、もう関わってしまった。
 情けない姿も見てしまった。

 本来の性格が善人である彼にとって、少しでもかかわってしまった人の助けの手を振りほどくことは出来るはずがない行為だった。

「あぁー…ちっ、腹満たしたら帰れよ」

 自分の甘さに溜息を吐きながら携帯食料を渡す。

「ほ、本当か…⁉」
「ああ、特に美味いもんじゃねぇけどな」

 携帯食料は保存と栄養に重きを置いた食べ物だ。だから、味はお世辞にも美味しいと言えなく、逆に水と共に流し込まなきゃ食べれた物じゃなかった。

「ありがとう…ありがとう…!」

 アメリアは受け取った携帯食料を口に入れ、水を飲み、口に入れる。余程空腹だったのか、不味いであろう携帯食料を涙ぐみながらも笑顔で食べる彼女に、ルディは思わず心に来るものがあった。

 それから数分後。
 時々せき込みながらも食べ終えたアメリアは壁に背を預けながらボーっとしていた。

 その様子をルディは岩に腰かけて見ながら考える。

 彼女―第二王女アメリアといったらお淑やかな姉と違ってお転婆であるということは有名だ。姿を知らなかったルディでさえ、その話は聞いたことがあった。

 ただ、いくらお転婆だとしても王城を抜け出してこのような迷宮都市に来るのはやりすぎだ。

「なあ」

 何を言ってるんだ。
 今すぐ口を閉じないと。

「…ん?なんだ?」

 事情を聞いてしまえば戻れない。
 今なら引き返せる。
 何でもないといって置いて帰ればいい。

「なんで王城を抜け出したんだ?いくらお転婆でもやばいことしてんのは分かってるだろ?」

 だが、ルディにはそれが出来なかった。
 一度関わってしまった人を見て見ぬふりをすることは出来なかった。
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